21:花咲くクマさん
「やぁーーーーーーーー!!!」
視界に閃光が走り、熊が吹き飛ぶ。
「メ、メアリーちゃん……?」
−メアリーちゃん!−
閃光の正体は雷を纏ったメアリーちゃんだった。
彼女は焦った様子でこちらに近づいてきた。なんで?なんで逃げてないの?
「だいじょうぶですか?!しっかりしてください!!」
「ご、ごめん。ちょっとやばいかも……」
武器も壊され、身体もボロボロになってしまい、満身創痍だ。流石に弱音の1つも吐きたくなるってもんだ。
てゆうかあのぐらい速く動けるなら最初から2人で逃げたほうが良かったかもしれない。……いや、恐怖で震えていたメアリーちゃんにそれを言うのは酷だな。
なんにせよ、メアリーちゃんがいなければヤバかった。
「助けてくれてありがとね」
口についた血を拭い、立ち上がる。
チラリと熊を見やると、目から血を流し唸っていた。どうやら熊は目に飛び蹴りを受けて結構なダメージを受けたようだ。メアリーちゃんを警戒しているのか、こちらに視線を向けたまま襲って来る様子はない。
「じっとしてください。【れーてる】ひーる」
メアリーちゃんに手を向けられ、彼女の魔法で光に包まれる。
「あったかい……これが回復魔法か」
「できてよかったです……。れめでぃはこれがにかいめだっから……」
「そっか…ありがとう。だいぶ楽になったよ」
右肩は未だ少し痛むものの、楽に立てるようになるまで回復した。
−ごめん、ユリウスくん。心配かけちゃったね−
−ううん、みんなのためにありがとう。アキトがいなかったら、ぼくこわくてうごけなかった−
−もうすぐ終わらせるから大丈夫。でも、少しでいいから、熊が動いたら足止めしてほしい−
−う、うん!わかった!−
あれだけボコボコにやられたんだ。
ユリウスくんだって空元気だと気づいているだろう。
実際、このギリギリの戦闘で魔法を使い続け熊の必殺の一撃を避けるために大分精神を擦り減らしていたから、身体はある程度回復したものの、今にも倒れ込みたいぐらいだ。
だが、なす術が無くなったわけじゃない。
さっき死を覚悟したとき、父さんと母さんの顔が浮かんだ。あれが走馬灯ってやつなのかもしれない。
そのときに思い出した、父さんとよく見たアニメにあった魔法だ。
あのときはこんなことになるなんて思いもしなかったから純粋にはしゃいだだけだった。しかし、想像の力である魔法なら再現できるかもしれない。
そもそも俺はなんで最初に強化系魔法を唱えたとき、雷をベースにした?なんで身体の表面を覆う鎧のイメージじゃなく、全身を雷が駆け抜けたんだ?
答えは簡単だった。俺が潜在的にイメージする魔法は、父さんとの思い出が詰まったその魔法だったからだ。
土の鎧は、さっき爪の激痛でイメージが途切れてすでに消えていた。
メアリーちゃんを背に、半ばまで砕け折れた木剣を握り直し魔名を唱える。
「【神秘】雷光」
バチバチと音が響き、雷が全身を包む。
硬く、硬くーー。余裕があるだけ魔力を注ぎ込む。
そして、身体の中に雷を巡らせる。
ダメージがないほど微量に、繊細に巡らせる。
だがーー
「ぐっっっ!!」
身体の外側と内側に違う強さの魔法をかけることは想像よりも難しかった。そして以前よりはマシだが、全身に雷が流れる衝撃は重い。身体に鋭い痛みが走る。
もっとだ。もっと上手く調整しろ。
痛みなんて我慢しろ。こんなもの前世で味わった痛みに比べたら屁みたいなもんだろう。
みんなを守るんだ。
父さん、母さん。どうか、力を貸してくださいーー。
しかし、俺が魔法の調整を終える前に熊は動き出した。いい加減頭にきてるんだろう。殺意がビシバシ伝わってくる。
−【れーてる】ばーすとあいしくるれいん!−
何も言わずともユリウスくんは魔法で足止めをしてくれる。まだ4歳のくせに随分頼れることだ。
「ガアアッ!」
物理的な威力を持った氷の雨に多少動きを阻害されながらも、熊はゆっくりと近づいてくる。
そして熊との距離が5メルターにまで縮まったとき、ついに強化系魔法『雷光』は完成した。
ーーーーーー
−ユリウスくん、ありがとう。もう負ける気がしないよ−
−うん!アキトがすごいことになってるのがわかるよ!がんばってね!!−
「メアリーちゃんもありがとう、君がいなかったら間違いなく生きていられなかったよ」
「い、いえ…わたしはなにも……」
「安心して。すぐに終わらせるから」
負ける気がしない。五感の全てが冴え渡るようだ。
雷の魔法を纏わせた、折れた木剣を構える。
熊も次の一撃で俺の命を絶つつもりなんだろう。両腕の爪を開き俺を待ち構えていた。
「はぁぁぁあああああ!!!!」
「グゥゥゥゥゥアアア!!!!」
そして、お互いの殺意が最高潮に高まったとき俺たちは同時に吠えた。
次の瞬間ーー
バチッーー
「えっ?」
−え?−
「グア?」
熊の背後に降り立つ。
やつの頭からは折れた剣が生えている。
そして、熊は何が起きたか理解できないまま頭から血を吹き出し、その場に崩れ落ちた。
「な、なにがおこったんです?!」
−なになになに?!−
身体の外側と内側から疑問が投げかけられる。
メアリーちゃんには見えなかっただろう。
身体を共有するユリウスくんには見えていただろうけど、理解できなかったかもしれない。
発動した魔法、『雷光』は身体の内側に超微弱の電流を流す。そして身体の電気信号を支配し反応速度、身体能力を飛躍的に上昇させる魔法だ。通常の強化系魔法の何倍も早く動けるようになる。アニメで見た知識からそんなイメージで発動した。
そして、超高速で動いても身体に負担がかからないようにするために外側に超硬化した魔力、内側には電気信号を支配するために身体に激痛が走らない程度に超微弱の電流を流し続ける。
この2つを同時にこなすのが恐ろしく難易度が高かった。野球ならたぶん目を瞑りながら両手で同時にホームラン打つぐらい難しい。たぶんね。
これが成功したのはひとえに四年強の魔力制御訓練の賜物だろう。
『雷光』が成功した時点で負ける気がしなかったけど、俺が『はぁぁぁあああああ!!!!』ってしたときにあいつ上向いて『グゥゥゥゥゥアアア!!!!』って吠えてるもんな。
たしかに舐められるぐらいにはボコボコにされた自負はあるが、隙だらけだった。
魔法に強く斬撃も効果が薄く厄介な毛皮もない口の中から頭をズドンよ。どうやら、身体の中は隙だらけのようだな!は本当らしかった。
案の定、熊はなにが起きたかわからないまま生き絶えた。呆気ない決着だったけど、これ以上ぎりぎりの戦いなんてやってられるか。
命あってこそのプライド。不意打ち上等だ。
「はーーーーーーーー、つっかれた……」
その場に仰向けに倒れ込み、空を仰ぐ。
もうじき暗くなりそうだ。早く帰らないといけないのに眠たくてしょうがない。……そういえば睡魔なんて久し振りだな。
「ユリウスくん!」
−アキト!かった!かったよ!すごいよ!!−
寝転んでいるとメアリーちゃんが駆け寄ってきた。
泣きそうな顔してるけど、どうしたんだろう。やっぱり心配かけすぎたか。
ああ……もう全然頭が働かない。さすがに『雷光』に集中力を使いすぎた。
メアリーちゃんが何かを呟くのを横目に、暖かい光に包まれながら俺は数年ぶりに意識を手放したのだった。




