4 国家情報省
紆余曲折を経て、片岡は2028年、内閣総理大臣となった。
彼女は、日本の防衛は将来的に核武装の是非についても論議を重ねるべきと考えていたが、実現するにはまだまだ時間がかかると思っていた。
広島・長崎への原子爆弾投下によってもたらされた核に対する国民の強い心理的拒絶は、今日に至るまで政策論議の俎上に載ることすら許さない状況が続いている。
ならば非核を維持したまま、激動し続ける国際政治の地政学的リスクをいかに回避するかを考えねばならない。
片岡が考える結論は、インテリジェンスの強化である。日本の将来を担保するのは物理的な兵器ではない、ということだ。
他国の戦略的・経済的意図を、電子的・人的に隠密捕捉し、即座に対抗措置を講じる専従の国家情報機関が必要と考える。
現行の法制と縦割り行政の枠組みを排除した、英国・MI6やイスラエル・モサドに匹敵する実戦的なインテリジェンス組織の配備こそが、残された唯一の選択肢であるはずだが、当時の日本ではこうした考えにはまだまだ抵抗が大きかった。
そこに思わぬ好機が到来したのである。それが2028年に起こった中国人民解放軍による「台湾進攻未遂事件」だった。
作戦は発動の数時間前、北京の最高意思決定機関の命令によって突如として凍結された。その詳細な理由は依然として厚いベールに包まれていたが、問題となったのは、その巨大な軍事動向を日本の情報コミュニティが何一つ察知できなかった事実である。
直後に、アメリカCIA(中央情報局)から、この情報は事実であるという連絡が入り、日本政府は色を失う。ワシントンから通告を受けるまで、自国の喉元に突きつけられた刃にまったく気づいていなかったのだ。
このことがSNS上に暴露されるや否や国内世論はパニックを起こし、政府の無能に対する怒りはたちまち沸点に達した。
片岡はこの逆風を千載一遇の好機に変えたのだ。
電光石火で特別法案を国会に提出し、野党が「秘密警察の復活」「治安維持法の再来」と叫んで抵抗する時間を一瞬たりとも与えなかった。
外務省、警察庁、防衛省の情報三派が頑なに守ろうとする縦割りの縄張りを、片岡は世論の怒りを燃料にして圧殺した。
ただし、ある程度の妥協を引き出すための譲歩案も用意した。新設する組織の陣容を巨大な庁舎(本省)を持たない、わずか1500人の精鋭分析機関に圧縮するという条件である。牙を抜かれた組織に見せかけるこの欺瞞工作により、法案は強引に可決された。
そして昨年、日本に待望の国家情報省が誕生したのである。
国家情報省は、それまで各省庁に分散していた情報収集・分析・対外工作部門を直轄統合した組織である。その特殊性から単一の本省ビルは存在せず、機能ごとに都内数カ所のカバーディレクトリー(偽装拠点)へ分散配置されている。人員は約1500名(非公然要員を除く)。
組織はおおむね以下のようになっている。
『総務局』:総務・人事・監察・カバー作成
省の「表の顔」であり、国会質疑やメディアの追及をかわす防護壁。内部の「監察課」は、省内への米中サイバー攻撃や内通者(二重スパイ)を摘発する内部警察として機能する。また、国外工作員の戸籍をデータベース上で二重化し、合法的偽造パスポートを極秘発給する「特殊人事」も担う。
『第一局(国策)』:情報分析・未来予測
旧内閣情報調査室(内調)を中核とする省の頭脳。世界中の公開情報(OSINT)から外交電信、同盟国情報機関からの情報(シギント/ヒューミント)を集約。米中情勢などマクロな視点で24時間分析し、片岡首相へ直接届ける最高機密レポート『総理大臣日報』を起草する。
『第二局(謀略)』:電波傍受・サイバー・対外工作
旧防衛省情報本部(DIH)の電波部(旧通称:コタキ)を核に、民間の天才ハッカーや旧自衛隊・公安の特殊工作員を統合。暗号通信の傍受・解読から、法的グレーゾーンにおける非公然工作までを執り行う最も鋭い牙である。
『第三局(防諜)』:国内監視・カウンターインテリジェンス
旧警察庁および警視庁公安部の外事部門が母体。日本国内に潜伏する工作員を24時間体制で尾行・盗聴・監視する。警察特権である司法警察権(逮捕・拘束権)を秘匿したまま保持しており、国内の違法スパイに対する実力行使の最前線を担う。
『第四局(資財)』:経済安全保障・ブラック予算管理
旧経済産業省(安全保障貿易管理担当)と旧財務省(国際局)の連合体。半導体や最先端素材の海外流出を監視・遮断する。同時に、財務省ルートを活用して追跡不能な機密費を工作活動へ還流させる金庫番である。
創設の当日、片岡はオンライン上で1500人に訓示を述べた。
「かつての日本帝国は、優秀な暗号解読員や情報官を擁しながらも、組織の統合と防諜の欠如によって国を滅ぼした。あなた方はその愚行の歴史に終止符を打つためにここにいる」
と。
この巨大な情報機関の初代大臣に、片岡総理が小野寺久美を指名したのには、深い理由があった。
小野寺は官僚出身ではない。内調にも防衛省にも外務省にも警察にも属したことがない。だが、これらの組織にいた人間よりも小野寺がインテリジェンスに精通している理由は、彼女の経歴の中にあった。
1985年生まれ。45歳。西日本の中国地方のとある県の出身で、祖父がイギリス人のクオーター。背が高く日本人と少し異なる美貌の持ち主である。高校までは地元で過ごし、東京の橋一大学を卒業後、日本最大手の商社である菱井物産に入社。ここから彼女のインテリジェンスの経歴が開始する。
巨大商社となれば、全世界の主要都市から未開の資源地帯に至るまで社員が入り込み、国の巨額の投資やインフラ建設、食料・エネルギーの買い付けなどでは、大統領、首相、軍の幹部、現地の有力財閥が自ら喜んで彼らに接近してくるので、最高機密に近い情報に接することができる。
世界中の社員から集まる情報は、国家のインテリジェンスにとって貴重である。実際に政府の内調、自衛隊情報本部、外務省の諜報部門はひそかに商社に入り込み、情報の取得や工作にも関与しているとのうわさがある。
商社と諜報組織の関係は、戦前から存在した。昭和通商である。
昭和通商は陸軍主導で作られた巨大商社で、軍需物資調達だけでなく、陸軍の対外工作との接点を持っていた。陸軍中野学校も昭和通商と深く関係している。
彼女は、菱井物産の本社経営企画部第二調査室に席があった。表向きには重要案件について社長を補佐する部署。何をしているかと聞かれても、「海外案件の特別調査ですよ」で終わる。
その実態は、社長と担当副社長、それにごく少数の役員しか存在理由を知らない。そして内調、外務省、防衛省などから、「○○国の政権内部で、この港湾案件について何か動きがないか」と問い合わせが来たりする。
すると第二調査室が直接スパイ活動をするのではなく、現地駐在員・取引先・銀行・資源会社・政府関係者など、通常の商社ネットワークの中から情報を吸い上げる。
実はそれだけではない。内調、外務省、防衛省が、ひそかに商社を隠れ蓑にして尾行、盗聴、買収、秘密工作を行っており、商社の内部にそうした活動を支援する組織が存在するといううわさもある。
誰も詳しい事情を知らないし、小野寺自身も語らない。だが、彼女が驚くべきインテリジェンスの現場に精通していることが判明する出来事があった。
彼女が30代の始めのころ、片岡総理がまだ中堅議員で、商社、メーカー、官僚、自衛官、大学研究者などを集めて非公開の安全保障研究会を定期開催していたころのこと。
菱井物産からは小野寺が出席していた。そこで中国の資源戦略や経済安全保障について議論になり、官僚や学者が一般論を話している中、小野寺だけが、
「現地ではそうは動きません」
と言った。そして具体的な物流、企業、人間関係から説明してしまったのである。
片岡は、この女、何者? となった。
やたら現場の事情に詳しく、官僚でもない民間企業なので、発想が役所の人間のような硬さがなく柔軟である。
片岡は小野寺と親しくなり、その後何年か交流してから政界入りを勧めたのである。
小野寺は35歳の時に退社して衆院選に出馬。晴れて議員となる。すぐに安全保障・情報関係の委員会に所属し、40歳のころには党の要職に抜擢されていた。もちろん片岡の引きによるものである。
そして昨年、国家情報省の創設となり、小野寺は大臣に指名されたのである。




