24:唐突なインフレ
『血熊』との戦闘、そしてメアリーちゃんからの告白から6年の月日が経った。
懸念していたようにちびっ子達が気まずくなるようなことはなく、次の日には仲良くユージーンさん達と訓練していた。
メアリーちゃん、鋼のメンタルすぎませんかね。俺は誰かに恋なんてしたことないからわからないけど、失恋って辛いらしいのに。
まあ今ではちびっ子と言えるほどちっちゃくないんだけどね。2人ともすくすく育ち、大きく、強くなった。
1年前には、9歳にしてユージーンさん達から合格をもらって2人で大森林に出ることも許された。
そのときに組合で狩人として正式に登録した。
組合とは、狩人を管理する組織である。年会費1万マル。年齢制限はなし。この世界は年齢に関してガバガバすぎじゃないですかね。
今では2人とも一人前の狩人だ。昔のようにキャッチアンドリリースではなく、もう獲物を換金所に堂々と持ち運んだりもしている。ちなみに換金所は組合の一部で、利用するには組合に登録する必要がある。
周りにユリウスくん達と同年代の子ども達がいないこともあって、他の狩人達からは神童なんて呼ばれたりしている。俺も鼻高々である。
そして今日も2人ーー俺も含めれば3人で大森林に来ていた。
今では草原地帯ではなく森林地帯で狩りをしている。草原の魔物では物足りなくなったのは何年前からだろうか。大人の狩人でも経験が無ければ森で狩りをすることは危険だと言われていることを考えると、2人の規格外っぷりがよくわかる。
森に生えている木は全長5メルターはある『金剛毛象』が悠々と闊歩できるほどに巨大だ。見上げなければ天辺が見えない。
まあ、全部がそのぐらい巨大なわけじゃないけどね。
「いました。ユリウスくん、ポイズンモンキーの群れです」
「うんまだこっちに気づいてないみたいだし、僕が奇襲をかけるよ」
今日は自由に狩りをしに来たわけではない。狩人組合から直接依頼を受けてやってきた。
その依頼内容とは森に発生した『毒猿』を討伐してほしいとのこと。
このポイズンモンキーは全身に漆黒の毛皮をもつ、成体でも全長1メルターに満たない、森に住む魔物の中では比較的小さめの猿だ。体内で猛毒の毒団子を生成し、それを用いて集団で狩りを行う。
こいつらの何が問題かと言うと、食用ではないこと、そしてなにより非常に繁殖力が高いことだ。
漆黒の毛皮といい、その異常な繁殖力といいゴキブリのような魔物だ。
あいにくユリウスくん達の討伐実績が高く、信頼性もあることから齢10歳の子ども達にこの依頼が任されたわけだ。登録して組合のサービスを受けている以上、しっかり働けということだろう。そこに年齢は関係ない。
指名された一番の要因として、万が一毒を食らったとしても治療者であるメアリーちゃんがいれば解毒できることもあるかもしれない。
まあ、3人でかかれば雑魚だ。
猿達は数本の木の幹にびっしりと張り付いていた。その数はざっと数十匹はくだらないだろう。
ゴキブリのようだと思っていたが、その様はまるでカブトムシのようだった。
ユリウスくんが早速魔法を放つ。
「【神秘】天上の撃鉄」
木に張り付く猿達の対角線上に大量の小さな土の弾丸が現れ、一斉に降り注いだ。
『天上の撃鉄』は俺考案、俺命名の放出系魔法だ。相手の死角から大量の土の弾丸をぶちかます、なかなか姑息な魔法だ。鉄の弾丸はなかったから土の弾丸で我慢している。
これは安全第一を心がけている俺達にはぴったりの魔法である。アンチ正面戦闘だ。
ちなみに、魔法のアイデア自体はパッと思いついたんだけど、魔名を考えるのに3日かかった。おかげで大満足のカッコ良い仕上がりである。
昔ユージーンさん達が魔法を発動するときに「バースト〜」とか「レインフォース〜」とか唱えていたのは、最初に魔法を覚えるときは誰もがそのわかりやすい魔名で覚えていくからだそうだ。
言い換えると、子ども達のために超基礎の魔法を使ってくれていた。
そして、『天上の撃鉄』を食らった猿達の様子はというとーー
「「「「「「ウギャアアアアアア!!!!」」」」」
うん。大虐殺だ。
木に掴まっていた猿達の約半数がボトボトと地面に落ちる。
仕留め損ねた猿達は絶叫し、必死に木にしがみつくものや、地面をのたうちまわっているものもいる。真っ黒な血で辺りは黒一色に染まっていた。
可哀想なんて思っちゃいけない。こいつらも普通に凶暴な魔物だ。放置すれば誰かが死ぬし、食料も調達できなくなる。
「「「「「ウキーーーーーッッッ!!!」」」」」
生き残った猿達は怒り狂った形相で、瞬時に吐き出したであろう毒団子を手に持ちこちらに飛びかかってきた。
−【神秘】風神の羽衣−
俺が魔法を唱えると、ユリウスくんを起点にゴゥッッッと音がなり膨大な風が発生した。
この魔法は……うん。風の鎧を力任せに纏うだけだ。緻密な魔力制御は二の次にし、《強化系》の攻撃範囲が短いことに頭を悩ませた結果生まれた。歩く災害になることができる魔法である。
風に吹き飛ばされ、猿達は握りしめた毒団子と共に地面に転がり落ちた。
あ、近くにいたメアリーちゃんもちょっと飛ばされてしまった。
−ちょっとアキト!メアリーも飛んで行っちゃったよ!−
−ご、ごめん。でもメアリーちゃんなら大丈夫、の、はず……−
「【神秘】天女の羽衣」
ヒヤヒヤしていると、メアリーちゃんが無事に空を飛んで戻ってきた。
「ちょっとアキトくん!こっちのことも考えて魔法を使ってください!進行方向に木でもあったら私もタダじゃ済みませんでしたよ!」
−……申し訳ありませんとお伝えください−
「あはは……申し訳ありませんだってさ」
「もうっ!アキトくんから教えてもらった魔法があるからなんとかなりましたけど!次からは気をつけてくださいね!」
プリプリと怒る彼女にビクビクしながらも、彼女の魔法に感心する。
『天女の羽衣』、これも俺が考えた魔法なんだけど、魔力制御がめちゃくちゃ難しかった。四六時中魔力訓練している俺でも手こずったのに、『血熊』の一件以降鬼気迫る勢いで訓練していたメアリーちゃんはこの魔法を成功させた。
この魔法は風神の羽衣とは違い、物凄く緻密な魔力制御が必要だ。浮遊し続け、なおかつ自分のイメージ通りに飛行することはとても難しかった。
そう、この魔法は空を飛べるようになる魔法だ。人類の悲願を俺達は叶えたと言っても過言ではない。
ユリウスくんとメアリーちゃんでは魔法の系統が違うから優劣をつけることはできないが、魔力制御という点ではメアリーちゃんに軍配があがるだろう。
そのぐらい彼女は才能に溢れていて、そして努力していた。心の底から素晴らしい子だと思う。
「残りもさっさと駆除しちゃおうか」
「はい、私も頑張ります!」
とりあえず、狩りは再開した。
ーーーーーー
程なくして、1匹も討ち漏らすことなく討伐は終わった。
「おつかれさま。数が少なくなってからが面倒だったね」
「おつかれさまです。怪我はありませんか?ポイズンモンキーの毒団子は猛毒らしいので、体調に異変があればすぐに言ってくださいね」
「ありがとう、大丈夫だよ。今回は剣を使うこともなく済んだからね。遠距離攻撃ばっかりだったよ」
メアリーちゃんが回復魔法を使うことは滅多にない。正確に言えば使う機会がない。練習はしてるんだけど、実戦で使うことがあまりないのだ。むしろ最近は使う機会を望んでいる節もある。
それだけ安全に狩りができてるってことだから良いことだとは思うんだけどね。
「それにしてもアキトさん!『風神の羽衣』は本当に気をつけてくださいよね!他の人達だったら余波だけで大変になるかもしれないんですから!」
おおう……。
俺はメアリーちゃんから度々叱られている。
ユージーンさん達と同様に、俺も魔法の師匠的な感じにはなっているが、言うなれば彼女は俺の常識の師匠だ。
ユージーンさん達は俺の存在を知らないから、それと同時に俺がどんな魔法使うか知らないんだよね。だからどんな魔法作っても怒られることはない。
俺はとにかく魔法の発想がぶっ飛んでいるらしい。強化系魔法は『風神の羽衣』みたいに広範囲に影響を与えたりしないとか、『天女の羽衣』みたいに空を飛ぶ魔法なんて普通思いつかないとかなんとか。
しょうがないじゃないの。地球にいたときの影響なんだから。魂が疼いてしまうんだもの。かっこいいんだもの。なんだかんだ言いながらメアリーちゃんも一緒に訓練してるじゃないの。
しかし、今回『風神の羽衣』の被害者になった彼女にはそんなこと言い出せるはずもなかった……。
−ごめんなさい本当に反省してますとお伝えください−
「まあまあ、アキトも反省してるみたいだから許してあげてよ」
「むぅ、謝るなら直接謝ればいいのに…」
メアリーちゃんは、言い方は悪いけど俺に振られた後もユリウスくんに接するときと同様に、至って普通に接してくれている。
ありがたいことだ。そもそも俺の存在を受け入れてくれていること自体がありがたいのだが、それでも日々この2人には気を遣ってもらっている。
ユリウスくんとは繋がっているが、やっぱり自分の存在が誰かに認められるというのは嬉しいものだ。
そんなこんなで依頼を済ませた俺たちは大森林を出て街に戻ったのだった。




