113話 儀式迷宮《Rite of the Labyrinth》
大物狩りを終えた俺たちは一時的なアジトに戻っていた。
帰りの経路きた道を戻るだけ。これといって接敵もなければ平和なモノ。
そして六冠3人を含む俺たちは、挨拶もそこそこに向かい合って腰を据える。
「それでは作戦会議と行こうじゃないか。議題はここからどやって脱出するかだね」
「がおっ! 一般市民もいるわけだしさっさと日の光を浴びさせてやらねーとな!」
「俺らは今日きたばっかりだけど、ドラカシアたちはかなり精神的に疲労抱えているはずだしな」
「ワタクシはともかく疲弊しているかたは多くいます。とくに女性や若い子が心配ですね」
俺を除けばそうそうたる面子が揃い踏みだった。
サーファ、トルパルメ、ドラカシア。六冠のうち半分が場を先導してくれている。
空間の端で膝を抱えていた冒険者たちの目にも光が戻りつつあった。
男女混合で孤立無援という限界状態で倫理を保てているのは奇跡に近い。
通常であれば気が狂って人の一線を越えていてもオカシクはないはず。
それもすべてドラカシアが律していたからだろう。
「ではまず最悪の可能性から埋めていこう。ナエ・アサクラ、キミならいまの状況でなにが最悪だと思うかね」
サーファの指がパチンと弾かれた。
指名された俺は、しばし考える素振りを見せる。
しかし考えるまでもない。そんなものは決まっている。
「脱出口がないことだ。もし扉が入り口だけの一方通行だとしたらもう帰る術はない」
目的は行方不明者たちを連れての生還だ。
出口がなければ話にならない。
「ふふん、いい答えだ及第点をあげよう。だがしかし脱出口がないという可能性は限りなく低い」
「そりゃ黒い精霊たちが表にでた形跡があるからだろ。つまりこの空間とあっちの現実世界は相互に繋がりつづけている」
扉の現れた森は生命が停止していた。人どころか魔物の気配さえなかった。
サーファはうんうんと剛気に頷いてから口をへの字に曲げる。
「それでは50点だから及第点はあげられないよぉぉ? ちなみに合格は80点からだからねぇぇ?」
うわ、コイツ腹立つ。したり顔も調子に乗った声もムカつく。
そもそも会議で問題形式をとるあたり人を下に見ている証拠だ。
俺が悔しさを噛み締めていると、隣でドラカシアがすっと白い手を真っ直ぐに上げた。
「先ほど伺った話によれば森からトロルが現れたということでしたね」
あっ。思わず口からヘンな声が漏れてしまう。
アークグランツ周囲に現れない魔物が現れる。そもそも扉世界に辿り着いた元凶が魔物だったではないか。
ここにきてようやくサーファが及第点を暮れなかった理由を理解する。
「森に生命の気配はなかった。だがこの扉から異端な魔物が表に流出している。つまり世界の相互通行が可能と見るべきだね」
結論よりも手法だった。
俺は結末を求める余り仮定を無視ししてしまった。ゆえに50点止まり。
トルパルメは相づちを打ちながら尾をピンと伸ばす。
「がおっ。ってことはこの世界に連れこまれた魔物はどうなっちまってんだ? 殺されてるにしては臭いも気配もなんもねーぞ?」
どうやらまだ服は乾いてないらしい。
華奢な身体に沿う襤褸布隙間から薄い傷と素肌が透けている。
とはいえ彼女は気にした素振りもなく大股を開いて胡座を掻いて挙手をしていた。異性からの視線にあまり頓着がないのだろう。
「ま、まあ……そのへんのことは仮定の域をでないため、と、とにかく色々まとめていくしかない、かな?」
サーファは、柔肌を晒すトルパルメを一瞥し、すぐさま眼を逸らす。
「(あ、コイツ滅茶苦茶意識してる。もしかして女性にそれほど耐性がないのか?)」
がんばって眼を逸らそうと努めているのがモロバレだった。
しかもチラチラと視線を戻すあたりむっつりの気配も感じられる。
俺は逆襲とばかりにサーファの耳に顔を寄せる。
「……本人は気にしてないっぽいし見るならいまがチャンスだぞ……」
「……ば、ばばっ、馬鹿をいうな! じょ、女性の生肌を直に見るなんて不埒なマネができるわけがないだろう……!」
途端に彼の顔はうつむいてしまう。
瞳の動きもしどろもどろで、烈火の如く耳の先まで紅潮した。
現状のトルパルメは絶壁であるため、巨乳好きの守備範囲外だから俺は問題はない。
「と、とにかくだぁ! ドラカシアくんに尋ねたいことがある!」
「(お、ちゃんと振り切ったな。貴族とか言ってるだけあっていちおう女性へのマナーは手堅いらしい)」
それでもやはりチラチラとトルパルメを見てしまっている。
こればかりは責めようがない。純粋な男の性だった。
仕切り直すようにしてサーファはわざとらしく咳払いで場を整える。
「ドラカシアくんはあちらに寝かせてある遺体を目視したかい?」
あちら、といいつつ指を差すことさえおこがましい。
サーファは横たわる遺体のほうに視線を送って、ドラカシアのほうを見つめ直す。
するとドラカシアは微かにまつげの影を伸ばし、膝の上で祈りを結ぶ。
「拝見親しましたし、いちおうこの場で可能な限りの供養も行いました。しょうじきなところ……見るに耐えないほど凄惨なものとなっております」
声が震えているのは、怒りか。それとも悔しさか。
どちらもだ。目覚ましいほど美しい横顔には、悔やみきれないといった口惜しさが漂っている。
「では、遺体のなかに足りないものはあったかね?」
「――っ」
サーファの問いかけにドラカシアの肩がひくっ、と跳ねた。
「あったのであばそれ以上辛い言葉を口にする必要はないよ。状況証拠として損失があったという事実のほうが大切だからね」
「いえ……検死の結果は死者の語る言葉としてもっとも重要な証言です」
彼女は一拍ほど置いて躊躇いがちに息を整える。
「遺体はすべて心臓が抜きとられております。そのいち部分だけがすっぽりと空洞のように喪失しておりました」
だいぶ、きな臭いことになってきた。
遺体の心臓が抜かれている。考えただけでぞっとする。
つまりあの黒い精霊は人のもつ心臓を奪うことために活動しているということか。
「がおっ……胎内に潜りこんで内臓を盗むとかかなりエグいな」
「……殺意しかないってことじゃないか」
被害に遭ったトルパルメだからこそ思うことも多いだろう。
しかめっ面のように顔を中心に寄せて、感情を思い切り表にだしていた。
俺だって産毛が総立ちになるくらいの恐怖を覚えている。
「心臓は神や悪魔を崇拝するさいに供物とされる魔術的な意味合いが多いのさ。生命の根幹である内臓は、精霊の核と同じく、人の心臓もまた生命の核といえるからね」
「これらの現象は儀式を行うさいの贄ということでしょうか……」
「この異空間そのものが儀式場ということなのかもしれない。そうなると儀式を執り行っている術者を倒せば脱出できそうだ」
もっている情報をだしあうだけで視界が開けていく。
そもそも今回の騒動は人々が消息を絶ったことが起承転結の起だった。
それから森から存在しない魔物が現れ、突如として扉が出現し、森から生命が消失する。
「この空間を作った術者は魔物や人間の心臓を生け贄に捧げてより強力な魔物を作ろうとしているのか?」
「僕らで倒したあの混合獣を見るにそうとしか考えられないね。あんな魔物はどの書物でも見たことがないよ」
サーファの推測が正しいとしたら非常にマズい事態だった。
つまりこの空間は、罠。術者が用意した網のなかということになってしまう。
「禁術使い、死霊術士、カルト教団……ゴブリンシャーマンの群れや遺恨の固まった高位レイスという線が妥当かな」
「がぉぉ……ぜんぶクソほど厄介な連中じゃねぇか。どーりで物理が効かず光に弱ぇわけだぜ」
トルパルメの尾が苛立たしげに地べたを幾度と叩いた。
全員が深刻な面持ちで静まりかえる。
情報が出揃ったということ。あとは、この迷宮の出所である主を討伐するしかない。
だがやるべきことは定まりつつある。そうと決まればやることはひとつしかない。
「そんじゃ俺はここらでひと眠りさせてもらうぞ」
俺は滞った全身の血流を促す。
両手を高く上げて伸びを入れてからその場で横になった。
朝から働き詰め。座りこんでしまったらもう立ち上がる気力すら残されていない。
なにより瞼のほうが身体以上に重くなっている。いまから再探索なんてやってられるか。
六冠の3人もしばらく黙ってこちらを見つめていた。
「僕も彼に賛成だ。とはいえ頭を使ったので眠る前になにか胃に入れておきたいかな」
「集めた糧食のほうに保存食の余りがありますわ。量は少ないですがスープにして身体を温めましょう」
「そういや今日のコンテストでくすねた飯がいくらかあるぜ。どうせ日持ちもしねーだろうし食っちまうか」
顔を見合わせながらゆるゆると動きだす。
それぞれにもち寄った食材を道具入れから引っ張りだしていく。
乾燥した木の実やら肉やら。なかには固めた脂身など。見事に保存食ばかり。
「おーい? ナエもなんか食えるもんもってねーのか?」
※つづく
(区切りなし)
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