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日本の怖い話  作者: こうた


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14/21

山形・第二話

明日の朝、何人で出ますか


その旅館には、


「宿泊客の人数を確認しない」


という妙な決まりがあった。


理由を聞くと、


女将は必ず、


同じ答えをした。


「朝になれば分かりますから」


---


雪が降っていた。


三月の山形。


街では雪が溶け始めていたが、


山間部はまだ真っ白だった。


俺は、


妻の美咲と二人で、


小さな旅館を訪れていた。


結婚して五年。


最近、


夫婦の会話が減っていた。


仕事。


家事。


金。


将来。


どれも大きな問題ではない。


けれど、


小さな不満が積み重なって、


互いに疲れていた。


だから、


久しぶりに二人で旅行することにした。


予約した旅館は、


山の中にある古い宿だった。


---


「本当にここ?」


美咲が、


車の窓から外を見る。


雪。


山。


木。


そして、


古い木造の旅館。


看板には、


旅館名が書かれていた。


「雪見荘」


「予約サイトでは、


もっと綺麗だったよ」


「写真は十年前とかじゃない?」


「かもな」


二人で笑った。


玄関を開ける。


チリン。


鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ」


女将が出てきた。


六十代くらい。


穏やかな顔。


「ご予約の?」


「はい。


高橋です」


女将が、


帳簿を見る。


「高橋様……」


そして、


二人を見る。


「二名様ですね」


「はい」


女将は、


一瞬だけ黙った。


「……二名様」


「?」


「失礼しました」


女将は笑った。


「どうぞお入りください」


---


部屋に案内される。


古い和室。


窓から、


雪山が見える。


「いいじゃん」


美咲が、


少し嬉しそうに言った。


俺も、


少し安心した。


夕食まで時間がある。


二人で温泉に入り、


部屋で酒を飲んだ。


久しぶりに、


普通に話した。


「こういう旅行、


もっと早くすればよかったね」


美咲が言った。


「そうだな」


「また来よう」


「うん」


そのときは、


本当にそう思っていた。


---


夕食。


大広間には、


俺たち以外にも、


何組かの客がいた。


老夫婦。


若いカップル。


一人旅の男。


家族連れ。


女将が料理を運ぶ。


「本日は、


八名様ですね」


俺は、


何気なく人数を数えた。


俺。


美咲。


老夫婦が二人。


若いカップルが二人。


一人旅の男。


家族が三人。


……十人。


「?」


八人ではない。


俺は、


もう一度数えた。


十人。


美咲に小声で言う。


「女将さん、


人数間違えてる」


「何が?」


「八人って言ったけど、


十人いる」


美咲が、


周囲を見る。


「……十人?」


「うん」


「私には、


八人に見えるけど」


俺は、


固まった。


「え?」


「私たち二人。


老夫婦二人。


カップル二人。


一人旅の人一人。


家族三人。


……」


「それで?」


「八人」


美咲は、


平然と言った。


俺は、


もう一度見る。


家族は、


二人だった。


父親と、


小さな女の子。


母親はいない。


さっきまで、


三人だったはずなのに。


---


食事が終わる。


部屋に戻る。


「さっきの家族、


三人だったよな?」


俺が聞く。


「二人だったよ」


「いや、


絶対三人いた」


「疲れてるんじゃない?」


「……」


俺は、


それ以上言わなかった。


---


夜十一時。


布団に入る。


美咲は、


すぐ眠った。


俺は、


なかなか眠れなかった。


外は吹雪。


窓に、


雪が当たっている。


バン。


バン。


バン。


その音を聞いているうちに、


眠ってしまった。


---


「……さん」


誰かの声。


「高橋さん」


俺は、


目を開けた。


女将だった。


部屋の入り口に立っている。


「……何時ですか?」


「午前二時です」


「どうしました?」


女将は、


微笑んだ。


「確認です」


「何の?」


「今、


何人いますか?」


俺は、


寝ぼけながら答えた。


「二人です」


女将は、


少しだけ笑った。


「そうですか」


「……?」


「失礼しました」


女将が出ていく。


俺は、


また眠ろうとした。


そのとき。


隣から、


美咲の声。


「……ねえ」


「ん?」


「今、


誰と話してたの?」


「女将さん」


「女将さん?」


「うん」


美咲が、


起き上がる。


「私、


ずっと一人だったよ」


「……」


「何?」


俺は、


答えられなかった。


---


朝。


目を覚ます。


美咲が、


いない。


「美咲?」


返事がない。


トイレにもいない。


廊下にもいない。


旅館の中を探す。


すると、


食堂に美咲がいた。


「どこ行ってた?」


「朝食」


「一人で?」


「うん」


「なんで起こさなかった?」


美咲が、


不思議そうな顔をした。


「あなた、


先に来てたじゃん」


「……」


「さっきまで、


ここにいたよ」


俺は、


背筋が寒くなった。


「俺は、


部屋にいた」


「……」


美咲が、


黙る。


女将が、


朝食を運んでくる。


「おはようございます」


「女将さん」


俺は、


聞いた。


「昨日、


夜中に部屋へ来ました?」


女将は、


笑った。


「いいえ」


「……」


「私は、


昨夜一度も、


二階へ上がっていません」


---


帰る準備をする。


外はまだ雪。


車に乗ろうとした。


そのとき、


女将が玄関まで来た。


「高橋様」


「はい」


「忘れ物はありませんか?」


「大丈夫です」


女将は、


俺たちを見て、


言った。


「では、


お気をつけて」


そして、


いつものように聞いた。


「明日の朝は、


何名様でお出になりますか?」


俺は、


意味が分からなかった。


「今日帰るんですけど」


「……」


女将の笑顔が消えた。


「今日?」


「はい」


女将は、


しばらく黙っていた。


そして、


小さな声で言った。


「そうでしたか」


---


車を出す。


山道を下る。


しばらくして、


美咲が言った。


「ねえ」


「ん?」


「さっきの女将さん、


変じゃなかった?」


「俺もそう思う」


「何人で出るかって、


何だったんだろう」


「……」


その瞬間。


車の後ろから、


音がした。


ドン。


「何?」


美咲が振り返る。


俺も、


バックミラーを見る。


誰もいない。


「雪が落ちたんじゃない?」


「そうかな」


車を走らせる。


しばらくして、


また。


ドン。


今度は、


はっきり聞こえた。


後部座席。


俺は、


車を止めた。


「ちょっと見てくる」


「待って」


「大丈夫」


後部座席を開ける。


何もない。


ただ、


雪が少し積もっている。


「ほら、


何もない」


美咲が、


安心した顔をする。


「よかった」


ドアを閉める。


再び走り出す。


---


一時間後。


ようやく山を下りた。


スマホが圏内になる。


俺は、


旅館の口コミを検索した。


雪見荘。


検索結果。


ほとんどない。


古い旅館だからだろう。


だが、


一件だけ、


妙な口コミがあった。


「人数を確認される旅館です」


投稿者は、


十年前の客。


内容は短かった。


「二人で泊まりました。


朝、


一人になりました。


でも、


旅館の人は、


二人で帰ったと言っています」


俺は、


画面を見つめた。


「……」


美咲が聞く。


「どうしたの?」


「これ……」


口コミを見せる。


美咲は、


笑った。


「怖い話?」


「……たぶん」


「やめてよ」


「いや、


でも」


俺は、


口コミの続きを見る。


次の文章。


**「本当は、


三人で泊まったのだと思います」**


「……」


その下に、


写真が一枚。


旅館の食堂。


宿泊客が並んでいる。


写真の端。


俺たち二人。


そして、


俺たちの後ろに、


知らない女が立っている。


俺は、


息を止めた。


「美咲」


「何?」


「この女、


誰?」


美咲は、


写真を見る。


「……」


「知ってる?」


「知らない」


「本当に?」


「うん」


女は、


こちらを向いている。


顔は、


長い髪で隠れている。


だが、


手だけが見える。


その手が、


美咲の肩に置かれていた。


---


俺は、


写真を保存した。


その瞬間。


スマホに、


通知が届いた。


旅館からのメールだった。


「ご宿泊ありがとうございました」


普通のメール。


その下。


宿泊人数。


「3名様」


俺は、


固まった。


「……」


美咲が、


画面を見る。


「三人?」


「うん」


「旅館が間違えたんじゃない?」


「そうだな」


そう言いながら、


俺は、


メールを閉じた。


---


その夜。


自宅。


俺と美咲は、


普通に夕食を食べた。


「やっぱり家が一番だな」


俺が言う。


「うん」


テレビをつける。


ニュース。


天気予報。


明日の山形は、


大雪になるらしい。


俺は、


旅館のことを忘れようとした。


その夜。


午前二時。


目が覚めた。


隣を見る。


美咲が寝ている。


「……」


時計を見る。


午前二時十三分。


そのとき。


玄関から、


音。


コン。


コン。


コン。


俺は、


布団の中で固まった。


こんな時間に、


誰?


コン。


コン。


コン。


そして、


女将の声。


「高橋様」


「……」


「明日の朝、


何名様でお出になりますか?」


俺は、


答えなかった。


すると、


隣で眠っていた美咲が、


突然、


目を開けた。


「……二人」


俺は、


振り返る。


「美咲?」


美咲は、


眠ったまま、


もう一度言った。


「二人です」


玄関の外から、


女将の声。


「……違います」


「……」


「三人です」


俺は、


美咲の手を握った。


冷たい。


異常なほど冷たい。


「美咲、


起きろ」


「……」


「美咲」


彼女は、


目を開けない。


その代わり、


布団の中から、


別の声がした。


「三人です」


俺は、


息を止めた。


「……」


美咲は、


俺の隣で眠っている。


なら、


この声は、


どこから?


布団を見る。


二人分の膨らみ。


俺。


美咲。


そして、


その間。


もう一つ。


小さな膨らみ。


誰かが、


布団の中にいる。


---


俺は、


布団をめくった。


何もいない。


ただ、


美咲のスマホが置いてある。


画面が光った。


新着メッセージ。


知らない番号。


**「明日の朝、


三人で出ます」**


俺は、


震える手で、


美咲を起こした。


「美咲!」


彼女が、


目を開ける。


「……何?」


「今、


メッセージが……」


画面を見せる。


美咲の顔から、


血の気が引いた。


「これ……」


「知ってるの?」


「違う」


「じゃあ何?」


美咲は、


震えながら、


自分のスマホを操作した。


写真フォルダを開く。


そこには、


今日撮った写真が並んでいた。


俺。


美咲。


旅館。


雪。


そして、


最後の一枚。


俺たちが車で帰る途中に撮った、


何気ない写真。


助手席から撮った、


雪道。


「……」


俺は、


その写真を拡大した。


道路の脇に、


人が立っている。


白い服の女。


そして、


その隣に、


もう一人。


小さな女の子。


さらに、


その後ろ。


老人。


さらに、


その後ろ。


男。


さらに、


さらに。


雪の中に、


何十人もの人間が並んでいる。


全員、


こちらを見ている。


そして、


その先頭にいる女が、


こちらへ手を伸ばしている。


---


美咲が、


震える声で言った。


「これ、


いつ撮ったの?」


「帰る途中」


「違う」


「え?」


「この写真、


昨日撮ってる」


「……」


「昨日の夜、


私が寝る前に撮った写真」


「そんなはず……」


美咲は、


写真の撮影時刻を見せた。


午前二時十三分。


俺は、


凍りついた。


「俺たち、


昨日の夜は旅館にいた」


「うん」


「じゃあ、


この写真は……」


二人とも、


何も言えなかった。


そのとき。


玄関。


コン。


コン。


コン。


女将の声。


「高橋様」


「……」


「もう一度、


確認しますね」


「……」


「明日の朝、


何名様でお出になりますか?」


俺は、


叫んだ。


「二人だ!」


静寂。


そして、


女将が言った。


「そうですか」


少し間を置いて、


こう続けた。


「では、


一人を置いていきますね」


---


玄関のドアが、


ゆっくり開いた。


鍵は、


かかっている。


チェーンも、


している。


それなのに、


数センチ。


ゆっくり。


ゆっくり。


開いていく。


冷たい風が、


部屋に入ってくる。


そして、


雪が、


畳の上に落ちた。


雪の上に、


足跡。


一つ。


二つ。


三つ。


誰もいないのに、


足跡だけが、


部屋の中へ入ってくる。


俺は、


美咲を抱き寄せた。


足跡が、


こちらへ近づく。


一歩。


また一歩。


そして、


俺の目の前で、


止まった。


耳元に、


声。


「三人目は、


あなたです」


俺は、


叫んだ。


その瞬間、


意識が途切れた。


---


翌朝。


俺は、


病院で目を覚ました。


「……」


天井。


白い。


妻が、


横にいる。


「美咲……?」


「大丈夫?」


「ここは?」


「病院」


「どうして?」


美咲は、


泣きながら笑った。


「昨日、


雪山で事故に遭ったの」


「……事故?」


「車が、


道路脇に突っ込んだ」


「旅館は?」


美咲が、


首を傾げる。


「旅館?」


「雪見荘」


「……」


「泊まっただろ?」


美咲は、


黙った。


「何言ってるの?」


「……」


「旅行なんて、


してないよ」


俺は、


混乱した。


「じゃあ、


何で俺は……」


美咲は、


俺の手を握った。


「あなた、


三日前から、


意識がなかったの」


「……」


「事故に遭ったのは、


私たち二人だけ」


俺は、


言葉を失った。


「二人……?」


「うん」


その瞬間。


病室のドアが開いた。


看護師が入ってくる。


「高橋さん、


目が覚めましたか」


「はい」


看護師が、


点滴を確認する。


「奥様も心配されていましたよ」


俺は、


頷いた。


そのとき。


看護師が、


ふと俺を見る。


「……」


「どうしました?」


「いえ」


看護師は、


不思議そうな顔をして、


言った。


「昨日からずっと、


三人部屋をご希望だったので」


「……」


「三人部屋じゃないと、


嫌だとおっしゃっていたんですよ」


俺は、


何も言えなかった。


---


看護師が出ていく。


美咲が、


俺を見る。


「どうしたの?」


「……」


「あなた、


顔色悪いよ」


俺は、


答えられない。


そのとき。


ベッドの横にある椅子が、


ギシッと鳴った。


誰も座っていない。


美咲が、


そちらを見る。


「……」


「どうした?」


「今、


誰か座った?」


「え?」


「椅子」


俺たちは、


同時に椅子を見る。


何もない。


ただ、


椅子の上に、


一枚の紙が置かれていた。


俺は、


手に取った。


病院の紙ではない。


古い旅館の領収書。


宿泊人数。


3名


宿泊日。


昨日。


そして、


備考欄。


そこに、


手書きで一言。


「一名様、お預かりしています」


俺は、


紙を落とした。


その瞬間。


病室のドアの向こうから、


女将の声がした。


「高橋様」


「……」


「明日の朝、


何名様でお出になりますか?」


俺は、


答えなかった。


すると、


美咲が、


俺の手を握った。


冷たい。


そして、


耳元で、


小さく囁いた。


「三人」


俺は、


ゆっくり、


妻の顔を見る。


美咲は、


笑っていた。


その笑顔の後ろ。


病室の窓に映った姿は、


三人だった。


俺。


美咲。


そして、


俺の肩に手を置く、


白い女。


――山形・第二話 終。

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