112話 ボウケンシャノサイノウ《Adventurer’s Talent》
その詠唱とともに彼の瞳に幾層もの光が映しだされた。
周囲には無数の魔術式が花弁のように展開し円環の如く回転をはじめる。
「これはッ!?」
時間の流れが止まった気がした。
しかし現実はそうじゃない。おそらくサーファだけが超高速で処理を行っている。
サーファ・クリオンというキャラクターの周囲だけが隔絶されて、切り離されていた。
「ぐっ”――あ”あ”あ”!?」
その間にもドラカシアの苦痛はつづいている。
俺はたまらず彼女に駆け寄った。
「ドラカシア! 諦めるな! いまサーファが――」
「わた、くしの身体はもちます……! 鱗でぜんしんの皮膚硬度を上げ、亀裂を避けているので……っ! はやく、たいしょほうを……!」
添えかけた手がドラカシアの手に制されてしまう。
彼女の言う通りだった。トルパルメのときより負傷の進行が劇的に遅くなっている。
きっと龍の血が黒き精霊からの侵食を阻んでいるのだ。人ならばものの数秒で死に至る致命傷を鱗で防いでいた。
だが決して無事というわけではない。胸の中心を押さえながら、息をするのにも大量の汗を滴らせている。
1秒が一生のように感じた。
ドラカシアの呼吸する音が途切れぬよう願うことしかできない。
そうして俺が歯がみしつつ拳を握りかけたとき、ようやく。
「見えたぞ! その黒い精霊とやらの本質が!」
サーファがパチンと弾くように指を鳴らす。
まさに希望の開花だった。絶望の底に天使の梯子が降りてくるかのよう。
「精霊には例外なく必ず核が存在しているんだ! それを破壊すればドラカシアくんの胎内に入りこんだゴミを駆除できるやもしれない!」
「核だと!? 見えないものを探して身体を剣で貫けっていうのか!?」
俺は思わず声を荒げた。
ドラカシアの胎内にいる精霊を賭けで貫くなんて。そんなものは打開策ではない、強攻策の博打だ。
だがサーファは凜々しい表情を横に振る。
「先の話から察するにトルパルメくんを襲ったのもこのタイプだろう! しかしあの勘の良い彼女が戦闘で核を見逃すはずがない! それでもやられたということは実体をもたないタイプの精霊で確定済みさ!」
与えられた情報の断片でここまでの推測をたてるとは。
しかも彼は、俺の与えた情報以上のものを環境という緻密なところからも拾いあげている。
そしてサーファはドラカシアの座りこむそこを勢いよく指し示す。
「核が見えないということは発見されないところにあるということに他ならない! つまり影の這う場所、地面のなかとかに存在しているはず!」
「――っ!?」
考えてる暇はなかった。
俺は立ち上がって精霊の剣を引き抜いてから構える。
「うおおおおおおおおおおお!!」
サーファの示すドラカシアの直下に切っ先を突き入れた。
さすがは神譚遺物といったところか。剣身はまったく抵抗を感じることなく、硬い岩の地面を容易に貫き通す。
「(たのむ、たのむ、たのむ、たのむ!)」
もはや念じるだけだった。
剣の7割ほどがドラカシアの下にある岩を滑るように貫いた。
次の瞬間だった。
『KYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
『KIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!』
幾重にも重なるように恐ろしい慟哭の嘆きが闇を震わせた。
どこからか聞こえてくるものではない。周囲全域360度から直接、脳裏に浮かんでは弾けるような音の重なり。
やがて空間全域へと打ち上がった悲鳴の尾が静かに流れを止めていく。
「かはっ……ハァ、ハァ……!」
「ドラカシア大丈夫か!?」
ドラカシアの苦痛に満ちた悲鳴が止んでいる。
俺は剣を放りだし、慌てて駆け寄った。
「た、すかりました……このご恩は、わすれません」
「そんなのはどうだっていい! 自分の身体を心配することだけに専念するんだ!」
彼女は舌をだしながら辛そうに息を荒げている。
どこからどうみても満身創痍だが、悪化は止まっていた。
しかしいますぐ彼女を動かせる状態ではない。見た目以上に内臓が傷ついている可能性も大いにあり得る。
「治癒魔法を使うさいはより大きな光源を作りだしてからのほうがいいようだね。おそらくヤツらは影を渡り歩いて生命を脅かすタイプらしい」
光沢のある革靴が音を踏んで近づいてきた。
サーファの読みはおおよそ正しい。ドラカシアたち生存者が犠牲を経て得た攻略法のひとつでもある。
「光源魔法ならば強めのもちあわせがある。ドラカシアくんは彼のいう通りみずからの回復にあたりたまえ、《浮光》」
指を弾くと宙に瞬く光が出現した。
ドラカシアの聖光ほど範囲はない。しかし影が消えるのに十分な光量だった。
するとドラカシアは「痛み入ります」苦しそうに身を起こすと、錫杖を掴む。
「っ……《創生再帰》」
触れた胸の中央あたりからじわりと光が身体を包みこんでいく。
切れた頬や腕傷など、ゆっくりと塞がってから清らかな肌が繋がっていった。
とりあえずこれで一難が去ったということでいいのか。
ふぅぅぅ、と。肺を絞る。急激に全身の力が抜けていくのがわかる。
「はぁぁ……よかったぁぁ……」
立っていられない。俺は無様に尻からへたりこんでしまう。
ミケンタウロスでの大立ち回りだけでも難所だった。だというのに加えて黒い精霊まで現れるとは。
腰砕けてへばる俺の肩にとん、と手が置かれる。
「よくやったと褒めてあげよぉぉう! 今回の事態を収束させるのにキミの力は大いに役だったからねぇぇ!」
「………ああ、そりゃどうも」
もはや言い返す体力さえも残っていない。
なによりサーファがこの場にいなければミケンタウロスや精霊に勝てなかった。
体力皆無のモヤシ。しかして天才という肩書きは頂を冠するだけの実力を秘めている。
「いいよオマエの手柄だ。じっさいサーファがいなかったら俺たちはやられてたからな」
ぐうの音もでない、降参だった。
欠点があるとはいえ彼の力はホンモノ。
俺如きなりたての冒険者がどうこう口を挟む余地はない。
「なにをいっているんだいキミは?」
しかし仰ぎ見ると、素っ頓狂な声が降ってくる。
サーファは眼を丸くしながら俺のことを見つめていた。
「僕らは互いにやれるべき役割を分担をしただけだろう? なぜそれが僕だけの手柄ということになるんだい?」
馬鹿にするでもなければ見下した感じすらなかった。
ただ彼は純粋な疑問を呈しているかのように口を開く。
「キミが敵を引きつけドラカシアくんが隙を作る。僕はその様子を観察し的確な指示を飛ばす。誰か1人でも欠けていたら同じ結果にはならなかっただろう」
紐解くように、指が3本立てられる。
「先に言ったよう僕は使う側で、キミたちは使われる側さ。しかしそこに上下差はなく横並びであくまで平等。だって人はそれぞれの秀でた得意な分野で分担をする生き物だからね」
ものすごい正論だった。
逆にサーファをモヤシと馬鹿にしていた俺のほうが馬鹿だったのかもしれない。
なにかにつけて癪に障るヤツだが、彼の信念には筋が通っている。
「それにこの深々と刺さった剣を見てご覧よぉぉ! こんなに硬い岩を紙のように貫き通しているじゃないかぁぁ! これぞキミにしか扱えない最高の得意分野ってヤツじゃないかぁぁ!」
「(いやそれは俺のじゃなくて本来ならレーシャちゃんのモノなんだけど……)」
「己をもっと誇りたまえナエ・アサクラ! キミは僕が扱うにふさわしい駒のひとつになっているんだからねぇぇ!」
「けっきょく駒であることは変わらないのか……」
やはり六冠とは底が知れない。
欠点もあるし、気に入らないところもある。
しかしそれすら霞んで見えるほどに魅力に満ちていた。
「ドラカシアくんが動けるようになったら1度戻って駒の数と配置を整えようじゃないか。僕がいればにじり寄るポーンでさえ一騎当千の兵に化かしてあげよう」
「ふぅ、身体の内外問わず致命傷はあらかた塞がりました。細かな傷は自然治癒に任せましょう。いまはとにかく合流を急ぐことが先決です」
ドラカシアも治癒を終えて衣服を整えている。
細かな傷は痛々しいものの活動に差し支えないレベルにまで回復していた。
肌に浮いていた鱗も引き、裾からはみだしていた尾も隠れている。
尋常ではない胆力だった。死に追いやられたというのに震えもしない。それどころか2人は猶予なく対処に踏み切ろうとしていた。
「(今回の敵は俺だけじゃどうしようもなかった。やっぱり冒険者の頂点にいるコイツらの場馴れは桁が違う)」
しょうじき、格好いいとさえ思ってしまっている。
戦いの場を颯爽と去ろうとしている。その背に憧れすら覚えていた。
だが、2人もまたこちらに振り返る。
「さあナエ・アサクラも急ごうじゃないか! ただし僕の歩調に合わせてもらうよ!」
「今回の戦いでワタクシたちはアナタを全力で信頼することに決めました。さすがギルド長カール・ギールリトンに選定されし器ですわね」
出会ったころとは違う。
いっぱしの冒険者と認めるような勇壮な笑みだった。
やってやろうじゃないか。それを受けて俺は笑む。
大地から精霊の剣を引き抜くと、背の鞘におさめて歩みだすのだった。
「(最後に聞こえた悲鳴……あれはまるで、人のようだったな)」
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