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日本の怖い話  作者: こうた


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3/21

北海道・第三話

題材の根拠:

平和の滝は札幌市西区に実在する滝で、心霊スポットとして「動かない人影」「正体不明の霊」「声」などの噂が紹介されています。

また、現地については夜間の危険性やヒグマ、滑落などへの注意も掲載されています。実際に肝試し目的で夜間に訪れることはおすすめしません。今回の「美咲」や怪異の展開は創作です。

動かない女


その女は、


最初からそこにいた。


ただ、


誰も気づかなかった。


---


「ねえ、あそこに人いるよ」


彼女がそう言ったのは、


午後十一時四十分だった。


俺たちは四人で車に乗っていた。


札幌市内で飲んだ帰りだった。


運転しているのは俺。


助手席に健。


後部座席には、


彼女の美咲と、


その友人の奈緒。


「どこ?」


健が聞いた。


美咲は、


フロントガラスの向こうを指差した。


「道路の先」


俺は、


アクセルを緩めた。


暗い。


山道だった。


街灯が少なく、


車のライトが照らす範囲しか見えない。


その先に、


人影があった。


道路脇。


一人の女。


白い服を着て、


こちらに背を向けている。


「こんな時間に?」


健が言った。


「歩いてるのかな」


奈緒が、


後部座席から身を乗り出した。


「女の人?」


「うん」


美咲が答えた。


「ずっと立ってる」


俺は、


車をゆっくり近づけた。


女は動かない。


近づいても、


動かない。


クラクションを鳴らそうかと思った。


だが、


何となく嫌だった。


車が女の横を通り過ぎる。


俺は、


バックミラーを見た。


女は、


まだ立っている。


後ろ姿。


長い髪。


白い服。


そのまま、


微動だにしない。


「……変な人だな」


健が笑った。


「ねえ」


美咲が言った。


「何?」


「今、


女の人、


こっち見てた」


「え?」


「車が通るとき、


顔だけ動かした」


俺はバックミラーを見る。


女が、


こちらを見ていた。


顔は、


見えない。


長い髪が、


全部顔を覆っている。


「気味悪いな」


俺はアクセルを踏んだ。


そのとき。


後部座席から、


奈緒の声がした。


「……ねえ」


「何?」


「この道、


平和の滝に行く道じゃない?」


俺は答えた。


「そうだよ」


「……」


「どうした?」


「平和の滝って、


夜に行ったらダメって聞いたことある」


健が笑った。


「心霊スポットだから?」


奈緒は、


笑わなかった。


「うん」


「何で?」


奈緒は、


窓の外を見ながら言った。


「滝を見てる女がいるらしいよ」


車内が、


少し静かになった。


「女?」


「うん」


「それが?」


「ずっと滝を見てるの」


「それだけ?」


「違う」


奈緒は言った。


「その女を見た人は、


必ず一回、


その女と同じ場所に立ってしまうらしい」


健が笑った。


「何それ」


「知らない」


「都市伝説だろ」


「たぶん」


俺も笑った。


そのときだった。


美咲が、


突然言った。


「……さっきの女じゃない?」


俺はブレーキを踏んだ。


「え?」


「今、


道路の横にいた」


「どこ?」


美咲は、


後ろを指差した。


「もう見えない」


俺は、


バックミラーを見た。


何もない。


「見間違いだろ」


そう言って、


車を走らせた。


しかし、


美咲は黙っていた。


その顔は、


笑っていなかった。


---


午前零時二分。


俺たちは、


平和の滝に到着した。


車を停める。


周囲は真っ暗だった。


滝の音だけが、


遠くから聞こえる。


ザーッ。


ザーッ。


一定の音。


健が車から降りた。


「せっかくだし、


ちょっと見ていこうぜ」


「俺は嫌だな」


「何で?」


「もう帰ろう」


奈緒も、


頷いた。


「私も帰りたい」


健は笑った。


「お前ら怖がりすぎ」


美咲は、


黙っていた。


俺が聞く。


「美咲、


どうした?」


「……あそこ」


「どこ?」


美咲は、


滝の方を指差した。


「人いる」


俺は、


目を細めた。


確かに、


いた。


滝の前。


一人の女が立っている。


こちらに背を向けて、


滝を見ている。


白い服。


長い髪。


「……」


健の笑顔が消えた。


「さっきの女?」


俺は答えなかった。


同じ女だと思った。


道路脇で見た。


そして、


ここでも見る。


だが、


おかしい。


車からここまでは、


一本道だ。


俺たちは車で移動してきた。


途中に、


女が歩いている姿は見ていない。


それなのに、


女は、


先にここにいる。


「帰ろう」


俺が言った。


健が頷く。


「そうだな」


その瞬間。


女が、


振り返った。


四人とも、


動けなくなった。


顔は、


見えなかった。


髪の毛で覆われている。


ただ、


こちらを向いている。


そして、


女が、


右手を上げた。


手招き。


一度。


二度。


三度。


美咲が、


小さく呟いた。


「……呼んでる」


「行くな」


俺は言った。


「絶対に行くな」


すると、


女が、


首を傾げた。


そして、


手招きをやめた。


次の瞬間。


女が、


歩き始めた。


こちらへ。


一歩。


また一歩。


ゆっくり。


ゆっくり。


「車!」


俺が叫んだ。


四人で走った。


車へ戻る。


ドアを開ける。


乗り込む。


エンジンをかける。


かからない。


「早く!」


健が叫ぶ。


もう一度。


かからない。


三度目。


エンジンがかかった。


俺はアクセルを踏んだ。


車が動き出す。


バックミラーを見る。


女が立っている。


追ってこない。


ただ、


こちらを見ている。


俺は、


少し安心した。


そのとき。


美咲が、


後ろから叫んだ。


「待って!」


「何!?」


「後ろ!」


俺は、


バックミラーを見る。


女が、


車の後ろに立っていた。


さっきより近い。


「……」


俺はアクセルを踏み込んだ。


車が加速する。


女が遠ざかる。


「もう大丈夫」


そう思った。


だが、


美咲が、


震える声で言った。


「違う」


「何が?」


「後ろじゃない」


「……」


「車の中」


俺は、


ミラーを見る。


後部座席。


奈緒。


美咲。


そして、


その二人の間に、


女が座っていた。


俺は、


声が出なかった。


長い髪。


白い服。


顔は見えない。


女は、


二人の間で、


じっと座っている。


奈緒は、


女に気づいていない。


「美咲……」


「見ないで」


「……」


「絶対に、


振り返らないで」


俺は前を見た。


手が震える。


「何で?」


「私の耳元で、


ずっと何か言ってる」


「何て?」


美咲は、


泣きそうな声で答えた。


「……私の名前」


その瞬間。


車内に、


女の声が響いた。


「美咲」


美咲が、


目を閉じた。


「美咲」


もう一度。


「美咲」


三回目。


美咲が、


耳を塞いだ。


「やめて!」


女の声が、


突然、


俺の名前に変わった。


「……」


「……」


「健」


健が、


顔を上げた。


「奈緒」


奈緒が、


震えた。


そして、


最後に、


俺の名前。


俺は、


何も答えなかった。


女の声が、


少しずつ、


遠ざかっていく。


「……」


静かになった。


しばらくして、


美咲が言った。


「いなくなった?」


俺は、


ミラーを見る。


女はいない。


「いない」


四人とも、


息を吐いた。


「よかった……」


奈緒が言った。


その瞬間。


車のナビが、


突然、


起動した。


目的地。


知らない場所。


画面に表示された住所を見て、


俺は凍った。


――平和の滝。


「……」


「どうした?」


健が聞いた。


俺は、


ナビを切った。


「何でもない」


だが、


ナビは、


勝手に再起動した。


目的地。


平和の滝。


ルート案内開始。


『目的地まで、


二分です』


「……」


俺は、


車を止めた。


「どうした?」


「……道が、


さっきと違う」


「え?」


前方を見る。


知らない道。


暗い。


そして、


その先に、


滝が見える。


「……」


俺は、


アクセルを踏まなかった。


だが、


車が勝手に動いた。


ゆっくり。


前へ。


「ブレーキ!」


健が叫ぶ。


俺は、


ブレーキを踏んだ。


効かない。


「何で!?」


車が進む。


滝が近づいてくる。


「止まれ!」


車は止まらない。


そして、


滝の前に、


女が立っていた。


白い服。


長い髪。


女が、


こちらを見ている。


俺は、


ハンドルを切った。


車が横滑りする。


道路脇へ。


――ドン!


車が、


木にぶつかった。


エンジンが止まった。


静かになった。


誰も喋らない。


俺は、


自分の手を見る。


震えている。


健を見る。


額から血が出ている。


美咲は、


泣いている。


奈緒は、


目を閉じている。


「……みんな、


大丈夫か?」


返事がない。


「奈緒?」


奈緒が、


ゆっくり顔を上げた。


「……大丈夫」


俺は、


安心した。


その瞬間。


奈緒が言った。


「でも、


一人いないよ」


「……え?」


奈緒は、


隣を指差した。


美咲が、


いない。


「……美咲?」


後部座席を見る。


いない。


「美咲!」


ドアは閉まっている。


窓も閉まっている。


なのに、


美咲だけが消えていた。


「どこ行った!?」


健が叫ぶ。


車の外を見る。


いない。


道路にもいない。


滝にもいない。


そのとき、


車の屋根から、


音がした。


――コン。


三人が、


上を見る。


――コン。


もう一度。


――コン。


誰かが、


車の屋根を叩いている。


「……」


俺は、


動けなかった。


そして、


屋根の向こうから、


美咲の声がした。


「開けて」


俺は、


ドアを開けようとした。


その瞬間。


奈緒が、


俺の手を掴んだ。


「開けちゃダメ!」


「でも美咲が!」


「違う!」


奈緒は、


泣きながら言った。


「美咲、


車の中にいる」


「……」


俺は、


後部座席を見る。


誰もいない。


奈緒が、


俺の肩を掴んだ。


「そこ」


「どこ?」


「私の隣」


奈緒の隣。


誰もいない。


「いるよ」


奈緒が言った。


「美咲が、


ずっと座ってる」


俺は、


息ができなくなった。


「……見えない」


「見えない?」


「俺には、


何も見えない」


奈緒が、


ゆっくり横を見る。


「……美咲?」


返事はない。


そして、


奈緒の顔が、


徐々に青ざめていった。


「……違う」


「何が?」


「これ、


美咲じゃない」


車の屋根から、


また声。


「開けて」


今度は、


美咲の声ではなかった。


俺の声だった。


「開けて」


健の声。


「開けて」


奈緒の声。


そして、


最後に、


美咲の声。


「開けて」


四人全員の声が、


車の外から聞こえてくる。


俺は、


車のドアをロックした。


「絶対に開けるな」


三人とも、


頷いた。


その夜。


俺たちは、


車の中で、


朝を待った。


何時間経ったのか、


分からなかった。


外から、


ずっと声が聞こえていた。


「開けて」


「開けて」


「開けて」


午前五時頃。


鳥の声が聞こえ始めた。


明るくなってきた。


そして、


声が止んだ。


俺は、


ゆっくり外を見た。


誰もいない。


「……終わった?」


健が呟く。


俺は、


車のドアを開けた。


外へ出る。


周囲を確認する。


何もない。


滝の音。


朝の空気。


俺たちは、


助かった。


そう思った。


その瞬間。


奈緒が、


叫んだ。


「美咲!」


俺は振り返った。


そこに、


美咲が立っていた。


滝の前。


白い服。


濡れた髪。


こちらに背を向けている。


「美咲!」


俺たちは走った。


美咲は、


振り返らない。


「美咲!」


肩を掴んだ。


美咲が、


ゆっくり振り返った。


顔は、


普通だった。


「……何?」


俺は、


その場に座り込みそうになった。


「お前、


どこにいたんだよ……」


美咲は、


不思議そうな顔をした。


「ずっと車の中にいたよ」


「……」


俺たちは、


顔を見合わせた。


「何言ってんの?」


美咲が笑った。


「怖い夢でも見た?」


俺は、


言葉を失った。


そのとき。


美咲の後ろ。


滝の前に、


誰かが立っていた。


白い服。


長い髪。


女。


俺は、


息を止めた。


女が、


こちらを見ている。


そして、


美咲と同じ顔で、


笑った。


---


それから半年後。


俺は、


あの夜のことを誰にも話さなかった。


健も、


奈緒も同じだった。


美咲は、


何事もなかったように生活している。


ただ、


一つだけ。


変わったことがある。


美咲は、


夜になると、


必ず窓の外を見る。


そして、


何もない暗闇に向かって、


手を振る。


「誰に手を振ってるんだ?」


俺が聞いても、


笑うだけ。


「誰でもないよ」


そう言う。


ある日。


俺は、


美咲のスマートフォンを見た。


写真フォルダに、


一枚だけ、


知らない写真があった。


撮影日時は、


あの夜。


平和の滝。


写真には、


四人が写っている。


俺。


健。


奈緒。


美咲。


そして、


その後ろに、


女。


だが、


よく見ると、


おかしい。


女は、


美咲と同じ顔をしている。


俺は、


写真を拡大した。


女の口が、


少し開いている。


何か言っている。


写真なのに、


なぜか、


言葉が分かった。


――「私は帰れない」


俺は、


写真を閉じた。


その夜。


午前零時。


寝室から、


物音がした。


俺は起き上がった。


隣を見る。


美咲がいない。


「美咲?」


返事がない。


家の中を探す。


玄関。


リビング。


キッチン。


いない。


そして、


窓が開いていた。


冷たい風が入っている。


窓の外を見る。


暗闇。


その中に、


美咲が立っていた。


「美咲!」


彼女は、


振り返らない。


「何してるんだ!」


近づく。


美咲が、


小さく言った。


「……あの人、


まだ一人で立ってる」


「誰?」


「滝の前」


俺は、


窓の外を見た。


もちろん、


滝なんてない。


ただの住宅街。


「いないよ」


美咲が首を振った。


「いるよ」


そして、


ゆっくり俺を見る。


その顔を見て、


俺は凍りついた。


美咲の顔ではなかった。


長い髪の隙間から、


真っ白な顔。


目がない。


口だけが、


大きく笑っている。


そして、


美咲ではない声で、


こう言った。


「今度は、


あなたが立って」


――北海道・第三話 終。


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