103話 行方不明者たちの声 3《Quest:A door》
すかさず俺は指で円のスコープを作る。
「壁のなかの扉が開いてるな……」
遠視の刻印を用いて探ってみるも、不可解は増すだけだった。
トルパルメも油断なく構えながら小さな鼻を幾度と鳴らしている。
「がうぅっ。あのなかからここじゃない臭いがしやがるぜ……。森のなかに満ちていた違和感の元凶は間違いなくあそこからだな」
「しかも草のそよぎから見て扉から無秩序な風が吹きだしている。つまりあの扉は風穴の出口部分になっていて、奥には風穴以上に広大な空間があるということだね」
全員が核心に触れようとはしなかった。
だが言葉は必要ない。あの扉こそが行方不明者の消えた先という疑念を抱いている。
さて、どうしたものか。
決まっている。考えている時間はない。はじめから猶予なんてあるものか。
俺は広場に踏みこんだ歩幅そのままに扉へ向かって近づいていく。
そしてやや遅れてトルパルメとサーファも警戒した足どりで後につづいた。
「こんなに凹凸のない石が存在するのかい? まるで型の中で育ったような壁じゃないか?」
「後ろには壁しかねーな。こっち側にだけ扉がツいてるぞ」
2人の表情は不思議というより不快に近い。
まるで宇宙人に遭遇したかのような覚束ない反応だった。
「(これって古びてるけど打ちっぱなしのコンクリートだよなぁ……)」
全体を視界におさめると見えてくるものがある。
ぬるっとした灰色の壁には、規則正しく丸い穴が開いている。
おそらくこの世界に存在しない、別世界的な技術だった。それは人為的に作られたことを意味する。
「(この間の大規模ダンジョンにあったものと同じだな。この壁と扉は絶対にバグってこの世界に現れたんだ)」
予想が当たって嬉しいということはない。
扉は開いたままの形で不自然なコンクリートの壁に備わっていた。
さらにはなかに広がるのは、黒一色のみ。先のない扉がそこにはあった。
「入ってみるしかないよな」
いやだけど。
「ここでなにかでてくるのを待つ……という手はないね。救助者がいないなら観察という手段もあっただろうけど」
「オレの鼻じゃなかがどうなってるのかまではわかんねぇ。音を見られるリザードマン系の種族ならワンチャンあったかもしれねーが」
全員が扉と壁を仰ぎ見る眼は拒絶を匂わせていた。
いわば、虎穴に入らずんば虎児を得ず。
この世界でいえば魔物の巣窟に踏みこむのと同義だ。つまり気が進まない。
「よしわかった。じゃあ俺が先陣を切ってこの扉なかに入る。2人はその後様子をみつつつづいてくれ」
「ちょ、ちょっと、待とぉぉう! 思い切りのいいことは美徳だ! しかし少しだけでいいから心の準備をする時間を捻出してはくれないかねぇぇ!」
「がおぉ……先陣だろうが2陣だろうが行きたくねぇよなぁ」
この深淵から蛇がでるか鬼がでるか。
はたまたグリフォンかゴブリンかオークか。
こっちの世界はよりどりみどりだ。しかもぜんぶ実在する。
「(ここで迷って六冠を失うくらいなら踏ん切りをつけていってやろうじゃないか!)」
俺は大地に突き立った足を前へと運ぶ。
「いくのかい!? 本当にいくというのかい!?」
「うるせェェ! ここで行かずしてなにが男だァ! 後で後悔するくらいなら先に打ってでてやる!」
「すげぇ足震えてるのに言ってることだけはカッケェ……!」
そして意を決して、手が扉の奥の闇へ触れる。
1歩進むとさらに腕が、肩が。やがて俺という存在そのものを闇が覆い尽くした。
「……?」
なかに入ると、まずサーファとトルパルメの気配が消失した。
次に世界から色が消える。さらに温度や湿度、肌に感じるべきものさえ失せる。
「…………」
広がっていたのは、消失の世界だった。
白と黒で構成された洞窟のような空間が広がっている。
しかも光源がどこにもないのに見渡せてしまう。明らかな隔絶された別世界だった。
まあ、とりあえず、それはそれとして。
いま別の問題が俺の身に嵐の如く巻き起こっている。
「アイツらぜんっっぜん入ってきやしねェ!! っていうか俺の入ってきたところ壁なんだけどォ!!」
待てど暮らせど、とはまさに。
俺が入ってきたであろう場所にはのっぺりとした壁があるだけ。
さらにはサーファもトルパルメもいっこうに姿を現す気配がない。
「え、なに!? 普通あの流れで足を止めるとかなくない!? アイツだけが入っていったからじゃあここで止めとこう、的な思考になるわけなくない!?」
どれほど声を荒げようが、独りぼっちだった。
サーファもトルパルメも現れるどころか、ただそこには壁が鎮座している。
だが裏切られた事実を受け止めたくないという一心で、とある可能性が浮上した。
「(まさか……それぞれ別々の場所にスポーンさせられたってことか?)」
そう考えればつじつまが合う。
というよりそう考えないと心が痛い。
まさかあの展開で日和見をくれるほど六冠も薄情ではないはず。
「完全な孤立無援を作りだすとか悪意ありすぎるだろ……レーシャちゃんに声をかけなくてマジで良かった」
いまごろレーシャちゃんは部屋でキュニュと一緒に居ることだろう。
事態が事態のため声をかけるのを忘れてしまっていた。
だがそのおかげでこの危険な任務に巻きこまずにすんでいる。
「とりあえず行方不明者とドラカシア、それとサーファとトルパルメを探すしかないか。こんなところで立っていると孤独で死になくなってくる……」
巻きこまれたからには、原因究明に走るしかなかった。
俺は精霊の剣を抜いていそいそと早歩きで散策を開始する。
「それにしても色がいらないとか労力がかからない空間だなぁ。面が白で輪郭が黒とかコストかからなさすぎだろ」
壁に沿うよう手伝いで周囲を見渡していく。
別にこういう状況に慣れているとかそういうわけではない。
ただ、ゲームとかだとこういうとき右手伝いで回ればダンジョンで宝箱を見逃さないのだ。
「くっくっく。昨今のダンジョンゲーは外れの道が当たりの宝箱だからな。けっきょく全マップ作製するのならこの方法が基本中の基本だぜ」
幾度にも渡る勘と知識と経験がここにある。
それからというもの不安になってくるくらいには、歩かされた。
果たしてのこの入り組んだ迷宮にゴールはあるのだろうか。本当は全員別の次元に飛ばされて合流なんてできないのではないか。
さまざまな情景が胸のうちにくすぶりつつある。独りという疎外感と孤独が冷たく身に沁みるほど、闇は俺のみを見つめつづけている。
「(よくないな……ああ、これはよくない。どんどんマイナス思考に陥りつつある。こういうときは大きな声で歌えば心が安らぐかもしれん)」
もし誰かが声に気づいてくれたらそれはそれでラッキーだ。
俺は墜ち潰されそうな心に鞭を打って、肺いっぱいに酸素を蓄える。
「お・お・き・なァァァァァ!! う・た・だ――」
セトリがAメロを開始した辺りだった。
「――がおっ!?」
「ヨオオオオオオオオオオオ!!?」
ふわりと、甘い香りと感触が同時に歌を閉ざした。
あの山とは異なる別の山が俺の顔を一瞬のうちに包みこむ。
見上げるとそこには、綺麗なお姉さんが立っているではないか。
「だ、誰だアアアアアアア!?」
「がおおっ! ナエじゃんか! 合流できて良かったぜ!」
綺麗なお姉さんが俺の手を掴んだ。
しかし俺はその温もりを慌てて振りほどいてしまう。
「だからテメェは誰だアアアアアア!? なんで俺の名前を知っているウウウウウ!?」
「トルパルメだよッ! この姿、今朝も見せてやったじゃねーか!」
言われてみればたしかに、トルパルメの変身した姿だった。
うっかり前屈みの本気モードで歌っていたため、角からでてきた彼女の豊満な双子の丘に激突してしまったらしい。
俺は安堵で肩を下げつつも首を捻る。
「なんで変身してんの? トルパルメって寂しくなると変身しちゃう系の女子?」
「ばっ――別に寂しくなんかねーっつーの! 扉に入ったら誰もいないし、危ねーかもしれないからだよ!」
トルパルメは、普段と違う大人びた顔を真っ赤にして反論してきた。
事実はどうあれ、合流できたのは普通に嬉しい。
「じゃあ一緒に歌いながら行くか! この歌は輪唱できるから2人で歌うと楽しいぞ!」
「がおっ! そもそもオレは歌わねーよ! ってか敵にみすみす場所を教えることすんじゃねぇ!」
「あっ……」
「あっ、じゃねぇ! いまさら察すな!」
2人になっただけでもかなり心に余裕ができた。
こうなってくると早くサーファも見つけてやらねば。謎世界でたった1人という孤独に苛まれているかもしれない。
この色のない空洞はいったいどこまでつづくのだろうか。上ったり下ったり急に狭くなったり。かと思えば両腕を広げて余りある空間に行き着いたりすることもある。
「こりゃまるでアント系の巣窟だなぁ。そのうちデカアリとかデカバチとかがでてくるかもしれねーぞ」
「こう狭いとトルパルメのもち味が活かしずらそうだな。いざとなったら俺が盾になってやる」
片手に携えた精霊の剣を握り直した。
この手に誰かの命がかかっている。そう思うたびに使命感とやる気が滾ってくる。
やるべきことは簡単じゃないが、明確だ。絶対に死なせない。ただそれだけ。
俺が洞窟の先を見据えていると、なにやら浮かれた視線が頬横に刺さってくる。
「……なに見てんだよ」
トルパルメが牙を覗かせていた。
なにやら後ろ手に屈みながらこちらを見上げている。
「いまのオマエいっちょうまえに男らしい横顔してるぜ! 普段は抜けてるツラしてるくせに冒険中だとキャラ変わるのな!」
なぜだか嬉しそうに獰猛さの光る眼を猫のように細めた。
オマエのほうが変わってるだろ。
普段はロリっ子フラットボディのくせに。なんだそのメリハリのある体型は。
美しく風格漂う顔立ちもさることながら。腕や太ももや腹筋が適度に鍛え上げられていて、色香に思わず眼が吸いこまれそうになってしまう。
「今朝の件もそうなんだが……俺もしかしてトルパルメに嫌われてたりするのか? なんかプレッシャーかけて俺のこと大ギルドから追いだそうとしてたり?」
俺は、たまらず髪を掻きむしった。
「がおっ!? そ、そんなつもりはまったくねーぞ!?」
「だったらなんで今日ずっと俺のほうばっかり見てたんだ? 六冠からそこそこの圧を感じりゃそう考えるしかないだろ?」
今日1日中、顔を合わせるたびに睨まれた。
しかも早朝から、ずっと。なにかよからぬ感情があると思うには十分な濃密さである。
「なにか言いたいことあるなら言葉にしてくれないとわかってやれないぞ。こっちだって慣れない冒険者生活に追いつこうと必死なんだからさ」
「ご、ごめん……別にナエのことは嫌いじゃないんだ。これはホントだぞお!」
どうやら悪意があったわけではなさそうだった。
目を伏せると同時に、腰の尾と頭の上に生えた丸い耳がしゅん、と垂れ伏せる。
「ただちょっとオマエ危なっかしいんだよ……優しいように見えるけど自己犠牲が過ぎるっつーか。なんつーか……見ててそわそわするからつい、な。ほっとけないっていうか……別に、深い意味はねえけどさ」
言いながらも彼女は視線を横に泳がせた。
背を丸めながら指を遊ばせ、微かに頬が桃色に染まっている。
「昼間に悲鳴が聞こえたとき向かった足音がオマエのだって即効で気づいたさ。だってオマエって絶対にそういうの助けなくりゃ気が済まないと思ってたし」
そうか、そういうことか。
理解するには、トルパルメの言葉だけで、十二分だった。
俺はバグっている。だからそうそう死なない。しかし傍から見れば命を大切にしていないように見えてしまう。
だから彼女は六冠、ではなく先輩として新米の心配をしてくれていたということ。
「努力は認めるけど、あんま無茶すんなよな。そういうやりかたで信頼を得てもさ、死んじまったら信じたヤツらが逆に悲しんじまう。そういうとこギルドのなかでいっぱい見てきたからそうなってほしくなかったんだ」
なにも言えなくなってしまうくらい、胸がいっぱいになってしまう。
心配させてしまったこともある。だが、これほど思ってくれる存在がいたとは。
俺の人生に俺を痛む他者はいなかった。
ただ1人。だけど1人になるのが怖くて藪から棒に生きていただけ。
それなのにこの世界では。
「ありがとう」
伝えられるのは、感謝の言葉しかなかった。
もっとたくさんあったのだが、どうにも喉の奥に詰まってしまう。
足を止め、涙をこらえるので必死だった。少しでも下を向いたら思いごとあふれてしまいそうだった。
トルパルメは俺の腰をとん、と叩いてにんまりとした笑みを広げる。
「がおっ、気にすんな! でもなんかあったらちゃんと周りに相談とかしろな!」
くるり、と踵で小さく円を描く。
それから爪先から地面を踏んで軽やかにステップを踏む。
大人の見た目になっているとはいえまるで子供のような仕草だった。
それだけに彼女という存在が宝石のように輝いて見える。
「あっ! それとこれはオレからのお願いなんだが……」
「お願い? 六冠のトルパルメが俺なんかになんのお願いがあるんだよ?」
「オマエと一緒にいるあの、レーシャ――」
そのときだった。
微かに緩んでいた空気が一変する。
「走れ走れ走れ!! 防衛線まで交代しろ!!」
「敵に近づくな!! 遠距離魔法だけで対応しないと他の連中みたいにやられるぞ!!」
色のない空虚な空間に、生命の鼓動が脈動した。
それはサーファのものではない。聞き覚えすらない人々の放つ感情である。
「生存者! 助けんぞっ!」
「っ!」
俺とトルパルメは間髪入れずに疾走を開始した。
※つづく
(次回との区切りなし)




