114話 命の代償、償いの誓い《Labyrinth Crash Days》
眠りかけていた視界に、ひょっこりと。
トルパルメが身を乗りだすようにして俺の上へ覆い被さってくる。
「逆になんでオマエらは保存食をもってるんだよ……」
「飯は冒険者の基本だろ。火や水は魔法でだせても飯は調達する以外にねーからな」
俺は気怠い身体に鞭打って身を起こす。
それから腰下げのポーチに手を突っこんで中身を漁ってみた。
するとなかになにやら入れた覚えのない包みが混入していることに気づく。
「がぉ? ソレってパンじゃねぇの?」
「なぜあんパンが俺の荷物に入ってるんだ……しかも2つ」
だいたい犯人は1人しかいない。
おそらくレーシャちゃんが焼いたパンをコッソリ忍ばせていたのだろう。というかソレしか考えられなかった。
俺は、なぜか入っていたあんパンの包みをそっと地面に置いて差しだす。
「腹減ってないからそれぞれで食べてくれ。もし食べないのなら他の生存者に配ってもいいぞ」
別に腹が減っているというわけではない。
レーシャちゃんの好意かもしれないが、いまは食べる気が起きなかった。
置いたあんパンにサーファの手が伸びて1つ掴む。
「僕はありがたくいただかせてもらうよ。頭脳労働は滋養が命だからね」
「オレも晩飯たらふく食ったからイラねぇ! だがナエはスープくらい胃に入れてから眠ろ! 寝て回復するためには薪も大事だぜ!」
なんだか途端にキャンプみたいになってきたな。
総合的に見るなら遭難のほうが近い。魔法で水を汲み火を起こす。やけに凸凹の鍋は生存者の誰かがもちこんだモノか。
煮て塩を振って完成だった。なんとも質素で素朴だが喉を潤すには十分なサバイバル飯の完成である。
「おお! これはウマいな! なかに入ったジャムの甘さで唾液腺が広がる!」
「ジャムじゃなくてあんこな……まああんこも大豆のジャムだろうけど」
「がお? 残った1つはどうするんだ? 誰も食わねーならせっかくだしオレがもらっちまうぞ?」
またしてもあんパンは大絶賛だった。
お貴族のサーファでさえ頬を押さえて身をよじるほど。
余っているパンは1つ。絶賛するサーファを横目にトルパルメが最後の1つに手を伸ばしかける。
「もしよろしければその余ったパンをいただけませんでしょうか?」
以外にも名乗りでたのはドラカシアだった。
わずかに困った笑みを浮かべながらおずおずと挙手した。
「オレは別にいいぜ。誰もくわねーならもらおうと思ってただけだし」
「ナエさんもそれでよろしいでしょうか?」
「誰が食べても構わないよ。俺はさっさとスープを飲んでさっさと寝たいだけだから」
とは言ったモノの少し意外だった。
トルパルメも伸ばした手を引いて呆然としている。
ドラカシアは俺たちに会釈してからパンをそっともちあげた。
「実は生存者のなかに気を患っているかたがいらっしゃるのです。甘味を差し上げれば少しはやわらぐかと思いまして」
彼女はまるで心を読むかのように微笑を傾ける。
どうやら自分で食べるためではないらしい。
「そのかたはワタクシと合流する前に黒い精霊によってお仲間を亡くしているのです。遺体は回収しましたけど、そのときのショックが癒えぬまま数日間ずっと伏せっております」
ドラカシアの海色をした瞳が洞の端を見つめていた。
そちらを見ると1人、冒険者と思われる背格好の青年が膝に顔を埋めている。
かなり遠巻きであるが、その一帯の湿度は高く、他の生存者が近づく気配はない。
「ありゃ完全に精神崩壊直前だな……あんな残酷なやりかたで仲間を失ったとありゃ無理もねーが」
トルパルメは不快そうに片側の目端をすぼめた。
危うく自分もその犠牲者のひとりだったのだから思うことも多いだろう。
「かなり心へ傷が残る場面を目撃したようで、うわごとのように同じ言葉を繰り返しているのです。だから誰も彼の近くに寄ろうとしていないのですよ」
身体の傷はともかく、心の傷までは癒やせないか。
ドラカシアをもってしても、かなり重体のようだ。
スープを飲み終えた俺は器にもう1杯よそってから立ち上がる。
「いちおうオレも付き合うよ。六冠のドラカシアには言えないこととかあると思うし」
「まっ。慈愛の心意気痛み入りますわ。なにぶん六冠という称号は脱ごうとしても脱げませんので困っていたのです」
ドラカシアも横に流していた脚を伸ばして立ち上がった。
するとトルパルメがなにやら含みのある笑みをこちらに向けてくる。
「オマエいますぐ寝たいんじゃなかったのかー?」
「寝るなら気持ちよく寝たいだけだよ。後顧の憂いなしってよく言うだろ」
「きひひっ! んなこといって心配で眠れねぇだけだろがっ!」
無粋なヤツめ。
言葉にしないのが粋ってことを理解していやがらない。
せっかく全員での脱出を掲げているのだ。このまま衰弱でもされたら目標が完遂できないではないか。
「では参りましょうか」
「ああ」
俺は、ドラカシアの後に追従した。
空間を見渡すと、生存者たちの疲弊が空気を通して伝わってくるかのよう。
全員生気を失ったようにうつむいていたり、硬い地べたに寝そべっている。ときおり俺ではなくドラカシアに会釈するものもいるがみな一様に疲れ切った顔ぶれだった。
こんななにもないところに閉じこめられ縋る希望も見当たらない。まさにここは人の精神を病む牢獄の檻である。
そして生存者たちから離れた場所に、彼はいた。膝を抱えてうずくまるように鎮座している。
ドラカシアは、そっと膝を音して彼の背に手を沿わせた。
「お加減は如何ですか。ここにきてアナタはほとんど口なさっておりません。そろそろ食事をしないと身体が参ってしまいますよ」
頭の高さを合わて優しく吐息混じりに囁く。
声色は警戒する小動物に語りかけるくらい慈悲にあふれている。
しかし彼女の慈愛に対する返答はなかった。
「………………」
まるでどこ吹く風といわんばかり。
反応もなければ、膝に埋もれているため表情さえまったく見えない。
それでもドラカシアは諦めず。あんパンを中央で分け、伏せる少年に差しだす。
「ひとくちだけでもいいので頬張ってみてくださいな。さすればきっと身体は生きたがっていると知れるでしょう」
が、それでもやはり反応は皆無だった。
丸くなった背が呼吸で呼気で微かに動いている。膝を抱える手もたまに痙攣するような動きを見せている。
どうやら死んでいるというわけではないらしい。
「ずいぶん意地っ張りのようだけど、ずっとこうなのか?」
「……はい。お声どころかお顔すら見せてくれない始末でして手をこまねいております」
よほどショックなことがあったと見るべきか。
彼は、心を閉ざしながら外界からの刺激に抗っていた。
「脱出できるかもしれないんだぞ?」
「………………」
「死んだのは友だちか? 仲間か? それとも恋人や家族か?」
「………………」
俺の呼びかけにもまるで応じようとしない。
多少傷に触れる物言いをしたんだが、やはりダメだった。
心の強さは人によって異なる。きっと彼はこうなってしまうほど大切なモノを失ってしまったのだ。
「これは……せめて脱出をしてからじゃないとケアのしようがないな」
「そのようですね。一刻も早くこの忌むべき場から救いだして差し上げなければ」
対面どころか対話すらままならない状態だった。
俺とドラカシアでは力及ばず。落胆で肩を落とすしかない。
「………………」
ふと、視線を戻す。
なぜとかそういうのではない。ただ気配が遅れてやってきた。
わずかに遅れてドラカシアも俺の見つめる先を追う。
「……あ」
彼女にとっても虚を衝く展開だったらしい。
意外な光景に短い吐息を漏らした。
なぜなら伏していたはずの青年が顔を上げている。
「だ……しゅ、つ?」
俺とドラカシアは固められたかの如く呼吸を忘れた。
なぜなら彼の顔から目が離せなかったから。
瞳は強ばるように丸く剥きだしになって瞬きすらしない。真っ赤に血走って充血しきっている。
頬は痩せこけ、眼窩も窪み、唇はかさかさに乾いてひび割れていた。
なのに彼の口元には歯が整然と並べられて、半月の形に開ききっている。
「――あは」
そしてそれは暗雲から落雷が生まれるほど唐突に起こった。
「あはっ! ひ、ひひひひひっ!」
場違いな音色が1点から空気を揺らがす。
青年は、狂ったようにゲタゲタと喉を掻き乱すみたいに笑う。
「ひゃはっ! ひゃぁはははははははっ!」
まるで段階をようにして、その感情の渦は巨大となっていく。
「全員まとめて死ぬんだよぉ!! ここからは脱出なんてできねぇ!!」
「っ!?」
「な、なにをっ!?」
静寂がガラスが砕けるようにして破られる。
俺とドラカシアは衝撃を受けながら呆気にとられるしかなかった。
ただ目の前で狂い咲く姿を網膜に焼きつけるだけ。
「俺は知ってるんだ見ちまったんだぁ!! アイツらの姿は眼で見えるようなものじゃない!! そしてヤツらこそが命そのものなんだよ!!」
青年は、狂っていた。
涎、涙、鼻水。あらゆる液体をまき散らしながら吠える。
「俺は、弟の後を追ったんだ! もちろん弟のガワはとっくに死んでることも理解していた! だから俺が追ったのはクソ野郎が弟から抜きとった魂のほうだ!」
感情が暴走していた。
爪で髪の毛を掻きむしりながらがなり立てる。
「アイツらは引き抜いた魂を血のような池に投げ入れやがった!! しばらくしてから新しいバケモンがグツグツグツグツ湧いてきやがった!!」
この青年は救われる前に壊れていた。
ドラカシアと合流するより先に破壊されている。
「俺はビビってたさ! だから咄嗟に松明を部屋に投げ入れたんだよ! そしたら心臓を呑みこんだ池に数え切れないほどの人の影が伸びまくってやがった!」
心が疲弊した生存者たちは、慄き、怯えていた。
この凶人と化した青年の言葉から逃げるように耳を塞いでいる。
「おとうとも……アイツらの1匹になっちまったんだ。……だから、もう俺には……殺せないんだよ……」
青年は、あらゆる感情をはき散らかしたあと、さめざめと泣き始めてしまう。
再び膝の中に顔を埋め、くぐもった声で泣きじゃくっていた。
血縁を失ったという衝撃で壊れかけている。
おそらく彼のなかに渦巻いているのは、心が焼けついてしまうような激しい衝動。生きるという目的さえ見失ってしまうほどの後悔。
「ごめんよぉ……ごめん、守ってやれなかった……ずっと一緒に旅してきたのに……」
青年は呪詛のように謝罪を繰り返す。
下手な励ましはかえって傷つけかねない。
ドラカシアもそう思ったのか、差しだしたパンを引き下げる。
「生者の心臓を贄として魔物へ変貌させる祭壇ですか……なんてむごいことを……」
柔らかな眼差しの奥には、刃のような光が宿っていた。
人を魔物に変えるというところに明確な悪意がある。バグっているのひと言で片付けていいものではない。
「(これはいままで体験してきたバグのなかでも作為的すぎる。なにものかの意志が介在していないと説明がつかない)」
当然だが俺のなかにも怒りが滾っている。
胃の腑に鉛を流し入れるような不快感でいっぱいだった。
「これはもう他人事じゃない! この歪みを放置すればなし崩しに世界そのもの危機になりかねない!」
一刻も早くこの空間を消滅させねば。
青年には悪いがいまのところ被害は少なく済んでいる。
しかし増えつづけるというのであれば確実に害なす存在だ。
このまま空間が肥大化し黒き精霊があふれれば。もっと大量かつ甚大な被害を及ぼしかねない。
もしその被害者のなかにレーシャちゃん、シセル、カイハ、モルグやエリン――仲間がいたなら。
いつのまにか俺は、さめざめとすすり泣く青年の肩を強めに掴んでいた。
「ぶっ壊す。もうそれ以外の解決法はない」
「……はい?」
鼻横がしきりに痙攣する。
怒りが詰まるように眉間にシワが集まっている。
「この空間そのものが2度と現れないようにぶっ壊すんだよ! キミみたいに悲しむ連中をこれ以上増やさないために!」
いまきっと俺の顔は醜く歪んでいただろう。
しかし青年はあふれでる涙で瞳を曇らせながら手を重ねた。
「……おねがいします! お願いしますッ!! こんな閉ざされた下らない世界なんてぶち壊してください!!」
強く籠められた力とハッキリ吐きだした言葉こそ、悲願だった。
ならばやるべきことはただ1つ。この忌むべき場所からの脱出では足りない。
トルパルメも犠牲になりかけた。ドラカシアだってそう。ここにいる生存者たちもまた必要のない恐怖に苛まれつづけている。
この迷宮は余りに多くの命を弄んだ。これからつづく未来でもっと多くの命を奪う可能性がある。
ならばもうやるしかないではないか。
「(物語をぶっ壊すしてやる!!)」
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