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日本の怖い話  作者: こうた


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13/21

山形・第一話

最後の階段


「この階段、数えないほうがいいですよ」


ガイドの男は、


そう言って笑った。


俺は、


笑い返した。


「なんで?」


「数えると、


増えるからです」


冗談だと思った。


そのときは。


---


山形県の山寺。


正式には、


宝珠山立石寺。


長い石段で知られる場所だ。


俺がここへ来たのは、


仕事ではなかった。


三十二歳。


会社員。


最近、


父が亡くなった。


葬儀から一か月。


何をしていても、


父のことを思い出してしまう。


そんな俺を見かねて、


友人の健太が、


「旅行でも行こう」


と誘ってくれた。


それで、


山形まで来た。


---


「千段以上あるんだって」


健太が言った。


「数えてみようぜ」


「やめとけ」


俺は笑った。


「なんで?」


「さっきガイドが、


数えるなって言ってただろ」


「迷信だろ」


健太は、


先に階段を登っていった。


俺も続く。


一段。


二段。


三段。


雪が残っている。


足元に気をつけながら、


ゆっくり登る。


途中で、


健太が振り返った。


「お前、


親父さんのこと、


まだ引きずってる?」


「……まあな」


「最後、


何か言ってた?」


俺は、


黙った。


父が亡くなる前。


病室で、


俺の手を握りながら、


一言だけ言った。


「帰り道を、


忘れるな」


意味が分からなかった。


だから、


聞き返した。


でも、


父はもう、


答えなかった。


---


階段を登る。


五十段。


百段。


二百段。


景色が、


少しずつ変わっていく。


人の声が、


遠くなる。


「なあ」


健太が言った。


「何?」


「今、


何段?」


「知らない」


「数えてたろ?」


「……」


俺は、


数えていなかった。


だが、


健太は、


笑った。


「俺は、


二百十七」


「数えてたのかよ」


「暇だからな」


俺は、


呆れた。


「じゃあ、


帰りは?」


「同じだけ降りればいいだろ」


「……」


俺は、


なぜか、


嫌な感じがした。


---


さらに登る。


三百段。


四百段。


五百段。


そこで、


健太が立ち止まった。


「……おかしい」


「何が?」


「さっきから、


同じ石がある」


「?」


健太は、


階段の端を指差した。


小さな傷がついた石。


三角形の傷。


「俺、


さっきここに気づいた」


「偶然だろ」


「いや」


健太は、


スマホの写真を見せた。


さっき撮った階段。


その写真にも、


同じ傷。


「……」


俺は、


何も言えなかった。


「戻る?」


「もう少し登ろう」


俺は、


そう言った。


なぜか、


ここで引き返したくなかった。


---


さらに登る。


六百段。


七百段。


八百段。


いつの間にか、


他の観光客がいなくなっていた。


「……」


静かだった。


雪が、


木から落ちる音。


遠くで、


鳥が鳴く。


それだけ。


健太が、


言った。


「なあ」


「ん?」


「さっきから、


誰かいるよな」


「どこ?」


健太は、


後ろを見た。


「……」


「誰もいない」


「いや、


いる」


「どこ?」


「俺たちの後ろ」


俺は、


振り返った。


誰もいない。


ただ、


階段が続いている。


「気のせいだよ」


「……そうかな」


健太は、


黙った。


---


八百五十段。


九百段。


九百五十段。


そして、


千段。


「千段!」


健太が、


嬉しそうに言った。


「終わりだ」


だが、


目の前には、


まだ階段が続いていた。


「……」


「おかしくない?」


俺は、


答えられなかった。


千段を超えても、


まだ続く。


さらに、


階段。


さらに、


階段。


「何段あるんだよ」


健太が、


笑った。


「もう数えるのやめろ」


「……」


俺は、


そこで気づいた。


さっきまで、


健太は俺の前を歩いていた。


今は、


俺の後ろにいる。


「健太」


「何?」


「いつ前に来た?」


「……」


健太が、


黙った。


「ずっと、


お前の後ろだよ」


「……」


俺は、


足を止めた。


「俺、


ずっとお前の後ろだったぞ」


健太が、


笑った。


「何言ってんだよ」


「……」


「俺が先に歩いてただろ」


二人とも、


黙った。


---


そのとき。


上から、


声が聞こえた。


「まだですか?」


女性の声。


俺たちは、


顔を見合わせた。


「誰?」


健太が、


叫ぶ。


「すみません!」


返事。


「まだですか?」


俺は、


嫌な予感がした。


「誰かいますか?」


「いますよ」


声は、


すぐ上。


階段の先。


「助けてください」


健太が、


言った。


「今、


行きます!」


俺は、


腕を掴んだ。


「待て」


「何で?」


「……」


俺には、


分からなかった。


ただ、


行ってはいけない気がした。


そのとき。


女性の声が、


変わった。


「どうして、


来ないの?」


今度は、


父の声だった。


「……」


俺の全身が、


固まった。


「直人」


父の声。


「迎えに来てくれ」


俺は、


震えた。


「親父……?」


健太が、


俺を見る。


「お前、


今なんて言った?」


「……」


「誰の声?」


俺は、


答えられなかった。


上から、


また声。


「直人」


「……」


「帰ろう」


父の声。


「お前が、


帰り道を忘れたから、


俺が迎えに来た」


俺の目から、


涙が出た。


「親父……」


一歩、


階段を登る。


健太が、


腕を掴む。


「やめろ!」


「でも……」


「それ、


お前の親父じゃない!」


「……」


上から、


声。


今度は、


健太の母親。


「健太」


「……」


健太が、


青ざめた。


「帰っておいで」


「……母さん」


「あなたも、


一緒に来て」


健太の手が、


震える。


---


俺たちは、


その場から逃げようとした。


階段を下りる。


しかし、


十段。


二十段。


三十段。


どれだけ降りても、


景色が変わらない。


「……」


四百段。


五百段。


六百段。


「おかしい」


健太が、


息を切らす。


「登ったとき、


こんなに長かったか?」


俺は、


答えられない。


そして、


前方に、


看板が見えた。


「……」


看板には、


こう書かれていた。


「あと百段」


健太が、


笑った。


「助かった」


俺は、


看板の裏を見た。


そこには、


古い文字。


「一度目」


「……」


俺は、


背筋が凍った。


「健太」


「何?」


「これ、


一度目って書いてある」


「……」


「何の一度目だ?」


健太が、


答えようとした。


その瞬間。


後ろから、


声。


「二度目」


俺たちは、


振り返らなかった。


---


走った。


階段を下りる。


転びそうになりながら、


走る。


「あと百段!」


健太が叫ぶ。


そして、


看板。


「あと百段」


俺たちは、


通り過ぎる。


だが、


少し進むと、


また看板。


「あと百段」


「……」


さらに。


「あと百段」


さらに。


「あと百段」


同じ看板。


同じ文字。


同じ場所。


「戻ってる!」


健太が叫んだ。


「どうすればいい!」


俺は、


思い出した。


父の言葉。


――帰り道を、


忘れるな。


「……」


俺は、


目を閉じた。


「帰り道……」


父が言った意味。


ずっと、


考えていた。


でも、


今なら分かる。


帰り道とは、


道のことじゃない。


戻る場所のことだ。


俺は、


健太を見る。


「俺たち、


帰る場所を決めないと」


「何?」


「どこへ帰る?」


「……家」


「違う」


「じゃあ?」


「自分が、


最後にいた場所」


---


俺は、


階段に座った。


目を閉じる。


父の病室を思い出す。


白い天井。


消毒液の匂い。


父の手。


最後に聞いた声。


「直人」


「……」


「帰り道を、


忘れるな」


そして、


俺は思い出した。


父が、


最後に指差していたもの。


病室の窓。


外に、


小さな桜の木があった。


父は、


そこへ帰りたかった。


俺は、


涙を流した。


「帰ろう」


立ち上がる。


「どこへ?」


健太が聞く。


「俺の家じゃない」


「じゃあ?」


「親父が、


帰りたかった場所」


---


その瞬間。


階段の上から、


声がした。


「違う」


父の声。


「そこじゃない」


俺は、


振り返らない。


「違うよ」


「……」


「親父が帰りたかったのは、


場所じゃない」


「……」


「俺だ」


静かになった。


父の声が、


消えた。


その代わり、


階段の下から、


大量の声。


「帰れ」


「帰れ」


「帰れ」


俺は、


健太の手を掴んだ。


「走るぞ」


二人で、


階段を下りる。


今度は、


景色が変わった。


木。


雪。


鳥居。


そして、


登山口。


「……」


俺たちは、


地面に倒れ込んだ。


---


夕方。


寺の職員が、


俺たちを見つけた。


「大丈夫ですか?」


俺は、


何度も頷いた。


「はい……」


健太は、


震えている。


「俺たち、


どれくらい山にいました?」


職員は、


不思議そうな顔をした。


「一時間くらいですよ」


「……」


俺たちは、


顔を見合わせた。


体感では、


半日以上だった。


「階段、


何段くらい登りました?」


職員が笑った。


「千段くらいですよ」


「……」


俺は、


スマホを確認した。


写真が残っている。


階段。


雪。


健太。


そして、


最後の一枚。


俺たちが、


登山口に戻った直後に撮った写真。


二人で写っている。


俺と、


健太。


……のはずだった。


写真の後ろに、


誰かがいる。


父だった。


俺の父が、


階段の上から、


こちらを見ている。


笑っている。


俺は、


写真を消そうとした。


そのとき。


画面に、


通知が表示された。


「写真を削除しますか?」


俺は、


「はい」を押した。


すると、


次の瞬間。


別の通知。


「帰り道を保存しました」


「……」


俺は、


スマホを落とした。


---


その夜。


ホテルに戻った。


健太とは、


別々の部屋だった。


午前一時。


眠れなかった。


スマホを見る。


写真フォルダを開く。


削除したはずの写真が、


一枚だけ残っている。


俺と健太。


階段。


父。


そして、


その写真の奥。


もう一人。


誰かが、


立っている。


拡大する。


知らない男。


古い服。


顔は、


よく見えない。


だが、


その男が、


こちらを見ている。


俺は、


写真を閉じた。


その瞬間。


部屋のドアを、


誰かがノックした。


コン。


コン。


コン。


「……」


時計を見る。


午前一時十三分。


コン。


コン。


コン。


「直人」


父の声。


俺は、


布団の中で、


動かなかった。


「直人」


「……」


「帰ろう」


俺は、


目を閉じた。


「帰り道、


分かったか?」


「……」


しばらく、


沈黙。


そして、


父が言った。


「なら、


開けてくれ」


俺は、


答えなかった。


すると、


ドアの向こうから、


別の声。


健太。


「直人!」


「……」


「開けろ!」


「健太?」


「俺だ!」


ドアを開けようとした。


その瞬間。


スマホが鳴った。


健太から。


俺は、


電話に出た。


『直人!』


「健太?」


『今、


ホテルに戻ってきた!』


俺は、


ドアを見る。


「……」


『どうした?』


「お前、


今どこ?」


『部屋』


「……」


『何?』


俺は、


ドアの前を見る。


「今、


俺の部屋の前に、


お前がいる」


電話の向こうが、


静かになった。


『……』


「健太?」


『開けるな』


「……」


『絶対に、


開けるな』


ドアの向こう。


健太の声。


「直人、


開けてくれ」


電話の向こう。


健太の声。


『そいつ、


俺じゃない』


俺は、


ドアから離れた。


「……」


電話の向こうから、


健太が言った。


『さっきから、


俺の部屋のドアも、


誰かが叩いてる』


「……」


『ずっと、


父親の声で』


その瞬間。


俺の部屋のドアが、


静かに開いた。


鍵は、


掛けていた。


チェーンも、


掛けていた。


それなのに、


ドアが、


少しだけ開く。


隙間から、


暗闇。


そして、


声。


「直人」


父の声。


「帰ろう」


俺は、


動けなかった。


その隙間から、


白い手が、


ゆっくり伸びてきた。


俺の足元に、


何かを置く。


石。


階段の石だった。


その石には、


数字が刻まれている。


「1001」


俺は、


息を止めた。


千段では、


終わっていなかった。


あの階段には、


もう一段、


存在していた。


そして、


父の声が、


最後にこう言った。


「最後の階段を、


登っておいで」


ドアが、


閉まる。


俺は、


石を見つめた。


そこに、


新しい文字が、


ゆっくり浮かび上がってくる。


「次は、一人で」


――山形・第一話 終。

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