34:話を動かすタイプのかませ犬
王都に入って2日が経ち、そろそろ夜の空に変わる頃のことだった。
人車の中で暇を持て余し、メアリーちゃんは装備のチェックを、ユリウスくんは窓を開けて外を眺め、あと1日ぐらいでソビエに着くだろうか、なんてことをボーッと考えていると路地裏に目が止まった。
そこには5人の人がいた。
別に人がいるのはおかしいことではない。ここは王都で、人もたくさんいるのだから。
だが、その見た目が良くなかった。
黒いマントを羽織り、種族もわからないほどにフードを深く被った4人は、1人だけ服装の違う兎の獣人の少年を囲んでいた。
「も、もうなにも持ってません!本当です!勘弁してください!!」
「いいからちょっとジャンプしてみろや。どうせまだ金持ってんだろ?なんたって王都に住んでんだもんなあ!」
「早く飛べや!ぶっ殺されてえのか!」
「大人しく言うこと聞いといたほうがいいよ?こいつら、怒ったら怖いからさ」
「ひぃぃぃぃ、勘弁してくださいぃぃぃ」
得体の知れない人間に脅され、獣人の少年は長い兎の耳を揺らしながら泣く泣くその場で跳んだ。
うむ。兎の獣人と呼ぶに相応しい良いジャンプだ。
って、そんなこと言ってる場合じゃない!カツアゲの現行犯だ!
正確に言えば、4人いる黒いフードのうち1人は、すぐ側の家の壁をよじ登り、干してあるピンクのブラジャーに手を伸ばしていた。カツアゲ3人、下着泥棒が1人だった。なんなのこのカオス集団……。せめて1つのことに目的を絞ってくれ。
「ちょっと行ってくるよ」
この状況を見逃す訳もなく、ユリウスは人車から飛び出した。
兎の獣人は脚力がすごいのか、ユリウスが到着するのと兎少年が着地するのは同時だった。
チャリンッと路地裏に音が響き、カツアゲ犯達の目が一瞬兎少年に向くも、すぐさまその視線は突如現れたユリウスに向けられた。
「ここで何してるんですか?まあ、大体想像つきますけど」
「なんだてめぇは!」
「ぶっ殺すぞ!」
「坊やが粋がらないほうがいいよ。こいつら、怒ったら怖いからさ」
声から察するに、どうやら全員男のようだ。下着泥棒もブラジャーを盗もうとしてるし男だろう。
「た、助けてください!」
気づけば、兎少年に泣き縋られていた。
どうしてこんな状況になっているのかわからないけど、助けないという選択肢はない。
−アキト、いくよ−
−勿論!−
そうして、ユリウスは腰に差した《白式》を、俺も魔腕で背中に背負った《黒式》を抜いた。
四刀流《比翼》のデビュー戦だ。
「な、なんだ?!剣が浮いてるぞ!ゴーレムか?!」
「いや、あいつは詠唱してねえ!魔剣かなにかだ!」
「早くその手品のタネを明かしたほうがいいよ。こいつら、怒ったら怖いからさ」
驚いてる驚いてる。残念ながら魔剣でも魔導具でもないぞ。魔力が見えなければこのタネはわからないだろうけど。
「安心してください。すぐに片付けますから。少し離れていてもらえますか?」
「お、お兄さん……。この恩は忘れませんっ!」
兎少年が離れたのを確認して、黒フード達に向き直った。
「おいおい、何してくれちゃってんだてめえはよお」
「ヒーロー気取りってか?」
「こいつらを怒らせちゃったね。怒ったら怖いのに」
「野朗共!いくぞ!」
野生の黒フード3人がマントの下に隠していた剣を抜きながら迫ってきた!
俺は左右の2人の剣を防ぐ。その間にユリウスが真ん中の黒フードの剣を弾いた勢いのままに顎を蹴り上げた。残り2人。
「がはっ!」
左右の剣を受け流し、相手の態勢を崩す。
俺は左の黒フードのこめかみを、ユリウスは右の黒フードのこめかみを柄頭で打ち抜いた。
「「がはっ!」」
うん。瞬殺だ。
さすがにカツアゲで命を奪うのは可哀想だし、意識を奪うにとどめておく。後で衛兵さんに届けよう。
……それにしても弱かったな。魔法を使うまでもなかった。
決着はついたと思いきや、後1人いたのを忘れていた。下着泥棒だ。
ようやくこちらの様子に気づいたのか、はたまたあらかた狩り終わったのか、地上に降りてきたそいつの腕の中は溢れんばかりの下着で埋め尽くされていた。控えめに言ってめちゃくちゃ気持ち悪い。
「ーーッ!!」
下着泥棒は地面に転がった仲間を見るや否やこちらの実力を把握したのか、一目散に逃げ出した。どうする、追うべきか?
−メアリーもいないし、僕もここで魔法を使うわけにいかないよ。下着泥棒は諦めよう。兎の人もいるし−
−そうだな、下着を盗まれた人達には申し訳ないけど、運が悪かったってことで−
こんな街中で放出系魔法をぶっ放して何かあったら下着の何倍もの被害が出る。迂闊なことはすべきではないだろう。
ということで、下着泥棒は放置で。
「ユリウスくん!急にどうしたんですか!」
と、ここでようやくメアリーちゃんがやってきた。
「窓から変な人達に囲まれてる人が見えたから助けたんだよ」
「全く気付きませんでした……。ごめんなさい」
「大丈夫だよ。すぐに片付いたし」
「あ、あの!助けていただいて本当にありがとうございます!よかったら何かお礼させていただきませんか?」
遠くに離れていた兎少年も無事のようだ。
律儀に俺達のことを見守っていたらしい。
「いえ、僕達はここをすぐに出るつもりなので結構ですよ」
「え、で、でも!」
「あ、じゃあ衛兵さんを呼んできてくれませんか?この人達の処理を任せたいんで」
「……わかりました!」
未だ少し納得していないようだったが、兎少年は衛兵を探しに走り出した。
観光はこの前したし、確かにお礼は必要ないんだけど、どこか味気ないな。
「じゃあ僕がこの人達を縛るから、悪いけどメアリーはバーシャさんに連絡してきてくれない?」
「わかりました!」
メアリーちゃんもこの場からいなくなり、地面に倒れた男達を見下ろす。
「よし、このマントで縛ろう」
−ロクでもなさそうなやつらだったし、雑にやっても大丈夫でしよ−
マントを剥ぎ取ると、カツアゲ犯は全員只人の男だった。年齢は20代後半ぐらいだろうか。総じてチンピラ臭い顔をしている。だが、見たことのないものがあった。
なんだこれ?
男達の肩には角の生えた髑髏のタトゥーが入っていた。なにかの組織のマークか?
−ユリウス、そのマーク見たことある?−
−ないね。悪そうなマークだけど……−
俺が見たことない以上、ユリウスが知っている可能性も低い。案の定知らないようだった。
ま、いいか。とりあえず俺も魔腕を使って縛り上げておこう。
「旦那!大丈夫ですかい!」
一通りガチガチに縛り終えたところでバーシャさんとメアリーちゃんがやってきた。
「ええ、幸い大したことありませんでした」
「そいつは良かった。あんまり無茶しないでくだせえ」
「困ってる人を見過ごしたら両親に顔向けできませんからね。あ、それよりこのマーク知ってますか?」
肩に彫られたタトゥーを指してユリウスが尋ねる。
国中を活動範囲にしている彼ならもしかすると何か知っているかもしれない。
「そ、それは《呪われた強欲》のシンボル!」
「《呪われた強欲》?」
「最近世界中の塔都市で幅をきかせてるやつらでさ。殺し以外ならなんでもやる犯罪組織でさ!」
「なるほど、そんなに危険な組織でしたか……。1人逃したのはミスだったか…」
「いやあ、旦那に命があるだけ良かったでさあ」
「この人達は大したことありませんでしたよ」
「なんにせよ、塔都市に向かう以上旦那達も気をつけてくだせえ。噂では奴等は塔の中でも強盗紛いのことしてるって噂でさあ」
《呪われた強欲》か……。聞いたことないな。生まれてからルシャールに篭りっぱなしだったから仕方ないかもしれないけど。
しかし、これだけ危険さを説かれても下着泥棒とカツアゲ犯しか見ていないからいまいちピンとこないな。カツアゲ犯達はめっちゃ弱かったし。
「すいません!お待たせしました!衛兵さんを連れてきました!」
兎少年も戻ってきたようだ。
「じゃあ、後はお願いします。僕達は先へ行きますので」
「はい!僕に出来ることがあればいつでもお声掛けください!僕の名前はラフィットと言いますので!」
「僕はユリウスです。また機会があれば」
そうして、兎少年と別れ、みんなで人車に戻って旅が再開した。
この時の俺達は、後に《呪われた強欲》が俺達の目的に大きく関わってくることなど、知る由もないのだった。




