129話 領主はタヌキ親父!?《Raccoon FES》
うわんうわん、と。反響する声の尾が伸びきって、止む。
そのころには静寂という帳が下りきっていた。
「…………」
依頼主であるタヌキ親父領主もニヤけ面を閉ざす。
「…………」
彼を仰いでいたはずの獣人娘たちも手を止めている。
「…………」
俺でさえ横面を殴られたように呆然と佇む。
そしてしばし固まっていたレーシャちゃんに全員の視線が集まっていた。
あっという間に彼女の頬に、ぼっ、と朱が挿す。
「あっ! あのあのあの、そういう意味じゃなくてですね!」
どういう意味だ。
おそらく屋内の全員が口にださずとも同じことを考えたに違いない。
それでもレーシャちゃんの両手が泡を救うみたいにあわあわ、わたわた。
「とつぜん会ってあまり知らない女性といきなりけ、けけ、結婚……というのは些か急すぎるなとおもったしだいでして……」
後半のほうはもはや声にすらなっていない。
それ以降、レーシャちゃんは耳まで真っ赤にしながら顔をうつむけてしまう。
有耶無耶で曖昧な空気が屋内に充満していた。誰かがひと声あげてくれるのを待つような状態と化す。
全員が困り果てている、と。そこへ颯爽と踏みだす影がある。
「そろそろナエ様とレーシャ様にお仕事のお話しをなさっては如何でしょうか」
リースだった。
その進言にタヌキ親父もまたようやく固まった時を動かす。
「う、うむそうじゃったそうじゃった! ひとまず余の名は火喰重三郎と申す! 此度の任務にあたっての重鎮であり支援役と考えて欲しい!」
タヌキ親父のくせに名前が渋格好いいじゃないか。
火喰重三郎と名乗ったタヌキ親父は、景気よく腹鼓を打った。
「(リース、ナイスとりなしだ。おかげでようやく軽口っぽい導入から本筋に入れる)」
あくまで任務が最優先事項となっている。
街に隠れ潜んでいる人喰いの発見と討伐が目的だ。目的が達成されれば、あとはスプリング・ハーガットから逃げるだけ。なにもこのタヌキ親父の腹の内まで明かす必要はない。
「そして今回の任務は街を訪れるお客に被害が及ばぬよう穏便かつ迅速な解決を望ましい! さしあたって街の内情に詳しい者をソチらの傍らに添えさせよう!」
陶磁器のなかにキセルの火種を落とされる。
すると片膝をついていたリースが音もなく立ち上がった。
「僕はスプリング・ハーガット直属のお庭番、宵ノ帳リース・シルフィーヌでございます。此度の任務でアナタ様がたをに付き従いますのでなんなりとお申し付けください」
爪先をを揃えてから丁寧に腰を折る。
起き上がる動作も滑らかで、流麗。新緑色の瞳にも使命をまっとうするという覚悟が煌めいていた。
「気になっていたんだけど、宵ノ帳っていうのはチーム名かなにかなのか?」
「街に訪れる顧客の保護と調査を行う裏稼業です。内情は明かせませんが宵ノ帳は僕1人だけではありません。街中に身を潜めており安全の確保などために常に眼を光らせています」
なるほど。この街は治外法権のような扱いと聞いていたが、まさかこれほどとは。
表としては心身を癒す慰労の場。しかし影の落ちる場所では相応の闇をもって制すということか。
「(それって頭首にとって利害が一致すれば違法は見逃すということにもなるな。この街そのものが頭首にとっての財布みたいなものじゃないか)」
この悪趣味な金ぴかの部屋を見ただけでわかる。
両脇に女をはべらせ酒とキセルを燻らす。街中を監視しつつウマい話があればグレーでも白にして容易に請け負う。
頭首であるタヌキ親父は、ずいぶんと自由にやっているようだ。
「ソレは若いが使いようによっては役にたつ! この街の事件が解決されるまでソナタらの好きなように使い潰してしまってくれいっ!」
がぁっはっはっは。胴間声が鼓膜まで揺さぶってくる
マジでなにが面白いのか教えてくれ。
俺はやれやれと辟易しながらリースのほうを見た。
「使い潰すって……あんなこと言ってるけどキミはそれでいいのかい?」
「ええ、元より宵ノ帳に与えられる使命は命懸けです。いざとなればこの身を盾としてくださってもかまいません」
頭首の発言にまったく意に返した様子はなかった。
忠誠か、あるいは洗脳か。宵ノ帳とは使い潰される前提で動くのだろうか。
この街は輪郭の陰影が曖昧すぎる。というより法そのものが頭首といういち個人に委ねられているようなもの。
タヌキ親父だっていつまで笑っているかわかったのものではない。もし敵とみなされようものなら全力でこちらに牙を剥くだろう。
「あのぉ、ひとつだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
俺が唸っていると、隣でおずおずと手が上がった。
その人物とは、まだ頬に桃色の余韻を残したレーシャちゃんだった。
「それほどまでの警戒態勢を敷いているというのにどうして人喰いの怪物が見つかっていないのです?」
言い得て妙だ。たしかに違和感しかない。
街全体の把握のため宵ノ帳が裏で暗躍している、
なのにどうして六冠ほどの力を求めているのだろう。
タヌキ親父はしばし沈黙を噛み締めていた。それから視線を投げた先で、リースがローブをはためかせる。
「それは……不可視なのです」
「ふがし? ですか? 甘くておいしい?」
レーシャちゃん違う、ちょっと空気を読んでくれ。
俺は、とんちんかんに小首を傾げる彼女を抱きとめ、手で口を塞いだ。
「不可視……それはつまり見えないってことか?」
「はい、そうです。幾度か殺害の現場に居合わせた者がおりました。しかしその全員が被害者は突如として殺害されたと報告しています。そして全員が首筋を大きな顎で食い破られていた、と」
しょうじき、この会話だけで帰りたくなったのは、真実だ。
「目に見えない怪物なんてどうやって討伐すればいいのでしょう?」
「……。そもそもここでこうやっている間に突然背後から襲われても対処のしようがないな」
想定していたよりかなり厄介そうだ。
俺だけではなくレーシャちゃんまで完全に暗中模索状態になってしまう。
「ですが情報として被害者はすべてが若い女性であり、かつ必ず人喰いは夜に行われます。さらには明かりのついていない場所に限りヤツは現れるようです」
「日が昇ってる間と光の下なら襲われる心配がないのか。それなら守る場所を限定できるし、自衛のとりようもある」
「でも街のお客さんに注意喚起できないのであればおのずと犠牲者は増えてしまいます。これは本当に急がなければ大変なことになっていしまいますね」
こちらだっていっぱしの冒険者だ。
現地の情報から様々な推理をすることくらい日常的に行っている。
敵の姿は見えずとも敵の影くらいならば。与えられた欠片はこうして積み上げて迫っていくのだ。
そうやって三者三様に顔を突き合わせていると、ようやく。ここが頭首の座する謁見の場ということを思いだす。
「あっ! 申し訳ありません! つい職業病がでてしまいました!」
慌てて俺はタヌキ親父に頭を下げた。
しかし彼は叱責するどころか愉快そうに牙を覗かせる。
「よいよい! それでこそ頼りがいのあるというものだ!」
がぁっはっはっは。笑顔の絶えぬ良い職場。
それでも気分を害していないのであれば怪我の功名か。
侍女から新たなキセルを受けとったタヌキ親父は、ひと息に煙を肺へと送りこむ。
「熱心なのは喜ばしい! だがしかし今宵は旅の疲れもあろう! 身体を労り食事と休息に入とよいぞ!」
一喝するような声のわりに温厚ま提案だった。
タヌキ親父は椅子からがに股気味に野太い尾をぶぉんと払う。大食らいな巨体を揺らしながら部屋の奥に去って行ってしまう。
侍女たちもこちらに一礼をくれると、彼の傍らに付き従いながら姿を消してしまった。
俺たちは、ただ悪趣味な金色の部屋にとり残される。
「なにがしたかったんだ、あれ? 呼びだすだけ呼びだして唐突に帰ったんだが?」
「なんだかすごく豪快な御方でしたねぇ……やっぱり誰かの上に立つというのはああいった感じなんでしょうか?」
まるで大風が吹き抜けたかのよう。
タヌキ親父は言いたいことだけ言って退散してしまった。
ひとまず被害も問題もなく切り抜けたということでいいのだろうか。全面的に依頼へ協力してくれるという言質はなかなかに手堅い。
そしてさらにもう1人。今回の依頼にとりかかるにあたって味方が増えた。
「ふふ。それではお部屋のほうに戻りましょう。大きな宿なのでご案内させていただきます」
男か女なのか。
とにかくよくわからないエルフが仲間になったらしい。
リースは呆然とする俺とレーシャちゃんに軽く微笑む。
「ああ見えて頭首様は繊細な御方なんですよ。おふたりをお呼びしたのも決意ややる気を推し量っていたのだと思います」
「で、俺たちはお眼鏡にかなったと?」
「それはもう大いに。物騒な事件の多発で気を揉んでいただけにあれほど上機嫌な頭首様は久しぶりです」
「おっきな狸さんでびっくりでしたっ。両側にいた狸さんたちもとてもお美しかったですっ」
「あれは頭首様のご息女です。お客様の前に立てるだけの礼儀があるのか、ご本人を接待させることで学ばせているようですよ」
「(はべらせてるのかと思った……勘違いしてすまん、タヌキ親父)」
各々合図もなく身を翻して魔法昇降機に乗りこむ。
帰ると言っても往路を復路で戻るだけ。昇降機が下りはじめると一瞬だけ胃が浮くような錯覚を覚える。
「に、しても姿を消す人喰いの魔物か……想定していたより厄介な事件になりそうだ」
「しかもそれをバレないように退治するとなると、大雑把に動けないぶん苦労しそうです」
レーシャちゃんは実りの下で腕を組む。
それから可愛らしくふむん、なんて。小首を傾げて鼻を鳴らす。
「不可視となると温度感知か音波系のスキルが欲しいな。他に役立ちそうな忍術ってあったりするか?」
「とりもち……まきびし……匂い玉などなど、あとは空気の流れがわかる煙玉などですかね? お母さんくらいの忍びならシノビアイであらゆる闇や視覚妨害を無効化できるんですけど、私は未熟なので使えませんし」
なにそれすごい。っていうか怖い。
そんな恐ろしいスキルもってる人と同居してたのか。
「(あれ? レーシャちゃんママが暗いなかで俺にしがみついてきてたのも……わざと?)」
ちょっとこれは考えるのを止めよう。恐ろしい。
とにかく人喰いの魔物と出会えさえすれば打てる手数はいちおうあるということ。
「それにしても若い女性が対象なのか……俺が囮になって他のみんなに捕縛させるという手は消えたな」
「そうやっていつも自分だけ危ないことをするんですからぁ! そんな作戦はダメですからねっ!」
めっ、です。
軽くぼやいたつもりだったが、きちんと釘を刺されてしまった。
かといって対象のレーシャちゃんを囮にするなんてもってのほかだ。
「(こうなってしまっては地道に探すしかなさそうだ。いちおうドラカシアとトルパルメの策も訊いておかないとだな)」
本格的な会議は全員集合してから。
俺とレーシャちゃんで軽く打ち合わせしていると、長い耳がひくりと跳ねる。
「おふたりともご兄妹のように仲良しですねっ」
リースがなにやら楽しそうに微笑んでいた。
「レーシャ様が頭首様に怒鳴りつけたときはさすがの僕も肝を冷やしました。しかしあのときの発言は恋仲というわけではなかったのですね」
いきなりブチこんできやがるぜ。
そうら、レーシャちゃんなんてとっくに頭から湯気をたたせている。
なんか面倒くさそうなので俺は静観を決めこむ。
「こ、ここ、ここ――恋仲なんておこがましいですぅ! 私とナエ様は非常に健全なパートナーとして互いを支え合いながらより高みを目指してですねっ!」
「それは奥ゆかしく謙虚で尊いですよ。しかしこの街の温泉は実のところ縁結びの効果もございます。もしご興味がございましたら是非ご案内させていただきますから」
「縁結びっ!?」
レーシャちゃんに電流走る。
そして両指を編みながら上目遣いにこちらを見つめてきた。
なにを見てるんだか。こっちとしてはワンチャン混浴まで期待しているんだが。これは欲望ではない、野望だ。
「とにかく本日のところはごゆるりと養生なさってください。難題に募る話しもありましょうけども、お部屋に戻ったら御膳を用意させます」
「なんと御膳ですか!? お食事じゃなくて、御膳さま!?」
再びレーシャちゃんがぴょんと跳ねた。
どうやら照れより団子らしい。御膳という言葉にかなり反応している。
「ええ。この宿では海幸山幸が毎食楽しめるコースとなっています。ご所望であれば地酒もご堪能いただけますのでお申し付けください」
「う、海の幸ですか!? あの塩気の強い魚と貝ではなく新鮮な海の幸なんですね!?」
「お魚ならば火を通さずとも食べられるまでに新鮮そのものです。毎朝漁港から仕入れておりますので鮮度は申し分ないかと」
レーシャちゃんはもうノックアウト寸前だった。
尾っぽが生えていれば振り切れんばかりに振っていただろう。
リースに詰め寄ってしまうほど、食事という魅力に参っている。
「(なんと刺身もいけるのか。もともとそれほど食べていたわけじゃないけど、食べられるとなれば嬉しいもんだ)」
和の様相をした宿にうっかり故郷を覚えてしまう。
こちらの世界に慣れてきたとはいっても、そうそう楽に忘れられることではない。
だがあちらにはなかったもの。こちらの世界には守りたいモノと場所が存在する。
「ナエ様早くお部屋に戻りましょう! 新鮮なお魚が泳いで逃げてしまう前にっ!」
さすがに捌いてあるだろ。
俺は、大興奮のレーシャちゃんに手を引かれ、なすがまま。
元いた部屋へと押しこまれていくのだった。
〇 〇 〇 〇 〇
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