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日本の怖い話  作者: こうた


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12/21

秋田・第四話

座敷にいる人数


「この村では、夜になったら人数を数えないでください」


最初にそう言ったのは、


旅館の主人だった。


俺は笑った。


「人数を数えないって……どういうことです?」


主人は笑わなかった。


「特に、宴会のあとには」


「なぜ?」


「一人、多くなるからです」


---


俺がその村を訪れたのは、


仕事のためだった。


秋田県内の山間部にある、


人口の少ない集落。


古い家屋が多く残っていて、


昔ながらの風習も残っている。


俺は、


地域文化を記録する雑誌の編集者だった。


取材相手は、


村の古老だった。


名前は、


佐藤源一。


八十を超えている。


「昔の祭りについて話を聞きたい」


そうお願いすると、


老人は快く応じてくれた。


ただ、


一つだけ条件を出した。


「夜の宴会には参加してくれ」


「宴会ですか?」


「この村のことを知りたいなら、


酒を飲むだけじゃなく、


人の顔を見なきゃいけない」


その言葉の意味を、


俺は理解していなかった。


---


午後六時。


古い民家の座敷に、


十人ほどの村人が集まった。


料理が並ぶ。


酒が並ぶ。


笑い声が響く。


最初は、


普通の宴会だった。


「この村は昔、


もっと人がいたんだ」


老人が言った。


「何人くらい?」


「今の倍以上だ」


「それが、


なぜ減ったんです?」


老人は、


箸を置いた。


「逃げたんだ」


「何から?」


「村から」


「……」


老人は笑った。


「怖いものがあったからな」


俺は、


冗談だと思った。


「どんな?」


「夜になると、


家の中の人数が増える」


周囲の村人たちが、


一瞬だけ黙った。


俺は笑った。


「それ、


有名な怪談ですか?」


「怪談じゃない」


老人が言った。


「昔の村では、


本当に起きていた」


---


宴会が進む。


酒が入り、


村人たちの口も軽くなった。


俺は、


古い祭りについて質問した。


「昔の祭りでは、


家の中に人を集めたんですか?」


「そうだ」


「何人くらい?」


老人は、


指を折った。


「家族全員」


「それだけ?」


「それだけじゃない」


老人は、


俺を見る。


「一人、


余分に座る」


「……誰が?」


「誰でもない」


「?」


「座布団だけ置く」


俺は、


笑った。


「空席を作るんですか?」


「そう」


「何のために?」


老人は、


答えなかった。


代わりに、


隣の男が言った。


「そこには、


村の外から来た者が座る」


俺は、


眉をひそめた。


「旅人?」


「そうじゃない」


男は、


酒を飲んだ。


「帰る場所を失った者だ」


---


午後九時。


宴会は、


さらに盛り上がっていた。


俺は、


人数を数えた。


老人。


男。


女。


若者。


子供。


全部で十一人。


……いや。


十二人。


俺は、


もう一度数えた。


十二人。


「……」


知らない女が、


一人いた。


白い服。


長い髪。


座敷の隅に座っている。


俺は、


隣の村人に聞いた。


「あの人、


誰ですか?」


村人は、


女を見た。


そして、


顔を青くした。


「……誰も、


いないだろ」


「え?」


「そこには、


誰もいない」


俺は、


もう一度見る。


女は、


確かにいる。


こちらを見ている。


そして、


笑っている。


「……」


俺は、


酒のせいだと思った。


目を逸らした。


もう一度見る。


いない。


「……」


消えた。


「見間違いか」


そう思った。


だが、


その直後。


老人が、


突然立ち上がった。


「宴会は終わりだ」


「え?」


「全員、


帰れ」


村人たちが、


一斉に立ち上がった。


俺だけが、


取り残される。


「どうしたんです?」


老人は、


俺の肩を掴んだ。


「お前、


人数を数えたな?」


「……はい」


老人は、


小さな声で言った。


「だから、


見つかった」


---


俺は、


その夜、


旅館へ戻った。


部屋に入り、


鍵をかける。


「……」


疲れていた。


布団に入る。


眠ろうとする。


すると、


廊下から、


足音がした。


トン。


トン。


トン。


誰かが歩いている。


止まる。


俺の部屋の前。


コン。


ノック。


「はい?」


返事はない。


コン。


コン。


「どなたですか?」


すると、


女性の声。


「人数を数えて」


俺は、


凍った。


「……」


「何人いる?」


俺は、


答えなかった。


「ねえ」


「……」


「今、


部屋に何人いる?」


俺は、


一人だ。


そう答えようとした。


しかし、


その瞬間。


背後から、


声がした。


「二人」


俺は、


ゆっくり振り返った。


誰もいない。


「……」


もう一度。


「二人」


今度は、


ベッドの下。


俺は、


動けなかった。


「誰だ」


返事はない。


ただ、


ベッドの下から、


手が一本、


ゆっくり出てきた。


白い手。


「……」


手が、


床を這う。


指が、


俺の足首へ向かってくる。


俺は、


後ずさった。


「来るな!」


手が止まる。


そして、


女性の声。


「一人増えたね」


---


俺は、


部屋から飛び出した。


廊下には、


誰もいない。


旅館の主人の部屋へ走る。


ドアを叩く。


「助けてください!」


主人が、


出てくる。


「どうしました?」


「部屋に何かいる!」


主人は、


俺を見る。


「何人?」


「……え?」


「部屋には、


何人いました?」


「一人です」


主人は、


黙った。


「本当に?」


「はい」


「なら、


まだ大丈夫です」


「何が?」


主人は、


部屋の中を見る。


そして、


小さな声で言った。


「あなたの後ろに、


一人いる」


俺は、


振り返らなかった。


---


翌朝。


俺は、


村の老人を訪ねた。


「昨日の女は何です?」


老人は、


驚かなかった。


「見たか」


「はい」


「何人でした?」


「十二人」


老人は、


首を横に振った。


「違う」


「?」


「最初から、


十三人いた」


「……」


「お前が数えたことで、


十三人目が、


お前に気づいた」


俺は、


言葉を失った。


「じゃあ、


あの女は?」


老人は、


答えた。


「この村では、


昔から『余り』と呼んでいる」


「余り?」


「人間の人数に入らない」


「じゃあ、


何なんです?」


「分からない」


老人は、


遠くを見る。


「ただ、


一つだけ分かっている」


「何です?」


「余りが出た家では、


必ず一人、


いなくなる」


---


その日の午後。


俺は、


帰ろうとした。


村から出る。


車に乗る。


エンジンをかける。


だが、


村の出口に、


人が立っていた。


老人だった。


「帰るのか?」


「はい」


「なら、


最後に一つだけ聞く」


「何です?」


老人は、


俺の目を見る。


「昨日の宴会で、


誰が一番最初に、


あの女を見た?」


俺は、


考えた。


「……俺です」


老人は、


頷いた。


「そうだな」


「それが?」


「なら、


もう決まった」


「何が?」


老人は、


笑った。


「次にいなくなるのは、


お前だ」


---


俺は、


車を走らせた。


村を出る。


山道を下る。


しばらくして、


スマートフォンが鳴った。


村の編集担当者からだった。


「もしもし?」


『今、


どこですか?』


「帰ってます」


『そうですか』


「どうしました?」


『さっき、


村の方から連絡がありました』


「何て?」


『あなた、


まだ村にいるって』


俺は、


笑った。


「何言ってるんですか。


今、


車で帰ってますよ」


『……』


「もしもし?」


しばらく、


沈黙。


『写真、


送ります』


画像が届いた。


俺は、


信号待ちで、


画面を開いた。


昨夜の宴会の写真だった。


座敷に、


村人たちが並んでいる。


俺もいる。


そして、


隅に、


あの女。


俺は、


拡大した。


さらに、


拡大。


「……」


女の隣に、


一人、


男が座っている。


俺だ。


だが、


おかしい。


俺は、


写真を撮った覚えがない。


さらに、


その写真の奥。


壁に掛かった鏡。


鏡の中に、


座敷が映っている。


そこにいる人数を、


数えた。


一人。


二人。


三人。


四人。


五人。


六人。


七人。


八人。


九人。


十人。


十一人。


十二人。


十三人。


十四人。


「……」


十四人。


写真の中の座敷には、


十四人いる。


俺は、


もう一度、


数えた。


十四人。


そして、


十四人目が、


こちらを向いた。


---


その顔を見て、


俺は、


急ブレーキを踏んだ。


「……」


十四人目。


それは、


俺だった。


だが、


写真の中の俺は、


笑っている。


現実の俺は、


笑っていない。


写真の中の俺が、


こちらに向かって、


手を振っている。


そして、


スマートフォンに、


メッセージが届いた。


知らない番号。


「今、何人?」


俺は、


スマートフォンを落とした。


車内を見る。


俺一人。


「……一人」


思わず、


呟いた。


その瞬間。


後部座席から、


声。


「二人」


俺は、


振り返った。


誰もいない。


「……」


助手席を見る。


誰もいない。


だが、


シートベルトが、


締まっている。


誰かが、


座っているように。


---


俺は、


車を捨てて、


走った。


道路を走る。


山を下りる。


人家が見える。


コンビニが見える。


俺は、


店へ飛び込んだ。


「助けてください!」


店員が、


驚く。


「どうしました?」


「後ろに、


誰かいるんです!」


店員は、


俺の後ろを見る。


「誰もいませんよ」


「本当に?」


「はい」


俺は、


安堵した。


水を買う。


レジに並ぶ。


店員が、


言った。


「お客様」


「はい?」


「お連れ様は?」


「……」


「先ほどから、


ずっと後ろに立っていますが」


俺は、


振り返らなかった。


店員が、


顔を青くする。


「……」


「どうしました?」


「いえ……」


店員は、


俺の後ろを見ながら、


小さな声で言った。


「お客様の後ろ、


三人います」


---


俺は、


その場から逃げた。


警察へ向かった。


すべて話した。


警察官は、


俺の話を聞いてくれた。


そして、


村へ確認の電話をした。


しかし。


「そんな宴会は、


昨日はありません」


「……」


「村の住民にも確認しましたが、


あなたを知っている人はいません」


俺は、


混乱した。


「老人は?」


「誰です?」


「佐藤源一」


警察官は、


名簿を調べた。


「……その名前の方は、


この村にはいません」


「そんなはず……」


俺は、


言葉を失った。


「昨日、


俺は確かに……」


警察官が、


俺の肩に手を置く。


「落ち着いてください」


その瞬間。


別の警察官が、


奥から走ってきた。


「すみません」


「どうしました?」


「この人の話、


聞いたことがあります」


「?」


「去年も、


同じことを言ってきた人がいます」


俺は、


顔を上げた。


「誰です?」


警察官は、


一枚の写真を出した。


そこに写っていたのは、


去年、


行方不明になった男性だった。


「この人です」


写真を見る。


俺は、


絶句した。


男性の後ろ。


村の宴会場らしき場所。


そして、


その隅に、


女が一人。


---


俺は、


写真を受け取った。


裏を見る。


日付。


一年前。


そして、


鉛筆で書かれた文字。


「宴会の人数は十三人」


その下に、


さらに一行。


「一人多い」


俺は、


震えた。


警察官が言う。


「この男性は、


最後にこう言っていました」


「……何を?」


「『人数を数えると、


消される』と」


「……」


「その後、


行方不明になりました」


---


俺は、


その日のうちに、


秋田を離れた。


自宅へ帰る。


妻が迎えてくれた。


「お帰り」


俺は、


妻を抱きしめた。


「……怖かった」


「何が?」


「何でもない」


その夜。


妻と二人で、


夕食を食べた。


テレビを見た。


普通の生活。


何も起きない。


「大丈夫だ」


俺は、


そう思った。


午後十一時。


妻が、


突然聞いた。


「ねえ」


「ん?」


「今日、


何人だった?」


「……」


「何が?」


「私たち」


俺は、


笑った。


「二人だろ」


妻は、


不思議そうな顔をした。


「……そうだよね」


「どうした?」


「ううん」


妻は、


立ち上がった。


「お風呂入ってくる」


妻が、


部屋を出る。


俺は、


テレビを見る。


画面には、


ニュース。


何気なく、


時計を見る。


午後十一時十三分。


その瞬間。


玄関から、


音。


コン。


コン。


コン。


俺は、


立ち上がった。


「誰?」


返事はない。


コン。


コン。


コン。


そして、


女性の声。


「人数を数えて」


俺は、


動けなかった。


「……」


「今、


家に何人いる?」


俺は、


答えない。


すると、


背後から、


妻の声。


「三人」


俺は、


振り返った。


妻が、


立っている。


「……」


「どうしたの?」


「今、


何て言った?」


妻は、


笑う。


「三人って」


「……」


「私とあなたと――」


妻が、


ゆっくり、


俺の後ろを指差した。


「――あの人」


俺は、


振り返らなかった。


妻の顔を見る。


「……誰?」


妻は、


笑っている。


「昨日から、


ずっといるでしょう?」


---


俺は、


動けなかった。


妻が、


近づいてくる。


「ねえ」


「……」


「どうして、


そんな顔してるの?」


「お前には、


見えてるのか?」


「もちろん」


「誰が?」


妻は、


俺の耳元で、


囁いた。


「十三人目」


その瞬間。


家中の照明が、


消えた。


暗闇。


妻の声。


「一人」


俺の声。


「……」


妻の声。


「二人」


そして、


三人目の声。


俺のすぐ後ろから。


「三人」


俺は、


目を閉じた。


「……」


声が、


次々に増えていく。


「四人」


「五人」


「六人」


「七人」


「八人」


「九人」


「十人」


「十一人」


「十二人」


「十三人」


俺は、


叫んだ。


「やめろ!」


静かになる。


そして、


最後の声。


俺とまったく同じ声。


「十四人」


---


電気が戻った。


俺は、


一人で立っていた。


妻はいない。


家の中にも、


誰もいない。


テーブルの上に、


夕食が二人分。


そして、


もう一つ。


誰も座っていない椅子。


その椅子には、


白い座布団。


俺は、


近づかなかった。


だが、


座布団の上に、


紙が置かれている。


震える手で、


紙を見る。


そこには、


一行。


「席が一つ足りません」


俺は、


理解した。


今まで、


一人増えると思っていた。


違った。


この怪異は、


人を増やしているんじゃない。


**最初からいる人間を、


一人ずつ消している。**


そして、


消えた人間の代わりに、


「余り」が、


席を埋める。


俺は、


家族の写真を見る。


妻。


俺。


二人。


……いや。


違う。


写真の中に、


妻しかいない。


俺の姿が、


消えている。


その瞬間。


背後から、


妻の声がした。


「あなた」


俺は、


振り返った。


妻が立っている。


泣いている。


「どこに行ってたの?」


「……」


「ずっと探してた」


「俺はここにいる」


妻は、


首を横に振る。


「違うよ」


「……」


「あなたは、


もういない」


俺は、


後ろを見る。


白い座布団。


そこに、


誰かが座っている。


俺だった。


俺と同じ顔。


俺と同じ服。


そいつが、


こちらを見る。


そして、


笑う。


「人数、


合ったね」


---


翌朝。


妻は、


警察へ電話した。


「主人がいなくなりました」


警察が来る。


家を調べる。


何もない。


失踪の痕跡もない。


ただ、


座敷の隅に、


白い座布団が一枚。


警察官が、


尋ねる。


「この座布団は?」


妻は、


首を傾げた。


「そんなもの、


昨日はありませんでした」


警察官が、


座布団を持ち上げる。


裏側に、


古い文字が書かれている。


「十三人目」


その瞬間。


家の外から、


村の老人の声が聞こえた。


「人数を数えるな」


警察官が、


玄関を開ける。


誰もいない。


雪だけが、


降っている。


そして、


雪の上には、


十三人分の足跡が残っていた。


家から、


道路へ。


一列に並んで。


最後の一人だけ、


裸足だった。


---


その村では、


今でも年に一度、


古い宴会が開かれるという。


座敷には、


必ず一枚、


余分な座布団が置かれる。


誰もそこには座らない。


そして宴会が終わると、


村人たちは、


絶対に人数を数えない。


なぜなら、


もし数えてしまったら。


そこにいる「余り」が、


自分を見つけてしまうからだ。


そして一番怖いのは、


その宴会に参加した人間が、


翌朝、


自分の家族にこう聞くことだという。


「昨日、


家に帰ったのは、


何人だった?」


その質問をされた家族は、


決して、


答えてはいけない。


答えてしまうと、


今度は、


その家の中で、


人数が変わる。


一人減る。


一人増える。


そして最後には、


誰が本物だったのか、


誰にも分からなくなる。


だから、


秋田のその村では、


夜の宴会が終わったあと、


最後に必ず一つだけ、


言う言葉がある。


「おやすみ」


そして、


絶対に、


こうは言わない。


「また明日」


なぜなら、


「また明日」と言った相手が、


明日も同じ人間とは、


限らないからだ。


――秋田・第四話 終。

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