36:はじめてのおらしおん
夜が明け、朝が来た。
いつもの時間通りにユリウスは起床した。
[おはよう、アキト]
[おはよう。よく眠れたか?]
[うん、ばっちりだよ。最高の朝だね]
俺は好奇心と緊張がないまぜになったような気持ちだった。
しかし、ユリウスには緊張なんてものは無縁のようだった。あれだ、遠足行く日ってドキドキして早く起きるらしいじゃないか。だけどユリウスはいつもと同じ様に眠りについて、いつもと同じ時間に起きた。なんなの。心臓から剛毛でも生えてるの。
ちなみに俺は遠足なんて行ったことないからドキドキして早起きしたことはない。悲しい過去である。
[ついに、だね]
[緊張とかしてない?俺、結構緊張しちゃってるんだけど……]
[うーん、緊張より嬉しさの方が上かな。ようやく夢のスタートラインに立てたって感じだからさ]
[そっか……。何もできない俺のために、ありがとな]
本当に、俺は何もできていない。
人よりちょっと魔力操作が上手くなったぐらいだ。
[僕は物心ついた時からアキトと育ってきたんだ。アキトに魔法を教えてもらって強くなることができて、狩りに出たり、父さんやメアリーに怒られたりね]
[……うん]
[でもやっぱり、隣に並びたいよ]
[僕だけがアキトに会ったことがないんだ。一緒に食卓に並ぶこともできない。それどころか、顔を合わせて笑い合うこともできないんだ]
[だから、僕の願いはアキトと2人で有名な狩人になることかな。最強の双子なんて呼ばれたりしてね]
……そうか、そうなのか。
ユリウスが生まれて間もない頃は誰とも話すことができなくて、その後ユリウスとコミュニケーションが取れるようになって、それが嬉しくて嬉しくて、顔を合わせることの大切さを俺は忘れていたのかもしれない。
ユリウスは俺が気にも留めていなかったようなことをずっと気にしていたのか。可愛い奴め。
[まかせろ!世界中に俺達の名前を轟かせてやる!我等の最強伝説は今日から始まるのだ!]
[うん。ぼくたち2人なら最強だよ!]
よし!俺も身体をゲットしたらやりたいことリストを頭の中にメモしておこう。
「ユリウスくーん!朝ですよーー!」
と、そこで一階からメアリーちゃんの声が聞こえてきた。
いつもは決まった時間に起きているから、なかなか降りてこなくて不審に思ったのかもしれない。
ちなみにユリウスとメアリーちゃんはそれぞれ二階に自室をもった。
さすがに年頃の女の子と同じ部屋っていうのはね。冗談抜きで師匠に殺されてしまう。
部屋はまだまだ余っているからゆとりのある使い方をしても全く問題ない。大は小も兼ねるとはこのことだ。使い方合ってる?
一階に降りると、メアリーちゃんは朝食を作っている最中だった。
昨日決めた中で、食事は1日交代の当番制になった。ユリウスも料理はできるが、メアリーちゃんの料理はすこぶる美味しい。
なるほど……。ということは、1日置きでメアリーちゃんの手料理が食べれるわけですね。
師匠の顔がチラチラと脳裏に浮かんでくるが無理やりしまい込もう。
ちなみに、王様の祈人優遇政策の一つとして、食材の価格があげられる。
ソビエでは食材の調達手段がルシャールから輸入するしかない。それなのに値段はルシャールのものとあまり変わらない。運搬費などを国が少し負担しているらしい。
まあ、これほど露骨に優遇されていれば、そら祈人さん嫌われますわって感じ。
ルシャールに近い王都の方が食材の値段高いからね。ここまでくるとあえて祈人にヘイトを溜めているのか疑いたくなってくる。
「できました!」
ご飯ができたようだ。
出発前の最後のまともなご飯だし、しっかり味わわないとな。
ーーーーーー
ご飯を食べた後に向かう場所は祈人組合だ。狩人組合と似たようなものだだな。
塔を登るにあたって登録していなければ罰を受けるーーなんてことはないが、登録していれば様々なバックアップを受けることができる。
大半の祈人は登録しているらしい。
「こんにちは。本日はどういった御用でしょうか?」
建物に入って迎えてくれたのは、茶色の髪の小柄な女性だった。
小柄……いや、漫画的な表現をすればロリ巨乳なお方だった。現実にこんな人いるんだ……。
「僕とこっちの彼女を登録してほしいんですけど」
俺が軽く衝撃を受けている間にも、ユリウスはつつがなく手続きを終えていた。優秀優秀。
「滅多にありませんが、到達階層によっては組合から採取要請が来ることもありますので、よろしくお願いします。それでは、お気をつけて」
ロリ巨乳さんに笑顔で見送られて、俺達は建物を出た。
ーーーーーー
「よおーし!アキトくん待っててくださいねー!」
青い空の下、塔を見上げながらメアリーちゃんが大声を上げた。
うん。かわいいんだけどね。恥ずかしいからちょっとやめてもらえるかな。横にいるからばっちり聞こえてますよ。
現在、家から歩いて塔にやってきた。
ユリウスもメアリーちゃんもフル装備だ。ここにきてようやく2人の服装が一致したと言える。
「ハッ、ガキがいきがってやがるぜ」
「ほっとけよ、どうせ観光気分だろ」
ほらー、周りのガラの悪い大人にめっちゃ見られたじゃないのー。
そういえば、下着泥棒兼カツアゲ犯達である《呪われた強欲》はこの都市を中心に活動しているんだったか。カツアゲ犯自体はたいしたことなかったけど、一応注意しておくべきだな。
塔前の広場には、これから散策に入る人達が多勢いた。
その横を通り抜けて、数ある入口の一つの前に立つ。入口の上には『56』と数字が刻まれていた。入口の番号だろう。わかりやすい。
入り口に扉は無く、真っ黒に塗りつぶされたようにそこから先は何も見えなくなっていた。
ここから先は異空間に繋がっているんだ。だから、塔内部は塔の中とは思えない光景が続くらしい。
「じゃあ、行くよ」
「はい。あ、一応手を繋いでもらっていいですか?ちょっと不安で……」
「わかったよ。ほら」
ユリウスとメアリーちゃんは手を繋ぎ、その一歩を踏み出した。
そしてーーー
ーーーーーー
気づくと、大森林の中にいた。出戻りだ。
っていうのは冗談で、塔第一階層から第十階層は森が舞台となる。
各階層に出てくる魔物を倒しながら上階層へと続く階段を探し出し、最上階まで到達せよ!とのことだ。
ユリウスも言っていたけど、切実に地図がほしい。
毎回毎回階段を探すなんて骨が折れるにもほどがある。
あともう一つのクソゲー要素として、上に続く階段は一定範囲に入らないと視認できない。高いところに登って階段を探すことはできない、というわけだ。塔さんは不正に厳しいのだ。
唯一の救いは塔内部は塔本体ほど広くないってことだ。
あの一国に匹敵するほど巨大な塔の中から階段を探すなんて無理ゲーすぎる。
「ここが……」
「ユリウスくん、感傷に浸ってる暇はなさそうですよ。早速魔物が……って、うわあ……」
そこでメアリーちゃんは物凄く嫌なものを見たような顔をした。
ユリウスが彼女の視線の先に目を向けると、そこには緑の色の肌をした、子どもサイズの人型の魔物がいた。それも3匹。
ゴブリンだ。
どうやら塔の記念すべき魔物さん第一号はゴブリンらしい。
ゴブリン自体は大森林、正確に言えば草原地帯にもいた。
だが、そのときのゴブリンとは明らかに違うところがある。こっちのゴブリンはフルチーー全裸だった。
メアリーちゃんはこれを見てあんな顔になったんだろう。魔物の下半身なんて見たいものじゃない。人型だし。
「じゃあ、ここは僕が」
そう言ってユリウスは白剣を抜いた。
ゴブリンなんぞユリウス1人でオーバーキルだ、俺とメアリーちゃんは何もしない。
警戒しながらもにじり寄ってくるゴブリン達に目標を定め、一閃。
「シッ!!」
「「「ギャ?」」」
何が起きたかわかっていないゴブリン達は、首を傾げようとし、あるいはお互いを確認したかったのかもしれない。
しかし、その頭は首を傾けた勢いのまま地面にずり落ちた。
そして、頭と別れを遂げたゴブリンの首から血の雨が降り注ーーがない。
ゴブリンの死体はボッ!と音を立てて煙に姿を変えた。死体があった場所には小豆サイズの石が落ちていた。
「これが塔の魔物か。ずっと狩人してたから、違和感がすごいね」
「これは本当に魔物……生物なんでしょうか。それすら疑わしいですね」
塔に現れる魔物は、骨も残らない。
魔物が戦闘中に流した血も、魔物が死ねば煙となって消える。服についていた血なんかも消えるから汚れることはあんまりない。砂ぼこりとかは仕方ないけどね。
魔物が死んで残るのは魔石と、稀にドロップアイテムなんかもあるらしい。
まあドロップアイテムの話は今は置いといて、魔石以外に何も残らないから塔内部で食料を調達することは不可能になる。これで食べ物がめちゃくちゃな値段だったらすぐさま破産するところだ。
魔石はきっちり拾って魔法袋に仕舞う。これも売れば金になる。ゴブリンなんかは魔石のサイズも小さいからあれだが、塵も積もれば山となるの精神でいくべし。
すると、大きな笑い声が響いてきた。もしかするとこの近くに誰かいるのかもしれない。
「誰か近くにいるみたいだね。戦闘の余波を受けるのも嫌だし、早めに移動しようか」
「階段も探さないといけませんしね!今日中にいけるところまで行っちゃいましょう!」
そして、上階層へと続く階段を探しに歩き出す。
待ってろ神様!俺たちの戦いはこれからだ!




