96話 ライバル《Totteoki Friends》
食堂で朝食を補給していたところ、急な呼びだしが入る。
「総員ご注目下さい!」
女性の声が響き渡ると、冒険者たちがいっせいにそちらを見た。
クリップボードを片手にもった受付嬢が佇んでいる。
「ギルドマスターからのお達しです! 本日依頼を受けていないプライムクラス以下のナイトは朝食後に訓練場へ集合して下さい! 繰り返しますギルドマスターからのお達しです!」
シワひとつないタイトスカートに、パリッとしたワイシャツ。
油断のない見事な着こなしと、背に1本鉄筋を入れたかの如き佇まいは見事なもの。
俺は、堂々たるキャリアウーマンを横目にしながら木製のスプーンでスープ啜る。
「なんだあれ? あと相変わらずあの人って格好いいな?」
「プライム以下で依頼を受けていないということは、ナエ様と私も含まれますね? なにかの催しでもあるのでしょうか?」
レーシャちゃんは物珍しそうに目を丸くした。
掴んだパンを口に近づけて兎のようにパンを食む。
大半の冒険者は依頼を受けているはず。
要するに暇なヤツは集まれということか。そうなるとろくでもない展開が予想される。
「んげぇ!? マジかよなんでまだ依頼受けてない今日に限って!?」
「アンタが明日受ければいいとかいってたからでしょ!? 昨日ものぐさしなければ厄介なことにならないですんだのにぃ!?」
同席しているギルド友だち、略してギル友はなにか知っているようだ。
モレグとエリンは、あからさまに顔色を悪くした。
それだけではない。おそらく慌ただしいのは依頼を受けていないであろう冒険者たち。口々に小雨のような愚痴を吐いている。
「あまりいい空気じゃないですね? このあといったいなにが行われるのでしょう?」
「そっかレーシャちゃんとナエくんは大ギルドに入ったばっかで知らないんだっけ」
「ありゃたぶん抜き打ちの実力審査のお達しってヤツだぜぇ……かぁーっ、ツいてねぇよ」
案の定らしい。
知らぬレーシャちゃんはともかく、エリンとモレグはげっそりしていた。
抜き打ち実力審査。ようするに抜き打ちテストみたいなものか。やっぱりろくでもない。
俺は切り分けた鶏肉のソテーをパンに合体させて頬張る。
「それをやるとどうなるんだ? まさかまた落第したりそういうのじゃないだろうな?」
この間ようやく目の前の落第2人を留めたのだ。
また同じような労力を使うとなるのは勘弁願いたいところ。
「落第はないと思うけど実力不足だと判断されたら降格はあり得るかもねぇ」
「もともとクラス自体は実力で定められてるわけだしな。だから下がるようなヤツはかなり少ないが……やっぱ面倒くせぇよぉ」
エリンはわりと余裕そうに見える。
しかしいっぽうモレグのほうはといえば、卓に突っ伏してしまう。
これは少し厄介だ。なにしろ慣れてる2人とは違ってこちらは初参加。
「ナエ様ナエ様。私たちってまだそれほど実力を示せていませんよね」
「つまりここで腐抜けたところを見せたら俺のプライムランクが下がるってことか」
現状で俺とレーシャちゃんのランクは仮採用といってもいい。
つまり結果が伴わなければランクが剥奪されてしまうということ。
「えーっ!? ナエくんがプライムじゃなくなっちゃったら私がもらって食べる毎朝のフルーツもなくなっちゃうってこと!?」
「おいこらなんで俺が降格する前提で話を進めているんだい?」
「大丈夫だぜナエ! 俺たちはオマエの下で待ってるからな!」
「親指立てるなよぉ? へし折るぞぉ?」
せっかく助けてやったというのに薄情なヤツらだ。
傍らは、プライムクラスの朝食につく甘味目当て。傍らは、俺の降格を望んでいやがる。
悪意がないのはわかっている。だが腹が立つのはしょうがない。
「でもっ! ここで実力を示せれば大ギルドに実力を認めさせるチャンスでもありますっ! これは次のステージに繋がるチャンスかもしれませんよっ!」
だん、と。卓が叩かれ立ち上がる。
レーシャちゃんの瞳には、やる気が満々に漲っていた。
叩かれた衝撃でスープが波打つ。同時に顔立ちの幼さに反比例する胸部のたわわがたっぷり揺れる。
さすがのプラス思考だ。これには俺も小さな拍手を送らざるを得ない。
「で、そのへんはどうなんだ? 審査って言うからには審査員がいるってことだろ?」
「グランド、ドミニオン、ソブリン級の上位クラスが審査員を務めことが大半だな。場合によっては六冠がでてくることもあるぜ」
「でもギルド長の暇潰しってときも多いからギルド長自身が審査しにでてくることもあるわね」
聞いた限りでは、意外とデカいイベントじゃないか。
そう考えると冒険者たちの焦燥や、モレグの嫌がる様にも、納得がいく。
「各員は各々の手慣れた装備をもって訓練場に集合して下さい! もし装備がない場合はギルドから貸しだしますので係のものへ早めに申しつけを!」
冒険者たちは受付嬢の声に尻を叩かれように導かれていった。
俺たちも、それぞれ食事を終えてから装備を調えて、訓練場を目指す。
元気なヤツ、くたばりそうなヤツ、爛々と足どりの軽いヤツ。まさにカオス。向かう冒険者たちの歩調や動向は様々だった。
「なんだかいつもと違う空気でワクワクしてきましたよっ! いったいどんなことをするのか楽しみですっ!」
いっぽうでレーシャちゃんも忍具入れの腰蓑装備していた。
怖じ気づく冒険者たちを尻目にかなりテンション高め。緊張することもなく、ハートが強い。
俺の背には、十字架を背負うみたいに安鞘の剣が下げられている。
「(装備をもって集合っていうことは精霊の剣を使ってもいいのか。でも大勢の前で使うと……俺にしかもてないから別に気にする必要もないな)」
精霊の剣。どこぞの神殿で手に入れた神譚遺物だ。
ものすごく珍しい逸品だが扱いが難しい。選ばれた人間のみが扱えるため盗まれる心配もない。
「(しかしこのチャンスを逃す手はない。実力を提示さえできれば仮採用から本採用にこぎつけられるかもしれないからな)」
いまなのところ俺とレーシャちゃんは、いわば推薦枠。
スカウトによって得た仮初めのランクなため、言ってみれば請け負える任務が限られている。
もしここで実力を認めさせられれば新たな局面に挑む権利が得られる。かもしれなかった。
「(暗殺されるであろうギルド長カール・ギールリトンの周囲にいるためには相応の資格がいる。そして超戦力となる六冠にも堂々と近づける。なんとしてでもドミニオンくらいにはクラス昇格したいところだ)」
しかもカール・ギールリトンの暗殺まで猶予は短い。
彼自身も己の境遇をよく理解している。それでも打てる手は打っておきたい。
さらに六冠との接近も課題である。偉大な実力者に通じられれば、もっと有益な物語の進めかたも見えてくるはず。
俺は手中に拳をおさめて気を籠める。
「いっちょやってみるとするか! レーシャちゃんも本採用を目指して本気でいこう!」
「はいもちろんですっ! 私もナエ様のいるプライムクラスがいまのところの目標ですからねっ!」
レーシャちゃんは、モレグとエリンと同じスタンダードクラスだ。
プライムで推薦を受けた俺のひとつ下。そのせいでいまは寮内でクラス別。つまり別居中という環境である。
「あ、でもクラスが上がっちゃうといまの大部屋じゃなくなっちゃうんですよね……なんだかちょっと残念です」
昂ぶる俺の横で、しんなり。
レーシャちゃんは寂しそうにまつげの影を伸ばした。
「もしかして大部屋のほうがいいのかい? プライムになれば1人部屋だしご飯もよくなるよ?」
「同室のおかげでお友だちができたんですよぉ。村ではお家の手伝いばっかりだったからお友だちがいなかったんで、それが嬉しくてついつい……」
村で独りぼっちだっただけに寝食ともにする友は、学友そのもの。
太陽のように明るいレーシャちゃんのことだ。すぐに同室の友人と馴染めたのだろう。
「(この落ちこみようは本当に残念なんだろう。レーシャちゃんだけクラスアップしないでもう少し友だちと一緒にいたほうがいいのかも……)」
「でーたーわーねぇぇ! レーシャ・ポリロ!」
そのとき、1人の少女が俺たちの前に立ちはだかった。
揺れるツインテール。半端に露出のある忍び装束。そして巨乳の美少女。
「(こ――コイツは!?)」
彼女に見覚えがあった。
思いだすまでもない。それほど俺の記憶に強烈なコミットをしている。
「あっ、キュニュちゃん!」
レーシャちゃんが名を呼んだため、より鮮明になった。
「ココであったが100年目! この機会にいったいどっちのほうが忍びとして格上なのか白黒つけてやろうじゃないの!」
「今日の朝ごはんちゃんと食べた! まだちょっと寝癖が残ってる! 肩のところにも埃がついてるよ!」
こんなに食い合わせ悪いことがあってたまるか。
だが、この2人はこうでなくてはならない。まさに運命と言ってもいい。
「もう世話焼くんじゃないってなんかい言わせるのよ! 同室になってからというものいちいち小煩い!」
そう凄んでいる間にもレーシャちゃんの手は止まらなかった。
長さの異なる髪房を整える。肩を払って糸くずを散らす。緩い胸元の合わせをきちんと揃える。
あっという間に少女は手入れされてしまう。
「うんうん! 今日のキュニュちゃんもキレイだねっ!」
「っさいわねぇ! 私のコーデを勝手に整えるんじゃないわよ!」
まさかこの2人が同室だったとは。
あまりの展開に俺でさえ呆然としてしまっている。
なぜならこの2人は、本筋の上でも必ず出会う。出会わなくてはならない存在である。
彼女の名は、キュニュ・楓・レスティア。
彼女こそがレーシャちゃんにとってのライバル的ポジションのキャラクターだった。
2人は流派の異なる忍術を扱う。さらにキュニュは里の頭領の娘である。
そのため性格は気丈で負けず嫌い。常に1流の女忍者をこころざし、大ギルドで修行を行っている。
「(まさかこの2人が同室になるなんて物凄い奇跡だ! 通常ルートでさえこんな展開にはならないぞ!)」
俺は感心を越えて感嘆していた。
これは物語が定めたものではない。完全に運、あるいは奇跡の類い。
しかもレーシャちゃんが先ほど落ちこんでいた理由は、おそらく彼女が起因している。
「キュニュちゃん見て見て! こちらが私のパートナーのナエ様だよ!」
「……ん? ナエって、あの?」
「うんっ! あの、ナエ様だよ!」
どの、ナエ様だ。
2人の間ではなんらかの共通認識があるらしい。
しかもさりげなくレーシャちゃんは、ため口だった。
「へぇぇ? なんか訊いてた話と違って野暮ったいわね?」
「誰が野暮ったいだ」
「だってレーシャの話によると、物凄い頼りになる超1流の冒険者って言ってたわよ?」
それはちょっといいすぎかもね。
レーシャちゃんフィルターは少し誤変換が多いようだ。
とはいえ面白くなってきたというのは本当だ。レーシャちゃんにとってキュニュとの出会いは、1つの起爆剤となり得るほど。
なにしろ物語の最後の辺りまで2人は研鑽し合う運命にある。こうして本筋より密接な関係になるのはかなり興味深い事象だった。
「まっ、とにかくレーシャは覚悟しておくコトね! この機会に忍びとしての実力の差を見せつけてやるんだから!」
そう言ってキュニュは気丈な態度のままツインテールを翻した。
つかつか、と。足音高めにこの場から去って行ってしまう。
「ところで右と左でニーソックスの色が違うのはファッションコーデなのかねぇ?」
「キュニュちゃんのあれはおそらく寝起きで急いでた顔ですね。だからあのニーソックスは単純に気づいていないだけです」
「教えてあげないの?」
「指摘してあげるのもいいんですけど……ああいうおっちょこちょいさんなところも可愛いんですっ!」
うわ、レーシャちゃん強い。
…… … … … … ……
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