106話 再創世と複製と模倣《Unknown Markings》
「だ・か・らっ。この暇なお時間でアナタのことをもっとよぉ~く知りたいのですっ」
飽くなき美貌も、吐息をこぼす艶めく唇も、俺の頬に添う白魚の如き指も、そう。
「……アナタ様はいったいどういう存在なのですか?」
「(ああ。やっぱりコイツも六冠だったか)」
彼女の所作には油断なんて1mmもない。
そのどれもが牙を秘めている。
ドラカシアは、俺という興味対象を天秤にかけながら愉悦としていた。
「つまりさっきまでの質問はほぼ尋問みたいなものだったってことだな。アンタはコトここに至るまで俺のことなんかまったく信用していない」
「しかし、ご心配には及びません。いちおう仲間であるという前提でお話しを進めてくださってけっこうです」
いつでも手の届く位置に真鍮の錫杖を携えているくせに、よく回る舌だ。
こっちが不穏な動きを見せれば即刻処断できる準備が整っていた。
「まず、アナタ様が先ほどご使用になられた魔法はいったいなんだったのでしょう?」
いきなり中央をついてくる。
俺が先ほどトルパルメに使用した治癒魔法は、《スカーレット・デディケーション》。
本来ならば吸血鬼でなければ使用できぬもの。人が使用自体不可能な禁忌ともいえる魔法だった。
「ワタクシこう見えて回復系の刻印は網羅しているつもりですの。しかしアナタ様のお使いになったソレはまるで見たことのない未知なるもの。そしてあの道理すら覆しかねない違反性は魔法というより呪いに近い」
ドラカシアは、俺という存在そのものに疑念を抱いている。
「なぜアナタ様はそんな非道的な魔法を扱えているのですか? 答えようによってはお友だちをを救って頂いた恩情を籠めて捕縛という形をとらせていただきますが?」
ゆったりとした慈愛の笑みの向こうには、鋭敏な敵意が隠れていた。
ここで吸血鬼と断定させるわけにはいかない。しかし創造者というジョーカーを切ればもっと厄介なことになりかねない。
ならば、その誘い受けてたってやろうじゃないか。
「俺のもつ能力は1度見た刻印を劣化コピーするというものだ」
「……はい?」
「だからさっき使った魔法は前に1度見たことがあるから使えたんだよ」
微かだが2人の間に沈黙が壁となって佇む。
やはりというか先に沈黙をかなぐり捨てたのは、ドラカシアだった。
「そんな戯れ言を信じろというのです?」
あれだけ美しかった柔和な笑みは、とうに剥がれている。
彼女の表情には、あからさまな不快がまざまざと浮き彫りになっていた。
だが俺は顔色ひとつ変えることなく飄々とつづける。
「知り合いの吸血鬼が使っていた魔法なんだ。そういえば一戦交えたときにも血を使う系の魔法をよく使ってきてたっけなぁ」
「っ、吸血鬼種族の特性と合致している……! まさかそんなことが本当にあり得るというの……!」
だって嘘ついてないもん。
まあ知り合いの吸血鬼ティラ・マムマムがあの魔法を使えるようになるのは、ずっと先の話だが。
「つまりアナタ様は……複製という特異なお力を自由に扱えるのですね?」
「奥の手だからみんなには内緒にしている。あと複製といっても1度しか使えない上に劣化コピーだからそう易々と使用できないということも理解してほしい」
いま判明している俺の能力は、《再創世》。
おそらくだが世界の創作者である知識を使用し、創り直すというもの。
しかしそんな尋常ではない能力を明かすわけにはいかない。
そのため俺は前もって別の能力という後ろ盾をすでに用意してあった。
それこそが、この1度限りの劣化コピー。
これならばそこそこ有用な刻印として公表可能となる。
「それはつまり複製ではなく模倣ということですか……それにしてもなんて奇特な……」
現にドラカシアだって俺の妄言を聞いて揺らいでしまっていた。
こうすることによって俺にも枷という責任が生まれる。
1度使った刻印などは、もう2度と使ってはならないという制限が生まれてしまう。
「(でもそれってドラカシアの前でのみって制限だし超余裕だけどな! しかもあんな回復魔法そうそう使わないし!)」
ドラカシアは居住まいを正す。
それから錫杖に触れかけていた手を遠ざける。
「わかりましたアナタ様のお言葉をひとまず信じましょう。先ほどの疲労具合から見るに回復魔法を使い慣れていないという点も信頼に値します」
「もし疑いの芽があるのならトルパルメにも尋ねたらいい。俺が同行したのはギルド長からの正式な依頼だからさ」
ひとまずこれで嫌疑は晴れただろう。
もちろん明かさずにすむのならそれに越したことはない。しかしここで人外として捕縛されるよりはだいぶマシだ。
それにドラカシアがギルド長のカールに模倣の刻印を伝えたところで、カールはこちらの味方である。
「(前もっていろいろ考えておいて正解だった。いつどこに地雷が埋まってるのかわからんような世界だから予習は大事だからな)」
とはいえ先の行動は少々無茶が行き過ぎた。
そもそも六冠であるトルパルメが死にかけるという事態そのものが予測不能である。
「(あれ? ってことはいまこの状況って……)」
ふと俺は本能的に周囲を見渡していた。
この扉から繋がった空間は明らかにバグっている。なのに死者数名で、生者のほうが数として勝る。
全員くらい表情で膝を舐めるように背を丸めていた。しかし灯された聖なる光の元で生き残っている。
「アンタ……ドラカシアは、ここで20日近くもあの冒険者と一般人を守ってきたのか?」
「ええ、それがなにか?」
俺への敵意はいくぶんマシになっていた。
しかしドラカシアの顔と声は、問いにさも当然と物語っている。
自分だって恐ろしかっただろう。敵への対策がとれるまで気を休める暇さえなかっただろう。
なのにこの女性は己の身を賭して守り抜いた。それどころか見捨てるということそのものが選択肢にすら入っていなかったのだ。
目頭に熱いものを感じた瞬間、俺はなにも考えず彼女の手を握っている。
「へ、え? な、なにを……」
ドラカシアは虚を衝かれるように眼を丸くした。
握られた手を見つめながら戸惑いを見せる。あまりに突拍子過ぎて振りほどこうとすらしない。
俺は最低だ。
ドラカシアだけが助かれば物語が進行すると考えていた。
それどころか他の行方不明者たちなんて蚊帳の外としていた。
しかし高潔な彼女の考えは別。己の身を盾に可能な限りの生存者を守り抜こうとしている。
「絶対に帰ろう!」
俺は、後悔に打ちひしがれながら考えをあらためていた。
守らねばならないという感情が全身にあふれている。
彼女だけではない。トルパルメだけでもない。ここに生きるすべての命が平等なのだと思い知る
「ここに生き残った全員で必ず現実に戻るんだ! そのためなら俺も全力でキミに協力する!」
「…………」
答えは返ってこなかった。
ただ鯉のように口をパクパクとさせるだけ。
わずかな時間、俺とドラカシアは見つめ合う。
それからじょじょに触れた手に熱を感じ、頬がうっすらと血色を帯びていく。
「~~~っ!?」
「……あっ」
俺の情熱が強引に振りほどかれてしまう。
さすがにほぼ初対面でしかも女性相手にいきなり手を握るのはマズかったか。
きっとレーシャちゃんだったら元気よく握り返してくれていただろう。
「ワタクシは六冠です。四の五の言われる謂れはありません。そもそもアナタ様のお力添えなどなくてもワタクシのみの力でこの状況は打開することが可能です」
とりつく島もないとはまさにこのことか。
ドラカシアは顔を背けたまま俺と一切目を合わせてくれない。
さらには口調も淡々としているし、声に微かな怒りの感情がこめられていた。
「でも協力できることだってあるだろ! ドラカシアひとりでぜんぶを背負いこむのは不憫だ! 分担できることは分担すべきじゃないのか!」
あまりに意固地な姿勢だったので、俺もつい声を荒げてしまう。
だってそうじゃないか。こんなにがんばっている女性を支えずしてなにが男か。
「よしわかったいいだろう! ここにいるあいだ俺はキミの盾になってやる! キミがみんなを助けたのと同じで俺がドラカシアをどんな災厄からも守り抜いてみせる!」
「やめてください迷惑です。そこまでワタクシは落ちぶれおりません」
俺が思いのまま彼女の肩を掴む。
するとそのとき。
ぼとり。
ドラカシアの座っている背後になにかが落ちた。
落ちたというより寝そべったとでも言い換えようか。
とにかくなにか分厚く長いものが伸びている。
「……しっぽ?」
「…………」
俺とドラカシアは光の失せた瞳で互いにソレを見つめていた。
長く光沢があってむちむちと肉厚な鱗を。彼女の尾てい骨から突如現れた鱗の尾を。
「~~~~っっっ!!!」
尋常じゃない速さだった。
ドラカシアは即座に尾っぽを胸元に抱き寄せる。
「見間違いです」
「見間違いが現在進行形でつづいているんだけど……」
どうやら抱きしめているのではなく、隠そうとしているらしい。
だが分厚い尾は長身の彼女でさえ隠しきれる大きさではない。
しかもドラカシアの首や腕、頬の辺りまで美しい光沢の鱗が広がってしまっている。
「(そういえば忘れていたけど、この子の半分は龍の血だったな。たしか設定は――)」
思いだそうと脳を巡らせる努力をした。
さすがに中学のころの古い記憶だ。引き出しを開けるみたいに簡単ではない。
「グヒッ!」
「……うん?」
なにかいま耳汚い音が聞こえたなかったか。
俺は魔物の襲撃を察して精霊の剣へ手を伸ばし身構える。
しかし周囲を見渡しても魔物の気配なんてなかった。ドラカシアが灯した聖なる光が生存者たちを優しく照らしつづけているだけ。
「剣へ触れながら落ち着きないようですがどうかなさいましたか?」
「あ、いや……ちょっといまヘンな声が聞こえたと思ったんだけど、どうやら聞き間違いだったらしい」
「信頼するとは言いましたがあまり粗暴な態度はとるようであれば相応な対応をさせていただきますよ」
ドラカシアに優しく怒られてしまう。
いつの間にか尾は消えており、いつも通り柔和な彼女がそこにいる。
ここでは俺は新参者でしかない。あまり過激な振る舞いをすると周りを警戒させてしまいかねない。
「俺如きが躍起になったところで結果はそう変わらないか。誰かを守るより出口を探すことに専念しよう」
俺は立ち上がりかけて地べたへ尻を落とす。
ドラカシアへの同情からか、ちょっと熱くなりかけていた。少しだけ反省する。
「ですが先ほどの発言は撤回しなくてもよいですよ」
「……おこがましいことを言ったかもしれない。だからちゃんと謝罪する」
謝罪のため彼女へ頭を下げようとした。
しかしドラカシアは俺の動きを手でそっと制する。
「龍の血を引くワタクシの身を案じてくださるかたはそういません。ですので慣れておらず少々ムキになってしまいました」
まったく嫌みのない澄んだ光のような微笑だった。
「そっかぁ……じっさいに会って話してみると六冠ってのも大変なだったんだなぁ」
「それだけやり甲斐があるということでもございます。兵とは国と住まう民の生活を守り平和に礎を築くこと。そして冒険者は国の手からこぼれ落ちてしまいそうな弱き者を導くことなのです」
ここにいるドラカシアだけがすごいのではない。
俺の出会ってきた六冠は己の地位に座すばかりか、誇りをもっている。
サーファだって新米を煽るようなことは言っても、決して見捨てるようなことはしない。
トルパルメだって襲われている冒険者のために速攻で身を投げだす覚悟があった。
「(俺が造ったキャラクターたちのはずなのに俺が知り得ないところでちゃんと努力してるのか)」
俺は体重を後ろに反らしながら両足を放りだす。
なんだか胸の中央辺りがぽかぽかしてくる。正直に嬉しかった。
「――ウェヘっ!」
感慨に浸っていると、またなんか聞こえた。
浅ましいというか、聞くに耐えない音だった。
右の方から聞こえたのだが、そちらを見てもローブを羽織った美しい女性しかいない。
ドラカシアは俺と目が合うとにっこりと笑みを傾ける。
「なにか?」
「(……気のせいか? とてもじゃないけど人からでるような音とは思えないすごい汚い声が聞こえたんだが……)」
さすがに2回目ともなると簡単に流せるものか。
俺は目を細めながら音のした方角を探る。
しかしいるのはドラカシアのみ。向こう側には岩戸で閉ざされた道しか存在していなかった。
「オマエら……なに見つめ合ってんだよ?」
※つづく
(次回との区切りなし)




