128話 贅と悦の在処《Luxury to Pleasure》
「うぉっ!?」
「きゃっ!?」
異口同音。
俺とレーシャちゃんは同時に驚愕を口にする。
最上階へと向かう途中。とある1室に案内されたかと思えば、急に部屋が動きだす。
いっぽうでエルフは微塵も動揺していない。
「落ち着いてください。これは上の特別階層へと繋がる魔法昇降機ですよ」
「(エレベーターか……びっくりしたぁ。まさかこの世界にこんなハイテク文明が根づいているとは)」
「じ、自動で動いてます! 窓の外で街がどんどん遠ざかってます!」
建物もビッグだが、使われている技術も喫驚ものだった。
この世界では燃料や電気の代わりに魔法が産業を担っている。2本の鎖がきゅらきゅらという異音が止まらない。おそらく魔法駆動によって部屋をもちあげているのだ。
言うは易く行うは難しとも語られる。こんな超文明をどこの街でも見たことがない。
「(それだけ街の領主が稼いでいるんだな。いったいどんなタヌキ親父がでてくるのやら)」
「すごいですすごいですっ! 立っているだけなのにも星まで手が届いちゃいそうですっ!」
俺の心配をよそに、レーシャちゃんは目を爛々と輝かせていた。
遠ざかっていく暮れた街を窓越しに見下ろしながら小兎のようにぴょんぴょんと跳ねている。
いまから向かう先にいるのは、超金持ちで道楽の達人だ。もしこの子に色目でも使おうものなら全面戦争になりかねない。
「(だが任務の依頼主でもあるからな。大ギルドの信頼を背負うからには軽率な行動は控えないと)」
さすがに精霊の剣は、部屋に置いてきている。
暗部のエルフが目を光らせている。そのため露骨な警戒は火種となりかねないと判断した。
「(丸腰でどこまでレーシャちゃんを守れるかだな。にしても六冠じゃなくて俺たちを呼ぶっていったいどういう風の吹き回しなんだ?)」
「アナタは考えていることがお顔にでてしまうタイプですね」
にょっきり。視界の下から緑色の髪が生えてくる。
さすがにもう慣れた。俺は肺から深いため息を絞りだす。
「……だからさ」
「ふふっ。ご安心ください領主様はアナタの思うような人間ではありませんよっ、僕が保証しますっ」
エルフは爪先立ちでにっこりと笑った。
フードは外れたまま。被り直そうともしない。
背丈はレーシャちゃんと同じくらいか。顔立ちは中性的で身体はすっぽりとローブに隠れている。
普通ならばカワイイでかたをつけてしまっても良かった。しかしなぜか俺は違和感を覚えてならない。
意を決する場面ではないが、いちおう聞いておいて損はないだろう。
「そういえばずっと気になっていたんだけど、キミの名前はなんていうんだい?」
さすがにエルフと、種族で呼ぶわけにもいくまい。
名前くらいならば、と尋ねてみた。
するとエルフの唇の端が、わずかにほどける。
「おっと、そういうのは尋ねる側から名乗るものですよね」
雇用主の使いなのだから俺たちのプロフィールくらい耳にしているだろうに。
にもかかわらず、エルフはおどけたように肩をすくめて首を傾げた。
しょうがない。ここで波風立てるよりはのったほうが話もスムーズに進む。
「俺は朝倉苗だ。ナエでもアサクラでも好きなほうで呼んでくれていい」
「あさくらなえ……山里の方面に寄っている響きですね。そうなるとご出身は東方のほうですか……」
ヤバい、コイツ推理をはじめやがった。
少ない情報で追い詰めるタイプか。余計な詮索をされたらボロがでかねないぞ。
そもそも俺の出身は日本だ。どれだけ推理しても当たりようがない。こじれる前に早急に話を変えねば。
「先に名乗れって言ったのはそっちだぞ。約束を反故にするなよな」
「あ、コレは失礼しました。職業柄人をあばくのが癖になっておりまして」
「さっきからでてくる癖が強すぎるんだよなぁ……」
こほん。控えめに喉を鳴らす。
その仕草がやけに愛らしい。が、なぜかまた違和感を覚えてしまう。
「僕は宵ノ帳に所属しているリース・シルフィーヌです。宵ノ帳というのはこの街全体を裏から監視するいわゆる影の組織というものです」
以後お見知りおきを。
リースと名乗るエルフはぺこりと草色の頭を下げた。
リース・シルフィーヌ。なんとも耳心地の良い響きだ。そうなるときっとモブではないはず。
「(……くっ! 名前で男か女か判断しようと思ったのにユニセクスネームだと! コレじゃ確定診断ができない!)」
策士策に溺れるとは、まさにこのこと。
なんとか本人に訊く以外に暴く方法はないものか。
そう、考えを巡らせている間に魔法昇降機が最上階へと到達してしまう。
「さ、ここがこの宿の最上階にある火龍の間です。扉が開いた先に領主様がおいでですのであまり驚かれぬよう注意してください」
「も、もう着いたんですねっ! 失礼のないように振る舞わないとっ!」
レーシャちゃんは胸に手を当てすー、はーと深呼吸をはじめる。
対して俺はやや警戒色を強めた。
「(さて、いったいどんなタヌキ親父がでてくるのやら。リースは危ない人間じゃないと言っていたが)」
魔法昇降機が甲高い音を奏でて内側の扉を開いていく。
どちらかというと貨物エレベーターに近い作りだろうか。内柵と分厚い扉でかなり頑丈な作りをしている。
そうしてエレベーターが中央から厳かに口を広げていった。
「わぁぁ……!」
「こ、これは……!」
驚くなと言われていたが、無理だ。
扉が開くとなかから網膜に突き刺さるかの如き煌びやかな光があふれてくる。
天井からは幾重にも枝分かれした巨大なシャンデリアがぶら下がっていた。
無数のガラスと宝石が灯りを受けて星屑のようにきらめいている。
それだけに留まらない。多くの輝きが壁一面を覆う金の装飾をなぞる。銀細工の縁どりをなめらかに滑っていく。
まるでここに富そのものがふんだんに散りばめられているかのよう。俺とレーシャちゃんは広がる別世界に唖然としながら佇むしかなかった。
そしてその中心とばかりに玉座の如きふてぶてしい巨大な椅子が鎮座している。
両側には後宮に控えていそうな美女が不死鳥の羽で風を送る。
当然その矜持の対象は、この街の主である。
「ぐふっ――ぐぬふふふふふっ! ようやくお客人がご到着なさったかぁ! 待ちわびておったぞぉ!」
「(うーわ……すごい悪役テンプレのデブがいる……)」
大柄というか、横柄というか。
思わず豪華さに見開かれていたはずの眼が半目になってしまった。
王族がまとうようなビロード生地のマント。全指にこれでもかとはめたとりどりの宝石が暑苦しい。
遠巻きに見ても悪役だ。どう見たって悪役だ。俺の本能がアレを悪役であると位置づけている。
「さあもっちこちらへ参られよぉ! そう離れていては言葉を交わすことさえ難儀じゃろう!」
「領主様のお呼びです。いきますよ、ナエ様、レーシャ様」
「は、はいっ! よ、よよ、よろしくオネガイシマスですっ!」
「(しょうじき1歩としてアレに近づきたくねぇ……)」
リースに連れられ俺たちは昇降機から部屋に踏み入った。
焚かれたアロマの蠱惑な香りが煙のように充満している。踏みしめるのは埃ひとつ落ちていない起毛の絨毯。
俺たちはどうやら場違いな空間に招かれてしまったらしい。どれほど高級志向のロイヤルなホテルオーナーだったとして、この一室を目指そうとは思うまい。
それほどまでに悪趣味の集合体だった。
この世のすべての贅と悦楽を集約したような成金部屋とでも称するべきか。
とにかく一刻も早くこの場を立ち去りたいという欲求があふれてくる。
リースは男の前に辿り着くと恭しく片膝をつく。
「頭首様ご所望の六巻様のお連れ様をお迎えに上がりました。こちらは――」
「やめい! 貴殿の声でお客人の詳細なんぞ聞きとうないわ! 出過ぎたマネは控えろぉ!」
「っ、これは出過ぎたマネを……謝罪いたします」
唐突な一蹴だった。
叩きつけられるような大声にリースの背がわずかに震える。
「さあさ、お客人たち自身でその真なる名を余に教えたもれぃ」
男はこちらに向かってゆるく手を広げた。
歪むように口元が微笑みを描く。
「れ、レーシャ・ポリロ! です! え、と……このたびはお招きいただきとても光栄です!」
「プライムナイトの朝倉苗です。ドラカシア・ルメルスのオースとして今回のご依頼に同行しております」
「――はっ! 私はスタンダートナイトです! トルパルメ様のオースです!」
流し目を送ると、レーシャちゃんは慌てて詳細を追加した。
どうやらかなり緊張しているようだ。この悪趣味な部屋の主ともなればさすがに無理もない。
「ほお、ほお、ほお? 六冠殿に同行している冒険者はもう1人いると聞いていたのだが……手違いでもありましたかな?」
「もう1人は席を外しておりまして、すぐに頭首様の元へ迎えるのは俺とこの子のみでした。もし迅速に面会を願うのであればいますぐ捕まえてきますが如何致しましょう」
「ならばよいよい! 街のどこかにおるのであればそのうちにでも出会えよう! 任務に差し支えないようであればそれで構わん!」
がぁーっはっはっは。剛胆な笑いが広大な屋内を震わせた。
なにが面白いのか、わかったものではない。とにかくいまは機嫌を損ねぬよう尽力せねば。
ただ1点ほど。リースはこの男が『あなたの思うような人間ではありません』と言っていた。
それはそうだ。だって人間じゃないんだから。
煌びやかさを極めた部屋の中央には、狸のオヤジが腹鼓を天井に向けて居座っている。
「(想像している人間じゃないってそういう意味じゃねぇんだよなぁ!!)」
タヌキ親父ではない、ホンモノの狸のオヤジ。
おそらく亜種族系なのだろう。そこには俺の想像を遙かに超越した姿の男がいた。
よく見れば男の左右に使えているのも獣人族の同種である。両側に狸の美女を召しかかえる。
「くぬぷふっ! そう硬くならずにちこうよりなさい! なぁに急にとって食ったりはしない!」
「は、はい! しつれい、いたましす!」
「(怖いなぁ……近寄りたく似ないなぁ、帰りたいなぁ)」
命じられて前へと歩み寄る。
充満する強い香のせいで頭がくらくらしてくる。鼻腔の粘膜がヒリヒリと麻痺するようなヘンな感じ。
しょうじきな感想だが、あまり長居したくない。せめて六冠がいれば後ろ盾もあったろうに。
「ふむふむ……ふぅぅむ?」
タヌキ親父から浴びせられる視線は舐るみたいにイヤらしい。
まるで品定めをするかのよう。値踏みと言い換えてもいい。
「そちは、レーシャといったか?」
突如名前を呼ばれピクンと跳ねる。
「ひゃい! そうです!」
「なかなかに健康的で器量もよいな! もしその気であれば危険な冒険者を辞めてうちで客引きなんぞやってみんか! 住まいと食事に加えて相応の見返りも用意しよう!」
高級歓楽街の主と言うだけあって観察眼は、なかなか。
レーシャちゃんは可愛い。客引きをしたら満員御礼間違いなしだ。
だが、タヌキ親父くんだりに俺の宝物をやすやすと渡してなるものか。
「(この野郎! いきなり呼びたてておいて唐突にスカウトかよ!)」
俺は黙っていられず足を踏みだしかけた。
そのときレーシャちゃんは倒れるような凄まじい勢いで頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! あの、お誘いいただいたのは非常に嬉しいのです! でも私には冒険者として旅だったからにはなさねばならないことがあるんです!」
はっきりと。堂々とした否定だった。
コレには俺でさえ思いもよらず踏みだしかけた足を戻す。
「たくさんの人の笑顔を守りたい! その願いを叶えるために冒険者となるべく母を置いて村をでました! だからまだなにも成せていない現状でどこかに落ち着くのは見送ってくださった母とともに旅立ってくださったナエ様にお顔向けできなくなってしまうんです!」
ちょっと泣きそうになってしまう。
まさかあのゴブリンで泣いていたレーシャちゃんにここまでの覚悟が備わっているとは。
もとより勇者の素質を秘めている。だがそれ以上にレーシャ・ポリロという人格の成長が手放しに嬉しい。
そしてレーシャちゃんはいまだに頭を上げる様子はない。確固たる覚悟をもってタヌキ親父の誘いを断ろうとしていた。
「ぐぬ――ぐふぬふふふふっ!!」
タヌキ親父は、レーシャちゃんを見下ろしたまま下卑た笑みを形作る。
眼を細め、牙の隙間から伸びる舌を口に這わせた。
「よき心がけに卒倒しそうじゃなぁ! まあそれも……この街にしばし滞在してその意志がつづくのであるならばの話だがぁ!」
豪快に腹鼓をぽぉん、と鳴らす。
「(クッ、コイツ諦めないつもりか! まさか滞在中になにかけしかけてくるつもりじゃないだろうな!)」
敵以外にも目を光らせなければ。
もしタヌキ親父が刺客でも送ってきた日には、さすがの俺も手段を選ばない。
コイツは危険だ。俺の直感が最高レベルの警笛を示している。
「先の話については留めておいてくれればそれでよい。頭を上げて楽にするといい」
と、こんどはタヌキ親父の視線が俺のほうへと向けられた。
「こっちもまたなかなか鍛えられた若者じゃのう! いっぱしの顔立ちに無駄のない肉付きもよい! 街で嫁でもとってワシの宿の風呂番でもやってみんか!」
まさかの高評価に目が点となってしまう。
可愛いレーシャちゃんならともかく、俺を誘う利点がよくわからない。
ただ1点。ひとつの憶測が当たっているとすれば、非常にマズい事態となる。
「(まさかコイツ……俺たちのことを知ってるのか? 勇者と創造者を知っているから引き入れようとしている?)」
途端に寒気のような衝撃が背を駆け上った。
このタヌキ親父は本当に狸の皮を被っている可能性がある。
そもそも俺たち2人を呼び足した時点で怪しいなんてものじゃない。もし知った上で、しかも知らない風を装っているのであれば、かなりのくせ者だ。
「ほれほれどうだどうだ! 街の若くてよい娘を幾人か集めて器量を見定めてもよいぞ! 若いのだから1つ2つ摘まむくらい大目にみてやろう!」
警戒しなければ、という警告が脳内に焦げの如くこびりつく。
なによりコイツは今回のミッションの依頼主だ。どこまで真実か見定めるまでは安易に行動できない。
しかし甘言に惑わされてたまるものか。俺は顔を上げてタヌキ親父を睨み返す。
その直後だった。
「それだけはぜっっったいに――ダメですッ!! ナエ様は私と旅をつづけるので絶対にお嫁さんはいただけませんッ!!」
ダメなんです。広い一室にビリビリと落雷のように響き渡る。
俺より先にレーシャちゃんが叫んでいた。
※つづく
(次話との区切りなし)
最後までご覧いただきありがとうございました!!!




