23:コメンテーターのいない恋愛バラエティ番組は地獄
熊との死闘から2日が経った。
ユリウスくんに聞くと、俺はあの日意識を失ってから今日まで音信不通だったらしい。だから後処理は全てユリウスくんがしてくれたようだ。丸投げである。
本当に申し訳ない。魔法やってみたいという、俺の迂闊な思いから始まった今回の一連の出来事はメアリーちゃんを巻き込んだ大騒ぎになった。
そして、その全ての責任を4歳の子どもに全て負わせるなんて鬼畜の所業と言ってもいいんじゃないだろうか。軽く死にたくなった。
ユリウスくんはユージーンさん達やマックスさん達からこっ酷く叱られたらしい。
大森林に出ることは国からの許可が下りているものの、その危険さを知る親としてはやはり心配だったようで、さらにメアリーちゃんを巻き込んだこともあって何度もお尻ペンペンされたようだ。本当に申し訳ない。
メアリーちゃんが自分にも非があると言い張ってユリウスくんを庇ってくれたこともあって、今後も大人達主導の下で大森林での訓練は続くらしいけど。
それに、遭遇した魔物も悪かったらしい。
あの熊は『血熊』と呼ばれる魔物で、魔法に強く斬撃も通りにくい厄介な毛皮と生き血を啜る凶悪な爪で、魔法も使えないのに森を住処にするクレイジーな魔物だそうだ。
基本的に森に住む魔物は魔法を使うらしい。だから魔法を使わない草原の魔物より遥かに強力なんだそうだ。
そして魔法も使えないくせに森に住む頭のおかしい熊に俺達は遭遇したと。なんでそんなヤバいやつが草原にいたんだよ馬鹿野郎と思ったけど、今更すぎるので言葉を飲み込んだ。
それにしても、やっぱりあいつ強すぎたよね。
こっちも森林地帯はヤバいってわかってるから草原地帯で訓練してるのに、なんで来ちゃうかな。空気読もうよ。
服はボロボロ、木剣は砕け、身体の至る所に血をつけたユリウスくんが帰ってきたときはユージーンさん達はとんでもない顔をしていたそうだ。本当に申し訳ない。
それから何があったかを詳しく聞かれ、俺の存在を隠しながらも、真っ赤な熊に遭遇したこと、どうにかこうにか命からがら逃げ切ったと伝えて、ハルトマン家も含めたお説教会が開かれたらしい。
ユリウスくん達だけで『血熊』から逃げ切れたことを怪しまれたらしいが、完全に無事ではないものの実際に子ども達が帰ってきた事実もあって大人達は渋々納得したらしい。
無論、今後許可が降りるまで子ども達だけで大森林に行くことは禁止された。
さすがに俺ももう街の外に出る気はない。草原地帯でもあんなに強い熊ーー『血熊』が出た以上、ユリウスくんがもっと強くなるまでは控えるべきだろう。
以上がユリウスくんがたどたどしく(愛らしく)も説明したくれた、この2日間の顛末だ。
大好きな両親にカンカンに叱られたのに俺を庇い、未だに俺の存在を秘密にしてくれている彼はもはやこの歳にして聖人の境地に至っているのではなかろうか。俺からは見えないけど後光とか差してないのかな。
とにかく、彼の命を守れてよかった。この世界の大きな損失になるところだった。
そして、ユリウスくんに謝罪されたことが1つ。
どうやらメアリーちゃんに俺のことを喋っちゃったらしい。
とゆうか、バレたらしい。
あのときはバレるのも覚悟で強化系魔法を使ってたし、別に構わないんだけどね。そんなことよりユリウスくんの命のほうが大事だ。
大森林に行くことに決めた日から既にユリウスくんになにか秘密があると薄々勘付いていたところに、強化系魔法の発動、そして俺が意識を失ったことにより急に身体に戻ったユリウスくんの挙動不審な様子を見て確信したようだ。
この世界に多重人格という概念が存在するのかわからないが、とにかくさっきまでのはユリウスくんじゃないだろう、と。子どもの勘はあながち馬鹿にできない。
ユリウスくんに上手い言い訳ができるわけもなく、泣く泣く俺の存在のことを教えてしまったと謝られた。まあ、そこで言い逃れできるなら街の外で訓練していたことがバレた時も言い逃れできただろう。
もちろんユリウスくんを責める気は全くない。
問題といえば、俺の意識が戻ったら話がしたいとの言伝があることだろうか。
どうしよう、会うべきなのか。
ぶっちゃけもうバレちゃってるし会ってもいい気がする。アキトとして会ったことがないだけで、メアリーちゃんとは話したこともあるし。
むしろ会ってちゃんと口止めしないとまずいか。
そう思い、ユリウスくんに頼んでメアリーちゃんの元へ向かってもらった。
ユリウスくん以外では初めて『俺』という存在で人に会うからか、少し緊張する。
どうか何事もありませんようにーー
ーーーーーー
メアリーちゃんの家に着き、ミナさんに軽く挨拶をしてからメアリーちゃんを呼んでもらった。
「やっほー!」
「こ、こんにちは!」
「ふふ、この前の反省っぷりが嘘みたいな元気ですね」
「えへへ〜」
ミナさんは呆れたように笑う。
まあね、子どもはすぐ忘れちゃうからね。
そもそもあの出来事はユリウスくんにはあまり非がないので反省の仕様がない。
でも褒められてはないからね。照れる必要はないよ。
玄関で少し話してからメアリーちゃんの部屋に案内される。今日はマックスさんは出掛けているようだ。
マックスさんがいる日にはメアリーちゃんの部屋に上がるなんてことは許されない。殺されてしまう。
彼女の部屋は整理整頓がしっかりされていて、真面目な性格がよく表れてるなと思った。
もう自分でお片づけしているのだろうか。
部屋に2人きりになり、メアリーちゃんが口を開く。
「あ、あの!きょうはどういったごようけんで!」
「メアリーちゃんがいったんだよ。アキトがおきたらきてって」
「め、めがさめたんですか!」
メアリーちゃんも緊張しているようだ。
俺の意識が戻ったことを知ると顔が真っ赤になった。
一応命を救ったとも言えるのでお礼でも言われるのか?
いや、そもそもの元凶は俺か。もしかしたらこっぴどく叱られるかもしれない。誰からも怒られてないからむしろ誰かから恨み言の一つでも言われたほうが気が楽だ。誰か僕に罰を与えてください。
「で、では、アキトさんにあわせてもらってもいいですか…?」
−だってさ!アキト!かわってもいい?−
−うん。そのつもりで来たからね。お願いするよ−
「りょーかい!ちぇんじ!」
律儀に確認してくるユリウスくんにお願いし、身体を貸してもらう。この感覚にも随分慣れたものだ。
「あ、アキトさん、なんですか?」
「うん、はじめまして……じゃないけど、アキトです。この前はごめんね。怖い思いをさせちゃって」
「いえ!わ、わたしもきけんをしょうちでついていきましたから!!」
「優しいんだね。ありがとう」
どうやら表面上は俺のことをとやかく言うつもりはないようだ。ちびっ子たちの心の広さに感嘆するばかりだ。俺ならグーパンチの一つでもお見舞いするところだ。
「あ、あの、それでおはなしがあるんですけど……」
「ん?なんだい?」
なんだろう。俺が何者なのかってことか?
ユリウスくんからは俺のことをどんな風に話したか聞いていないからな。どこまで話してるんだろう。
まあ、俺も自分が何なのかよくわかっていないからそんなこと聞かれても答えられることは少ないけど。
「す、すきです!けっこんしてください!」
「へっ?」
は?今この子なんて言った?あいにく難聴系主人公になった覚えのない俺は、言葉だけはしっかり聞き取れた。けど意味がわからない。
結婚?なにがどうしてそうなった?ユリウスくん、この子に何話したの?
「え、えーっと……どうゆうことかな?」
「とおさまたちはすきどうしだからけっこんしたといっていました!わたしはアキトさんがすきです!だから、けっこんしてください!」
なるほどなるほど。愛し合う者達は結婚すると……。過程はぶっ飛んでるけど確かにその通りだ。結婚どころか女性とお付き合いすることもなかった俺にはわからないけれど。
いやいや、そもそもなんで好かれてるんだ。さっきはじめましてしたばっかりだぞ。
前まで会っていたのはユリウスくんのフリをして。言うなればメアリーちゃんを騙していたのにどうしてこうなった。
あれか、これが吊り橋効果ってやつか?本当にそんな効果があるんだったら、この世界で男女が狩りに出かければわりとすぐにカップル成立してしまうじゃないか。
「俺たちはじめましてしたばっかりだよね?それなのにどうーー」
「だ、だって!!あのひはずっとアキトさんだったんですよね?!あんなこわいくまがでたのにじぶんがぼろぼろになってまでわたしをたすけてくれました!!それに、さいごはなにがおきたかわからなかったですけどすっっっごくかっこよかったです!!」
俺の言葉は物凄い勢いで食ってかかるメアリーちゃんの言葉に掻き消された。鼻息がフンスフンスしている。顔が近い。
ごりごりの吊り橋効果だった。この世界ではすぐにカップル成立しそうですね!心のノートにメアリーちゃんはチョロインの恐れあり、と記入しておく。
−アキト、モテモテだね!−
−こらこら冷やかすんじゃないよ−
一丁前に茶化してくるユリウスくん。いや、茶化してるんじゃなくて本心で言ってるのかな。ユリウスくんも恋愛とかよくわからないだろうし。
それにしても、職業どころか人生不定の俺に告白なんてこの子も結構肝が据わってるな。
まあこの状態の俺が結婚できるはずもないし、断る一択だけどね。俺は生涯独身を貫くのだ。
「ごめんね、気持ちは嬉しいんだけど俺はユリウスくんのおまけみたいな存在だからさ。結婚とか考えられないんだ。メアリーちゃんにはもっとちゃんとした人がいるはずだよ」
「わ、わたしいっしょうけんめいかんがえたんです!アキトさん!とおさまがいってました!このせかいにはかみさまがなんでもおねがいをかなえてくれるばしょがあるって!そこでアキトさんのからだをかみさまにおねがいしまょう!」
それってあれだよね、この世界の中心にある『願いの塔』のことだよね。
たしかに自分の身体はほしいが、願いを叶えてもらうには険しい試練を突破する必要があると聞く。
俺の身体のためにユリウスくんをそんな危険に巻き込むわけにはいかないし、例え試練を乗り越えたとしてもユリウスくんの願いを俺のために使うなんてことは許されないだろう。
そもそも本当に願いは叶うのか。名誉なんかはつくかもしれないけど。
それに、ジェシカさんは塔に登る人たちをあまり良く思っていないようだった。ユージーンさんも、ユリウスくんには狩人をしてほしそうだったし、俺のせいで家族に亀裂を生むなんてことは避けたい。
「ダメだ。俺のためにユリウスくんの人生を左右するわけにはいかない」
「でも……!じゃあアキトさんはこれからどうするんですか?!ずっとそのままのつもりですか?!」
「ああ、それでもいいと思ってる。もともとあってないような命なんだよ。俺は今までのように陰ながらユリウスくんを見守り続けるよ」
重い空気を察したのか、ユリウスくんはずっと黙っている。さっきまではずっとひゅーひゅー言ってたんだけどな。
「そんな……それじゃあアキトさんとはけっこんできませんか?」
「うん。真面目な君には俺なんかより素敵な人が現れるよ。変なやつだったら俺がぶっ飛ばしてやるさ!」
「うぅ…うっ、うわぁ〜〜〜〜ん!!」
俺が笑いながらそう言うと、メアリーちゃんは声を上げて泣いた。
俺だって恋愛なんてものをしてみたい気持ちもある。あるが、こんな状況で恋愛を楽しもうとする酔狂なやつがいたら是非お目にかかりたいものだ。
俺はなんとも言えない気持ちになりながら彼女が泣き止むのを待った。そして、ユリウスくんに身体を返してから家に帰った。
お子様2人が気まずくなることはありませんようにーー。
心の中でそんなことを思いながら、まだ明るい空の下を進んだのだった。




