118話【VS.】魂を還す、最後の子 ユイ・アルカ 2
もう否定しようのない、バグ。
ここにいる少女の存在そのものさえ歪み散らしていた。
『……忘れないで、そこに生きた人々の魂を……』
音にガラスを引き裂くような異音が混ざりはじめる。
電子音というか、古い電子機器が最後に発するような雑音。
『……忘れないで、忘れないで、忘れ な い で、記憶、記録、キロク、キロ、ロ、ロ、ロ――消え、消え、消え き れ な い で』
少女のシルエットにも異変が混入しつつあった。
錯綜するような線が縞になって色がずれる。赤と青が互いに滲んで少女の姿が2重に裂ける。
『わた……し、は……ザザッ……ここ……に……』
「な、なにが起こっているのです!? 空に無数の石碑めいたモノが大量に!?」
「いやコレは石碑じゃねぇ!? なかに描かれてるもんが現実みてぇに動いてやがるぞ!?」
少女の崩壊とともに中空へ数々の映像が出現した。
もちろん技術力的に遅れたこの世界の住人にとってははじめて見るもののはず
空中に浮かぶディスプレイ。
廃村。崩れ落ちる教会。崩落する城壁。
平穏を裏返す。
『あが、グアアアアアアアアアアアア!!』
巨大な腕に絞られるよう獣人女性の下半身が、ひしゃげた。
上半身だけとなった彼女は、使えなくなったゴミのように放り投げられ、没する。
焼け焦げた井戸。干からびた畑。踏み荒らされた祈りの跡。
軋む扉の奥で息を潜める影。
『イヤだ止めて! その呪いで終わらせないで!』
とあるモニターではローブを被った者たちが半龍女性を囲う。
女性は陣の中央で身動きがとれないのか、必死に懇願するだけ。
『普通に殺して! お願いだから! その呪いで死を迎えたら魂が怨嗟の輪廻に囚われてしまう!』
だがローブと杖の集団は、詠唱を止めることはなかった。
半龍女性は美しい顔を歪めながらも、一切身動きがとれていない。
やがて黒いローブの集団は、無言のままいっせいに杖で陣の隅を打つ。
『どうして!? どうしてこんな惨いことを!? ワタクシがいったいなにをしたというの!?』
陣が光りを強め無数の腕のようなものが女性の身体を束縛した。
そのまま彼女は裂けるような悲鳴とともに陣のなかへと引きずりこまれていった。
奪われた灯火。歪められた聖像。裂かれた旗。
名を呼ぶ声は風にほどけ、応える者はもういない。
魔の群衆の足音だけが響き渡る。
それは恐ろしい細規則的で、無慈悲に。
人々に逃げ場はなく、祈りさえ届かない。
膝を折る。頭を垂れる。抗う意思が砕ける音。
差しだされるのは命ではなく、服従。
「(こ、これは……! この世界が辿る未来なのか……!)」
俺は、この凄惨たる末路を見て、予測した。
登場しているのは、六冠含むメインキャラクターたち。そのキャラクターたちが次々に魔の軍勢によって滅ぼされていく。
ギルドで見た顔の冒険者たちも、はじまりの村の受付も、どこかの街で見た物売りも。例外はない。
焼かれ、裂かれ、食われ、飼われ、住まわれる。人類が食物連鎖で家畜以下となった世界の記憶が意識に濁流の如く流れこんできた。
「……あ、あれは」
そして俺はとうとうその姿を捉える。
捉えてしまう。
彼女またそのスクリーンのなかに登場している。
『また、ダメだった』
数多の死の頂点に彼女はいた。
『がんばったのに……だれも、すくえない。こんなの、わたしひとりじゃ、どうしようもない』
奪った者、奪われた者、関係ない。
人と魔の死の上で、孤独に1人が佇んでいる。
『望まない未来に至る終着点を変えるにはなにかが足りない。この欠落した世界を完結させるためにはそこにはまるはずだった欠片がある』
それはいったい幾度目なのだろうか。
少なくとも1回や2回ではない。もっと、ずっと、多く。
『それを探しだすまで、たとえ精神が朽ちようともなんどだってやり直してみせる。こんな中途半端で出来損ないの物語のままでは決して終わらせない』
少女は、辛うじてぶら下げていた剣を反転させた。
刃を握る。指が切れて血が伝う。
そしてそのまま彼女は躊躇無く心臓に向かって剣を差し入れる。
『たとえ心が壊れようとも……きっと』
そのつづきはなかった。
少女が血を吐き涙を浮かべたところでブツン、と。映像が暗転した。
「…………」
俺は言葉さえ忘れて暗転したディスプレイを眺めていた。
手は震えている。手だけじゃない。前進が心の底から震えている。
コレは怯えているのではない。列記とした懺悔に近しい、それ。
身が内側から焼かれるような錯覚を覚えた。
それ以上にどん底まで己のしたことの過ちを後悔する。
ふと気づくと、頬に手が触れていた。
『聴こえたよね?』
ユイ・アルカと名乗る少女がいる。
いつそこにいたのか、わからない。いつからここにいたのかさえ、わからない。
彼女の泣き腫らしたような目が、目前に迫っていた。落ちんばかりに向かれた眼球の奥には、怯えきった俺がいる。
『これが魂の連なりを描き、怨恨の螺旋を紡ぐ世界の物語たち。誰かが捨ててしまって放棄されたため終わりを目指せない世界のお話』
彼女の手がそっと俺の頬に添えられた。
体温はなく感触もない。しかし責めるでもなく、ただ触れているだけ。
静寂に鼓動が五月蠅いほど響いている。心臓が破裂しそうなくらい脈動を強めていた。
『ワスレナイデ、ワスレナイデ、ワスレナイデ、ワスレナイデ、ワスレナイデ……』
鼓膜に焦げつくように幾度と繰り返される。
まるで複数人の声だ。眼球の奥で色々な音が重なって心さえ束縛してくる。
ただのひとこと、ゴメンナサイといえたらこの底冷えする恐怖は消えたのだろうか。
しかしいまの俺は謝罪することすら恐れている。そこにあったはずの生きた、という事象を否定しかねなかったから。
「てめぇぇいい加減に帰ってきやがれエエエエエエエエエエ!!!」
「――ッ!?」
次の瞬間、俺の身体は横薙ぎに飛翔していた。
頬には鋭い痛みを覚えた。閉ざしかかった目が開眼する。意識の覚醒に遅れて殴られたという実感があった。
地面に叩きつけられるのと同時に、俺はトルパルメに叩き起こされたのだと理解する。
「こんな状況で棒立ちしやがってぇ! とっとと起きて手伝いやがれってんだぁ!」
トルパルメは倒れ伏す俺に馬乗りとなって殴打を繰り返す。
右ストレート、左フック、顎下へのアッパー。矢嵐の如く俺の顔に拳が降り注ぐ。
さすがにこのままでは2度寝になりかねない。俺は慌てて彼女の手を掴んだ。
「く――ぐぅ!? 痛っってぇなぁ!? なにすんだよ!?」
「なにすんだよじゃねぇ! さっさと剣を握って加勢しやがれぇ!」
がなりつけられ、慌てて身を起こす。
すると周囲には尋常ではない数の魔物が迫っていた。
ドラカシアは、必死に魔法で押し返そうと応戦している。
「お身体のほうは大丈夫ですか!?」
身体どころかなにもかもが、ちぐはぐだった。
記憶を掛け違えたか。まるで状況が掴めない。
「……え? 俺、どういう状況だったの?」
「唐突に呆然としたかと思えば魂を抜かれたかのようにそのまま呆けておりました! その間に大量の魔物が現れてしまいワタクシたちは包囲されています!」
立ち上がりながら周囲を再確認する。
すると体育館どころかヒトガタや、あの少女の姿すらなくなっていた。
洞窟の空洞には、所狭しと出没した魔物が奇声を上げている。
「ナエ・アサクラ! コイツらは森から消失した魔物たちで間違いない! 僕らを帰さないよう徒党を組んでいるらしい!」
サーファが短剣を手ににじり寄る魔物たちを牽制していた。
しかもこの空間には生存者たちまでもがいる。冒険者たちが外枠で内枠の一般人たちを守るように防戦を参加している。
少女の姿どころか、体育館も、血色の池すらない。ヒトガタの姿はなく、魔物の群れと衝突していた。
あまりある突拍子のない事態に、脳がついて行くことを拒否している。
「軽くでいいから……説明してもらってもいいか?」
「洞窟の角を曲がった先でキミが外へ繋がる扉を見つけたんだ! それで生存者たちを招集して全員で脱出する手はずだったじゃないか!」
「……だっしゅつ? ……とびら?」
なんだそれ。
悪夢から目覚めたら悪夢がつづいている。
果たしてコレが現実かすら不明瞭だった。いままでのが夢だったとしてどこから夢だったのかさえわからない。
ただひとつだけ言えることがあるとすれば、魔物群れの向こう側に扉がある。
さらに扉が開いていて、外の景色が広がっていた。
「いいから早く殲滅に参加してくれたまえ! せっかく無事に発見した行方不明者たちをここで失うことになるぞ!」
「お――おう!」
俺は精霊の剣を引き抜いて魔物の群れに突進した。
そこからはとにかくがむしゃらで無我夢中だった。
「GEEEEEEEEEEEEE!!」
襲いくる魔物は、およそ一般的。
例外はない。ほとんどがアークグランツ周囲でよく目にする魔物たちで構成されている。
容易くはないが、それほど難しい相手ではない。
「ハアアアアアアアアアアアア!!」
「GYOッ!?」
震える少女に飛びかかろうとするゴブリン。
俺はそれを下段からの突きで喉を貫き通す。
返す刃でゴブリンの死骸を魔物の群れに放り投げる。それで体勢を崩した別の魔物を袈裟斬りにする。
敵の数は多く保護対象もいる。しかしこちらには大ギルド直属の六冠が3名もいた。
「がおっ! こりゃあ全員で帰れたってことを親父に報告してやらねぇとなぁ!」
「そうですね! しかもナエさんはワタクシたち生存者を迅速に保護してくださいました! その上で脱出口の発見までこなすとは賞賛に値します!」
「進退窮まる局面で行方不明者たちを守護していたドラカシアくんもなかなかじゃないかぁ! しっかりと恩賞をもらわないとねぇ!」
トルパルメ、ドラカシア、サーファの戦いはまさに破竹の勢い。
《原子魔力変化》したトルパルメは拳や爪で魔物を打ち倒す。
サーファの指示で冒険者たちが陣を組む。ドラカシアの魔法は支援と守備に徹して隙がない。
「(色々考えている場合じゃない! いまはこの場を乗り切るために剣を振うんだ!)」
そこで俺が遊撃として剣を振りかぶる。
ここが現実であるという確証は時を経るたび確信へと変わっていく。
俺たちは森のなかで扉を見つけてなかに入ったのだ。そして魔物に襲われている冒険者たちを救い、ドラカシアと合流した。
それから脱出経路を捜索して、現状に相成る。奇怪なことに精霊やミケンタウロウス、少女に関わる記憶は夢であると認識できた。
「(ユイ・アルカ)」
最後の1匹を斬り伏せて扉の外にでた。
行方不明者たちたちは歓喜し、喜びの涙を携え、生存を祝して抱き合う。
それを満足そうに眺める六冠たちを尻目に、俺はふと振り返る。
「………………」
もうそこに扉は、なかった。
木漏れ日があふれる森がただ広がっていて、身体は疲労に満ちている。
それ以降、あの扉の出現報告は訊いていない。
どころか冒険者たちも、昨夜見た夢を覚えていないかのように、扉の記憶を忘却していった。
ただ1人だけ。俺だけがあの扉のことを忘れられないでいる。
『ワスレナイデ』
絶対に忘れてはいけない気がした。
だから俺は街に着くなり走りだしていた。
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