116話 未来のない扉《Already Ended》
困惑しながら試しに松明を掲げてみる。
しかし扉の奥は照らせない。まるで壁のように闇が立ち塞がるだけ。
こんな話は聞いていない。あの青年は池があると言っていた。扉があるとは言っていない。
「この扉の奥に……迷宮を造った主がいるのか……?」
俺は恐る恐る扉の奥に手を伸ばしかけた。
すると背後から仲間たちが追いついてくる。
「ナエ・アサクラ! 急に走るんじゃないビックリしたぞ!」
どうやらちゃんと着いてきていたようだ。
サーファたちが息せき切るように丁字路を曲がってくる。
「がお? なんだこの扉? 表で見たのと同じヤツじゃねぇか?」
「ワタクシも見覚えがあります。これは入り口になっていたものと同様の扉ですね」
俺の見間違えではなかったらしい。
トルパルメとドラカシアは扉を見るなり身構えた。
岩壁に生えるよう佇む扉は、この世界の入り口と酷似している。
誰がなんのために造ったのか。語らぬ扉は闇を召し抱えながら鎮座している。
「がぉぉ……このなかに黒い精霊が入っていったってことかよ……」
「心臓を贄とする祭壇も奥にあるのでしょうか?」
「気は進まないね。またランダムに飛ばされたなら合流し直すのも手間だろう」
六冠たちは神妙な面持ちだった。
もしこの扉が入り口と同様だったのなら。次はどの世界に繋がるのかわかったものではない。
しかも飛ばされる先は無作為に選択されてしまう。せっかくこうして集まれたのにまた危険を犯すことになりかねなかった。
だが、ここまできて引けるものか。ついに手元までたぐり寄せたのだ、脱出までの糸口を。
俺は決心すると、ちょうど隣にいるトルパルメとサーファの手を握る。
「じゃあみんなで仲良く飛びこもうか」
別れてしまうのならみんなで揃って飛びこめばいい。
つまり一蓮托生。
「うぇぇ……それはそれでマジかよぉ」
「ひ、非常に利己的で短絡的な考えかただねぇぇ! ぼ、ぼぼ、僕は別にかまわないけどさぁぁ!」
トルパルメは繋いだ手を見つめながら愛らしい顔を歪めた。
サーファは強がっているが、触れているだけで、震えているのがわかるほど。
「ではワタクシはナエさんの腰にしっかりと手を回してしがみつきます」
ふわり、と。長い腕が包みこむように腰に回された。
ドラカシアは俺を抱きかかえるように身体をぴたりと密着させてくる。
「……なんでだよ。サーファかトルパルメの手を握れよ」
「いえいえ。やはり一致団結するにはこの方法が1番かと思われます」
囁くような吐息が片方の耳をくすぐった。
彼女の滑らかな髪が首筋や頬に当たってくすぐったい。
背中に押しつけられた柔らかなものは、衣越しでもなお確かな弾力を主張し、じわりと体温が伝わってくる。
「なにより救ってくださったご恩は決して忘れません。ワタクシはアナタへ無類の信頼を置いております」
そう呟くと、ドラカシアの締め上げる力が増した。
全体重を預けるみたいに俺の背に彼女自身がのしかかってくる。
同時に背へもたれる温もりと甘き感触がより色を濃くした。
「じゃ、じゃあオレも思いっきり組みつくぜ!」
「それがいいねぇぇ! いざとなったら優秀な壁役の責務をこなしてもらおうじゃないかぁぁ!」
提案にトルパルメとサーファも同調する。
2人もまた俺の両腕を抱きかかえるみたいに腕を組んできた。
いま俺はまさに完全形態へと移行する。両腕、背に六冠の3人を従え、装着する。
「どういうじょうたいだよこれはぁ!? なんで六冠が俺の装備品みたいになってんだよぉ!?」
重い。あと暑苦しい。
っていうかこのままだと歩くことさえ困難だった。
「オマエが言いだしっぺなんだからしゃーなしだ! オレは黒い精霊に入られるのはもう勘弁だからな!」
「それでは勇敢に行こうじゃないかぁぁ! いざ漆黒が広がる扉の向こう側へぇぇ!」
「ご安心ください! もしナエさんが侵食されてもワタクシの魔法で即座に対応できます!」
トラウマ2人とビビりだった。
なんだかんだトルパルメとドラカシアは1度侵食されている。だからかモロに黒い精霊を避けたがっている。
しかもサーファに至っては、完全に腰が引けて青ざめていた。
六冠でも怖いものは怖いらしい。
いまの状況は大蛇の口に飛びこむようなものだ。
「やってやろうじゃねぇかぁ! 鬼だろうが蛇だろうがでてきやがってんだぁ!」
俺は勇気を振り絞って前へと進む。
そして漆黒の渦巻く扉の奥へ踏み入った。
たら、れば、なんて。
もしかしたらこのまま外にでられてしまうかもしれない。
そんな空虚な妄想は、刹那の間に消し飛ぶ。
「(………………)」
扉を超えた先に世界が広がっていた。
俺はいま目の前にある光景を愕然と眺めている。
言葉で形容しようと思えばいくらでも吐きだせる。しかしあまりに意外な光景を叩きつけられ声がでない。
「……がおっ? なんだここ? 講堂かなにかか?」
「声の通りがよく空気も綺麗で人の手が加わっている……建造物のようですが?」
「床は木目だけど材質は木ではないようだね。しかも不規則に描かれた色とりどりの線は魔法陣かな」
違う。戸惑う3人の感想と俺の感想はおおよそ別にある。
断言できる。ここはヴェル・エグゾディアの世界とは別次元だ。
窓から差しこむ夕陽は、柔らかい色をしている。
高い窓から差しこむ橙の光が床に長く静かに伸びていた。
磨かれた木の床は、かすかな光を受けて淡く照り返す。誰もいないはずの空間にどこか温もりだけを置き去りにしていた。
俺は、この場所の名前を知っている。というより俺の側の人々なら大半は見知っている。
「(……体育館だな)」
扉の先に広がっていたのは、体育館だった。
しかもただの体育館ではない。俺が中学のころ通っていた中学校の体育館だ。
「(俺が卒業してから間もなく古い校舎はとり壊されたんじゃなかったか? そのとき体育館も一緒に建て替えたはずだ)
周囲を見渡してみても、古い記憶のまま。
年季を漂わせる茶掛かった木壁のシミも、染みついた床のへこみも、天井の隅に挟まったバレーボールまで。
夕日に照らされた体育館が俺の知っている形で存在している。
「はっはーん? さてはここが儀式場だなぁ? ずいぶんと小綺麗だがカルト集団がご高説を賜る場所そっくりだぜ」
「(義務教育の場をカルト集団に繋げるんじゃない! 校長先生が悪の親玉みたいになっちゃうだろ!)」
毎週つまらないことを長々と話すバケモノ、それが校長だ。
ある意味では生徒の敵と言える。
「幾重にも重ねられた線にも規則性が存在するみたいだ! この美しい円を否定する線の入りかたは神を否定する悪魔信仰の紋様に似ている!」
「(それはバスケで使うのスリーポイントの線! そっちの枠はバレーのヤツ!)」
「この空間には神聖さを上回る闘気がこびりついています。床の傷や摩耗具合から察するにおそらくはここで数多くの死闘が繰り広げられていたようです」
「(みんなここでスポーツとかするからね! あとこの校舎は俺の親も通ってたし歴史あるよね!)」
ツッコミが追いつかない。収拾のつかない事態だった。
俺にとってはゆかりある見知った場所。しかしサーファたちにとっては見ず知らずの異界の地。
先のない扉の先に繋がっていたのは、母校の体育館だった。
「(おそらく俺の記憶が混ざりこんだバグだ。現実にはもう存在していない場所が記憶からロールバックされているのか)」
案の定バグだった。
まさかこんなノスタルジックな場所に繋がっているとは思いもよらない。
「ところで入っていったっつー黒い精霊はどこいったんだ?」
トルパルメが注意深く周囲を警戒していた。
その直後に異変が起こる。
窓から差しこんでいたはずの夕日がバツンと切り替わった。
それだけではない。消灯していた体育館の電気が次々に点灯していく。
そしてスポットライトを浴びるように中央が照らされる。
「な、なんだ!? 敵の襲撃か!?」
この空間、なにが起こってもオカシクはない。
俺は慌てて精霊の剣を引き抜くと、急ぎ構えた。
そんななか俺以外の3人は、姿勢低く構えながらも冷静さを失っていない。
「あれが噂に聞く血の池だね。だが――」
サーファは口元を抑えながら目を細めた。
ドラカシアも錫杖を構え、トルパルメもいつでも飛びだせる体勢をとっている。
「あれは……髪の長い、女か?」
「情報にない存在が介入していますね。果たして見逃していたのか、それともいまここに現れたのか」
先ほどまでなかった。
体育館の中央には、ぽっかりと穴が開いている。
大きさは目測で5mほどだろうか。穴の中には真っ赤な水が注がれており静かに波打っていた。
そしてその血というには光沢に満ちる水面の上に、佇む人影かひとつほど。
「(……誰だ?)」
知らないことがこれほど恐ろしいこととは。
なぜなら俺は、あの子のことを、記憶していない。
「ナエ・アサクラ……キミはあれがなにか知っているかい? ちなみにだけど僕は知らないよ」
「すまん俺もわからない」
「オーケー。じゃあひとまずここにいる全員が知り得ない特殊な個体と位置づけておくとしよう」
様子から察するにドラカシアとトルパルメも知らないようだ。
冒険の熟練者である六冠さえ未知なる存在ということになる。
水上に佇む影は、明らかに人の形を摸していた。
2本の手をだらりと垂らす。爪先で水面の上に佇む。透明なほど生白い肌からは生気を感じられない。長髪は伸びきって身長よりも長く、うつむいた顔を隠す。
光の束に佇む光景は額縁に飾れるほど美しい。だけどそれがより生々しいミステリアスな様相をかもしだしている。
「……ふむ。ではここで少しだけ作戦を変更してみようじゃあないか」
緊張感を保ちつつ対峙していと、サーファが歩みだす。
両腕をうんと広げながら臆病者とは思えない堂々たる態度だった。
そうして数歩歩み寄ってから金色の髪をさらりと掻きあげる。
「そこの湖面に佇むキミは対話が可能かなぁ? もし言葉を交わせるのなら是非友好的な話し合いを行いたいのだが如何だろうかぁ?」
まるでダンスにでも誘うように手を差し伸べた。
「アイツなに考えてるんだ? 向こうは完全にこっちの命を狙ってきてるんだぞ?」
「対話によって情報が引きだせるかの確認でしょう。そして意思をもっているのか、それとも殺すだけの化け物なのかを推し量っているのです」
握られたドラカシアの錫杖がしゃなりと音を奏でた。
いまさら対話をしたところで敵であることに変わりはない。なぜならこちらには犠牲がでている。
このまま話し合ってはいそうですか、と。そんな平和的な結末はとうに過ぎ去っていた。
するとしばしして。
『いいよ』
聞くというより響く。
高く幼げな声が脳に直接伝わってくる。
「おー! 素晴らしいじゃないかぁぁ! やはり言葉とは素晴らしい発明だねぇぇ!」
1拍ほど遅れてサーファは声の調子を高めた。
おそらく返答が返ってくるとは本人でさえ考えていなかっただろう。
しかしそれでも演技をつづけようとしている。
「この素晴らしく繊細な世界はキミが造りだしたモノかい?」
『そうだよ。ふふ、綺麗でしょ。すっごく時間をかけて造った自信作なんだよ』
「どうしてこの……作品を造ろうと思ったのかなぁ? もしよければでいいのだが創作に至った経緯をお訊かせ願いたいねぇぇ」
いちおう対話になっていた。
しかし温度はない。どちらも薄っぺらい虚偽を塗りつけているかのようだ。
すると少女はゆっくりともたげていた首を動かす。
『だって……とっても下手なんだもの。すべてが歪で、歪んでいて、終わりがない。だから私がちゃんと終わりかたを教えてあげなきゃいけないの』
少女の表情は、割れていた。
目は細く、泣きはらしたかのように周囲が腫れている。
薄い唇も浅い孤を描く。幼く愛らしい顔にはひび割れるような亀裂が走っている。
『私の造った子はすごかったでしょ。自由で、雄々しくて、奇抜で、楽しい。そしてちゃんとその命に終止符が用意されている。命というのは終わりがあるから輝けるんだもの』
「その作品というのは洞窟のなかをうろついている黒い精霊のことかい?」
『違う、違うの、そっちじゃなくて、それは素材を集めるためのヤツ。アナタたちさっき私の造った子と一緒に遊んでくれたでしょ?』
ミケンタウロスのことか。
俺は即座に彼女の言っている作品とやらを閃いた。
当然だが要領のいいサーファが気づかないはずがない。
「あれを造ったのはキミだったのかぁぁ。とてもよく……いい作品だったよねぇぇ」
『でしょでしょっ! 造るのに苦労したんだよ! もう壊されちゃったけどっ!』
少女は長い髪を引きながら宙を舞った。
褒められたのがよほど嬉しいらしい。魚のように踊る姿もさることながら声もまた年相応に弾んでいる。
「それならばなぜ僕らを襲わせたんだい? キミの言うところの作品を自慢したいのなら攻撃する必要はなかったはずだが?」
『だってあれは魔物だもん。魔物は人を襲わなきゃならないの。そうしていないと魔物じゃなくなっちゃう』
無垢だった。
ゆえにその言葉のひとつひとつが空気のように軽い。
なにより要領を得ない。動機も目的もなにもかもが意味不明だった。
「もういい。こんな茶番はつづける意味がねぇ」
トルパルメが構えに入った。
静かな怒りを滾らせながら獰猛な獣のように床へ爪を立てる。
『どうして? どうして怒っているの? だって私は――』
「作品だ造っただ話逸れてるけどテメェの遊びで人が死んでんだ! だからオレはその制裁を加えるだけで、それ以上も以下もねぇ!」
我慢の限界か。完全な戦闘態勢だった。
サーファもそれを見て道を譲るよう横に逸れる。
ドラカシアも凜然としながら錫杖を前へ構える。
『私を――すの?』
一瞬、少女の言葉が雑音めいた。
まるでバグのよう。それを口にできない保護が邪魔をしたみたいな。
「壊す! オマエの造ったこの世界とやらもひっくるめてぜんぶぶっ壊してやるぜ!」
『魔物じゃないのにどうして? 魔物は倒されることに輝きがあるけど……あっ、そっか!』
逆しまになった少女はなにかを思いだしたかのように手を打つ。
合わせた手を頬横に添えて、うっとりと目尻を垂らす。
『人も――なきゃ輝かない作品のひとつだもんねっ! こんな基礎的なことを忘れちゃうなんてうっかりしてたっ!」
少女の声が高らかに響き渡った。
同時に俺たち全員身構える。
『じゃあ私の作品とアナタの作品、一体どちらがちゃんとしているのか比べてみましょうっ!』
※つづく
(次話の区切りなし)
次回【VS.】




