120話 終わりつづけた世界の端切れ《End of Never End》
ほがらかなだったはずの表情が刃物のように研ぎ澄まされる。
「さいきん様子がオカシイと思えばなにを下らないことをやっているんですかぁ? ちょくちょくでかけている姿は拝見していましたが……よりにもよって一般家庭のストーカーとかドン引きなんですけどぉ?」
「う”っ……それを言われるとぐうの音もでない」
煽り慣れた口調に俺はたじろぐしかない。
先ほどまでの活発そうだったレーシャちゃんから一変、裏勇者ちゃんの降臨だった。
彼女は俺のほうに腰を揺らしてにじり寄る。そうして低い位置から舐めるように睨め上げてくる。
「しかも標的が10幾ばくしかいかない幼女とは、いくら創造者とはいえ救えぬほど度し難い愚行ですよねぇ?」
なんで人を責めるときのこの子はこんなに楽しそうなのか。
ガワはレーシャちゃんのまま。しかし可愛らしさのなかにどこか意図的な演出が混ざっている。
「自発的にこの世界で行動することは止めません。が、過ぎたるコトをすれば普通に衛兵を呼ばれて縄をかけられてしまいますよぉ?」
「そういうヘンな意味じゃないんだっての! ただどうしても知っておかないといけないことだったんだ!」
悪意というか、本質というか。よく言えば彼女には嘘がない。
しかも近ごろはあまり表面化しなかった。それだけになぜいまこのタイミングなのか。
だが、少しだけホッとしている自分がいるのも事実だった。なにしろ彼女は知っている側のキャラクター、数少ない真実の担い手。
俺はニヤつく裏勇者ちゃんから逃げるように目を逸らした。
「ごめんいまそういうふざけられるような状態じゃない……」
「あらあら? いつになくしおらしいんですね? それと別に私はふざけてませんけどぉ?」
異変になにかを察したか。
裏勇者ちゃんは居住まいを正して優雅に脚を組んだ。
「あの日のこと……たぶんキミは知らないと思うから。あの白と黒だけしか存在しない扉の向こう側のことを」
「あの日、というと。先日の地下道で魔物退治をしたさいに梯子を私に上らせて下からスカートのなかを見ていたときのことでしょうか?」
いやそれじゃない。
って言うかなんでオマエがそれを知っているんだ。
「ちなみにあれ、私というか私自身も見られていることに気づいていましたからね」
「あ、ふーん……気づかれてたんだ、そっかそっか」
あとでちゃんと謝ろう。
じゃなくて。
「その2日前の夜中にドラカシア・ルメルスを救助しただろ。レーシャちゃんを危険な目に合わせたくなくて連れていかなかったから翌朝に俺が怒られたヤツ」
「ああ、そちらでしたか。たしかにあの件に私は関与していませんから知りようがありませんね」
あれはかなりしぶとかった。
翌朝になってドラカシア救出の報がギルド内に流布される。
その貢献者として俺とトルパルメ、サーファの名が大々的に知れ渡ってしまったのだ。
遅れてその報を知ったレーシャちゃんは、激怒した。
おいていかれたというのが逆鱗に触れたらしい。それはもうプンプンだった。
怒りは数日を経て未だつづいている。食後にスイーツを献上しなければいつ再燃するかわったものではない。
「それで今度はなんの因果律に触れてしまったというのです?」
「森に現れた扉の向こうには別の世界が広がっていたんだ。その世界に色はなくて……1人の少女がすべてを動かしていたように思える」
「また数奇な事象を呼びだしたものですねぇ。馬糞にたかるハエみたいなものでしょうか」
たとえがヒドい。
レーシャちゃんだったらそんなこと絶対に言わないもん。
って言うか誰が馬糞だ。ひと通り傷つきながらつづける。
「そんな悲しくて寂しい世界にいた女の子がユイ・アルカって名乗ったんだ。うろ覚えみたいだったけどフィオラルーメンのこともその子が教えてくれた」
「そこで劇的なひと目惚れをし、ストーカーに転職したということですかぁ。青臭い若さというのは考え物ですねぇ」
すごい、全然違う。
そもそもこの敵か味方かも定かじゃない。裏勇者ちゃんに相談しようということが間違いだったか。
というより俺はそもそも相談をしているのだろうか。自分自身でもここ数日の己の動向に責任がもてていない。
ただふとした拍子に走りだしている。
なにもかもを放りだすような勢いでユイ・アルカのことを全力で追いかけていた。
「ふふ。ヒドい顔してますね」
伏した視線の先に笑みが潜りこんでくる。
ニタニタ、と。唇の端だけがもちあがって三日月状の孤を描く。
笑っているのに温度と感情がない。まるで魂のみが抜けだしたような空白の笑み。
「アナタがいまなにを求めているのか当てて差し上げましょうか?」
瞳の奥は底がないくらい深い。
彼女を見つめつづけたら吸いこまれてしまいそうになる。
見上げても見下げても情緒が変わらない。たぶんだが見下しているのではなく、弄んでいるのだろう。
俺は是とも否とも応えずに彼女の言葉を待った。そうすると裏勇者ちゃんは身を引いてからベッドに掛け直す。
「その子って……77777回繰り返した何週目の子供だったと思います?」
「っ」
胸の中央に思い切りグサリときた。
言葉の槍が心の奥底を的確に貫いてくる。
「いえ、もしかしたなら存在すらしていない概念的幽体かもしれません。輪廻の円環に囚われてたゆたう思想という可能性も大いに考えられます」
小難しい話はよくわからない。
しかし裏勇者ちゃんは遠回しにこう言っていた。
あそこに存在したユイ・アルカは今回の周に存在しないはずのユイ・アルカである、と。
そして彼女は、固まったまま動けない俺の肩の上へ、頭を寝かせる。
「いいじゃないですか、そんな些末で矮小な存在は。もう終わってしまった世界の端切れのようなものです。いまさらナエ様が気に病んだところでどうしようもないことです」
いまさら。そう、いまさらなのだ。
この終焉なき世界は、俺の手を離れて、無限周回を繰り返す。
だから今回以前の周回で生まれたあの化け物と、今周回のユイ・アルカは別物といってもいい。
だけど、と。俺は吐息とともに音を吐く。
「あの子の見せてきた映像には凄惨な末路が描かれていた。それを俺にだけ見せてきたということはなにかを求られているってことじゃないか」
「ああ。それは残留思念の類いですねぇ。先ほども言いましたが幾度と繰り返していると端切れがたまって形になってしまうんです。私も何度か出会ったことはありますけど気色悪いのでそのつど燃やしました。あれに意志はありませんし自然現象みたいなものとお考えください」
肩に乗った温もりと子守歌のような声が意志を微睡む。
しかし俺にはそう思えない。迷宮にいたユイ・アルカの幽体はたしかにこう言った。
ワスレナイデ。
あれは意志だ。彼女からの伝言だ。
自然現象なんてチープな言葉で片付けていいものではない。
「……助けてはやれないのか?」
「無理です。無駄です。無知蒙昧です」
「せめて解放してやるとかは?」
「なにをバカなことを。魂は、とうの昔に解放されています。囚われているのはアナタの発想だけですよ」
驚くほどに一辺倒な回答しか返ってこなかった。
もういない。もう終わってしまったこと。裏勇者ちゃんの考えは頑なである。
「忘れないでって言われたんだよ。あの子とそれに付随するなにかが俺に語りかけてきたんだ」
「じゃあ忘れなければいいんじゃないですか? そんな小さなことをいちいち心に留め置くのは不合理極まりないですけどね?」
なんかムキになってないか。
声にも普段より微かに感情が乗っているような。
それでいてどことなく怒っているみたいな。
俺が顔を覗きこもうとする。すると裏勇者ちゃんは俺のことを突き飛ばし、身を離す。
「ナエ様も心労でお疲れのようですし、私も今日はもうおいとまさせていただきます」
立ち上がるとそそくさとばかりに出口のほうに向かっていってしまう。
けっきょく表情は見せてくれないらしい。肩に残る彼女の温度がじょじょに冷えていく。
俺は去りゆく背をそのまま見過ごすわけにはいかなかった。
「ま、待てよ! けっきょく答えは訊けてない! 俺の求めてるものっていったいなんだ!」
裏勇者ちゃんの足がピタリと止まる。
逃がしてはならないと気が急いていた。ここしばらく、あの迷宮以降、寝ても覚めても胸の奥に薄い靄がこびりついていた。
食事の味はしないし眠りも浅い。なのに気づいたら朝がきている。
なぜだかじっとしていられなかった。
足の裏がうずく。意味もなく走りだしたくなる。心臓の鼓動と同じ速さで感情がせり上がってくる。
いまもそうだった。去って行く彼女の背を見て、胸の奥が焼けつくように熱くなった。
しかし裏勇者ちゃんは、背を向けたまま動かない。
「そんなの簡単ですよ」
だけど、ほんのわずかに彼女の肩が揺れた。
「ナエ様は許してほしいんです。そんなとり返しのつかない状態に陥った子供の複製を見つけてまで許されたいんです」
ハンマーで横面を殴られたような衝撃を覚えてしまう。
くらり、と。目眩を覚えて俺の身体は座ったままの姿勢で前に転げてしまいそうだった。
急激な虚脱感が全身の力を根こそぎ奪っていく。
「ですがそれはもう終わったこと。気に病む必要はないんです。だからアナタは明日も愉快に踊りつづけてください」
納得してしまった。
納得してしまったからこんなにも空虚なのだ。
ただ許されたいという一心だったのだ。だから俺は数日をかけてまでユイ・アルカという少女を探しだしてしまった。
「私ではない私もナエ様の異変に気を揉んでいます。他にも親しい冒険者たちが心配しているようです。なのでさっさと立ち直ったほうがいいですよ」
裏勇者ちゃんは頑ななほど、こちらに振り返ろうともしなかった。
まるで意固地に帰ることを伝えてきているみたいに。
ヘンなところで頑固なレーシャちゃんと仕草がよく似ている。
だから俺は最後にこれだけを彼女自身に聞いてほしかった。
レーシャちゃんにではなく、彼女に向けて問う。
「俺が、やったことはそれほどヒドいことなのか?」
答えは、なかった。
ただパタン、と。静かに扉が閉じる。それだけ。
「せめていつものように笑い飛ばしてくれよ……」
以降、ギルドの掲示板を見ても、あの扉の発見報告はない。
いまも世界を漂っているのか、それともあのときが最後で消滅したのか。
緩やかにではあるが、俺はヴェル・エグゾディア世界の日常に戻る努力をしている。
答えは見つからなかったし、見つかるとも思えない。
だが、彼女がそこにいたということだけは未来永劫決して忘れることはない。
もう、レーシャちゃんの涙する末路を絶対に繰り返させないと誓う。
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最後までご覧いただきありがとうございました!!!




