45:竜の終わり
「アキトくん!私、今幸せです!あの《紋様》に少し感謝してしまうぐらいに!」
「ごめん!ちょっと黙っててえええ!!」
恐ろしい速さで迫り来る、蔓と呼ぶには太すぎる樹木から逃げる。『竜』の爪のように鋭いそれに捕まればひとたまりもないだろう。それにしてもどこまで伸びてくるんだこれ!限界とかないのかよ!!
メアリーちゃんは俺の腕の中で場違いなほどにはしゃいでいた。人生初のお姫様抱っこだけど、こんなみっともない形で使いたくなかったな……。
それは置いといて真面目な話、この攻撃の何が面倒くさいかというと、魔力が見えないことだ。
魔物が起こす超常現象は、正確に言えば魔法ではない。魔法ではなく、その魔物の特性、能力と言ったほうが正しいかもしれない。人が呼吸をするのに魔力を使わないように、手を動かすのに魔力を使わないように。
そして、魔物は息をするように超常現象を起こすことができる。だから発動時に【神秘】と唱える必要もない。魔法じゃないから。
魔法で樹木を生成するなら、先に魔力でイメージを作り、それが変質化して樹木になる。まあ、生物は魔法で生み出せないんだけど……。
とにかく、魔物はその魔力を変換するプロセスを飛ばして直接樹木そのものを生み出している。
この世界の住人は魔法、ひいては魔力の流れが見えていない。だから魔物が使っているこの能力も魔法だと思っている。俺も昔はそう思っていた。これは魔力が見える俺しか気づけないと思う。
ここで何が問題かというと、対人戦なら魔力の流れが見えるから魔法を使った攻撃ならある程度先読みできるんだけど、魔物の攻撃は魔力を元にしていないから全く先読みできないことだ。予測不能の攻撃が360度から襲いかかってくる。みんなやってることなんだけど、いきなり武器を一つ奪われる感じで辛い。
チラリと《紋様》を見やると、奴はその場から動いている様子はなかった。……もしかすると、空中で樹木操作をしている最中は動けないのかもしれない。通常種は地上でしか樹木操作ができないけど、移動しながらでも樹木操作ができる。それが変異種の《紋様》にできないはずもないし、恐らく空中で発動するときだけの制限だろう。
[ユリウス!一旦この樹は俺が食い止めるから、本体を狙ってくれ!おそらくあいつは樹木操作しているときは動けない!]
気づけば、残る魔物は《紋様》1匹だけになっていた。相棒が優秀すぎて辛い。俺が逃げ回っているうちに片付けてくれたんだろう。
[【神秘】万雷の大竜巻!]
通常種1匹相手にこの魔法はオーバーキルだが、《紋様》に効くかどうか……。
俺の予想通りだったのか、《紋様》は移動することなくユリウスの魔法に直撃した。
「グギュアアアア!!」
その間、余裕がなくなったのか、樹木が襲いかかってくることはなかった。
[くそっ!ダメかっ!]
竜巻が消えると、だいぶ消耗した様子の《紋様》が姿を見せた。……やっぱり生きてたか。ただでさえ竜種は魔法耐性がえげつないのに《紋様》ともなれば言わずもがなだろう。
ただ、もう一押しだ。奴も限界に近いはず。このチャンスを棒に振るわけがない!
「アキトくん!私はもう大丈夫です!とどめを刺しましょう!」
状況を察したんだろう。腕の中のメアリーちゃんは俺から離れて再び剣を構えた。
ただ、奴に対抗できるほど回復したとは思えない。
ユリウスもそうだ。複合魔法を2発、それに大量の通常種。いつ魔力切れが起きてもおかしくない。
「メアリーちゃんはもう十分頑張ったから休んでていいよ。後は俺の仕事だ」
ユリウスとメアリーちゃんがいなければ、ここまで追い詰めることはできなかったかもしれない。おそらく俺の討伐数がぶっちぎりで低いだろう。
それもこいつと戦うための力を温存していたからだ。ここで役に立てなければ、俺は2人についてきてもらう資格がない。
剣を構え、空を駆け抜ける。
「グルアアアアアアアア!!」
それは《紋様》も同じだった。怒りの咆哮をあげながら猛スピードでこちらに迫ってきていた。
一太刀目、剣と竜爪がぶつかる。二太刀目、互いに姿勢を崩しながら己の武器を振り抜く。三太刀目、四太刀目と打ち合いが続き、俺は確信した。
ーーいける!奴は確実に消耗してる!最初の一撃ほどの重さはない!
「うおおおおおおおおお!!!」
五太刀目、俺は奴の攻撃の軌道を逸らし、その首元に切り込もうとしたーーー
「アキトくん!避けてください!」
「ガッ!!」
メアリーちゃんの声が聞こえたが、突然背後から衝撃に襲われ、気づくと地面に叩き落とされていた。なんだ?!もう他に魔物はいないはずじゃ……いや、違う。《紋様》だ。今もユラユラと揺れている竜の尻尾だ。
首元に集中した先に、完全に死角から攻撃を受けた。迂闊だった。まだ勝利を確信するには早かったんだ。
口から溢れる血を拭い、気を引き締め直す。身体はまだ動く、大丈夫だ。俺は勝てる。
「アキトくん!大丈夫ですか?!」
メアリーちゃんは《紋様》に向かいながらそう叫んでいた。いやいや、今の君にそいつはリスクが高いって。気持ちは嬉しいけど、無茶しないでよ……。
「おい『竜』!お前の相手はこっちだ!」
空に飛びながらそう叫んだ。お前にメアリーちゃんは一万年早いわ!
「グルァアアアアアアア!!」
《紋様》もこちらに向き直った。一撃食らってしまったが、これで最後だ。
飛行しながら魔力を練り上げる。『風雷坊』をもっと強く、もっと速くーー!
迫る竜爪を弾き返し、一気に首元まで駆け上がる。もう尻尾の一撃は食らわない。
弱点の鱗を探している時間はない。だが、目印はついている。最初に入れた一撃だ。そこを叩く。叩き続ける。
「『迅雷風烈』!!」
そこへ向かって神速の連撃を叩き込む。一太刀入れる度に、硬い鱗と剣がぶつかる衝撃で雷鼓が鳴り響いた。このまま抵抗する暇もないぐらい斬り続けてやる!
「うらああああああああッッッ!!!」
もう何度斬りつけたかわからない。《紋様》は剣を叩きつける衝撃で動けない。ただガムシャラに、縦に、横に、斬り続ける。斬る。斬るーー!!!
そしてーー
ザンッ!!
遂に《紋様》の首は地に落ちたのだった。




