35:幻の職業・ヒモ
願いの塔。
試練の塔とも呼ばれるその塔は、3つの国に囲まれるように隣接するほどに巨大だ。
その巨大さは、塔下町である塔都市ソビエに入ると、より一層感じることができた。
塔は藍色一色に染められ、極太の蔓のようなものが天まで螺旋状に巻き付いている。それはまるで、1匹の巨大な龍が絡みついているようだった。
あいにく、塔の頂上付近ーー目視できる限界点は常に雲に覆われていて確認することができないらしいが。
しかし、それでもまず最初に思いつく感想は……
でっっっっっっっか!!!!
これに尽きる。
なんだこれ半端じゃないぞ。
この塔が倒れたらそれだけで余裕で一国が滅びるだろう。王様も、狩人も、祈人も、みんな仲良くぺちゃんこだ。
「はーーー。でっかいねーーー」
「すごいですね……。大きいのはわかってましたけど、近くで見ると圧巻です」
どうやら2人も同じ感想を抱いたようだ。
そりゃそうだ。初めてこれを見て驚かないやつは異常だよ。
「最初は皆さん驚きまさあ。あっしはもう慣れやしたけど、初めて見たときは腰を抜かしやしたぜ」
「なんていうかこう、迫力が凄いですね。荘厳な感じっていうか」
「これをこれから登ると考えるとドキドキしますね!」
「応援してやすぜ!頑張ってくだせえ」
「ありがとうございます。5日間、お世話になりました」
そう言ってユリウスとメアリーちゃんは頭を下げた。
今日でバーシャさんとはお別れだ。
一緒に食事したり観光したりで随分と仲良くなったが、彼には彼の人生があるのだ。
「また人車を利用するときはバーシャさんで予約させてもらいますね」
「そいつは助かりまさあ。精一杯運ばせてもらいやす」
「また、よろしくお願いしますね!」
バーシャさんに見送られて塔都市ソビエを歩く。
街並みは狩猟都市ルシャールとそれほど変わらない。石造りの家や店が並ぶ、ありきたりな風景だ。
「僕らの家の近くとあんまり変わらないね」
「はい、強いて言えば、様々な種族の人がいますね」
フル装備のメアリーちゃんの言う通り、王都と変わらないほどに周りには様々な種族の人達がいた。
これには理由がある。
願いの塔には入り口が山ほどあり、三国の人間がそれぞれ入るのだが、どこの国の出口からでも退場して良いことになっているからだ。密入国し放題である。
よって、塔都市ソビエには様々な人種が溢れている。
なんでそんなことになっているかと言うと、三国の王様がこの世界で最初にを願いの塔攻略した人達だからだ。
そして、王様達は祈人の願いの塔攻略を全面的に支援している。
支援の一つとして、1番近い出口を使っていいよってことで、どこの出口からでも出て良いことになっている。
そんなアホな……とも思ったが、もしかすると後輩を応援したい優しい心の持ち主なのかもしれない。
いや、それよりどれだけ長生きしてるんだよ。神様に願いを叶えてもらった結果か?
しかし、ユリウスが4歳の頃に国の外壁を超えて大森林に入れたのもガバガバなセキュリティのおかげだったし、気にしていたらキリがない。
「ま、とりあえず願いの塔のほうに向かおうか」
「はい!ワクワクしますね!」
目を輝かせたメアリーちゃんと共に塔の方に歩き出す。
道案内はいらない。馬鹿でかい目印があるからね。
ーーーーーー
ソビエに到着してまずすることはの願いの塔攻略ーーではなく、拠点作りだ。
ぶっちゃけると、数日で攻略するなんてことはまず不可能で、何年もかかることを前提に動かなければならない。
数日でクリアしてやるぐらいの心づもりは必要だろうけど。
ということで、早速不動産屋にやってきた。
「どうもどうも。本日はどういったご用で?げへへ」
訪れたのはゲスい感じの笑い方が特徴的な店員がいる店だった。
「拠点を作りたいんですけど、いい物件ありますか?」
「おお!それはそれは!ちょうど先程空き家ができたところです!お客様は運が良いようで!げへ!げへへ!」
「やりましたねユリウスくん!私達ツイてますよ!」
ふむふむ。正直言って不動産のことなんかさっぱりわからない。ここはユリウスに丸投げするとしよう。
「その物件を見ることとかってできますか?」
「ええ、ええ。早速行きましょう。早い者勝ちですからね!げへへ」
嬉しそうな店員に案内されて、その物件へ向かう。
はあ、それにしても俺のために家まで買ってくれるんだもんな。
感謝の念と共に罪悪感もすごい。
だってユリウスってまだ14歳だよ?14歳の子どもがお年玉をあげることすらないだろうに、俺は家を買ってもらっちゃったよ。これがヒモってやつか……。
と、そんなことを考えているうちに目的地に到着したようだ。
「こちらでございます。築年数は古いのですが、その分お安くなっております。強いて言えば、お2人で住むには少々広いかもしれませんね。げへへ」
そう言われて見た先には、白を基調とした石造りの家があった。
実家より少し小さいぐらいだろうか。
二つ名持ちの狩人の家より少し小さいと考えれば、十分だと思える。
店員の言っていた通り築年数が古いせいか、若干昔の建物のような印象を受けるが、誤差の範囲内だろう。
「中も見ていいですか?」
「もちろん。隅々まで見てくだせえ」
「では、お言葉に甘えて」
ユリウスが家の中を見学していく。
以前の家主が残していったのか、家具も置いてあるので生活感が感じられる。
「あの、この家具っていただいてもいいんですか?」
気になっていたことをメアリーちゃんが聞いてくれた。
家具ももらえるならだいぶ節約できるはずだ。どうせ一生住むつもりもないし、そこまでお金をかける必要もない。
「ええ、ええ。構いません。この都市ではいつ誰が亡くなるかわかりませんし、他の国で暮らし始める人もいますからね。5年間音沙汰がなければ死亡したものとみなして売りに出す決まりになってるんですよ。その5年目が今日だったということです。あ、掃除はきちんとしましたのでご安心下さい」
「そうでしたか、お亡くなりに……」
「亡くなった方の願い事も塔に持っていくという意味で、家具を使い続けるなんて考え方もあるみたいですよ。げへへ」
事故物件……ではないな。もしかしたらまだ生きてるかもしれないし。
前世だと前に住んでいた人の家具なんてあまり需要がなさそうだけど、この世界ではまた違った考えがあるようだ。
「よし、メアリー。ここに決めようか」
「はい!私もそう思います!」
わりと早めに買い物が終わったようだ。
この物件の良いところは、強いて言えば不満な点がないところだろうか。
消極的な理由かもしれないが十分だろう。
「ありがとうございます!げへへ!」
店に戻って会計を済ませた。
身体を手に入れたら必ず返しますので、今だけ甘やかさせてもらいます……。
口に出したら間違いなく怒られるので、心の中でたくさん感謝していよう。
ーーーーーー
旅の疲れもあり、夕飯の支度をするのも面倒ということになったので今日は外食することになった。
購入した家から少し離れた場所にある《雀の憩い亭》というアットホームな感じの料理屋に入った。
「いらっしゃいませ!2名様ですか?」
迎えてくれたのはユリウス達と同い年ぐらいの女の子だった。ただし、その少女の耳は只人のものと比べて長かった。
耳長人だ。
「はい。2人で。とりあえず果実酒を2つください」
「かしこまりました!すぐにお持ちしますので、料理はこちらのメニューをご覧になってください」
「ありがとうございます」
礼を言ってメニューを見る。
「やっとソビエに着いたし、旅のお疲れ会と明日に向けての決起集会ってことで今日は少し奮発しようか」
「いいですね!私このお肉が食べたいです!」
2人が適当に豪華そうな料理を選んでいると、ドリンクが運ばれてきた。
「お待たせしましたー!ご注文はお決まりですか?」
「はい。えっとーー」
料理を頼んでから、明日の予定を話すことになった。
明日はついに願いの塔に入るのだ。やれることはやったつもりだが、打ち合わせは重要だ。
なにせ、命がかかっている。
「明日はとりあえず10層までを見てみようか。それで余裕があればさらに上に進んでみようと思う」
「そうですね、食べ物も王都で買いましたし、準備はばっちりです!」
「持ち物は大丈夫そうかな。それにしても地図が使えないって辛いよね。一度到達した階層でもやり直しになるし」
「ほんとですよ、試練の塔と呼ばれているだけあります。それでもお願いを叶えてもらえるのは嬉しいですけどね」
頬を膨らませながらメアリーちゃんは愚痴混じりにそう言う。
地図が使えない、というより一定時間で階段の場所が変わるらしく、移動場所も決まっていないので地図が意味をなさないらしい。
メアリーちゃんの言うとおりなんだけど、やっぱりハードモードだよね。
「あ、もしかしてお2人は願いの塔が目的なんですか?」
気づけば、料理を運びにきた看板娘の耳長少女がいた。
「今日この街に着いたばっかりで、明日から願いの塔に向かうつもりです」
「もしかして店員さんも?」
「いっ、いえいえ!私なんかが挑戦しても一瞬で死んでしまいますよ!だから、年齢の近そうなお客様が挑戦するってすごいなーと思いまして!あ、私リンっていいます!よろしくお願いします!」
「僕はユリウスです。で、こっちがメアリー」
「このお店にはお世話になると思うので、よろしくお願いします」
新しい同年代の友達が増えた後、料理を楽しんだ。俺も食べさせてもらった。ありがたや。
明日はついにこの4年の特訓、いや、この世界にきてからずっと鍛えてきた成果を全力で発揮する時だ。
俺は不安と期待とやる気が入り混じったような気持ちで朝が来るのを待ったのだった。
次回、ようやく塔に入ります。




