107話 闇の対義語《Antonyom of darkness》
俺は慌てて声のした方角を見た。
するとそこには各部に布を施した少女が佇んでいる。
「トルパ――ルメ、でいいんだよな?」
「がおっ……なんでオマエはいちいちオレのこと忘れんだよ……」
だってしょうがないじゃないか。
トルパルメは元の少女の姿に戻っている。しかしその身体には痛ましい傷痕がいくつも残されていた。
俺はたまらず立ち上がって静かに彼女へと歩み寄る。
「もう、大丈夫なんだな?」
「このみすぼらしい格好を見て大丈夫に見えんなら大丈夫なんだろうよ」
トルパルメの身体は包帯とも言えぬ襤褸まみれだった。
傷だって塞がってはいるものの未だ皮膚は削げて凝固した血液が張りついている。それに声だって潰れたせいでかすれているし、片目も布で覆われている。
触れていいのかすらわからない。だけど俺はトルパルメの小さな頭に手を優しく添えた。
「……すまん」
「なんでオマエが謝るんだ? ありゃオレが考えなしに突っこんだのが原因だろ? あと頭撫でんな」
ふらふらとしており足だって覚束ない。
全身が小刻みに震えているのは後遺症なのか、はたまた寒気なのか。もしかしたら恐怖かもしれない。
意識は戻ったようだが、トルパルメは依然として重体だった。
「よおドラカシア助けにきてやった……とはだいぶ言いづらい状況で悪ぃな」
「救援感謝します、と応じたかったのですがままなりませんね。それでは精神力も戻りつつあるので傷痕の最終処置を行って差し上げましょう」
ドラカシアは緩やかに丸い腰を地べたから離す。
それからトルパルメの背後に回ってから錫杖を掲げる。
「《創生再帰》」
掲げた錫杖から白く柔らかい光が灯った。
降り注ぐような時雨の光粒が舞い落ちてトルパルメの傷にすぅ、と溶けこんでいく。
「重ねて悪ぃんだがおそらくもうオレは同じ敵と対峙できねぇ。完全にわからされちまったからどう足掻いても本気で立ち向かえねぇ」
彼女は口惜しげに手のひらへ視線を落とした。
開いて握りしめるを繰り返す拳は小さく、震え、たどたどしく、弱々しい。
毛束のついた房毛もいまばかりは垂れ下がって揺れずにいる。
「戦地で植えつけられてしまう精神的な病ですね。しかしあれだけの害をその身に受けて精神崩壊しなかったのは幸運でしょう」
「あれは接近して戦うのは絶対に避けなきゃならねぇバケモンだった。もし出会っちまったら遠距離で引き撃ちするしかねぇぜ」
あれだけのことがあったというのに2人ともが淡々としていた。
ドラカシアも敵の分析を軽んじたトルパルメを決して責めようとはしない。
トルパルメも治療を施されながら粛々と現状を受け入れてつつある。
「クソがぁ……せっかく行方不明者たちを見つけたってのにいきなり足手まといに格下げとはなぁ」
「なにも気に病むことはありませんわ。行方不明者の捜索という任にトルパルメさんの同行は理にかなった処置です」
発達した犬歯が下唇に食いこむほど、噛み締められた。
どう見たってもう彼女に戦える力は残されていない。治癒魔法があるとはいえ2~3週間は回復に見積もるべき状態だった。
「(さあ、どうする)」
未知の敵、封じられた接近戦。
あんなバケモノが徘徊しているのなら脱出口の捜索は難航する。
どう考えても絶望的な盤面だ。はぐれたサーファを探すことさえ難しい。
ふと俺は物思いに耽るため閉ざされた天をを仰ぐ。
「(あれはたしか聖光とかいう魔法の光だな。トルパルメからバケモノを追いだすときに使っていたものをなんでここでも焚いているんだ?)」
てっきり焚き木の代用かと思っていた。
このシェルターとでも言うべきか、岩の繭には物資が存在していない。木や水などの基本的な自然素材でさえ手に入れようがなかった。
違和感を覚えた俺は、蛍のように漂う光に手を伸ばす。
「あっ。いけませんその光に触れれば闇が生じてしまいます」
伸ばしかけた手を止め、ドラカシアのほうを見る。
「ヤツらは闇に乗じて現れるのです。ですので光で周囲の闇をとり払っている状態であればこちらを認識できないようなのです」
「つまり連中は光を嫌う性質があるってことか?」
「犠牲を払って得られた情報がまさにそれです。強き光を発することでヤツらを払うことが可能になります」
ここにきての新情報解禁だった。
あの黒い魔物は光があれば退治可能であり、接敵の予防にもなる。
「がおっ。それを聞いてようやく合点がいったぜ」
治療を終えたトルパルメだった。
完治とはいかないが幾分か透けるような白い肌が戻っている。
「アイツが身体のなかに入ってきたとき感じたのは、痛みなんて生やさしいものじゃねぇ。地の底に引きずりこまれるかのような強烈すぎる絶望だ」
バツが悪そうに唇を尖らせながら胡座をかく。
いま彼女は薄い胸と未熟な腰回りを隠すような襤褸しかまとっていない。
本人はまるで気にしている様子はない。だが横柄な態度をとられると、しょうじき男としては目のやり場に困ってしまう。
「得られた情報から鑑みるに闇の化身であることは間違いないようですね」
「肉体の破壊と精神系の侵食。これは精霊あたりの実態をもたねぇタイプだ。魔法は効くが物理はまったく効かねぇ近接職の墓場だぜ」
実態をもたない相手だから魔法のみしか通用しないらしい。
しかも2人の語るテンションから察するに、だいぶ面倒な連中のようだ。
「魔法しか効かない精霊……か」
俺のでる幕じゃないことだけは確か。
たとえば裏勇者ちゃんの使う《終律魔法》。あれさえ使えれば魔物と洞窟さえまとめて焼き払えただろう。
しかしそうなるとはぐれたサーファすら燃やしかねない。どちらにせよおいそれとは使用できないか。
治療を終えたドラカシアがたおやかな足どりで戻ってくる。
「しかもすべてを照らし切れていないとどこから現れるのか予測がつかないのです。洞窟内部は凹凸の隆起が激しく、ひとたびここからでれば安全な場所はないに等しいでしょう」
「がおぉ……気配も音もなく忍び寄って身体のなかをぐちゃぐちゃにしていくバケモノかよ。手の打ちようがなくて笑えてくるぜ、ったくよぉ」
トルパルメが全身を放りだして大の字に寝そべってしまう。
彼女の言う、手の打ちようがない。これに尽きた。
近づけば致命、捜索しようにも360度の空間から現れて襲ってくる。
「(外にでたら死ぬしここにいてもなにも進まない……どうやっても無理ゲーじゃねぇか)」
誰だこの世界造ったの。
俺だ。
だからといってバグってる俺が防衛役にでもなってみろ。
その場で人外が確定する。バッドエンド前にゲームオーバー直行ルート確定だ。
「サーファの野郎がいればもう少しまともな頭で作戦考えてくれたんだろうがなぁ! なんであのモヤシはこう言う大事な場面でいねぇんだよぉ!」
トルパルメは駄々をこねるみたいに手足をバタつかせた。
だから止めろって。うら若き女子だというのに見えちゃいけない部分とかへの頓着がまったくない。
紳士な俺は痴態から目を逸らすため視線を斜めのほうに下げた。
「?」
代わりにドラカシアの丸い臀部が眼に入ってくる。
彼女は、治療のために1度立ち上がった。というのになぜか定位置のように俺の隣に戻っていた。
なんだろう、この脳髄に留まるが如き小さい静電気のような違和感は。
俺は視線を再び上げて、もう1度先と同じようにここに広がる空洞を目視する。
「(……生存者が多すぎないか?)」
ドラカシアが必死に守り抜いた生存者たち。
ひの、ふの、み、よ、いつ、む。
数えてみれば19人ほど。格好から見るに冒険者の数が6で一般人が13といったところか。
「(なんで場馴れしてない一般人のほうが生き残ってる? これを運がよかったで片付けていいのか?)」
「……。たしかナエさんといいましたね、なにか気になる点でもございますの?」
ドラカシアが優美な声が思考する脳に入ってきた。
おそらく彼女は前のめりになった俺の異変に気づいているのだろう。
だが、いまは言葉を交わしている余裕はない。
「(トルパルメと俺はこの扉の向こう側に入ってから幸運なことに敵に襲われていない? これも一般人の生存者と同じで運がよかったからなのか?)」
「…………」
ドラカシアの視線はひしひしと感じていた。
しかし彼女も塾講する俺を見つめているばかりで、無理に話しかけようとはしない。
「(死亡している5人も遠巻きから見るに冒険者だ。襲われにくい一般人と襲われなかった俺とトルパルメ。いったい襲われた冒険者となにが異なる)」
そのとき、俺の世界の端で揺らめく物体がふわりと明滅した。
それは、聖光。闇の魔物が忌み嫌う光の根源。
刹那に脳からスパークした情報が全身に流れて総毛立たせる。
俺はたまらず立ち上がると、眼が零れんばかりに見開いた。
「光!? そうか一般人は丸腰だが冒険者は松明を所持している!? つまり連中の見てるのは俺たちの人間の影か!?」
「――っ、まさかそんなはずが!?」
「がおお! テメェいま考えてることいますぐぜんぶ吐きだせ! 共有しやがれ!」
すべてではない。
しかし数少ない欠片がいまようやく繋がった気がした。
「冒険慣れしている冒険者なら松明くらい常備しているよな!?」
「ちゃんとしている冒険者ならば、そうです! もしなければ光の魔法を使用することも頻繁でしょう!」
「俺は夜目が利くしこっちの場所がバレるからもち歩かねぇ! だが普通の冒険者なら冒険キットに素材くらい入れて当然だぜ!」
「じゃあそのちゃんとした冒険者がこの薄暗い洞窟に突然飛ばされたとしたらどうする!?」
俺が発すると、ドラカシアとトルパルメが同時に肩を震わせた。
「火を……」
「灯す……よな」
おそらくいま2人とも俺の考えを理解しようと必死になっている。
つまり冒険者たちはちゃんとしていたのだ。丸腰でこの空間に飛ばされた一般人よりも。
「俺とトルパルメはあのバケモノに合わずに合流している。なぜなら俺は松明なんてものをもってないし、トルパルメも夜目が利くから灯す必要がない」
「つ、つまり松明を灯したことで生まれる影に魔物がたちが寄ってきたということですか!?」
「さっきの戦闘でも誰かが松明を使ってたな! 音を頼りに近づいて明かりを見つけて飛びこんだんだ!」
普通の冒険であれば、それでいい、正答だ。
しかしこの洞窟に関して言えば、光とは影を作るための最悪手となる。
「どう思う? オレはここで腐ってるより賭けてみる価値があると考えてるぜ?」
「信ずる以前に手詰まりです。試してみるほかないかと」
トルパルメとドラカシアも賛同の意志を示した。
こうなったら
「(もし俺の推測がすべて正しいのならとんだマッチポンプトラップじゃねぇかぁ! 冒険者だけを処すトラップダンジョンかよぉ!(」
あくまでこれは未だ空論の域をでない。
しかしもし本当に合っていたとしたら探索も容易になる。
だって光を灯さなければ敵が現れないのだから。
「よしそうと決まれば実験と検証あるのみだ! 俺が前衛を買ってでるからあの入り口を塞ぐ岩を退かすの手伝ってくれ! 出口を見つけられればここにいる全員の生存が確定するぞ!」
急いては事をし損じるなんて言ってる場合ではなかった。
まさか急遽ギルドを飛びだした丸腰が起点となるとは思うまい。サーファも松明なんてものを用意する暇はなかったはず。
だが急かしているというのに、ドラカシアもトルパルメも立ち上がろうとしなかった。
それどころか1歩ほど引いた位置から俺のことを見つめている。
「え? なに? どうしたんだ?」
「がお。いや、別にぃ……」
「元気なかただなぁ、と思っていただけですわ」
ドラカシアの臀部に落ちた丸い影を見て思いついたとは。
口が裂けても言いだせる雰囲気じゃなかった。
… … … … … …
最後までご覧いただきありがとうございました!!!




