105話 閉ざされた常闇のなかで《Impossible to the Escape》
「だあああ……」
力なくへこたれる。
立っている気力すらとうに投げ捨てた。
「(きっちぃ……やっぱ俺って僧侶系の職業まったく向いてないわぁ……)」
毛ほども動かないとはまさにこのこと。
刹那でも神経をすり減らす回復魔法。それを幾度に渡って使用してしまった。
しかも《スカーレット・デディケーション》は吸血鬼専用の超高位魔法である。
俺がヘソ天でくたばっていると、しずしずと近づいてくる足音があった。
「おつかれさまでしたわ。ご助力のほう心より感謝を申し上げさせてくださいな」
見上げると、そこにはとんでもない美女が佇んでいる。
まず眼に入ってくるのは、海のように深い髪。腰のライン辺りまで伸びた髪が彼女の動きにわずかに遅れて流れる。
さらに肩には金糸の刺繍が施された青い外套をまとう。内側には白のドレスを着こんでいるが胸元が大きく開いて官能さを見せびらかすかのよう。
俺はちらりと横目に流し見をしてから閉ざされた空を仰ぐ。
「トルパルメの容態は? あれだけ苦労してダメでしたじゃお釣りもこないぞ?」
「血だらけでしたので衣服と身体を水魔法で清めました。安静に眠っていますが簡易的な布を寄せ集めたもので体温を保っております」
「そっかっそかぁ……無事ならそれでいいやぁ。俺も休みたいししばらくは動けないなぁ」
MP切れ。まさかこの身で体験することになろうとは。
すると彼女は、小さく慎ましく、くすりと微笑む。長い脚を折り畳むようにして隣に腰を落ち着ける。
「アナタ様の絶大な治癒魔法のおかげです。ワタクシは蘇生と再形成に専念することができました。おそらく後遺症や傷痕もさほど残らないでしょうね」
それを聞いて思わず安堵の吐息が口からあふれた。
「あんな無茶はもう2度とやらんぞ。いままで戦ってきたどの相手よりもこの魔法のほうがヤバい」
「神官職とは我慢と忍耐にて心と精神を鍛え上げるもの。こればかりは一朝一夕の理屈で務まりませんわ」
聞いているだけで心がほぐされそうな柔らかく大人びた声だった。
この僧侶とは思えぬ色香をかもしだす彼女こそ、六冠の1人。
消息を絶っていたドラカシア・ルメルスである。
「(しかしまあ……)」
俺はくたばりかけの身をよじった。
それから聖なる光によって色の戻った空間を見渡す。
「よくこれだけの行方不明者たちを守り抜いたもんだ。数は少ないと聞いていたが……冒険者や一般人を合わせても20人はいるんじゃないか」
広い空間には、要救助者たちがいた。
ここだけは隔絶されて保護された場所だった。入り口は洞窟をくり抜くよう破砕し岩戸として閉ざしてある。
かなり強引な手段だが物資のないここでは最良のシェルターと言えるだろう。
生き延びた冒険者と一般人たちは、膝を抱えるように隅で、その身を寄せ合っていた。
「守り抜いてなどいません。本来ならばもう5名ほどおられました」
ドラカシアが見つめる側は、生者と逆の位置にある。
おそらくアレは、寝ているのではない。衣服は脱がされ上に被せられていた。
「トルパルメを襲った気色悪いやつにやられたんだな」
「はい。あのかたがたが身を挺したことで対処法が明らかとなったのです。とはいえ完全な対処ではなく応急処置の域をでることはありませんでしたが」
「だから見つけたとき接敵しないよう対策がとれていたのか。あんな初見殺しなんて前もって知ってないとどうしようもない」
おかげでトルパルメを失わずにすんだ。
俺は2秒ほど瞼を閉ざす。追悼の意をこめて遺体に敬意を送った。
対処法がわかったからといって気分のいい話ではない。助けられなかった命にだって待つ人はいただろう。
「? そういえば食糧や水はどうしてたんだ? これだけの人数を養えるほど物資が潤沢とは思えないんけど?」
ふと気づく。
この隔絶された空洞に人がそう何日も生きられるとはとても考えられない。
「ここでは不思議なことに空腹も乾きも止まっております。加えて言うのならば遺体の腐敗が極めて遅いことから外との時間さえ異なるのでしょう」
「マジか……ってことはドラカシアたちはいったい何日くらいここにいる計算なんだい?」
「日が昇らないのであくまで概算ですが……およそ20日ほどかと」
俺はもう1度「……マジか」驚きの感情を繰り返した。
行方不明者たちがではじめたのは、およそ7日ほど前あたり。姿を消したと断定するのに3日ほどかかったとしても10日と見ていい。
つまりこの空間は、現実時間よりも約半分の時を圧縮しているということになる。
「(倍じゃなくてよかったぁ。もし時間をかけすぎたら世界が2倍速でバッドエンドを迎えることになる)」
怪我の功名とでもなんでもいい。
腹が減らなければ餓死する心配もなくなる。時間の流れが半分ならさほど急がず脱出法を練られる。
この絶望的な状況ですがれる藁は1本でも多いほうが嬉しい。
「ところでサーファさんもご一緒と伺っておりましたが、いったい何処へ?」
知らん。そう、突き放すのはさすがに薄情か。
扉に入ってからというもの影も形も消失してしまっていた。
「合流できたのは俺とトルパルメだけだよ。サーファのやつはどこに飛ばされたのか皆目見当もつかない」
「お亡くなりになっていないのであればけっこうです。あのかたは理知的ですしなによりとても臆病ですから。そう簡単に魂を投げだす真似はなさらないでしょう」
ソレもある意味では信頼だな。
サーファはほぼ体力初期値のもやし。だが大ギルドの六冠で並列頭脳のもち主でもある。
下手に心配して探しに行けば被害は大きくなりかねない。ならばドラカシアの言うように信じて待つのも手段ではあるか。
「目下やるべきことは生き残り全員でこの空間から脱出する方法を探ること。トルパルメひとまず無事でサーファとの合流はおいおいってところか」
「それとこの空間に巣くう闇なるものに決して近づかぬことですね。あれの生態や根源、数などがわからない以上、手の施しようがありませんので」
彼女からの情報で、やるべきことが定かとなった。
いま俺たちは迷宮に迷いこんだ子羊みたいなもの。しかもちゃんと狩る側のミノタウロスもどき用意されている。
幸福なのは喉が渇かないこと、それと腹が減らないこと。あとトルパルメが助かったことくらいか。
「(こんな手のかかった展開を作った覚えがない。そうなるとやっぱり創造者としての知識じゃどうにもならん)」
のっぴきならない展開に、つい眉根へ力が集ってしまう。
早く脱出しなければならない。しかし動こうにも接敵の危険がつきまとう。
もし全員このままここからでられなければ、いずれ精神に害を及ぼすかもしれない。
「(急ぐこともゆっくりすることもできないな。せめて俺にもなにか使える刻印があればよかったんだけど……)」
「もし……ひとつ拝聴してもかまいませんでしょうか?」
囁くような声が俺の思考を横切った。
ふとそちらを見ればドラカシアがこちらを覗きこんでいる。
その自然な色香に俺の心臓はとくりと鼓動を強めた。
「トルパルメさんとサーファさんはともかくとして、なぜアナタ様まで同行という形でいらっしゃられたのです?」
翻訳しよう。
なんでオマエなんかが六冠と同じ任務に就いているのか。
ドラカシアにとっては意味不明な事態だろう。己の救出に新米如きが付随しているのだから。
なんと説明したものか。いや、こういうときはハッキリと教えるに限る。
「大ギルド長じきじきのお達しだよ。ドラカシア、さんほどの人間が姿を消すってことは未知の罠や変異体の可能性があるかもしれないからさ」
説明してやると、ドラカシアは輪郭に白い指を添えた。
しばし中空に目を泳がせてからふむん、なんて。軽く喉を奏でる。
「それはつまり行方をくらましたワタクシのことをギルド長様は見下げ果てているということでしょうか?」
ちょっと言葉の端に殺気を感じたのは、俺だけだろう。
融和な美貌を縁どる眦が、細く鋭利に見えてしまう。
「その下りはもうギルド長の部屋でやったからもうやめてー。そっちの言わんとしていることはわかるけどー、トルパルメもサーファも納得してるんだからー」
「それはたしかにそうですね。六冠のおふたりに同行させたということはギルド長様にもなにかしらの崇高なお考えがあってのことですものね」
失念でした。彼女は俺に浅めの会釈をした。
なんでこう六冠どもはギスギスしてるかね。実力者揃いというだけに自身や自負が底知れない。
「そういえばアナタ様のお名前を存じ上げておりませんでしたわ。ワタクシはドラカシア、ドラカシア・ルメルスと申します」
「ナエだ、ナエ・アサクラでも朝倉苗でも好きなように呼んでくれ」
ただしナエナエっちだけは許さん。
いらぬところで自称ベテラン女冒険者のニヒルな笑みが脳裏を横切った。
あんなやつでも会えないとなると少しは寂しいものだ。いますぐにでもレーシャちゃんのところへ帰還せねば。
思い耽っていると、ドラカシアはほくほくとした微笑の横で手を打った。
「ではアッサーとお呼びするのは如何でしょう!」
あまりに唐突すぎる提案だった。
だがしかし俺のほうは意外にもこれを拒否。
「お、新パターンだね! でもナエでお願いします!」
「あらっ? とても愛らしい呼称だと思ったんですがお気に召さなかったようで残念です。では勇敢にも闇へ飛びこんだアナタ様に敬意を表してナエさんと呼ばせて頂きますね」
なんか、捉えどころのない人だなぁ。
戦闘中の気が張った感じとは比べていまは真逆だった。
彼女はずっと俺のほうを見ながらニコニコしてるし、会話するたび楽しげに喉を奏でている。
「もしかしてとは思うんだけど……暇なの?」
「はい! 実はここにきてからというものすっごくすごい暇なんです! 暇を売ったら大ギルドが改築できてしまいそうなくらい暇なのです!」
失礼を承知の問いだった。
しかしまさかのガッツポーズつきで全肯定だった。
すごい真面目な顔して、すごいこと言うじゃない、この子ってば。
※つづく
(次回との区切りなし)
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