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日本の怖い話  作者: こうた


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8/21

青森・第四話

座敷の四人目


その家では、


食事のときに、


必ず四人分の箸を出してはいけなかった。


俺がそのことを知ったのは、


祖母が死んだあとだった。


「四人目の分は、


出さないで」


母は、


そう言った。


「誰の?」


「誰でもない」


「じゃあ、何で?」


母は答えなかった。


ただ、


仏壇の横にある古い座敷を見た。


「昔から、


そういう家なの」


俺は、


笑った。


「迷信だろ」


母も、


笑わなかった。


---


祖母の家は、


青森県の山あいにある古い家だった。


俺が子供の頃は、


夏休みになると、


毎年そこへ泊まりに行った。


大きな家だった。


畳の部屋がいくつもあり、


廊下は長い。


夜になると、


家の中は真っ暗になる。


子供の頃の俺は、


その家が少し怖かった。


特に、


一番奥にある座敷。


そこだけ、


いつも閉め切られていた。


「ここ、


何の部屋?」


と祖母に聞いたことがある。


祖母は、


笑って、


「誰も使わない部屋だよ」


と言った。


「なんで?」


「昔からそうなの」


それ以上は、


教えてくれなかった。


---


祖母が亡くなった。


家をどうするか、


家族で話し合うことになった。


母は、


「売ろう」


と言った。


俺も賛成だった。


古い家だ。


誰も住んでいない。


ただ、


処分する前に、


荷物を整理する必要がある。


そこで、


俺と母と妹の三人で、


祖母の家へ行くことになった。


到着したのは、


夕方だった。


雪が降っていた。


玄関を開ける。


冷たい空気。


古い木の匂い。


そして、


どこか湿ったような匂い。


「寒いね」


妹が言った。


「すぐ暖房つけよう」


母が、


家の中へ入る。


俺も続いた。


そのとき。


廊下の奥から、


音がした。


コツ。


コツ。


コツ。


「……?」


誰かが、


歩いている。


俺は、


足を止めた。


「今、


誰かいた?」


母が振り返る。


「何?」


「奥の方」


「誰もいないよ」


「でも……」


コツ。


また音。


母の顔が、


少し変わった。


「……聞こえた?」


「うん」


妹も、


聞いていた。


「誰かいるんじゃない?」


母は、


首を横に振った。


「いない」


そして、


小さな声で、


こう言った。


「絶対に、


奥の座敷へ行かないで」


---


その夜。


三人で、


夕食を食べた。


母が料理を並べる。


俺。


母。


妹。


三人。


箸も、


三膳。


「いただきます」


食事を始める。


しばらくすると、


母が突然、


箸を止めた。


「……」


「どうした?」


母は、


テーブルの端を見ている。


そこに、


何もない。


「お母さん?」


妹が呼ぶ。


母は、


ゆっくり立ち上がった。


そして、


台所へ行く。


「何してるの?」


「……箸を、


片付ける」


「まだ食べてるけど」


母は、


返事をしなかった。


俺は、


母の視線を追った。


そして、


気づいた。


テーブルの端に、


箸が一本、


置いてある。


さっきまで、


なかった。


「……」


母が、


それを掴む。


「捨てるね」


その瞬間。


奥の座敷から、


声がした。


「おばあちゃん」


俺たちは、


全員、


固まった。


子供の声だった。


「おばあちゃん、


ごはん」


妹が、


俺を見る。


「……今、


聞こえたよね?」


母は、


箸を握ったまま、


震えていた。


「聞こえてない」


「いや、


聞こえた」


「聞こえてない」


母が、


強い声で言った。


そして、


箸を折った。


パキッ。


「絶対に、


返事しないで」


---


その夜。


俺は、


客間で寝た。


母と妹は、


別の部屋。


午後十一時。


眠れない。


古い家は、


音が多い。


木が軋む。


風が鳴る。


屋根に雪が落ちる。


そう自分に言い聞かせた。


すると、


廊下から、


音がした。


コツ。


コツ。


コツ。


誰かが歩いている。


「……」


俺は、


布団から出た。


ドアを少し開ける。


廊下には、


誰もいない。


電気も消えている。


ただ、


一番奥の座敷の襖が、


少し開いていた。


「……」


俺は、


近づいた。


襖の隙間から、


暗い部屋が見える。


そのとき。


中から、


声がした。


「お兄ちゃん」


俺は、


息を止めた。


妹の声だった。


「お兄ちゃん」


「……」


「開けて」


俺は、


襖に手を伸ばした。


だが、


そこで止めた。


妹は、


隣の部屋で寝ている。


俺は、


戻ろうとした。


すると、


中から、


もう一度。


「お兄ちゃん」


今度は、


泣いていた。


「寒い」


俺は、


襖を開けた。


「……!」


部屋の中には、


誰もいない。


ただ、


中央に、


古い座卓がある。


その上に、


茶碗が四つ。


箸も、


四膳。


俺は、


凍りついた。


「……何だよ」


その瞬間。


背後で、


襖が閉まった。


バタン。


俺は、


振り返った。


誰もいない。


「……」


そして、


座卓の向こう側から、


声。


「いただきます」


俺は、


逃げようとした。


だが、


足が動かない。


座卓の向こうに、


誰かが座っている。


暗くて、


顔が見えない。


「……誰?」


返事はない。


ただ、


箸を持つ音。


カチ。


カチ。


カチ。


そして、


その人物が、


ゆっくり顔を上げた。


祖母だった。


「……ばあちゃん?」


祖母は、


笑っていた。


だが、


顔がおかしい。


目が黒い。


口が異常に大きい。


そして、


頬には、


泥がついていた。


「お前も、


食べるか?」


俺は、


首を横に振った。


祖母は、


笑った。


「そうか」


そして、


俺の後ろを見る。


「じゃあ、


三人で食べよう」


俺は、


振り返った。


母。


妹。


いつの間にか、


二人が座っていた。


「……」


母が、


俺を見る。


「座って」


妹も、


笑っている。


「お兄ちゃん」


俺は、


逃げようとした。


「帰る!」


母が、


言った。


「帰れないよ」


「……」


「ここ、


家だから」


祖母が、


笑った。


「昔から、


四人で食べる家なんだよ」


---


俺は、


目を覚ました。


朝だった。


自分の布団。


隣の部屋から、


母の声。


「起きて」


俺は、


飛び起きた。


「昨日、


何があった?」


母が、


不思議そうに見る。


「何もないよ」


「座敷に行っただろ?」


母の顔が、


青くなった。


「……行ったの?」


「行った」


「何を見た?」


「ばあちゃん」


母は、


黙った。


そして、


小さく言った。


「……そう」


「何?」


「もう、


この家を出よう」


---


俺たちは、


荷物をまとめた。


家を売る話も、


その場で決めた。


一刻も早く、


出たかった。


だが、


玄関へ向かったとき。


母が、


突然、


立ち止まった。


「……」


「どうした?」


母は、


玄関を見ている。


靴。


俺。


母。


妹。


三人分。


その横に、


もう一足。


古い、


濡れた草履。


「……」


母が、


震える声で言った。


「誰の?」


俺は、


答えられなかった。


妹が、


言った。


「おばあちゃんじゃない?」


母が、


叫んだ。


「違う!」


その声に、


家中の空気が変わった。


奥の座敷から、


音。


コツ。


コツ。


コツ。


誰かが、


歩いてくる。


「走って!」


母が叫んだ。


俺たちは、


玄関を開けた。


雪の中へ飛び出す。


車へ走る。


エンジンをかける。


そのとき。


後部座席から、


声がした。


「お兄ちゃん」


俺は、


振り返らなかった。


妹が、


助手席で叫ぶ。


「誰!?」


母も、


振り返る。


「……」


三人とも、


凍った。


後部座席には、


誰もいない。


だが、


シートが、


濡れていた。


そして、


一人分の、


小さな足跡。


座席から、


床へ。


そして、


運転席へ向かっている。


俺は、


アクセルを踏んだ。


---


町を出て、


一時間。


誰も、


喋らなかった。


母だけが、


何度も、


後ろを確認している。


「……ねえ」


妹が、


言った。


「何?」


「家に、


誰か残してきた?」


母が、


答える。


「いない」


妹は、


黙った。


しばらくして、


また言う。


「じゃあ、


何で四人いるの?」


俺は、


ブレーキを踏んだ。


「……」


母が、


ゆっくり、


俺を見る。


「今、


何て言った?」


「四人いるって」


俺は、


人数を確認した。


俺。


母。


妹。


三人。


「……三人だろ」


妹は、


震えながら、


後ろを見る。


「違う」


「何が?」


「さっきから、


後ろに、


おばあちゃんが座ってる」


俺は、


バックミラーを見た。


後部座席。


誰もいない。


「いない」


「いるよ」


妹は、


泣いていた。


「ずっと、


笑ってる」


母が、


叫んだ。


「見るな!」


俺は、


前を向いた。


その瞬間。


フロントガラスに、


小さな手形が、


内側から押しつけられた。


ベタッ。


「うわっ!」


俺は、


車を停めた。


手形は、


消えた。


---


その後、


何とか町へ戻った。


警察にも相談した。


だが、


もちろん、


誰も信じない。


「疲れているんでしょう」


そう言われた。


俺たちは、


ホテルに泊まった。


三人一部屋。


ベッドが三つ。


午後十時。


母は、


眠れないと言った。


妹も、


怖くて眠れない。


俺も、


眠れなかった。


午前一時。


突然、


部屋のドアが、


ノックされた。


コン。


コン。


コン。


「……」


誰も、


返事をしない。


また。


コン。


コン。


コン。


そして、


声。


「ごはんだよ」


祖母の声。


母が、


布団の中で、


震えた。


「……」


「ごはんだよ」


ドアの向こう。


「四人分、


作ったから」


俺は、


息を止めた。


「……」


母が、


泣きながら言った。


「返事しないで」


「分かってる」


「絶対に」


「うん」


ドアノブが、


動いた。


ガチャ。


ガチャ。


鍵がかかっている。


ドアの向こうから、


祖母が笑う。


「なんで開けないの?」


「……」


「家族なのに」


俺は、


目を閉じた。


すると、


別の声がした。


母の声。


「開けて」


俺は、


目を開けた。


母は、


俺の隣にいる。


それなのに、


ドアの外から、


母の声。


「お願い」


「……」


「寒い」


妹が、


泣き出した。


「お母さん、


二人いる」


母が、


妹の口を塞ぐ。


「喋らないで」


ドアの向こうから、


笑い声。


「三人しかいないの?」


そして、


低い声。


「一人、


足りないよ」


---


その瞬間。


部屋の電気が消えた。


真っ暗。


俺は、


母の手を掴んだ。


妹の手も。


三人で、


固まる。


そして、


部屋の隅から、


音。


コツ。


コツ。


コツ。


誰かが、


歩いている。


「……」


足音が、


近づく。


コツ。


コツ。


コツ。


俺の背後で、


止まった。


耳元で、


声。


「四人目、


誰にする?」


俺は、


振り返らなかった。


すると、


母が叫んだ。


「私!」


俺は、


驚いて母を見る。


「お母さん?」


母は、


泣きながら、


言った。


「私が行く」


「何言ってるんだ!」


「あなたたちは逃げて」


「無理だ!」


母は、


笑った。


「大丈夫」


そして、


俺の手を離した。


「おばあちゃんに、


会いたかったから」


母が、


部屋の奥へ歩く。


「お母さん!」


俺は、


追いかけた。


しかし、


妹に腕を掴まれた。


「お兄ちゃん!」


「離せ!」


「ダメ!」


母の姿が、


暗闇に消える。


そして、


襖を開ける音。


バタン。


その瞬間、


電気がついた。


母はいない。


部屋の中にも、


いない。


ドアも、


閉まっている。


妹が、


泣きながら言った。


「……お母さん、


どこ?」


俺は、


部屋中を探した。


いない。


ホテルの外へ出る。


いない。


警察へ連絡する。


いない。


監視カメラを確認する。


母は、


部屋から一歩も出ていなかった。


---


翌朝。


俺は、


実家へ戻った。


理由は、


分からない。


ただ、


母がいる気がした。


家は、


鍵が開いていた。


中へ入る。


静か。


そして、


奥の座敷。


襖が、


開いている。


俺は、


ゆっくり近づいた。


部屋の中央。


座卓。


茶碗。


箸。


四膳。


そして、


その向こうに、


母が座っていた。


「……母さん」


母は、


こちらを見た。


笑っている。


「遅かったね」


「帰ろう」


「どこへ?」


「家へ」


母は、


首を傾げた。


「ここが家だよ」


俺は、


近づいた。


「母さん」


「何?」


「妹を連れて、


帰る」


母は、


笑った。


「妹?」


俺は、


振り返った。


そこに、


妹が立っている。


「お兄ちゃん」


「……」


「どうしたの?」


俺は、


母を見る。


母を見る。


妹を見る。


そして、


気づいた。


二人とも、


同じ笑顔をしている。


「……」


母が、


箸を持った。


「ご飯、


食べよう」


妹も、


箸を持つ。


「四人分あるよ」


俺は、


座卓を見る。


四つの茶碗。


三人しかいない。


「……」


母が、


言った。


「一人、


まだ来てないの」


「誰?」


母は、


俺を見る。


そして、


笑った。


「あなた」


---


俺は、


逃げた。


家を飛び出した。


妹も、


連れて。


車へ乗る。


アクセルを踏む。


町を離れる。


二度と戻らない。


そのはずだった。


---


一年後。


俺は、


県外で暮らしている。


妹も、


一緒だ。


母は、


戻ってこなかった。


祖母の家は、


取り壊された。


そう聞いている。


だから、


もう終わった。


そう思っていた。


ある夜。


妹と二人で、


夕食を食べていた。


テーブルには、


二人分の食器。


俺。


妹。


二人。


「いただきます」


食事を始める。


そのとき。


妹が、


箸を止めた。


「……お兄ちゃん」


「何?」


「箸、


三膳あるよ」


俺は、


テーブルを見る。


確かに、


三膳。


「……」


一膳は、


俺。


一膳は、


妹。


そして、


もう一膳。


誰のものか、


分からない。


妹が、


小さな声で言った。


「お母さんかな」


「……違う」


「じゃあ、


誰?」


俺は、


箸を取った。


捨てようとした。


その瞬間。


玄関から、


声がした。


「ご飯だよ」


俺は、


動けなかった。


母の声。


一年ぶりに聞いた、


母の声。


妹が、


立ち上がる。


「お母さん!」


俺は、


妹の腕を掴んだ。


「行くな」


「でも!」


「行くな!」


玄関を見る。


誰もいない。


だが、


玄関の向こうから、


また声。


「四人分、


あるよ」


俺は、


息を止めた。


そのとき。


テーブルの上の、


三膳目の箸が、


ゆっくり動いた。


誰も触っていない。


箸が、


床へ落ちる。


カラン。


そして、


その箸を拾うように、


床に、


小さな手が現れた。


俺は、


叫びそうになった。


手は、


箸を握った。


そして、


見えない誰かが、


座った。


椅子が、


ゆっくり沈む。


ギシッ。


妹が、


泣き出す。


「お兄ちゃん……」


俺は、


妹を抱き寄せた。


すると、


目の前の空いた椅子から、


声がした。


「いただきます」


俺は、


目を閉じた。


そして、


ようやく理解した。


祖母の家で、


四人目を恐れていた理由。


四人目は、


家族ではない。


幽霊でもない。


**「家族の誰かを四人目にするために、


最初から空いている席」**


だったのだ。


だから、


家族が三人なら、


三人目が消える。


四人家族なら、


四人目が消える。


誰か一人を、


家に残すまで。


そして、


その家がなくなっても、


呪いは消えない。


なぜなら、


「家」とは、


建物のことではないから。


一緒に食事をする場所。


帰る場所。


家族が集まる場所。


そこが、


新しい家になる。


目を開ける。


空いていた椅子に、


誰かが座っている。


顔は見えない。


でも、


声だけは分かる。


俺は、


その声を知っていた。


「お兄ちゃん」


妹の声。


俺は、


隣を見る。


妹がいる。


俺の手を握っている。


そして、


目の前の「妹」が、


ゆっくり笑った。


「お兄ちゃん」


俺は、


妹の手を強く握った。


隣にいる妹が、


震えながら言う。


「……私、


ここにいるよね?」


俺は、


答えられなかった。


目の前の妹が、


箸を持つ。


そして、


俺に向かって、


笑う。


「いただきます」


その瞬間、


玄関の向こうから、


母の声がした。


「三人じゃないよ」


「……」


「四人いるよ」


そして、


家中の電気が、


一斉に消えた。


暗闇の中。


四人分の箸が、


同時に鳴った。


カチ。


カチ。


カチ。


カチ。


――青森・第四話 終。

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