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日本の怖い話  作者: こうた


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6/21

青森・第二話

八甲田山雪中行軍遭難事件は実在の歴史的事件ですが、作中の「点呼」「軍人の霊」「二十四人・二十五人」の怪異は創作です。実際の遭難事件を扱う際には、史実と後世の怪談を分けて考える必要があります。

点呼


「人数を数えてください」


ガイドの男は、


そう言った。


八甲田山へ向かう、


冬のバスの中だった。


「今日は雪が深いので、


絶対に一人で離れないでください」


乗客は、


十七人。


俺は窓側の席に座っていた。


隣には、


妻の沙織。


そして、


後ろには、


大学生らしい男女が数人。


観光ツアーだった。


ただ、


俺は八甲田山について、


少しだけ嫌な印象を持っていた。


子供の頃から、


何度も聞いていたからだ。


八甲田山。


雪中行軍。


遭難。


大量の死者。


そして、


今でも山中で、


軍人の姿を見たという話。


もちろん、


そんなものは、


ただの噂だ。


そう思っていた。


そのときまでは。


---


バスが山道へ入った。


雪が強くなった。


窓の外は、


真っ白。


木々が、


雪で覆われている。


ガイドが、


マイクを持った。


「この辺りでは、


冬になると視界が非常に悪くなります」


「昔は、


現在のような道路もありませんでした」


「八甲田山では、


1902年に、


青森歩兵第五連隊の雪中行軍隊が遭難し――」


その話を聞いていたとき、


後ろの席から、


女の声がした。


「……寒い」


俺は、


振り返った。


女子学生が、


窓の外を見ていた。


「寒いね」


友達が答える。


しかし、


その女子学生は、


首を横に振った。


「違う」


「え?」


「外から、


聞こえる」


俺は、


窓の外を見た。


雪しかない。


「何が?」


女子学生は、


小さな声で言った。


「点呼」


---


午後二時。


バスが、


山中の駐車場に停まった。


ガイドが、


「ここから自由時間です」


と言った。


「ただし、


絶対に指定された範囲から出ないでください」


俺たちは、


外へ出た。


寒い。


顔に雪が当たる。


視界が悪い。


俺は、


沙織と並んで歩いた。


「寒いね」


「うん」


「早めに戻ろう」


「そうしよう」


そのとき。


森の奥から、


声が聞こえた。


「一人!」


俺は、


足を止めた。


「……今、


聞こえた?」


沙織が聞く。


「うん」


雪の向こう。


誰かが叫んでいる。


「二人!」


声は、


遠い。


「三人!」


「……」


「四人!」


俺たちは、


顔を見合わせた。


「点呼?」


沙織が言った。


俺は、


笑おうとした。


「誰かの冗談だろ」


しかし、


声は続いた。


「五人!」


「六人!」


「七人!」


俺は、


周囲を見た。


観光客がいる。


だが、


誰も声を出していない。


「八人!」


「九人!」


声が、


近づいてくる。


「十人!」


「十一人!」


「十二人!」


俺は、


ガイドを探した。


いた。


だが、


ガイドも、


顔を青くしていた。


「十三人!」


ガイドが、


突然、


叫んだ。


「全員、


戻ってください!」


観光客が、


驚いて振り返る。


「何ですか?」


ガイドは、


答えなかった。


ただ、


「早く!」


と叫んだ。


俺たちは、


バスへ戻った。


---


全員が、


乗り込んだ。


ガイドが、


人数を確認する。


「一、


二、


三……」


数えている。


俺は、


窓から外を見た。


雪。


何もない。


「十六、


十七」


ガイドが、


顔を上げた。


「……」


俺たちは、


全員いる。


十七人。


ガイドを含めれば、


十八人。


「大丈夫ですね」


誰かが笑った。


ガイドは、


笑わなかった。


「……出発します」


バスが動き出した。


その瞬間。


外から、


声が聞こえた。


「十八人」


俺は、


窓を見た。


誰かが、


バスの横を歩いていた。


軍服。


帽子。


雪まみれの顔。


「……」


俺は、


目を疑った。


軍人だった。


バスと同じ速度で、


歩いている。


雪の上を。


普通に。


「沙織」


「何?」


「あれ……」


妻が窓を見る。


そして、


絶句した。


軍人は、


こちらを見た。


口が動く。


声は聞こえない。


だが、


俺には、


何を言っているのか分かった。


「十九人」


軍人が、


指を一本立てた。


そして、


笑った。


---


バスの中が、


騒がしくなった。


「今、


誰か見えた?」


「外に人いたよね?」


「軍服じゃなかった?」


ガイドは、


何も答えない。


ただ、


運転手に言った。


「止まらず、


そのまま下ってください」


「分かった」


バスが、


速度を上げる。


軍人は、


消えた。


俺は、


安心した。


見間違いだ。


雪のせいだ。


そう思った。


だが、


隣の沙織が、


小さな声で言った。


「ねえ」


「何?」


「さっき、


十八人って言ったよね」


「うん」


「でも、


今、


私たち何人?」


俺は、


数えた。


前。


一人。


二人。


三人。


後ろ。


四人。


五人。


六人。


……


おかしい。


「……」


一人多い。


さっきは、


十七人だった。


今は、


十八人いる。


「……誰?」


俺は、


立ち上がった。


最後列。


窓側。


そこに、


知らない男が座っていた。


古い軍服。


帽子。


雪に濡れた顔。


俯いている。


「……」


俺は、


声をかけられなかった。


男が、


ゆっくり顔を上げた。


目がなかった。


ただ、


黒い穴が二つ。


そして、


口だけが、


大きく開いた。


「……十九」


男が、


呟いた。


その瞬間。


バスの照明が消えた。


---


「何だ!?」


乗客が叫ぶ。


「落ち着いてください!」


ガイドが言う。


運転手が、


「電気系統です!」


と叫んだ。


真っ暗。


雪の中。


エンジン音だけが、


響いている。


そして、


後ろから、


声が聞こえた。


「一人」


「……」


「二人」


「三人」


「四人」


「五人」


また、


点呼が始まった。


「六人」


「七人」


「八人」


「九人」


俺は、


妻の手を握った。


「離れるな」


「うん」


「十人」


「十一人」


「十二人」


「十三人」


「十四人」


「十五人」


「十六人」


「十七人」


そして、


声が止まった。


「……」


静かになった。


誰も、


動かない。


すると、


最後列から、


声。


「十八人」


俺は、


後ろを見る。


軍人が立っていた。


「十九人」


軍人が、


一歩近づく。


「二十人」


乗客の一人が、


泣き出した。


「やめて……」


軍人が、


さらに一歩。


「二十一人」


俺は、


気づいた。


数が、


増えている。


乗客の人数ではない。


**死んだ人間を、


数えている。**


---


突然、


バスが止まった。


運転手が叫んだ。


「道路が……!」


「どうした!?」


「前に、


何かある!」


ヘッドライトが照らす。


雪の中。


人が立っている。


一人。


二人。


三人。


四人。


五人。


全員、


古い軍服。


「……」


乗客が、


息を呑む。


軍人たちは、


道路いっぱいに並んでいた。


その後ろ。


さらに大勢。


数え切れない。


そして、


全員が、


こちらを見ている。


ガイドが、


小さく言った。


「……来た」


「何が?」


俺が聞く。


ガイドは、


答えなかった。


ただ、


運転手に言った。


「バックしてください」


「でも後ろにも……」


「いいから!」


運転手が、


バックギアに入れる。


その瞬間。


バスの後ろから、


何かが、


ドン!


とぶつかった。


「何!?」


もう一度。


ドン!


ドン!


バスが揺れる。


乗客が悲鳴を上げる。


ガイドが、


窓を見た。


そして、


絶望した顔で言った。


「……囲まれた」


---


窓の外。


軍人たちが、


バスを囲んでいた。


一人。


二人。


十人。


二十人。


もっといる。


全員が、


バスを見ている。


そして、


全員が、


同じ言葉を繰り返している。


「一人」


「二人」


「三人」


「四人」


「五人」


数字が、


増えていく。


「十八人」


「十九人」


「二十人」


俺は、


妻の手を強く握った。


「絶対に離すな」


「うん」


「何があっても」


「分かった」


「二十一人」


「二十二人」


「二十三人」


俺は、


窓を見た。


軍人の中に、


一人だけ、


違う服の人間がいる。


現代の服。


黒いコート。


顔は見えない。


その人物が、


ゆっくり顔を上げた。


俺は、


凍った。


「……俺?」


そこにいたのは、


俺だった。


同じ顔。


同じ服。


そして、


俺を見ながら、


口を動かしている。


「二十四人」


---


突然、


バスのドアが開いた。


「誰が開けた!?」


運転手が叫ぶ。


外から、


冷たい風が吹き込む。


雪が、


車内に入ってくる。


そして、


一人の乗客が、


立ち上がった。


「寒い」


「座って!」


ガイドが叫ぶ。


だが、


乗客は、


ドアへ歩いていく。


「寒いんだ」


「やめて!」


ガイドが、


その腕を掴む。


しかし、


乗客は、


振り払った。


「みんな、


待ってるから」


ドアの外へ。


一歩。


二歩。


雪の中へ。


その瞬間。


軍人たちが、


一斉に敬礼した。


「……」


乗客は、


そのまま歩いていった。


雪の中へ消える。


そして、


点呼。


「一人」


「二人」


「三人」


数字が、


一つ減った。


「二十三人」


---


その後、


何が起きたのか、


俺はよく覚えていない。


バスが、


突然動いた。


軍人たちをすり抜け、


山を下った。


気づいたときには、


道路沿いの施設に着いていた。


警察が来た。


救急車も来た。


乗客を確認する。


「一、


二、


三……」


人数を数える。


十六人。


一人足りない。


さっき、


バスから降りた男だった。


捜索が始まった。


だが、


見つからない。


雪山を、


何時間も探した。


何もない。


足跡すら、


なかった。


---


翌日。


俺は、


ホテルでニュースを見ていた。


昨夜の遭難騒ぎが、


小さく報じられていた。


「観光バスの乗客一人が行方不明となっており――」


俺は、


テレビを消した。


妻が、


言った。


「帰ろう」


「ああ」


荷物をまとめる。


そのとき、


妻が、


突然、


俺を見る。


「ねえ」


「何?」


「昨日、


バスに乗ってた人、


何人だった?」


「十七人」


「……」


妻が、


黙った。


「どうした?」


「違う」


「何が?」


「私、


昨日からずっと、


一人多い気がする」


「……」


俺は、


嫌な予感がした。


「何が?」


妻が、


震える声で言った。


「私たちの部屋に、


誰かいる」


俺は、


部屋を見回した。


ベッド。


机。


クローゼット。


誰もいない。


「いないよ」


「いる」


「どこ?」


妻が、


指差した。


鏡。


俺は、


鏡を見る。


俺。


妻。


そして、


俺たちの後ろに、


もう一人。


古い軍服。


俺は、


振り返った。


誰もいない。


鏡を見る。


軍人は、


まだいる。


そして、


その男が、


口を開いた。


声は、


聞こえなかった。


だが、


俺には、


分かった。


「一人」


軍人が、


指を一本立てる。


「二人」


二本。


「三人」


三本。


そして、


最後に、


俺を指差した。


「四人」


---


俺たちは、


その日のうちに、


青森を離れた。


二度と八甲田山へ行くことはなかった。


あの事件から、


一年。


二年。


三年。


何も起こらなかった。


だから、


俺は、


あれを事故だったと思うようになった。


雪による幻覚。


恐怖による集団心理。


そういうものだったのだろう。


そう思っていた。


娘が生まれるまでは。


---


娘が三歳になった頃。


ある夜、


娘が突然、


泣き出した。


「どうした?」


「おじさんがいる」


「どこ?」


娘が、


部屋の隅を指差した。


「そこ」


何もない。


「怖くないよ」


「怖い」


「どんな人?」


娘は、


泣きながら答えた。


「帽子のおじさん」


俺は、


固まった。


「何て言ってる?」


娘が、


耳を塞ぐ。


「人数を数えてる」


俺は、


立ち上がった。


「……何人って?」


娘は、


指を折りながら、


数え始めた。


「一人」


「二人」


「三人」


俺は、


娘の手を掴んだ。


「やめろ」


娘が、


俺を見る。


「四人」


「……」


「五人」


「やめて!」


娘は、


泣きながら言った。


「パパ」


「何?」


「おじさんが、


パパを数えてる」


俺は、


振り返った。


部屋には、


誰もいない。


しかし、


窓ガラスに、


人影が映っていた。


古い軍服。


帽子。


雪に濡れた顔。


その男が、


こちらを見ている。


そして、


口を開いた。


今度は、


はっきり聞こえた。


「二十四人」


俺は、


息を止めた。


八甲田山で、


最後に聞いた数字。


二十四。


あの日、


俺たちのバスに、


乗っていた人数。


いや。


違う。


俺は、


今になって気づいた。


あのとき、


軍人は、


「二十四人」


と言った。


俺たちの人数を、


数えていたんじゃない。


**これから死ぬ人数を、


数えていたのだ。**


そして、


その数は、


まだ終わっていない。


窓の外で、


雪が降り始めた。


九月なのに。


娘が、


俺の手を握った。


「パパ」


「何?」


「また一人、


増えたよ」


俺は、


ゆっくり鏡を見る。


俺。


妻。


娘。


そして――


俺たちの後ろに、


もう一人。


軍服の男が立っていた。


その男は、


敬礼した。


そして、


静かに言った。


「二十五人」


――青森・第二話 終。


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