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日本の怖い話  作者: こうた


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2/21

北海道・第二話

題材について:

雄別炭鉱(釧路炭鉱)は1919年から1970年まで存在した炭鉱で、事故による死傷者の記録があり、現在は心霊スポットとして「男性の霊」などの噂が紹介されています。特に病院跡についても怪異の目撃談が掲載されています。なお、作中の人物・出来事・「四人目」の怪異は創作です。現地は危険な場所で、私有地・立入禁止区域への無断侵入は避ける必要があります。

『雄別炭鉱の病院』


「廃墟に入ってみたい」


そう言い出したのは、健だった。


俺たちは三人で北海道を旅行していた。


健と、俺と、そして麻衣。


三人とも二十代。


社会人になってからは、なかなか休みが合わなかった。


だからこそ、久しぶりの旅行だった。


昼間は観光地を回った。


夜はホテルで酒を飲んだ。


そして二日目の夜。


健がスマートフォンを見ながら言った。


「なあ、雄別炭鉱って知ってる?」


「聞いたことある」


俺が答える。


「心霊スポットだろ」


「そう。しかも結構有名らしい」


健は楽しそうだった。


「病院跡がヤバいんだって」


麻衣が嫌そうな顔をした。


「やめようよ」


「何で?」


「普通に怖いじゃん」


「だから行くんだろ」


健は笑った。


「北海道まで来てるんだぞ。こういうところ行かないともったいないだろ」


「いや、北海道だからって心霊スポット行く必要ないでしょ」


俺も反対した。


だが、


健はすでに車のキーを持っていた。


「一時間だけ」


「……」


「中には入らない。近くまで行って写真撮って帰る」


麻衣が俺を見る。


「どうする?」


俺はため息をついた。


「一時間だけな」


今思えば、


あのとき、


もっと強く断るべきだった。



---


雄別へ向かう道は、


想像していた以上に暗かった。


街灯がなくなった。


コンビニもない。


民家もない。


ただ、


山と道路だけが続いている。


車のライトが、


闇を切り裂いている。


「……本当にこっち?」


麻衣が聞いた。


健はスマートフォンの地図を見ながら答えた。


「合ってる」


「人の気配が全然ないけど」


「炭鉱跡なんだから当然だろ」


俺は窓の外を見た。


木々。


闇。


そして、


時々、


道路脇に古い建物が見える。


誰も住んでいない。


明かりもない。


それなのに、


一度だけ、


二階の窓が光った。


「……今、あそこ光らなかった?」


俺が言った。


健が見る。


「どこ?」


「右側」


「何もないぞ」


「いや、確かに……」


麻衣が黙っていた。


「……何?」


俺が聞く。


麻衣は、


窓の外を見たまま言った。


「今、


窓の中に人がいた」


車内が静かになった。


「……見間違いじゃない?」


「分からない」


麻衣はそれ以上言わなかった。



---


しばらくして、


車は雄別炭鉱跡周辺に入った。


そこには、


巨大な煙突が立っていた。


暗闇の中に、


黒い塔のようにそびえている。


健が車を停めた。


「着いた」


俺は外へ出た。


空気が冷たい。


昼間より、


明らかに寒い。


「ここが?」


「そう」


健が周囲を照らす。


建物。


崩れた壁。


草木に覆われた道。


そして、


遠くに病院跡らしき建物が見えた。


「……あそこ?」


麻衣が聞いた。


健が頷く。


「たぶん」


俺はスマートフォンで写真を撮った。


一枚。


二枚。


三枚。


そのとき。


カメラのシャッター音に混じって、


別の音が聞こえた。


――カシャ。


――カシャ。


――カシャ。


――カシャ。


「……?」


俺はスマートフォンを下ろした。


「どうした?」


健が聞く。


「いや」


「何?」


「今、


四回鳴らなかった?」


「シャッター?」


「うん」


「三枚しか撮ってないぞ」


俺は画面を確認した。


確かに、


撮影枚数は三枚。


なのに、


四回目のシャッター音を聞いた。


麻衣が言った。


「……もう帰らない?」


健が笑った。


「まだ五分しか経ってないぞ」


そして、


病院の方へ歩き始めた。


俺と麻衣も、


仕方なくついていった。



---


病院跡の近くまで来ると、


異様な静けさに包まれた。


風がない。


虫の音もしない。


森なのに、


何も聞こえない。


健が建物を照らす。


「すげえな……」


窓は割れている。


壁は崩れている。


植物が建物を覆っている。


病院だったということを知らなければ、


ただの古い廃墟にしか見えない。


俺は写真を撮った。


その瞬間。


スマートフォンの画面が、


一瞬だけ暗くなった。


「……?」


電源が落ちたのかと思った。


だが、


数秒後、


普通に戻った。


画面を見る。


撮った写真。


病院の正面。


何もない。


二枚目。


何もない。


三枚目。


建物。


そして、


四枚目。


俺は固まった。


「……何これ」


健が覗き込む。


「どうした?」


画面には、


俺たち三人が写っていた。


後ろから撮った写真。


俺。


健。


麻衣。


そして、


その後ろに、


もう一人。


男が立っていた。


古い作業服。


痩せた身体。


顔は見えない。


「……」


健が笑った。


「誰かいたんじゃね?」


「こんなところに?」


「地元の人とか」


「じゃあ何で俺たちの後ろに?」


健は画面を拡大した。


「……」


笑いが消えた。


男の顔が、


こちらを向いていた。


目がない。


顔の中央に、


黒い穴が二つあるだけ。


そして、


口が開いている。


まるで、


叫んでいるようだった。


麻衣が画面を見た。


「消して」


「え?」


「その写真、消して」


「何で?」


「いいから」


俺は写真を削除した。


すると、


スマートフォンが震えた。


一件の通知。


写真が復元されました。


「……」


俺はもう一度削除した。


また、


復元。


削除。


復元。


削除。


復元。


「何なんだよ……」


健がスマートフォンを取り上げた。


「俺がやる」


健が削除した。


復元。


「……」


健の顔が変わった。


「これ、


俺のスマホにも送られてる」


「え?」


健の画面を見る。


同じ写真。


三人の後ろに、


男がいる。


麻衣のスマートフォンも鳴った。


見る。


同じ写真。


「……もう帰ろう」


麻衣が言った。


今度は、


健も何も言わなかった。



---


車へ戻った。


俺が運転席。


健が助手席。


麻衣が後部座席。


エンジンをかける。


一度でかかった。


「よし」


アクセルを踏む。


車が動き出す。


数分。


誰も喋らなかった。


森を抜ける。


道路が開けてくる。


そのとき。


後部座席から、


麻衣の声がした。


「……ねえ」


「何?」


「さっきから、


誰かが私の肩に手を置いてる」


俺は、


ブレーキを踏みそうになった。


健が振り返る。


「俺じゃないぞ」


「分かってる」


「じゃあ誰?」


麻衣は、


震えながら言った。


「分からない」


俺はバックミラーを見る。


麻衣しかいない。


「手なんて見えないぞ」


「でも、


触られてる」


「……」


「ずっと」


麻衣の声が震えていた。


健が言った。


「もうちょっとで町に出る」


「……うん」


その瞬間。


車内に、


男の声がした。


「帰るな」


三人とも凍った。


「……」


「帰るな」


今度は、


後ろから聞こえた。


俺はバックミラーを見た。


麻衣の隣。


誰かが座っている。


古い作業服。


俯いている。


俺は叫んだ。


「うわあああ!」


ハンドルを切る。


車が蛇行した。


「何!?」


健が叫ぶ。


「後ろに……!」


俺は言葉を失った。


バックミラーを見る。


誰もいない。


麻衣だけ。


「何?」


健が聞く。


「……いや」


俺はアクセルを踏んだ。


「何でもない」


誰も信じていなかった。



---


町に戻ってから、


俺たちはホテルへ戻った。


麻衣は部屋に入ると、


すぐにシャワーを浴びた。


俺と健は、


ロビーで話した。


「さっき見たよな?」


健が言った。


「……何を?」


「後ろの男」


俺は黙った。


「お前も見たんだろ?」


「……見た」


「じゃあ、


あれ何だよ」


分からなかった。


そんなもの、


説明できるわけがない。


「明日、


もう一回写真見よう」


健が言った。


「やめろ」


「でも」


「やめよう」


健は黙った。


そのとき。


二階から、


女性の悲鳴が聞こえた。


「きゃああああ!」


俺と健は立ち上がった。


麻衣だった。


二階へ走る。


部屋のドアを開ける。


「麻衣!」


麻衣が、


浴室の前で座り込んでいた。


顔が真っ青だった。


「どうした!?」


麻衣は、


震えながら浴室を指差した。


「……いた」


「何が?」


「男の人」


「……」


「シャワー浴びてたら、


鏡に映った」


俺は浴室を見る。


誰もいない。


「見間違いだろ」


そう言った。


麻衣が首を振る。


「違う」


「どんな人?」


「作業服」


俺と健は顔を見合わせた。


「顔は?」


「……」


麻衣は答えなかった。


「麻衣?」


「顔が、


なかった」



---


その夜。


俺は眠れなかった。


午前一時。


二時。


三時。


時計を見る。


午前三時十七分。


部屋の外から、


音がした。


――コツ。


俺は目を開けた。


――コツ。


誰かが廊下を歩いている。


――コツ。


――コツ。


ゆっくり。


ゆっくり。


俺の部屋の前へ近づいてくる。


そして、


止まった。


俺は息を殺した。


ノック。


コン。


コン。


コン。


三回。


俺は返事をしなかった。


すると、


ドアの向こうから、


男の声がした。


「寒い」


俺の身体が固まった。


「……」


「寒い」


俺は布団を握りしめた。


そして、


次の言葉を聞いた瞬間、


血の気が引いた。


「俺の部屋を返せ」


俺は、


その言葉の意味を理解できなかった。


ここはホテルだ。


雄別炭鉱からも離れている。


なのに、


男は言った。


「返せ」


ドアノブが動いた。


ガチャ。


鍵はかかっている。


ガチャ。


ガチャ。


そして、


静かになった。


しばらくして、


足音が遠ざかっていった。


俺は朝まで、


布団から出なかった。



---


朝。


三人で食堂に集まった。


麻衣は、


ほとんど眠っていなかった。


健も同じだった。


「昨日、


声聞こえた?」


俺が聞いた。


健が頷く。


「聞いた」


「何て?」


「……寒いって」


麻衣が顔を上げた。


「私も」


三人で黙り込んだ。


そのとき、


ホテルのテレビから、


ニュースが流れた。


北海道の古い炭鉱についての特集だった。


画面に、


雄別炭鉱の映像が映った。


俺は思わず、


テレビを見る。


ナレーションが流れる。


「かつてここには、


炭鉱で働く人々の生活を支える病院や学校などが存在し――」


俺は、


画面を見ていた。


病院。


昨日の建物。


すると、


一枚の古い写真が映った。


病院の内部。


大勢の作業員。


医師。


看護師。


そして、


一人の男性。


俺は、


息を止めた。


昨日、


写真に写っていた男だった。


作業服。


痩せた顔。


俯いた姿。


間違いない。


「……こいつ」


健が言った。


「昨日の奴だ」


画面が切り替わる。


古い資料。


事故について説明される。


しかし、


映像は突然乱れた。


ザーッ。


テレビが砂嵐になる。


そして、


一瞬だけ、


別の映像が映った。


病院の廊下。


暗い。


誰もいない。


その奥に、


男が立っている。


俺たちは、


誰も喋らなかった。


男が、


ゆっくり顔を上げる。


そして、


テレビ画面のこちら側を見た。


口が動く。


音声はない。


だが、


俺には、


何を言っているのか分かった。


「一人、


足りない」


テレビが元に戻った。


健が立ち上がった。


「……俺たち三人だろ?」


麻衣が、


震えながら答えた。


「三人じゃない」


「え?」


麻衣が、


俺たちを指差した。


「今、


四人いる」


俺は、


椅子から立ち上がった。


「……何言ってるんだよ」


麻衣の顔が、


俺の後ろを見ていた。


「そこ」


俺は、


振り返れなかった。


「誰かいる」


健も、


俺の後ろを見ていた。


顔から、


血の気が引いている。


「……いる」


俺は、


ゆっくり振り返った。


誰もいない。


「いないじゃん」


そう言った瞬間。


テーブルの下から、


声がした。


「ここだよ」


三人とも、


同時に下を見る。


何もない。


しかし、


床に、


泥の足跡があった。


一つ。


二つ。


三つ。


四つ。


そして、


その足跡は、


俺の椅子の真下で止まっていた。



---


俺たちは、


その日のうちに北海道を離れた。


雄別炭鉱には、


二度と近づかなかった。


あれから、


五年経った。


健とは、


今でも連絡を取っている。


麻衣とは、


結婚した。


あの旅行については、


三人とも、


ほとんど話さない。


ただ、


一つだけ。


俺たちには、


共通の決まりがある。


写真を、


三人で撮らない。


絶対に。


理由は、


あの旅行から三年後に分かった。


麻衣が、


昔のスマートフォンを整理していたとき、


一枚の写真を見つけた。


雄別炭鉱で撮った写真。


三人の後ろに、


男が立っていた写真だ。


しかし、


その写真には、


以前とは違うものが写っていた。


男の顔。


五年前は、


顔がなかった。


今は、


顔がある。


そして、


その顔は、


俺だった。


俺は、


写真を見た瞬間、


吐き気がした。


その横に、


小さな文字があった。


以前はなかった。


――「次に戻る人」


俺たちは、


その写真を消した。


何度も。


だが、


消えない。


そして、


去年。


健から電話があった。


「なあ」


「何?」


「俺の家の写真立てに、


知らない写真が入ってる」


「どんな?」


「雄別の病院」


俺は黙った。


「俺たち三人が写ってる」


「……」


「でもな」


健の声が震えた。


「一人増えてる」


「誰?」


「お前」


「……俺?」


「そう」


電話の向こうで、


健が息を呑んだ。


「でも、


お前が二人いる」


俺は、


電話を切った。


そして、


家の中を確認した。


妻。


子供。


誰もいない。


安心した。


その夜。


午前三時十七分。


インターホンが鳴った。


モニターを見る。


誰もいない。


もう一度。


ピンポーン。


俺は出なかった。


すると、


ドアの向こうから、


声がした。


「寒い」


俺は動けなかった。


声は、


俺自身の声だった。


「寒いんだ」


ドアノブが、


ゆっくり回った。


そして、


最後に、


俺の声が言った。


「雄別に置いてきたの、


まだ一人だけだろ?」


俺は、


そこで初めて気づいた。


五年前。


雄別炭鉱から帰ったとき。


俺たちは、


三人だった。


ホテルに戻ったときも、


三人だった。


北海道を出たときも、


三人だった。


だけど――


最初に写真を撮ったとき、


写真に写っていたのは、


四人だった。


そして、


俺たちは、


その「四人目」が、


誰だったのかを、


一度も確認していない。


ドアの向こうから、


もう一度、


俺の声がした。


「今度は、


俺が帰る番だよ」


その瞬間。


部屋の電気が消えた。


暗闇の中で、


誰かが、


俺の肩に手を置いた。


冷たかった。


そして耳元で、


男が囁いた。


「やっと、


見つけた」


――北海道・第二話 終。 :::



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