108話 闇の精霊の攻略法《Dungeon Conquest》
検証と実証
死を運ぶ
精霊の攻略法
暗き闇のダンジョン
救いを求める生存者
失えない
失わない
覚悟
油で濡らした布を投じる。
「それっ」
わずかに水分で重みがかった油布は放物線を描く。
そこへさらにドラカシアが白い指をぱちんと打つ。
「《パイロ》」
途端に油布に小さな火が灯された。
超初級簡単着火魔法と油と布。そして誰でも使えるような魔法と基本冒険者ツール。これすなわちただの火起こしである。
俺とドラカシアは岩壁に身を潜めがたらあちら側を覗きこむ。
「よしよしアイツらちゃんと照らされた場所の影から現れてるな」
「ここまでは予想通りですね」
白と黒の色褪せた世界に橙が灯っていた。
すると数メートル離れた場所で、あのトルパルメを侵食した魔物が現れる。
まるで宛てもない。ただぬぅ、と現れては炎の光を横切るだけ。
「ルームランナー……じゃなくて現れては歩いて消えてをずっと繰り返してる。魔物というより現象に近いのか?」
「精霊とは基本そういうものです。実体をもたぬし気まぐれかつ思慮もない。災害というより天候に近いと言ってもいいでしょう」
それにしても。
「(背中にぴったりくっつかれるとやきもきするぞ……なにがとは言わないが思いっきり当たってるし)」
「どうかなさましたか? なにか有益な情報を思いついたら遠慮なくお教えくださいね?」
当たってるっていうのは、禁句なんだろうなぁ。
そうでなくてもホラーかつシリアスな展開だ。ここでそういった発言は控えるべき。
しかし大人の女性と密着状態というのは非常によろしくない。背に肉厚で柔らかいものが体重と一緒にのしかかっている。
「(いかんいかん! こういうのは時と場合を考えねば!)」
俺は軽く頬を張ってから目を見張った。
黒い精霊は発生と消失を繰り返している。光景だけみたらGIF動画をループしているような感じだった。
「アイツらが複数出現したことってあるのか?」
「1体を相手している途中にもう1体が唐突に現れたました。それによって命を失った犠牲者がいます」
「じゃあ単体だけっていう線は消えるな。洞窟に1体だけなら討伐も楽そうなんだが」
つまり黒い精霊は洞窟に蔓延っているということになる。
なぜかというと光を灯してから出現までの次巻が早すぎた。各所に存在し光が灯るのを待ちわびているかのよう。
ふっ、と火が消えると黒い精霊もまたその姿を喪失させる。
俺とドラカシアは炭から立ち昇る煙を見て姿を表にさらす。
「あの精霊を倒そうとお考えなのですか?」
「そりゃ安全確保できるに越したことはないからな。アイツらさえいなければ全員総出で出口を探せるわけだし」
そう言うと、彼女は錫杖をくるりと回し腰の辺りで斜めに下げた。
よくしなる長い指を顎先の辺りに添えてまつげを伏せる。
「ではナエさんはあの精霊の討伐法を思いついたと?」
「強い光を当てれば倒せるんだろ? トルパルメのときにやってみせたじゃないか?」
なにをいまさら。
ちなみにトルパルメも同行を望んでいたが置いてきた。
さすがに深手を負った彼女を連れ回すわけにはいかない。ここを発見したという功績だけで彼女の活躍は十分だった。
「それはそう、なのかもしれません。しかしワタクシのアレはあくまで対処に過ぎない……」
しばしドラカシアは曲げた足で爪先をとんとんと叩く。
物憂げな表情と沈黙を携えたその横顔には、触れてはならない美しさがあった。
そして彼女は再び顔を上げると長く息を吐く。
「光で消滅していると考えるのは些か早計と言わざるを得ません」
「と、いうと?」
「あの精霊は光を当てても消滅はしていません。ただ単純に別の場所へ転移しているだけと思われます」
会話しながら燃えかすの位置にまで歩み寄っていく。
もちろん立証されたわけではないので、細心の警戒は欠かさない。
ドラカシアは腰を曲げてひょいと燃え終えた油布を拾い上げる。
「通常、魔物を倒したのであればクォンタムセルが落ちているはずです。それは現象である精霊も同じ。しかしあれだけ消滅を繰り返したこの場にはクォンタムセルが欠片も落ちていないではありませんか」
創作者の俺だからこそものすごい納得のいく回答だった。
この世界の魔物は倒されるとクォンタムセルという小さな結晶をドロップする。
そのドロップした結晶を使用することで、『《刻印の円環》』というガチャが引けるようになる。
世界の住人であるドラカシアにとっては、常識。外側からきた俺だからこそ気づけない異変だった。
「じゃあ聖なる光で照らしても討伐はできないし、数も減らせないってことになるな」
「この場合ならば最悪の状況のみを拾い集めるのが上策であるかと。ワタクシたちは精霊を倒す術をいまだもちあわせておりません」
消しても消してもやってくるということは、まさにイタチごっこ。
ちゃんとした討伐術を見つけなければならない。でないと全滅させるのは、まず不可能だった。
「気を配りつつ脱出口と検証を繰り返そう。いまはトライアンドエラーでこの世界のルールを探る番だ」
「帰り道にはなにかしらの印を蒔いておきましょうか」
「左手沿いに進めば帰りは右手沿いだから必要ないよ。次の探索は右手沿いで回れば逆側も見られるし」
「あら、聡明なお考えをおもちなのですね」
俺とドラカシアは慎重な歩みで洞窟を探っていく。
謎が謎を呼ぶ展開だ。なんとしてでも脱出口を見つけねば。
こんな色のないモノクロの空間に何日も放置されれば気が狂ってしまう。精神そのものを針で刺激されるような緊迫感が想像以上の疲労を呼んでいる。
「(それにしてもバグってるなぁ。こんなエグいダンジョン造った覚えがないぞ)」
しかも六冠3人も巻きこんでしまった。
もしここでしくじればバッドエンド直行で世界が終わる。そして俺たちは永遠の闇を彷徨いつづけることになってしまう。
急く気持ちが先立ってつい歩調が早くなっていく。握りしめた精霊の剣を掴む力も増していく。
「ナエさんは帰ってから会いたい大切な人はいらっしゃるのですか?」
唐突なフリに俺は振り返った。
ドラカシアが微笑を浮かべながらこちらを見つめている。
「なんでいきなりそんなことを訊くんだ?」
「死さえ恐れぬ足どりに責任のようなものが見えましたもので、つい」
まるでこちらの焦る心さえ見透かしているかのようだった。
ドラカシアは片目を閉じてふふ、と喉を奏でる。
「ナエさんが見つけた攻略法がなければワタクシたちはあの空洞から1歩たりともでられませんでした。いま我々は大いなる1歩を得たということをゆめゆめお忘れなきよう」
要約すると、焦るなといったところか。
六冠の彼女が言うのだから先輩の教えを無下にするわけにもいかない。
「……ごめん。少し焦っていたのは認めるよ」
「トルパルメさんのときも謝っておりませしたね。感謝こそすれど責める謂れはありませんのに」
たぶん俺には余裕がないのだ。
この世界のバッドエンドを阻止し、なおかつ誰も死なせたくない。
そんなことできるわけがないのに諦めきれない。だから1つの不測の事態でさえ焦り、そして錯綜する。
なんの意味もない人生だった。
それこそ価値の1つも見出せないしょぼい一生だった。
だからせめてこのヴェル=エグゾディアの物語だけは。
「いひぇぇぇぇぇええええええ!!?」
突如として洞窟内に悲鳴が乱反射した。
俺とドラカシアは即座に体勢を沈める。
「どことなく訊いたことのある声だな!」
「あの情けない悲鳴はサーファさんで間違いないでしょう!」
迅速に悲鳴のした方角へと走りだす。
足下が凹凸していて気を抜くと転びそうだった。洞窟そのものも入り組んでいてひとたびはぐれたら面倒なことになり得る。
「そういえばアイツ光を灯す魔法をもってたな! もしかしていまこのタイミングではじめて使ったのか!」
「彼が迷いこんでから時間が経ちすぎています! 入った直後に使用しているのならともかく、いまはじめて使用する理由がわかりません!」
それに、と。ドラカシアはつづけた。
「なにより黒い精霊が現れたのであれば悲鳴ではない絶命の嘆きを発するはずです!」
「ということはこの先でサーファは黒い精霊じゃないなにかに襲われているってことになるな!」
駆けるたび視界の先で蒼きローブの裾が舞う。
美しく白い膝が内側にまとう白を基調としたドレスの軽い布を蹴りつける。
そして走りだしておよそ数秒ほど。ようやく狭く息苦しい洞窟の区切りがやってきた。
「――――――――」
それは厳然として君臨する。
広いドーム状の空間に、大斧を所持した巨体が佇んでいた。
「ひいいいいいい!? こ、こっちにくるなぁ!? 品性な僕を食ってもキサマまで品性を得られると思うなよ!?」
あとサーファもいた。
巨体を前に腰が砕けたようにへたりこんで涙を浮かべている。
「サーファ!!」
「サーファさん!!」
ぎりぎり間に合ったとすべきか。
巨大なソレがサーファ目掛けて大斧を振りかぶろうとしている。
「《疾走》!!」
「光よ! 彼方の敵の眼を奪い給え! 《聖光》!」
俺とドラカシアはほぼ同時に行動していた。
とった手段は別だが救おうと必死だった。
「――――――――」
間合いは遠く、俺の疾走でも間に合わない。
だが、ドラカシアの聖光によって眩まされた巨体が眼前を手で覆う。
「っ! 《疾走》!」
空中で俺は同じ刻印を重ねた。
迅速なバネを得た俺の足は大気という壁を蹴りつける。
そしてそのまま上空から鷹が鼠を捕まえるみたいにサーファの襟を捕縛した。
「ひいいいいいいい――ぐえっ」
勢いを殺しきれず俺はサーファの頭を抱きしめる。
ごろごろ、と。しばし硬い岩の地面をもんどり打ってからようやく止まった。
「な、ナエ・アサクラ!? まったく遅いんだよキミはぁぁ!?」
「なんで六冠のくせに無抵抗でやられそうになってるんだよ!? せめて魔法なりなんなりで抗うことくらいしてみせろ!?」
身を起こすと衝撃で視界がちかちかと光の粒で明滅した。
少し遅れてずどん、という爆音が。どうやら首の皮一枚で回避できたらしい。
サーファがへたりこんでいた場所に巨大な斧が打ち据えられていた。
「僕は盤上の天才だからねぇぇ! ああいった場面では僕の能力はまったく役にたたないんだよぉぉ!」
「自分の欠点を偉そうに紹介するな! なにさっきまで泣きべそ掻いてたくせに薔薇なんか咥えてるんだよ!」
あれだけの危機だったというのに、さすがは六冠か。
心臓が鋼鉄かなにかでできているのだろう。サーファは毅然とした態度をとり戻していた。
「サーファさん無事ですか!」
ドラカシアが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「おー! 囚われの姫ドラカシアじゃないかぁぁ! 行方不明になったキミをこの天才の僕が助けにきてあげたよぉぉ!」
「オマエがいま助けられたんだよ! せめて俺とドラカシアに礼のひとつくらい言ってみろ!」
言い争っている場合ではないことは、重々承知だ。
「G、GGG、GGGGGG……」
これは明らかにボス戦だ。
ボス部屋に入ったらイントロが流れる。あれと同じようなもの。
巨体はいままさに俺たちという敵対者を視認し、戦闘態勢に移行しようとしている。
「BUOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
天地開闢を否定する咆吼がモノクロの世界に爆裂した。
ソイツの手にはもつ武器は敵を切断するのではない。潰すもの。潰し、この世から存在をのものを抹消する巨大な斧。
さらに特徴的なのは嘶くように上げられた前足か。上半身とは異なる4本の足には蹄が伸びていた。
「(迷宮、迷宮、迷宮といえば……ミノタウロス!)」
でもそうじゃない。
いま目の前にいるのは、――類似しているが――ソレとは微妙にかけ離れたもの。
言ってみれば半人半馬。ならぬ半牛半馬。つまり――
「ケンタウロスとミノタウロスの雑種ぅぅぅ!?」
バグってやがる。
※つづく
(区切りなし)
最後までご覧いただきありがとうございました!!!




