27:心の準備
「ごめん。僕は……狩人にならない」
ユリウスくんの爆弾発言によって場の空気が凍った。
ユージーンさん達は狩人という仕事に誇りを持って生きている。そして、小さい頃からユリウスくんに狩人になるよう育ててきた。
誰かのために生きる、優しい人になれるように。
この世界の食料調達手段が魔物の領域で狩りをするしかない以上、魔物を狩るーー人類へ食料を供給する役割を一手に担っている狩人はなくてはならない存在だ。
俺はユリウスくんがどう生きようが応援するつもりだが、ユージーンさん達はそうはいくまい。
「……最近様子がおかしかったのはそれが原因か?」
「気づかれちゃってたか……。うん。そうだよ」
どうやらユージーンさんも最近ユリウスくんに元気がないことには気づいていたようだ。いや、今でこそ鳴りを潜めているけど息子は親バカを炸裂させてたんだ。当然といえば当然か。
「とりあえずもう夜の空だ。話は家に帰ってからにしよう」
「うん、ありがとう」
「悩みがあるならお母さんが聞いてあげるからね!」
ジェシカさんが明るくそう言うも、どこかギクシャクした雰囲気で会話もないまま再び3人は歩を進めたのだった。
ーーーーーー
「それで、どういうことなんだ?」
家に着くや否や、ユージーンさんは先程の告白の真意を問いただした。
「先に言っておくが、別に俺はお前を責めるつもりはない。もちろん狩人になってほしい気持ちはあるが、お前の人生だ。好きに生きればいい。ただし、理由だけは聞かせてもらうぞ」
「私も同じ意見よ」
息子の意思を尊重する、当たり前のことかもしれないけど、改めて素敵な人達だなと思った。
「僕には狩人になるより、やらなきゃいけないことがあるんだ」
「ふむ。それは?」
「……塔に登りたいんだ」
またもや場が凍りついた。理由は簡単、ジェシカさんがいるときに塔の話はタブーだからだ。
なぜか知らないが、彼女は塔に登って願いを叶えようとする人達を毛嫌いしているのだ。まさかユリウスくんが爆弾の上にさらに特大の爆弾を置くとは……。
「ダメよ。ユリウスがあんなクズ達と一緒になっちゃダメ」
「……おい、ジェシカ。まずはその理由をきーー」
「嫌よ!!あいつらは自分の望みのためなら家族だって見捨てるような最低なやつらなんだから!!私は認めないから!!そんなの絶対認めない!!!」
ジェシカさんはいつもの明るい姿からは想像もつかないほどに激昂していた。毛嫌いしているのはわかっていたが、まさかこれほどとは……。何が彼女をそうさせるのだろうか。
「落ち着くんだ。ユリウスにも話してやれ。じゃないと、ユリウスも納得できない」
「……そうね。楽しい話じゃないけど、きいてちょうだい」
ユリウスくんは黙って頷く。
「私の両親はね、私が物心ついてからすぐに塔に登り始めたの。なにを叶えてほしかったのか知らないけど、帰ってくることはなかったわ。すぐに帰ってくるって言ったから、小さかった私は馬鹿みたいに待ち続けた。けど、それからずっと一人だった。生きるために狩人になってもずっと一人。本当に苦しかったけど、この人に出会ってやっと救われたの」
……思っていたより重たい過去だった。自分で言うのもなんだが、俺の前世もなかなかハードモードだったと思っている。しかし、俺には支えてくれる両親がいた。一人じゃなかった。
健康な身体を持っていても一人だったら、それも何もわからない小さい頃に一人きりだなんて、俺には耐えられそうにない。
「あの人達が生きてるか死んでるかすらわからないわ。ま、私を捨てて娯楽に走った人達のことなんてどうでもいいけどね」
最後に、ジェシカさんは吐き捨てるようにそう言った。
「……母さん」
「まあ、なんだ。ジェシカの気持ちもわかってやってくれ」
「うん。話してくれてありがとう」
ジェシカさんの過去を聞いたユリウスくんは、それでも、再び、決意の篭った声で言った。
「でも、僕は塔に登るよ」
「っっ!!どうして!!!」
ジェシカさんが叫んだ勢いのまま立ち上がる。その顔は怒りを通り越して泣きそうになっていた。
「なんでよ!!狩人になれとは言わないわ!でも!どうして、どうしてそこまで塔に固執するの?!一体何がしたいのよ!!」
「……信じてもらえないかもしれないけど、僕は1人じゃないんだ」
「ああ、俺たちがいる」
「メアリーちゃんもマックスさん達もいるじゃない!」
ユージーンさん達はユリウスくんに反論するが、これはもしかしてーー
「違うんだ。そうじゃなくて、僕の中には、もう1人いるんだ」
的を得ない発言にユージーンさん達は首を傾げた。
ユリウスくんの願いって、まさか……。いや、そんな相談された覚えがない。
−……ユリウスくん?−
−ごめん、アキト。少し静かにしててほしい。大事な話なんだ−
これはもうほぼ確定だろうか。なんでだ、なんでそんなこと……。
「僕はずっと心の内側から声が聞こえてたんだ。それこそ物心ついたときから。いや、生まれた時から、かな」
ユージーンさん達は黙って話を聞き続ける。
「僕の魔法も、魔力制御が同年代の人よりできるのも、もちろん父さん達のおかげもあるけど、僕の中にいるもう1人のーーアキトの存在が大きいんだ」
「な、何を言ってるんだ?」
「どうゆうこと?」
もうユリウスくんは止まらないだろう。
彼の意思は固い。今まで全く俺のことを家族に話さなかったんだ。それを全てぶちまけるということは、相当の覚悟の上のはずだ。
先程まで激昂していたジェシカさんも、突拍子のない話すぎて毒気を抜かれたようだった。
「アキトは何にも言ってないけど、僕にはわかるんだ。アキトが寂しいって感じてるのが。本当はみんなと話したいって、みんなと一緒にいたいって思ってるのが」
「だから、僕は塔に登って、アキトの身体を神様にお願いするんだ」
ユリウスくん……。君の気持ちが本当に嬉しいと思うよ。
本当に優しい子だ。たしかに組合にいるみんなと話したり、馬鹿みたいに盛り上がっているのを見て羨ましいと思うこともあった。けど、言葉にはしなかった。どうしようもないから。ユリウスくんの負担になりたくなかったから。
しかし、そうだ。ユリウスくんには俺の感情がなんとなくだが伝わるらしいことを失念していた。
それがまさか、こんなことになるとは……。
「……ちょっと待ってくれ。少し整理する時間をくれ。にわかには信じ難い話だ……」
「ええ……いろんな情報がありすぎて頭がパンクしそうだわ」
「うん。簡単に納得してくれるとは思ってない。いくらでも待つよ」
それから、しばらくの間部屋を静寂が包んだ。
「あー、もしかして、数年前にユリウスが『血熊』から逃げ帰ってこれたのも、その彼?のおかげか?」
「そうだよ。殺されそうなところをアキトが助けてくれたんだ。僕とメアリーは怖くて動くこともできなかったのに。アキトはすごいんだ」
「ってことは、魔法も使えるのか……。そんな話聞いたことがないぞ……」
俺も聞いたことがない。色違いのポ◯モンより珍しいことは間違いないだろう。
「そう考えると、今までの不思議なことも納得いくことがいくつかあるわね。ユリウスが赤ちゃんだった頃に階段から落ちたのに助かったときとか。あり得ない落ち方してたもの」
「え、それは僕知らないよ?」
ユリウスくんが覚えていなくても仕方ない。あれは掴まり立ちができるようになって間もなかった頃に起きた出来事だからな。むしろ、ジェシカさんが覚えていたことのほうが驚きだ。
「えーっと、その、彼?とは俺たちも話せるのか?」
「え?うん。僕の意思次第で入れ替われるよ」
「じゃあ、一度会わせてもらってもいいか?」
ユージーンさんは戸惑いながらも俺と会うことを選んだようだ。
って!!え?!今?!急に?!いきなりすぎない?!ユージーンさん達が戸惑ってるみたいに俺もだいぶ事態についていけないんだけど!!
−アキト、変わってもいい?−
−え、えーと……うん。いいよ。もう時すでに遅しな感じもすごいし……−
−ありがとう−
「チェンジ」
ユリウスが身体を貸してくれる合図を呟いた。
心の準備もへったくれもないけどーー
「ど、どうも。初めまして?アキトっていいます」
とりあえず挨拶だろう。
そうして俺は思いもよらないタイミングでユージーンさん達と対面することになったのだった。




