26:神話の魔物
太陽もないのに晴れ渡る空の下、今日は家族で狩りに出掛けていた。メアリーちゃん達はいない。
久しぶりに家族水入らずでピクニックにでも行こうか、みたいなノリで前日に急遽決まった狩りだ。昼ご飯はサンドイッチ。
一家団欒で穏やかな一日を想定していたものの、ユージーンさんは不機嫌な態度を隠そうともせずに地面に座り込んでいた。
「はあ、つまらん。ちょっとやる気を出したらこれだ」
「もう、だってあなたが本気でやったら私達することなくなっちゃうじゃないの。ユリウスと狩りに来るのなんて久々なんだから、私だって良いところ見せたいの!」
「父さんがすごいことは知ってるからさ、元気出してよ」
母子揃って父を慰める姿はなんだか見ていて悲しくなる。ユージーンさんもまだまだ若いんだけど、子持ちの男のいじけた背中は見るに耐えない。
事の発端として、ユージーンさんには『二つ名』がある。
二つ名は誰にでもあるわけではない。他の狩人と一線を画す強者だけが組合から与えられる、いわば勲章のようなものだ。今のいじけた姿からは想像できないが、ユージーンさんは文句無しで超一流の狩人だ。
彼はその戦闘方法から『不可視』という二つ名が与えられている。
彼は魔物がこちらの存在を認識する範囲、そのさらに遠く、最早魔物が米粒程度の大きさにしか見えない距離から一撃で仕留めるのだ。
魔物に知覚されることのないまま仕留めきるその姿からこの二つ名が与えられたらしい。
初めてユージーンさんの二つ名を聞いたときは、透明化の魔法なんてあるのか!なんて思ったけど、こっちも十分凄い。別に透明化の魔法でえっちぃことをしたいわけじゃない。ただの好奇心だ。
《強化系》の俺やメアリーちゃんはもちろん、同系統である《放出系》のユリウスくんでもそんなマネはできない。
どんな視力と攻撃範囲してるんだと呆れを通り越して笑ってしまったものだ。
だから、彼が近接戦闘で剣を使う場面は滅多にないらしい。少なくとも俺は見たことがない。剣も凄いらしいけどね。
そんな反則級の魔法能力を持つユージーンさんが魔法を連発し、近場の魔物が全滅したことで出番のなくなったジェシカさんに怒られて今に至るというわけだ。実にくだらない理由だ。
「ほら、早く移動しましょ。この近くにいた魔物は全部仕留めちゃったんでしょ?あなたが仕留めた獲物は私のゴーレムが回収しておくから」
「むう、物足りん……」
渋々動き始めたユージーンさんを連れて森の中を進む。道中、急にソワソワしだしたユージーンさんの視線の先を見ると魔物がいた。
「いたわ!『単眼巨人』よ!ナイスよあなた!」
「くそっ、向こうに気づかれてない今が絶好の機会なのに……」
「えーっと、どうする?母さんが倒す?」
はしゃぐ母ともどかしそうな父。そんな彼らに気を遣う息子。もう誰が大人なのかわからなくなってきた。
「もちろん私がいくわ!【神秘】ギガントゴーレム!」
ジェシカさんが魔法を唱えると、全長6メルターはあろう土の巨人が生成された。
で、でかい……。高さはもちろん横幅もなかなかあるので圧迫感がすごい。
そしてとても高度な魔力制御の下で操られている。
《生成系魔術師》が生み出すゴーレムの強さは込める魔力の量によって決定する。動きが緻密になればなるほど、大きくなればなるほどより多くの魔力を消費する。もちろん数が多ければ制御は甘くなる。
ジェシカさんはユージーンさんが狩った獲物を運ぶために他にも数体のゴーレムを生成した上でこのゴーレムを作っているんだから凄い。
「さあ進みなさい!『単眼巨人』目がけて発進!」
ジェシカさんの指示によりゴーレムが前進する。
しかしその巨体故にゴーレムは一歩進む度に地響きを立てる。控えめに言ってうるさい。
そうすればもちろん『単眼巨人』もこちらに気がつくわけで、魔物の中でもとりわけ人肉が大好物な奴は俺達に熱烈なアプローチをかけてきた。まるで待ち合わせに遅刻して来た彼氏のようだった。
「ゲギャギャギャ!!」
「ほーらこっちに向かって来た!そんなでかいゴーレム出すからだよ!」
「すぐに蹴散らすから見といてちょうだい!楽勝よ!」
キュクロプスは全長6メルターの単眼の巨人だ。鋭い爪で人体を引き裂き貪り食うというわりと恐ろしめの魔物である。ちなみにその目玉は珍味として一部の人に人気があるらしい。人型だし顔も単眼で気持ち悪いしで、俺は全く食べてみたいとは思えないけど。
そんなが『単眼巨人』もうゴーレムの目と鼻の先に来ていた。
6メルター程の大きさを持つ巨人達が向かい合う様はなかなか壮観だ。
「ゲギャアアアア!!」
「やっちゃいなさい!」
獲物を目の前にして道を阻むゴーレムに怒り狂ったように『単眼巨人』が襲い掛かった。
人形の相手など時間の無駄だとばかりに思い切り振り下ろされた『単眼巨人』の腕をゴーレムが受け止める。
そして次の瞬間、受け止めた腕とは反対の腕が少しブレた。それとほぼ同時に『単眼巨人』の身体は弾け飛んだ。
ゴーレムの背景に血の雨が降り注ぐ。間違いなく子どもの教育に悪い光景だ。
強化系魔法を使っていない状態では目で追うのがやっとだが、ゴーレムはあの巨体から想像もつかない速度で何発も拳を叩き込んだのだ。鬼の物理攻撃である。
ジェシカさんに二つ名はないらしいけど、彼女も物凄く強いのだ。
それにしても、ジェシカさんは何故こんなに狩りが好きなんだろうか。
俺のように強化系魔法を駆使して近接戦闘したり、ユリウスくんのように直接魔法をぶっ放したりするならいざ知らず、作ったゴーレムに戦わせるだけなのになんでこんなに狩りが好きなのか。
あれか?ポケットから召喚して戦わせる感じに似てるのか?いかんせんジェシカさんと系統が違うから全くわからないけど。
「おいおい、なにやってるんだ。これじゃ換金もできないだろう」
「つ、ついつい張り切りすぎちゃったかしら……」
「お前ももう少し素材の状態を残したまま狩りができれば二つ名がついてたはずなんだけどな……。実力は申し分ないのに」
そ、そんなしょうもない理由で二つ名がついてなかったのか……。
たしかに獲物んを碌な状態で持ってこない狩人は評価されないだろうしな。今回みたいに汚い肉片だけ持っていってもダメに決まってる。
「よし、じゃあ次はユリウスがいってみるか。どれほど成長したか見てやろう」
「……うん。わかったよ」
ここ最近、ユリウスくんに元気がない。
そんなにお小遣い制が気にくわないのだろうか。話を振っても空返事ばかりで心配だ。
他の可能性でいえば狩人という仕事についてだろうか。言い方は悪いが、狩人は命を奪う仕事だ。優しい彼はもしかしたらそんな生活に嫌気がさしてきたのかもしれない。両親をあれだけ尊敬していたんだ、可能性は低いと思うけどね。
「【神秘】風の大太刀」
いつの間にやら出くわした魔物の首はすぐに地面に転がっていった。ユリウスくんは舐めプしないから戦闘がすぐに終わるのだ。安全第一。
「ふむ。見事な切り口だ。直に二つ名がつくかもしれんな」
「さすが私達の自慢の息子ね!もう立派な狩人じゃないの!お母さん誇らしいわ!」
「あはは、ありがと」
両親に認められても、どこか上の空だった。元気いっぱいのユリウスくんはどこへ行ってしまったのだろうか……。いや、最近ではだいぶ昔のやんちゃっぷりは鳴りを潜めていたけれども。
「次は3人でやってみるか。せっかく家族で来たんだしな」
「賛成!私の本気を見せる時がきたようね!」
「うん、僕もそれでいいよ」
「ジェシカは頼むからサポートに回ってくれ…」
そうして、狩りは続いた。物の見事に瞬殺だった。一流の魔術師3人がいるんだ。オーバーキルもほどほどにしてほしい。家族仲が良いことは素晴らしいことだけどね。
ーーーーーー
それは突然のことだった。
時間も忘れて狩りをしてすっかり夜の空になってしまい、帰路に就き始めたときだった。
「父さん、母さん」
「どうした?」
「疲れちゃった?久しぶりにおんぶしてあげよっか?」
ユリウスくんに呼び止められ、二人は歩みを止める。
少し間を置いて、2人から視線を逸らさずにユリウスくんは言った。
「ごめん。僕は……狩人にならない」
その言葉には、人生経験が短い俺にでもわかるぐらいに決意が込められていた。どうやらお小遣いのことで悩んでいたわけではないようだ。




