25:良い人
雑談を交わしながら、依頼完了の報告のために組合へ向かう。
狩人組合は街を覆う巨壁のすぐ近くにあることが多い。大森林から戻ればすぐに着く。
ユリウスくんが小さいときにこっそり大森林に出ていたときは、この組合を横切るのが一番の難所だったな。ユージーンさん達がいるかもしれないし。小さい子どもが大森林に向かってるだけで噂になるだろうからね。
狩人組合は周辺の建物と比べると一際大きい。さらに、この国の巨壁にはいくつも大森林に出るための門があるが、その付近の多くに組合が建設されている。狩人が国の食料の供給を一手に担っているのだからそれも当然のことなのかもしれない。組合もできるだけ新鮮な素材がほしいだろうし。
魔物は人の生活圏内ーー巨壁の内側では生きられない。どういうわけか、魔物は大森林付近でしか生きていけないのだ。
巨壁を超えて人の領域に侵入しても、すぐに死んだりすることはないが、滞在し続けるとじわじわと衰弱していくらしい。
だから人は魔物を養殖することができない。そして狩人が命をかけて大森林に狩りに出るしかなくなるわけだ。
植物もそうだ。食用のものを育てようとすればすぐ枯れてしまう。そうじゃないものは育てられるけど。
まあ何が言いたいかと言うと、この世界で狩人は必要不可欠であるということだ。ユージーンさん達も誇りを持って戦っているしね。
この話を聞いたとき、まるでこの世界の人達は常に戦い続けることを強制されているように感じた。
地球が平和過ぎたのかな。もちろん平和と言えないような場所もあっただろうけど。
組合に到着し、ドアを開けて正面の受付に向かう。
「戻りました。討伐証明部位の尻尾です」
ユリウスくんは尻尾を詰め込んだ袋をカウンターの上に置く。うーん、仕方ないとはいえ、相変わらずグロい……。
「お疲れ様。確認するわね。それにしても、やっぱりユリウスくん達は仕事が早いわねぇ」
「ありがとうございます。一応確認した限りでは全て討伐できたと思いますよ」
「森全体を探すのは不可能だししょうがないわ。また増えてきたらお願いするわね」
「勿論です。いつでも任せてください」
迎えてくれたのは馴染みの受付嬢のサリーさんだ。亜麻色のショートカットの若い女性だ。ちなみに胸部の発達がすごい。
ユリウスくんは今ではしっかりと受け答えができるようになっていた。
前世で10歳っていったらまだまだ子どものはずなんだけど、訓練がてら働いていることもあってすっかり大人びてしまったものだ。親離れをする日も近いのだろうか。今からユージーンさんの泣き顔が眼に浮かぶ。
「討伐確認できたわ。やっぱり結構な数がいたようね…」
「あはは、メアリーも一緒なんで心配無用ですよ」
「誰かさんのせいでヒヤヒヤしたときもありましたけどね!」
誰かさんって、俺のことだろうね。
ごめんて。いつまで小言を言われるんだろうか。今日までだといいな。
「あら?ユリウスくんもうっかりミスなんてすることあるのかしら?」
サリーさんは面白いものを見るようにそう言う。
「あはは…まあ、僕も全然やらかすことだってありますよ」
「ふふ、神童なんて呼ばれていてもおっちょこちょいなところもあるのね」
「もう、それ恥ずかしいからやめてくださいって言ってるじゃないですか……!」
メアリーちゃんが指す『誰かさん』が俺であることには当然気づくはずもなく、ユリウスくんのことだと勘違いしているようだ。ごめんよ。
神童ユリウスくんがげんなりしていると後ろから声がかけられた。
「おぉう?!ユリウスじゃねえか!てめえはガキのくせにまーた働いてやがんのか!」
そこには、耳をつんざくようなしゃがれた声、こちらを睨みつけるような鋭い目つき、モヒカンという第一印象を悪くするトリプルコンボを決めた、実にかませ犬っぽいゴツい体型をしたおっさんが立っていた。イヒートさんだ。
彼とはユリウスくん達が初めて組合に訪れ、狩人登録したときに出会った。
もう本当にフィクションの世界に出てきそうなほどに見事なかませ犬オーラを放っていた彼は、ちびっ子2人を見つけるやいなや難癖をつけ喧嘩を売ってきたりと、それはそれは見苦しい男だった。
当然、ユージーンさん達のような一流の狩人からお墨付きをもらっていたユリウスくん達がそんなおっさんに臆することはなかった。
あの温厚なユリウスくんが、そこまで言うなら僕達の実力を見てくださいとまで言い放ち、その結果イヒートさんは即座に腰を抜かすことになった。
両親達に鍛えてもらった魔法が否定された気がしてムカついたらしい。ええ子や。
「あ!こんにちはイヒートさん!」
「ふふ、イヒートさんは今日も組合にいるんですね」
「う、うるせえ!美味い依頼がねえから暇なだけだよ!」
そんな彼も今ではユリウスくんに懐かれ、メアリーちゃんからも軽い冗談を言われるくらいに仲が良い。
これには深い事情があった。
当時、イヒートさんが腰を抜かし、その場を離れて少し不機嫌なユリウスくん達の元にサリーさんがやって来たのだ。
曰く、彼は新米の狩人や狩人を志す者達が無謀な挑戦をしてはその命を散らしていくのを心苦しく感じていたとのこと。
そんなとき、他の組合からやってきたという態度の悪い狩人に怯える新人達を見て閃いたのだという。
ーー俺が無謀な若者達の抑止力になればいいんだ、と。
そうして、側から見れば趣味は新人いびりに見える荒くれ者が出来上がったのだと言う。
そんな不器用な優しさしか見せることができない彼をどうか嫌わないであげてほしいと、同じように心を痛めていたサリーさんに謝罪されたのだ。
その話を聞いた俺たち3人は堪らず謝罪と感謝を伝えるためにイヒートさんの元へ戻った。
イヒートさんは「うるせえ!」だの「消えろ!」だの、終いには「殺すぞ!!」なんて叫んでいたが、ユリウスくんとメアリーちゃんは投げつけられる罵倒に不快さを微塵も感じなかった。俺にはもう、イヒートさんが可愛らしいワンちゃんにしか見えていなかった。
それからもユリウスくん達が大森林から戻るたびに難癖つけてくるものの、ふとした時に見せる彼のホッとしたような表情にみんなでニヤニヤしたりと、彼はちょっとしたマスコットのようなものになっていた。
イヒートさんは良い人なのだ。なお、口が悪いのは元からだそうだ。
「それにしてもよぉ、てめえらは2人だけでやってくんか?他にパーティ組めるような奴はいねぇのかよ」
「うーーん、同年代で僕達ぐらい魔法が使える人ってあんまりいないんですよね」
「親同士が仲が良いって言うのも大きいですしね。昔から一緒に訓練してましたし」
「あぁ…てめえらはあの2人の英才教育受けてたんだっけか。そりゃついてこれる奴の方が少ねえだろうよ」
「たしかにきついですけどね。まあ僕達は2人の方が何かと都合のいいことも多いから、今のところはこのままでいいですよ」
「けっ、強え奴は余裕があって羨ましいこった」
俺の存在がバレるといけないから2人でやってるんです、とはイヒートさんにも言えない。
実際下手な大人達とパーティを組むより現状のほうがよっぽど強い。そのぐらいユリウスくん達は強くなった。
俺も戦いに参加できるし、魔腕を使って狩った獲物も持って帰れるし充分なのだ。
「待たせて悪かったわね、『毒猿』駆除の報酬で10万マルよ」
「ありがとうございます…って、そんなにもらえるんですか!」
「数が数だったからね。それに、『毒猿』って普通に危険な魔物だからね?」
「メアリーがいるんで何かあっても治して貰えますからね、安心ですよ」
「私でも一撃でやられちゃったらどうしようもありませんからね?気をつけてくださいよ?」
「けっ!ガキはさっさと帰ってその金で親孝行でもしやがれ!」
することもなくなり、夜の空に変わりそうだったので今日は各々帰ることになった。
なお、報酬は山分けでポーション等の必要経費以外は全て親に預けることになっている。
まだまだ子どものユリウスくんは月5000マルのお小遣いで生きているのだ。
ーーーーーー
帰り道、ユリウスくんが話しかけてきた。
−……ねえ、アキトは今の生活、楽しい?−
−え?急にどうしたの?−
なんだろう、どことなく元気がない気がする。
−いや、なんとなく。それで、楽しい?−
−……んー、普通に楽しいよ。魔法も使えるし、なんだかんだで不自由なことってあんまりないし。今はユリウスくんとメアリーちゃんもいるし、満足してるよ−
−ふーん、そっかそっか−
俺の返事に納得いかなかったのか、彼の反応は素っ気なかった。
なんだろう、何か悩みでもあるのかだろうか。
……もしかして、お小遣いに不満があるのか?
たしかに今日の数時間だけでお小遣いの10倍稼いだんだ。不満があってもおかしくない。
でもなユリウスくん、お金の力に惑わされちゃダメらしいぜ。俺は子どもにお金を持たせすぎないというユージーンさん達の意向に賛成している。
俺からユリウスくんに言うこともできるが、ろくにお金を扱ったこともない俺なんかよりユージーンさん達からの言葉のほうがよっぽど重みがあるだろう。
俺はこの件に関しては口出しをしないことに決めた。適材適所ってやつだ。社会的な面で俺が教えられることはない。
そんなことを考えている間にも、ユリウスくんはどこか重い足取りで家に向かうのだった。
今のところイヒートさんは頻繁に出てくる予定はありません。今後の活躍に期待してください。




