119話 残滓《ARUCA》
冒険者になってからというもの毎日が激務で奔走してばかりだった。
あの日ほどではないにしろ。今日もまたドブのように疲れている。
「いきなりプライムクラスに推薦されてドヤってたけど……実は飛び級しただけで負担のほうがデカいぞこれはぁぁ~」
俺はほうほうの体を引きずるように自室に辿り着いた。
扉を閉じ、内側からしっかりと施錠して、ベッドへ腰を落とす。
「風呂もまだだし、疲れすぎて腹も減ってない……テンプレ新妻が迎えてくれなくても大丈夫な最強状態だ」
ご飯もいらない、お風呂も入らない、おまけに俺はひ・と・り。
死が労働から救われる救済と謳われることもあるだろう。しかしまさか生きているころよりバリバリに社会の歯車をさせられるとは思うまい。
「朝は酪農場の柵が魔物に壊されて逃げだした鶏肉予備軍の反乱を鎮圧。治めてギルドに戻れば今度は街道で止まった商隊の馬車に車輪を届けろ、ってか」
人手不足もはなはだしい。
各地で魔物が増えているという報告もあるため対応する手が足りていない。
「しかも午後は謎の令嬢のお買い物の護衛を押しつけられる始末。突然やってきた暗殺者集団を倒したら令嬢の正体は伯爵階級の1人娘だったとは」
ちなみに暗殺を依頼してきたのは、伯爵の愛人だった。
本妻の娘が死に己が子を宿せば正妻になれると読んだのだ。
しかしその野望はこのどこぞ馬の骨冒険者によって阻止された。いまごろあの女は狭い部屋で税金飯でも食べながら打ちひしがれているだろう。
「それでトドメとばかりに近郊にある山脈でグリフォンの群れ対峙だ。そうでなくてもヘトヘトだってのに山頂の巣まで歩かせやがって……」
もう最後のほうはよく覚えていないという。
疲労が限界深度に達して気合いだけが勝っていた。
「グリフォンにかじられて空を飛んでたときはさすがに死んだかと思ったな。レーシャちゃんの驚く声が一瞬で遠ざかって血の気が引いた」
思い返すだけで非日常の連続である。
だからこのまま疲労に任せて横になればそれでいい。
あとは残された瞼を閉じるというプロセスを辿れば明日がくる。
「ゆい……」
「って、誰です?」
センチめんた呟きにフーが返ってきた。
俺は弾かれるように首を回す。
いつからいたのか、そこにはレーシャちゃんが佇んでいる。
「い、いつからそこにいらっしゃたんですか!? 気配を消して男の部屋に侵入するのは悪いことだと思います!?」
「いつでも遊びにきていいって合鍵くれたじゃないですかっ! それと普通にノックもしましたし、普通に入ってきただけですっ!」
ここでレーシャちゃんが嘘をつく理由もない。
つまり俺は彼女の接近に気づかないほど集中力を欠いていたということ。
当然だがこのあいだの事件は彼女に表面上しか教えていない。夜中に捜索に向かって救助したということのみを伝えてある。
「ところでいま言ったユイさんっていったい誰なんですかぁ!?」
しまった。独り言が漏れていたらしい。
俺は慌ててとり繕う。
「べ、別に該当する人間がどうのこうのとかそういうことじゃなくて! ただちょっと色々思い詰めててだな!」
「さいきんナエ様の心がここにあらずだった理由ってもしかしてその子が原因なんですね!? ま、まさかその女子に恋わずらいをしてるってことですか!?」
唐突に女性の名前なんて口にだすもんじゃない。
そのせいでレーシャちゃんが勘違いを発症してしまう。
「どこの女子なんですか!? 身長体重は!? どういうご趣味をおもちのおかたなんです!? いったいどこが好きになったんですか!?」
ものすごい勢いで詰め寄ってくる。
子供のアオハルに土足で踏みこんでくる野暮な親くらい詰めてくる。
「年収と家系図は!? どういった学歴ですか!? お姉さんタイプと妹さんタイプのどちらに当てはまるんです!? ま、まさか未成年じゃないですよね!?」
そんなキミも設定上は未成年だ。
どんどん誤解がユアセルフで膨れ上がっていってしまう。このままでは膨らんだほっぺが破裂してしまいかねない。
俺は、レーシャちゃんの華奢な肩に手を置いて、そっと制する。
「いったん、落ち着いてくれ。レーシャちゃんの思うような色恋沙汰じゃないから」
「……はえ? そうなんです? 私はてっきりナエ様が部屋のベッドに腰掛けて神妙そうに女性の名前を口にしたので……」
うん、これは俺が悪い。
部屋のベッドに腰掛けて神妙そうに女性の名前を口にしたら勘違いしてもしょうがなかった。
それに、もしレーシャちゃんが同じ状態だったら俺だってそうする。
「とりあえずひとまずそれはそれとしておいておくとして」
「すごい露骨に話題変えようとしてますね。ナエ様が嫌がるのであれば私も追求はしませんけどぉ~」
追求はしないが、不満は残るらしい。
レーシャちゃんは腰に手を添え口でへの字を描いた。
別に隠しているというわけではない。なのだが、やすやすと他言するような話題とも思えない。
「(内容が内容だからなぁ……しかも明らかにバグってる話だし)」
あまり不用意に吹聴すると別の歪みを招きかねなかった。
俺が口ごもっているとレーシャちゃんは隣にすとん、と腰を落とす。
「お話ししたくないならそれはそれでいーですもん! でもナエ様ってばさいきんぼんやりさんだから私とっても心配してるんですからね!」
強引に乗せられた重みに堅めのベッドが軋みをあげて波打つ。
「今日なんて1番ヒドかったです! ナエ様がグリフォンに咥えられて飛んで行っちゃったときは血の気が引いたんですから!」
咥えられて飛んだ俺とまったく同じ感想だった。
あのときレーシャちゃんは、ぶえやぁぁぁと叫んでいた。それがドップラー効果で遠ざかっていく。
俺は急いで剣を抜いてグリフォンの首を切断した。あとは自由落下で森に落ち、当たり前のように無傷だった。
「注意散漫な冒険は一生の怪我を負いかねません! いま私はとても怒っているんです!」
ぷい、と。膨らんだ顔を逸らされてしまう。
コレはさすがに平謝りするしかない。
「その節は申し訳ありませんでしたし、あれはさすがに不徳の致すところでした。もう2度と討伐中に油断しないよう注力して参ります」
「……すごく丁寧な文面なのにまったく心が籠もってないように聞こえてしまうのはなぜなんでしょう……」
しょうじきなところ彼女の言う通りだった。
近ごろの俺は、らしくない。ことあるごとに考えに浸ってしまっている。
それもすべてあのバグ空間で体験したことのせい。ユイ・アルカという少女が起因しているのは間違いない。
「ナエ様さっき思い詰めてるっていいましたよね? じゃあやっぱりなにかお悩みがあるんですよね?」
鋭い。というよりほぼ自白したようなものか。
あるいは自白させられてしまったのかもしれない。
ただひとつ言えることは、この子が俺を心配して部屋を訪ねてきてくれたということ。
「よろしければご相談に乗らせてください。私はナエ様のお力になりたいです」
愛らしくぱっちりと開かれた瞳は真っ直ぐで澄み渡っている。
本心から力になりたいと望んでくれていた。だから逃げられそうにない。
俺も覚悟を決めねば。軽く伸びをして解しつつ、そのまま後ろに体重を逃がす。
「この街にフィオラルーメンっていう宝飾店があったんだ」
「へぇぇ? 名前だけでもオシャレそうなお店ですねぇ?」
あったんだよ、本当に。
小さな手がかりだった。しかしじっさいに見つけてしまった。
ゾッとしたさ。あの夢のなかで出会った少女の言っていた言葉が現実に侵食してきたのかとさえ思ってしまった。
「その店は夫婦経営の店でさ。夫のほうは革細工が得意で、妻のほうは銀細工が得意。周囲からもおしどり夫婦とか言われてるくらい仲良しな2人なんだ」
「まあ! ご夫婦揃って職人さんとは素敵ですね! おふたりの技術も噛み合ってる感じがしてうらやましいです!」
この話にはつづきがある。
俺が調査していくうち、とあることに行き着いた。
仲睦まじい夫婦には、1人娘が存在している。
「2人にはユイ・アルカっていう今年で10才になる娘がいるんだよ」
「あっ。その子がさっき話題にでたユイさんなんですね」
レーシャちゃんは得心がいったとばかりに手をポンと打った。
俺はしかとこの目で視認している。表情や仕草は違えど、間違いなく彼女だった。あの空白の世界にいた少女がこの世界にも実在していた。
「学校にも通っていて明るくて利発そうな子で、休日は店の手伝いを欠かさない、友だちの多いとてもいい子なんだ」
じっさいに遠巻きから見ていたが、普通の子だった。
道端の小石をつま先で軽く蹴りながら歩く。気に入った花を見つけてしゃがみこんでしばらく眺める。お腹が鳴って恥ずかしそうに周りを見回す。
争いどころか死すらいまだ身近にない。本当にどこにでもいるような、普通の女の子。
「(なのに、なんであんな……!)」
モノクロの世界で出会った彼女であり、まったくの別人だ。
しかしこの世界存在するユイ・アルカもまた、彼女だった。
俺は深く呼吸をして強ばった身体から力を抜く。
「それで、キミはなんで俺の部屋にきたんだ?」
「……はい?」
隣にはレーシャちゃんがいる。
スカートから伸びる白いおみ足を交互にぱたつかせながら俺の声に耳を傾けていた。
だがこのレーシャちゃんはおそらく普通のレーシャちゃんではない。
「就寝時間的に考えてレーシャちゃんはもう夢のなかだ。もしこんな時間に部屋をでてくるとなれば同室のキュニュも邪推してついてくるはずだろ」
「ああ、やっぱり気づかれちゃってましたか。けっこうがんばってマネてるんですけど、やはり本質が異なりますもんね」
豊満な胸元に六弁の紋章がボヤリと浮かんだ。
※つづく
(次話との区切りなし)
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