115話 迷宮の主《Phantom Sovereign》
白と黒だけで塗り分けられた空洞を掻き分けるように進んでいく。
幅は狭く人が2列で歩けるかどうか。天井もゴツゴツとしているため頭の上を通り過ぎていった。
それでも俺たちは足を運ぶ。
静寂が耳をつんざくように音のない世界を進みつづける。
色が消えた世界は、生命そのものが停滞しているみたいに窮屈だ。
まるで世界そのものが息を潜めているようだった。
しばらく歩くともう幾度目かの開けた入り口に差し掛かる。
俺は気配を殺しつつ手にした松明を掲げた。
それに合わせて後列のドラカシアが炎の魔法を紡ぐ。
「《火炎》」
油に濡れた布に火花が散って炎が灯って瞬いた。
俺は半身を隆起に隠しながら片手で松明を投じる。
「――――――――」
「――――――――」
「――――――――」
モノクロの空洞に橙の光があふれた。
すると空洞のなかを回遊するみたいに3体の精霊がぼやりと姿を現す。
手も足もなければ輪郭さえ曖昧な影。そこに存在するということでさえ躊躇う見た目をしている。
俺は身を微かに乗りだすと、指で輪を作った。
「あれは回遊型だな。俺たちの探している帰巣型とは別みたいだ」
《遠視》を発動し覗きこむ。
空洞内の精霊たちは同じ場所をぐるぐると這いつづけている。
「では消火して次に参りましょう。1体ならまだしも3体を相手にするのは少々骨です」
「倒しかたがわかったところで危険なのは変わらない。明かりを消せば姿も消えるのは救いだな」
ドラカシアの白い指先が空気を撫でるように広げられた。
しなやかに開かれた手から陣のような紋章が浮かび上がる。
「《水流》」
魔法によって生みだされた水の塊は、横たわる松明の炎にぶつかった。
じゅう、という焼ける音がして光を閉ざされる。と、精霊たちの姿もまた喪失した。
俺は穴蔵から抜けだして濡れた松明を拾い上げる。
「よし、この調子で巣に帰るタイプの精霊を探しながら進んでいこう」
素振りして滴る水を弾く。
腰巻いた縄の円に濡れた松明を挿し、また新たな松明を装備した。
掻き集めた物資で作れた松明の数は8本。無駄にしないために濡れた松明は乾かすことで代わる代わる再利用していく。
青年の目撃した精霊は、心臓をもって巣に帰ったといっていた。
いま俺たちは先ほど見えた精霊とは別で、目的のある精霊を探している。
だがいっこうに帰巣するタイプの精霊は見つからない。すでにここで8回目の不発を引いていた。
「本当にあんな与太話めいたもんを信じていいのかぁ? もしかして狂乱して見えないもんでも見たんじゃねぁか?」
トルパルメは頭の上で手を組みながら辟易としたため息を吐く。
すっかり衣装は乾いている。ふかふかの襟巻きに伸縮性のある薄地を身にまとっている。
さすがにここまで外れだと文句のひとつも言いたくなるか。
「そうだとしても理屈はある。ないものは記憶に残らないだろ」
「だとしてもだろぉ……こんな草の根分けるような探しかたじゃ見つけられる気がしねぇぞ」
彼女の言いたいことにも一理あった。
たしかにこのやりかたは決して効率的とはいえない。
「でもこのやりかたは考え得るなかで1番の安全策だ。もうこれ以上の犠牲を増やすわけにもいかない」
「そう言われるとなんともいえねぇんだよなぁ。こっちだって2度とあんなヤツに入りこまれたくねぇし……」
トルパルメは尾を垂らし、渋々といった感じに項垂れた。
やはり黒い精霊に入りこまれたことがトラウマなのだろう。
ドラカシアが獣耳が生えた彼女の頭にポンと手を乗せる。
「しかしそれでも情報を得て生きながらえました。まったくの無知だったのにいまのワタクシたちは敵のおおよそを掌握しています」
「まずドラカシアが救助と対策を。その次に俺がトルパルメの被害を見て対処法を。最後にサーファが討伐法を見つけだした。ここまでの行動にはなにひとつ無駄なことがなかった」
その積み重ねこそが最大の強みだった。
いまの俺たちは、迷いこんだはじめのころとは違う。この空間の根源にまで迫りつつあった。
しかも3つの冠は合流して完全回復を遂げている。
「どうやらあの青年が見た池というのが根源である祭壇だろうね。そしてそこに人間の心臓を捧げることで黒い精霊が生みだされ、また新たな心臓を得るために動きだす」
「がおっ……誰がなんのためにんなもんこさえやがったんだぁ。たちが悪いとかそういうレベルじゃねぇだろ」
「これは死者を冒涜する行為に他なりません……! このまま憎しみの螺旋を紡ごうとするのであれば然るべき対応で誅するまでです……!」
すでに地中の核を破壊するという討伐方法が判明していた。
各々先を見据えながら警戒は解かず。しかし足どりに淀みはない。
「(また新種がでたらトルパルメに任せられる。それでもし黒い精霊が現れたらこんどは俺は壁役だ。ドラカシアとサーファを守れさえすれば2人でなんとかしてくれる)」
ここから俺のやるべきことは守護だ。
この天才たちが自分のペースで動けるよう支援すること。
反撃の狼煙が上がりつつある。もう見えぬ闇に震えて座すだけの小心者ではない。
だが、やはり1つだけ腑に落ちない点がある。
「(俺はヴェル=エグゾディアにこんなイベントを創作した記憶がない。この空間そのものがループ世界の造りだしたバグであることは確定している)」
ここは俺が創作しかけた世界だ。
なのに本人でさえ知らぬ状況で物語が混濁している。
「(こんな作為的なイベントが果たしてただのバグなんだろうか。明らかにこの世界は悪意をもって造られている)」
いままで経験してきたバグは、突拍子もない現象に過ぎない。
しかしこの扉の先に広がった白黒は、なにものかの介入を臭わせていた。
「(カール・ギールリトンや裏勇者ちゃんのような存在がまだいるのか?)」
転生者。
しかも悪意をもって転生した者がいる。
あくまでひとつの可能性に過ぎない。だが、無視していいという話でもない。
「(もしそうだとして、俺は……)」
思考に費やせる時間はそこまでだった。
「がおっ! あれを見ろっ!」
盾役を担う俺の背後で、声が漏れた。
トルパルメは尾耳をピンと立てて身を乗りだす。
その瞬間、全員が彼女の指差す方角を見て、驚愕する。
「あ、あれは……内蔵ですか?」
ドラカシアは気色悪いものでも見るかのように口元を抑えた。
空間内を滑るように浮いている。ピンク色をしたなんらかの物体が。
「大きさから見て人のものではない。だがあれは確実に――」
サーファが言うまでもなく、場の全員が理解した。
あれは間違いなくなにものかの心臓。しかもそれ単体で鼓動しつづけている。
俺は即座に松明を抜きだして浮かぶ心臓のあたりに投げた。
「《火炎》!」
ドラカシアは俺の意を即座に汲む。
煌々と燃ゆる火球で松明の先端に火を灯した。
生みだされた光源を横切る影が1つ。
「――――――――」
心の臓を抱えた精霊は回遊せず。
意図的にどこかへ向かっていた。
「ヤマをはっていた甲斐があったようだね。あの青年の話ではこの近辺に祭壇があると言っていた」
「あれはおそらく扉に誘われた魔物の心臓ですね。やはりこの空間に迷いこんだのは人間だけではないということです」
「明かりをつけながらじゃねぇと姿が見えねぇ! ここからはアイツを追いながら周囲の警戒もかかせねぇぞ!」
ようやく尻尾を掴んだ。
黒い精霊の狙いは人のみならず。森から消えた魔物たちもまた贄の対象らしい。
この好機を逃してなるものか。俺は飛びだして松明を手にとる。
それから消えかかりつつある黒い精霊のほうへ光源を掲げた。
「アイツを追うぞ! みんなは明かりの届かないところから俺の後につづいてくれ!」
六冠の3人は戸惑うように互いを確認し合う。
だが、やがてすぐに俺のほうへ決意の眼を集める。
「命さえ厭わないその勇気に敬意を評する」
「もしオマエがとり憑かれてもぜってぇ助けてやるからな!」
「我ら六冠におまかせください。アナタの背はワタクシたちが守ります」
これでいい。
たとえ俺が犠牲になっても六冠がいる。
この手練れ3人さえ無事ならば。あの生存者たちを確実に脱出させてくれるはず。
俺は固唾を呑みながら岩壁を伝う。こちらに見向きもしない黒い精霊の後につづいた。
明かりがあるだけで白と黒の世界が一変する。
隆起する岩肌の凹凸がヒダのような影を無数につくっていた。
松明に照らされた橙の洞窟は、内蔵のような錯覚をさせてくる。
そうなるとあの扉はさながら顎か。喉と食道を通り広々とした胃に差し掛かる。それからまた細道へと入って長い長い道のりを下っていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息苦しい。喉が詰まるかのように呼吸がしにくい。
いつ襲われるかもわからない。緊張感ですでに喉がカラカラだった。
しかし絶対に心臓を携えた精霊の背を見逃さない。この光明だけは絶対に手放してはならない。
背後を見る余裕すらなかった。だから3人が着いてきているのかさえ見ることは許されない。
「(帰るんだ……全員で生きて帰る! こんな世界で全滅なんて創造者の俺が認めない!)」
ちょっとでも気を抜けば転びそうだった。
壁に手伝いながら1歩1歩を堅実に踏みしめる。
精霊の速度はずっと変わらない。まったく足を止めることなく滑るようにどこかを目指している。
「――――――――」
そして精霊が鋭角な丁字路の空洞を右折した。
影を見失いかけて俺は慌てる。
「(まずっ、見失う!)」
急ぎ丁字路へと駆け寄ってから松明を右側に掲げた。
すると驚くことにそこには、扉がある。
しかも開いている。開いたままなかには光すら通さぬ闇が広がっていた。
「……は?」
※つづく
(区切りなし)
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