21:森のクマさん
書きかけのプロットが消えてしまうと死にたくなりますね。
目の前に現れた熊は、全長3メルターはありそうな巨躯と、血のように真っ赤な体毛が特徴的だった。
そして、遠くからでは見えなかったが地球の熊ではありえないような、長く鋭い爪が前足から伸びていた。その爪には血走ったような模様があり、多くの生物を喰らってきたことが容易に想像できた。
なにこれ殺傷力超高そう。そんな爪絶対日常生活で不便だろ。生物絶対殺すマンか。
−アキト!こんなのむりだよ!にげよう!−
俺が軽く現実逃避していると、ユリウスくんがそう叫んできた。
そうしたいのは山々だが、ここまで近づかれてしまったらもう逃げられない。いや、俺だけなら身体強化でなんとか逃げることはできるだろう。だが、メアリーちゃんは無理だ。
ちらりと横を見れば彼女は気が動転したのか、固まっていた。
ただでさえ彼女の拙い魔力制御で発動した魔法では逃げられるかどうかも怪しいのに、この状況ではなおさら無理だ。
「メアリーちゃん!どこかに隠れてて!安全な場所に!」
「で、でも!」
「俺だけなら勝てるから!早く!」
勝てるかどうかはわからない。けど、熊がこっちの様子を伺っている今がチャンスなんだ。早く逃げてくれ。
それに、彼女に強化系魔法を見られるわけにはいかない。そんなことを言っている場合じゃないのはわかっているけど、彼女がここにいてもできることがない以上、見られないに越したことはない。少なくとも助けを呼んでもらえるかもしれない。
「【神秘】レインフォースクレイアーマメント」
彼女が無事に逃げていくのを確認し、俺は魔法を唱える。
土の鎧が身体を覆う。あの見るからに凶悪な爪だけは食らわないように、今回は雷や炎よりも更に防御に特化したイメージの魔法でいく。
ちなみにこの魔法は土の鎧だが動きを阻害することはないので敏捷性も確保されている優れものだ。
−アキト!ぼくはどうしたらいい?!−
−ユリウスくんは隙を見て魔法を撃ってくれると助かる!ごめんね、危ないことして−
−わかった!がんばる!−
今、ユリウスくんに代わるわけにはいかない。
俺が強化系魔法でしか役に立てない以上、今回は彼にサポート役に徹してもらう。ユリウスくんが表に出ても動けないだろうし仕方ない。
土を纏わせて強化した木剣ーー簡易的な剣を構える。
見よう見まねだけど、これでもずっとユージーンさんの剣を見てきたんだ。必ずやってみせる。
そしてついに熊が動き出した。素早くこちらに突進し、長い爪を携えた右前足を振り下ろしてくる。俺は瞬時に横に飛び攻撃を避けた。
ーーよし、攻撃は見える!思ったよりなんとかなりそうだ。
……そんなことを考えていた時期もありました。
ちらりと熊の爪が振り下ろされた地面を見ると、そこには見事に抉れた地面があった。
冷や汗が背中を伝う。
なんだよあれ、一撃でゲームオーバーじゃないか。
生身の人間があんなの食らったら一撃でバラバラになるぞ!
「グオオ!!」
またもや熊が突進してくる。再びそれを避け、今度はこっちの番だと剣で切りつけた。そしてすぐさま距離を取る。
硬い……。分厚い毛皮に覆われているからか、思いきり斬ったはずなのに浅く切りつけるだけで終わってしまった。俺だけなら持久戦になったかもしれない。
だが、俺にはユリウスくんもいる。
《放出系》ならどうだ!
−ユリウスくん!魔法を頼む!−
−うん!【れーてる】ばーすとあいしくるらんす!−
宙に生み出された氷の槍が熊を襲う。
勢いよく飛んでいった氷槍は熊の身体を貫くかと思いきや、毛皮にぶつかるとパリンと音を立てて砕け散った。
−えっ!!−
「なんだと!」
「グァァァッ!!!」
熊は怒りの混じったような唸り声をあげていた。たしかにダメージはあるようだ。しかし、思っていたよりずっと効いていない……。あの毛皮硬すぎるだろ!
それにしても、剣で切れた以上あのダメージの少なさはおかしい。魔法を軽減する効果でもあるのか?
それならユリウスくんの攻撃は大してダメージを与えられない可能性が高い。いや、まだ確定したわけじゃない!
−ユリウスくん!違う魔法を!−
−う、うん!【れーてる】ばーすとふぁいあらんす!−
炎の槍が熊を襲うも、またもや突き刺さることはなく毛皮をほんの少し焦がすだけで終わった。
「やっぱり魔法は効果が薄いのか……」
ユリウスくんの魔法を頼りにしていた分、この状況は大分まずい。
考えているうちに、熊は俺に向かって突進してきた。
攻撃が単調で避けやすいことが唯一の救いだな。突進して爪をブンっ!それだけだ。
魔法も効かない、厚い毛皮で剣もあまり効かない。
これは本格的に持久戦になりそうだ。
しかし、メアリーちゃんのほうに魔物が現れる可能性もある以上、ゆっくりもしていられない。彼女は無事逃げきれただろうか……。
彼女の無事を祈りつつも、俺はほとんど全ての生物の弱点である頭部に狙いを定めた。
強化した身体で熊の背後に回り込む。
−ユリウスくん!魔法だ!−
−【れーてる】ばーすとさんだーらんす!−
雷の槍が熊を襲い、それに続くように熊の下半身を斬りつける。
案の定魔法はあまり効いていないようだが、熊が一瞬怯んだ様子が見えた。
今だ!
飛び上がり、脳天に一撃を叩き込もうと剣を振りかぶる。
「せやっ!!!」
剣を振り下ろそうとしたとき、熊がこちらに振り向いた。そして剣が届く前に、空中で身動きが取れない俺に、長い爪による薙ぎ払いが迫る。
しまったッッーーー避ける術もない俺に無慈悲に爪が叩きこまれる。
「ぐッッッ……!!」
空気を裂く音が鳴るほどのスピードで振るわれた薙ぎ払いによって、俺は数メルター先まで吹き飛ばされた。ゴロゴロと地面を転がり、なんとか受け身を取る。
咄嗟に魔力を高めて防御に専念したおかげで多少の擦り傷で済んだようだが、足がふらつく。
−アキト!だいじょうぶ!?−
−あ、ああ。全然問題ないよ。心配かけてごめんね−
ほんとは結構やばいけど、自分にも大丈夫だと言い聞かせた。現実逃避とも言える。
しかし、熊はこの隙を逃すまいと突進してきた。
ふらつく足で剣を構え、迎撃。
何度か打ち合いになったものの、俺の剣が一本に対して熊の腕は二本。ユリウスくんもこの距離では自分の魔法に巻き込まれる恐れがあるため、その攻撃になす術もなく俺は吹き飛ばされた。
立て。立つんだ。
この身体は俺のものじゃないんだ。責任を持ってユリウスくんに返せ。あの温かい家庭に、ユリウスくんを無事に送り届けろ!
−【れーてる】ばーすとさんだーれいん!−
近づいてくる熊にユリウスくんは魔法を撃ち続ける。が、多少鬱陶しそうにするだけで大して効いている様子はなかった。
俺がやらなきゃダメなんだ。
何があってもユリウスくんを守るんだ。
「ぐぅぅ!!」
気合いを振り絞って立ち上がる。
目と鼻の先にいる熊は腕を振り上げるのではなく、腕を引いた。
そしてそこから高速で突き出された爪をなんとか剣で逸らしたものの、土の鎧を砕き、右肩の半ばまで貫いていた。
「ぐああ!!!」
−アキト!!!−
激痛に襲われるが、貫通しなかっただけマシだ。幸か不幸か痛みには慣れてる。前世の病気にも少しは感謝しないといけないかもしれない。
俺はすぐさま爪を引き抜き距離を取ろうとしたが、そのとき、熊が笑ったように見えた。
そしてーー
「ぎゃぁぁぁぁぁあああ!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!
ドクンドクンと音が鳴る。吐きそうになるほど不気味で不快な音が聞こえるとともに、血管がむしり取られるような痛みに襲われた。
なんだよこれ?!なにが起きてるんだ?!
ちらりと右肩を見ると、肩に刺さった爪の血走ったよような模様が赤く、怪しく光っていた。
違ったんだ。貫通しなかったんじゃない。わざと貫通させなかったんだ。
こいつは獲物の血をその爪で吸って殺すんだ!
前世で何度も味わったような激痛だ。
耐えるな、早く抜くんだ。我慢してるだけじゃ血を吸い尽くされて死んでしまう!
「ぐっ、ぐあああああ!!!!!」
激痛を堪えながら熊のこめかみを蹴り飛ばし吹き飛ばす。
「フーッ!フーッ!」
まずい。窮地から逃れられたものの頭が上手く働かない。
−アキト!!アキト!!−
ユリウスくんの声が聞こえるが、返事をしている余裕もない。
「ガァァァァァ!!!!!」
このままじゃまずい、そう判断した俺は力を振り絞って熊に突撃する。
「グオオオオオオオオ!!!」
熊も俺を迎え撃ち、剣と爪が交錯しーーー
ガキィン!という音ともに剣は半ばから砕け散った。
ごめん、ユリウスくん。本当にごめん。
俺のせいでごめん。
巻き込んじゃってごめん。
ユージーンさん達の元まで送り届けてあげられなくてごめん。
君には優しくしてもらってばっかりだったのに、なにも返せなかった。
本当にごめん。
これじゃ父さん達に合わせる顔がないや……。
熊が腕を振り上げるのが見える。
時間がゆっくり流れているようだ。
「やぁーーーーーーーー!!!」
そして、身体を引き裂かれそうになったそのとき、視界に閃光が走った。




