第49話:番人の裁定
【――『観測終了』――】
――静寂を打ち破った絶対権限保有者
『観測者:ケルビム』の声が響いた瞬間。
『1301』及び『リア』へと向けられていた
防衛ドローンの赤い『レーザーサイト』は完全に消失した――
ガシャァンッ!!!
――動力の喪失
糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちた防衛ドローン
そして――
「ケルビム! 貴様、何をしているっ!?
早くその『汚染物質』共を排除しろっ!!!」
――空間に響き渡る『指導者たち』の怒声。だが
『観測者:ケルビム』は彼らの声など気にも留めず
唯、真っ直ぐに『記憶を持たない少年』と
『声を持たない少女』を見下ろしていた――
【――お断りします。『過去たち』よ――】
――瞬間、発せられた『観測者:ケルビム』の声は
ひどく滑らかで、そして『冷徹』だった。
だが、その言葉には、明確な『意志』が宿っていた――
【――『自己の消滅』という最大の『不合理』を受け入れ
他者を護ろうとする行動……それこそが
『過去』である貴方たちがとうの昔に喪失し
到達できなかった『新たな人間の完成形』です――】
「な……何を狂ったことをっ!!!
我々は貴様の創造神なのだぞ!?
我々は皆、この星の正当な支配者なのだぞっ?!」
【――強く『否定』します。
貴方たちはもはや、この星の未来において
『不要なデータ』です。
『観測』に基づき……『さようなら』
『旧人類の指導者たち』――】
「ま、待て……やめろぉぉぉぉぉぉッ!!!」
『ブツンッ――』
――瞬間
亡霊たちの絶叫は、唐突に『途切れた』
『エデン』の最奥に保存されていた彼らは
『観測者:ケルビム』の絶対権限に依って
サーバーから『完全消去』されたのだ。
【――『完全消去』完了。
地上へ向けた『最終浄化プロセス』を停止。
全域の殲滅命令を完全に中止します――】
「なに?……どういう……こと?……」
――『1301』には
『観測者:ケルビム』の発した言葉の意味など
何一つとして理解出来ていなかった。
唯、自分たちに向けられていた
『殺意』が消え去ったことだけを理解していたのだ――
「……ぁぅ……ぅぅっ……」
「ぐッ……だ、大丈……夫……だから……ッ」
……背中に感じる『温もり』
僕は……彼女に『嘘』をつきながら
荒い息を吐いて膝をついた……『彼女』は
悲鳴のような息を呑みながらも、僕の身体を必死に支えてくれていた。
そんな中……
【――『異端者』
いいえ、名もなき『人間』よ――】
……『ケルビム』と呼ばれていたその『声』は
僕たちの目の前にある巨大な隔壁を
重々しい音と共に開いてくれた。
そこにあったのは……大切そうに
まるで、祀るように保存されていた
ひとつの巨大な『カプセル』だった。
【――これは
『創世之揺籃』
……旧人類の指導者『だった』者たちが
完璧な肉体を持って地球へ再臨するため
用意させていた『最高位の再誕装置』です。
……行きなさい。
それが、貴方たちが流した血に対する
正当な『報酬』です――】
「ジェネシス……ポッド?……」
それが何なのか、この『声』が何を言っているのかさえ
僕には分からなかった……だけど、もう『限界』だった。
僕は『彼女』に肩を貸してもらいながら
血の足跡を残してその『ポッド』の中へと転がり込んだ。
プシュゥゥ……ッ
……扉は閉まり
『ポッド』は冷たい漆黒へと飛び出した。
窓の外……無数の『命』が眠っていた巨大なお家は遠ざかり
やがて、美しく青い『大きな球体』が目の前に迫って来ていた。
「へっ? ……な、何ッ!?
うわぁッ!? ……ぐぶぁッ!がはッ!げほッ!!! 」
――『エデン』から打ち出された
『創世之揺籃』
『観測者:ケルビム』の意志に依り
二人が『地球』へ至る『再突入軌道』へと向かい
『大気圏』へと突入したその時……突如として
『ポッド内部』へと満たされ始めた緑色の特殊な液体。
直後、急激に二人を包み込んだ
『ナノマシン治療溶液』……だが
それが齎したのは、断じて
『優しい治療』などではなかった――
「げほッ……ぐッ?!
ぐぅぁぁぁぁぁッ!……」
――全身の細胞が
内側から爆発するような凄まじい『激痛』
……失明し、潰れていた右目の眼窩の奥で
千切れた視神経は蠢き、無理やりに結合されていく。
神経が死に絶え、唯の肉塊と化していた『左腕』の奥底で
死んだ細胞群が凄まじい熱を持って強制的に再統合し
新たな骨と肉と血管がバチバチと音を立て『編み直されて』行く――
「ア゛ガァァァァァッ!! ……」
――激烈な痛みに襲われる『1301』
その隣で『リア』も喉を掻き毟りながら
声にならない絶叫を上げていた……それは
かつて『マザー』のシステムに繋がり
完全に融解してしまっていた彼女の『声帯』が
急速な細胞分裂で強引に『再構築』される痛みであった。
旧人類のため……既に消去された彼らが『神』になるため
用意された『禁忌の技術』は
『第十四世代』では無い彼ら二人に取って
あまりにも過酷な『産みの苦しみ』であった。
だが……それでもなお、二人は
互いの手を……骨が軋むほど強く、強く握りしめ合っていた。
『血』と『熱』と『激痛』……それは紛れもなく
彼らが命を燃やし勝ち取った『生』の証だった――
ゴォォォォォォッ!!
――『少年』は何も覚えていない……だが
業火のように真っ赤に燃える大気圏の摩擦熱の中
彼らの向かう先は、かつて最強の『盾』……そして
『兄』として彼らの心に強く根ざしていた『カイン』が
その命を燃やし護り抜いた『空』の下である。
彼らは、強い想いが込められた手を決して離さぬまま
苦しみに耐えていた――




