130話 ビバ☆桃源郷《ONSEN☆TIME》
「ごちそうさまでしたぁ~♪」
食事が終わったあとの空気は、どこかやわらかくて満ち足りていた。
レーシャちゃんは大満足といった様子で食後の礼儀を口にする。
「なによそれ? 修道員務めがむにゃむにゃ唱える宗教的なヤツ?」
「違いますよぉ♪ これはナエ様がお食事の前後に添える素敵な挨拶です♪」
「ふぅん……ヘンなの」
キュニュはお腹ぱんぱんに膨らませたレーシャちゃんを横目に茶を啜った。
ちなみに教えてもいないし、強要さえしていない。
しかし食事のたびに俺が言うからか、ポリロ家ではいただきますとごちそうさまがメジャーになっていた。
膳の座卓には湯気の名残がまだゆらゆらと漂う。
豪快に盛られた器のなかには温もりだけがそっと残っている。
「それにしてもさすが高級宿って感じの豪勢で繊細な料理だったな。胃が満たされて旅の疲れが吹っ飛んだ」
さすがに膳ともなると生前でさえ食べたことはない。
高級宿に似つかわしい彩られた様々な料理に俺でさえ舌鼓だった。
あとは食後の締めに給仕が煎れてくれた根入りの茶で締めくくる。
「生で食べる海のお魚が絶品でしたっ♪ ほろほろの豚肉と味のしみたお野菜も、どれも最高ですぅ♪」
「ま、まさかこんなところで伝説の高級魚が食べられるとは思っていなかったわ。私でさえこれにはさすがに太鼓判を打つしかなさそうね……」
キュニュさえ、いつものツンケンした態度なかに衝撃を隠しきれていない。
伝説の高級魚ってなんだ。なんかよくわからない魚の煮付けはあったが。ちなみに美味だった。
「(それにしても俺の大好物である麦とろご飯がでてくるとは。もしかしてメニューに創造者の嗜好が混ざってるのか)」
ともかく部屋のなかは満足を超えた大満足という幕閉じになっていた。
高級宿を謳うだけあってか、食まで超上級となっている。
そのためレーシャちゃんもヘソ天のままお腹をさすっているし、キュニュも食後で頬を上気させている。
「こんどくるときはお母さんも連れてきてあげたいなぁ♪」
「バカねぇ、こんな宿に泊まるならひと晩20万ゴールドはかかるわよ?」
「うーん……夢のない数字ですねぇ」
食後の雑談に耳を傾けつつ、違和感を覚えてならない。
依頼のためとはいえここまでの歓待を受けていいのだろうか。邪推してしまう。
やはり引っかかるのは領主であるタヌキ親父のこと。依頼にかこつけてなにか裏があるような気がしてならない。
「(いまのところ即効で仕掛けてくる様子ではなさそうだ。でもいずれ尻尾をだしたときどうするかを考えておかないとな、狸だけに)」
いままでの冒険で後悔とは先立つものではないことを学んでいる。
いまのうちからなにかしらの予防策は練っておいて損はない、はず。
「(とはいえ六冠に頼るほど本当に困ってるみたいだ。依頼が済むまでは大人しくしてるだろう)」
そうなると考えるべきは、人喰いの魔物のほう。
人喰いという残虐性も見過ごせなければ、姿を消すという珍妙奇天烈な特性をもつ。どうやって対策すべきか、タヌキ親父の思惑以上に厄介な化け物だ。
「アンタいったいなん杯食べたのよ? 普通こういう状況で満腹まで食べる?」
「麦ご飯4は~い♪ 蕎麦がきの汁物とお肉料理もおいしかったぁ♪」
「よくそれだけ食べて太らないわね……はっ――まさか!? それだけのカロリーを筋肉に代える超ハードな特訓を!?」
「そんなことしてないよ~♪ ぜんぜんいつもどおりだよ~♪」
完全に同年代通しの空気が抜けたガールズトークだった。
ちなみにレーシャちゃんは、そこそこよく食べる。食いしん坊とまでは言わぬが、普通の女子よりそこそこ食べる。
食べたエネルギーを小さな身体のいったいどこに貯蔵しているのか。日々、忍者として生きる彼女には特別な代謝が備わっているのかもしれない。
ふと俺は根茶を啜りながら周囲を見渡した。
「そういえばドラカシアとトルパルメの帰りが遅いな。リースもいつの間にか消えてるし」
謁見と食事を終えたのだ。さすがに2時間は経っている。
なのにドラカシアは帰ってこないし、トルパルメなんて街入りして1度も見ていなかった。
リースのほうはよくわからない。が、たぶん気でも使って席を外しているのかもしれない。
俺が眉をしかめていると、キュニュが気怠そうに膳台の横に生足を伸ばす。
「龍人のほうはアンタらが頭首に会ってたとかいう間に別の温泉に向かったわよ。あと獣人のほうは街の外からヘンな臭いがするって報告だけして走ってったわ」
どうやら帰ってきてはいたらしい。
すれ違いになってしまっただけか。
「風呂を2時間楽しんだあとにまさかの2回戦だと……? どんだけ温泉にハマってんだあの僧侶……?」
「蒸気湯が終わったから次は新境地の薬湯を試すってさ。私よくわかんないけど、おじいちゃんとかよく露天巡りしてたわね」
年寄りか、と。思いかけて口を閉ざす。
どこに偶然があったものかわかったもんじゃない。もしうっかりこのタイミングでドラカシアが帰ってきたら。俺はおそらく魔法と呪術で四肢を引き千切られかねん。
「そういえば街へ入る前に助けた子の勤め先が薬湯を商ってるって言ってたっけ。もしかしてその情報に吊られたのかもしれないな」
「薬湯ですかぁ♪ お肌ピチピチになるのなら私も是非試してみたいですねぇ♪」
「助けられたほうもまさか相手が大ギルドの六冠だとは思わなかったでしょうね」
駄弁りながらも、窓の外では刻一刻と夜が更けていく。
ひとまず、あとは睡眠をとって明日を迎える準備が整っていた。
ドラカシアとトルパルメの心配は無用。どうせそのうち帰ってくる。六冠の2人に気を揉むほど彼女たちの実力を見くびってはいない。
「ふぁぁ~……」
伸びを決めて、大あくび。
疲労の塩梅も良く、胃が満ちれば瞼が閉店を告げてくる。
布団を敷いて寝転がれば、一瞬で眠りにつける。それくらい満ち足りた状態だった。
しかし浮いた涙をこする俺に、じっとりと湿っぽい視線が向けられる。
「ちょっと、ナエ」
「……あん?」
口元をムッとさせ。
キュニュがこちらを睨んでいた。
帯もせず衣服がはだけられている。胸元も放りだすようにゆるく、裾らから気ままに足が伸びる。
まるで隠そうともしない。というより俺が男として数えられていないのか。なんとも目のやり場に困る格好だった。
そして彼女は忍びらしいアクロバティックで立ち上がる。それから俺のほうに歩み寄ってから、すんすん。髪のほうに鼻を近づけてくる。
「アンタ……汗臭い。それとご飯を食べたらちゃんと歯を綺麗にしてから寝なさい」
そこそこの美少女に、お母さんみたいなことを言われてしまう。
たしかに、それはそう。ぐうの音もでない真実だった。
「お風呂入ってないんだからとっとと入ってきなさい」
「あ、はい……すみません」
俺は反論の1つもないまま立ち上がる。
キュニュに指摘された通り、しずしずと温泉に向かうのだった。
………………
脱衣所で服を脱いでから木扉へと手をかける。
指先に伝わるのは、湯気を含んだしっとりとした木の感触。定期的に替えているのかアイボリー色にシミひとつありはしない。
わずかに軋む音を立てて、扉がゆっくりと開いていく。
「おおー……コレは壮観」
まず眼に入るのは、立ち昇るミルク色の湯気。
次は鼻腔を抜ける香り。シダーの奥ゆかしくビターさと、木の芳醇さ。それからわずかに鉄の匂いが入り混じる。露天風呂の広がる世界と湯の滴るちょろちょろとした音が相まって心地よい。
「さて、まずはマナーだな」
ひとしきり目で楽しんだのならあとは入浴の準備だ。
檜の風呂桶に湯を汲んで頭の先からざぶりと浴びる。もう1度汲んでから洗い場の木椅子に腰掛ける。
「石鹸だけじゃなくて髪用の油まであるのか。たしかけっこう高級品だと聞いてるしさすがのアメニティー」
適当に両手で泡立て肌や顔、頭にこすりつけていく。
当然であるがこのヴェル・エグゾディア世界の入浴自体は現代日本の文化に大きく劣る。
しかししょせんは苛性ソーダ。清潔にするための物質だ。これと言って遜色はない。
ひとしきり身体を泡に塗れさせた。汲んであった木桶の湯を被ってから泡を逃がす。そしてもう1度桶に湯を汲んで被れば穢れとはおさらばだ。
まず張られた水面に足先で挨拶する。適度な熱を確認しつつ脛、膝、両足と順を追って浸していく。
「いい湯加減だし肌触りがどこか柔らかいぞ」
泉質がいいのだろうか。
あまり温泉に興味をもったことがないため、ちょっとよくわからない。
「あ”-……これはたまらんなぁー……」
だが肩まで浸かればもう逃げられない。
全身を優しく抱きしめてくれるほどよい温度が、身のうちにまで浸透してくるかのよう。
「まさに至上の極楽だぁ……桃源郷はここにあったのかぁ」
つい喉が鳴って吐息に濁音が入ってしまう。
濡れた肩に風が当たる冷感も最高。湯に沈んだ身体に浮力が加わって羽のように軽くなる。
天空を見上げれば、湯気のレースの向こう側。満点御礼の星々が夜空を彩り瞬いていた。
「入ってみるとドラカシアが癖になるのも頷ける。レーシャちゃんも最高って言ってた理由がわかるぅ」
溶けるとはよく言ったものだ。
知らずのうちに筋肉へ溜まっていた疲労が湯に広がっていくのがわかる。
足を伸ばし、両肩をあげ、腕を天に掲げれば、よりいっそう疲れが離れていった。
「一説によれば風呂上がりの牛乳が美味いのは軽い脱水になってるからとか良く聞く。でも、こんなに気持ちいいなら長風呂したくなるのも当たり前だぁ」
もうここは俺の領域だ。
オンリーワン、ロンリーウルフ。誰にも邪魔されない聖域と化す。
この世界に降り立って1人になる機会は、風呂か就寝時間くらいなもの。それ以外の時間は基本誰かとともにしている。
そのためこうして名実ともに開放的なプライベートは、本当に久しぶりだった。
「(そういえば死んだっていうのに不思議と孤独さを感じたことがない。たぶんレーシャちゃんがずっと一緒にいてくれるからだろう)」
孤独。それは己を見つめ直してしまう悔いの余暇。
だが幸運なことに仲間や友に恵まれている。下手に考えすぎて落ちこまずに済んでいるのはたぶんそのおかげ。
俺はもう1回とっぷりと肺から熱い吐息を絞りだす。閉店間際の虚ろな視線を天へと投じて余韻に浸る。
「生きてて良かった……元いた場所よりここのほうがよっぽど……」
「よっぽど、どうしたんですか?」
おっと。おっと、おっと。
ここは俺だけの聖域のはず。なのに独り言へ応える声があった。
微睡んでいた俺の意識は秒で覚醒し、口をつむぐ。
慌てて周囲を見渡すと、湯のカーテンの向こう側にぼやりと人影が浮かんでいる。
「よい夜ですねっ」
「………………」
見紛うものか。
その影は人の形をしていて、なお特徴的。
存在感は影でさえ横に長い。頭の両端から突起するように長い耳が伸びていた。
リースは、水面を滑るようにこちらへ向かって近づいてくる。
「いやはや。まさか湯浴みの時間が被ってしまうとは。これまた奇異な事象もあったものです」
「なんでオマエがここにいるんだァ!?」
※つづく
(次回との区切りなし)
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