第48話:亡霊たちの反乱
――静寂は、突如として引き裂かれた
それは、けたたましく鳴り響いた警報音に依って。
冷たい空間を照らしていた照明は
毒々しい赤色へと反転する。
無数の『データサーバー群』が
限界を超えた排熱音を立て、激しく唸り始めた――
「ケルビムッ!!……何事だ!?
我々の『純真なる器』に
『不純なデータ』が混入しているでは無いか!」
「汚らわしい……! 下等な『汚染物質』の分際で
我々が受肉するための神聖なる肉体を汚したというのか!」
――空間全体へ、幾重にも重なり発せられた
複数の男女の声に『1301』は怯えて居た。
「なに……誰が、喋ってるの?」
――彼は、突然として降り注いだ怒声に怯え
同じく、怯え震える『少女』の肩を抱き寄せて居た――
「分からない……此処は何処?
どうして僕たちはこんなにも憎まれているの?……」
――それは、先ほどまで空間に響いていた無機質な声ではない。
怒りと焦り……そして
『肥大化した傲慢さ』を有する酷く人間臭い声の波だった。
彼らは『エデン』の深淵で眠りについていた
『旧人類の指導者たち』の『意識記憶』であった。
だが、異常事態に気付き一斉に覚醒したのだ――
「ケルビム! 何をしている!?
直ちにそのガラクタどもを排除し『器』を洗浄しろ!
足りなければ更に製造し直すのだっ!!!」
――『指導者たち』のヒステリックな命令に応じるように
四方の隔壁は開かれ、其処から
多数の『防衛ドローン』が一斉に這い現れた。
銃口の赤い『レーザーサイト』は暗闇の中で無数に交差し
『1301』と『リア』の身体へと狙いを定めた。
だが、その一方で――
【――】
――『観測者:ケルビム』は沈黙を保っていた。
唯、静かに……『防衛ドローン』の制御権を
『指導者たち』へと明け渡し、レンズ越しに
この結末を『観測』し続けていた――
「ひ、あ……ッ」
――『リア』は声にならない悲鳴を上げ
『1301』の背中へ隠れるようにしがみつく。
彼女のガタガタと震える『体温』が
『1301』のへと背中越しに伝わった――
(……怖い。僕はどうすればいいの?
逃げ出したい。足がすくんで動かない……でも……ッ)
「消え去れ、『汚染物質』どもっ!!!
お前たちのその泥臭い血の一滴すら
我々の楽園には不要だっ!!!」
――直後
ドローンの銃口が、青白い『熱線』を充填し始める。
そして、その銃口のいくつかが『1301』の背後で震えている
『リア』へと向けられた――その瞬間だった。
(違う……ダメだ)
……理屈じゃない。
彼女に向けられた『殺意』を感じた途端
僕の中で、恐怖よりもずっと巨大な『何か』が爆発した。
「彼女に……触るなッ!!」
気がつけば僕は、武器も持たないまま
弾かれたようにドローンの前に立ち塞がっていた。
動くようになった左腕と共に
両腕を大きく広げ、ボロボロの身体を無防備に晒した。
ズドォォンッ!!
……放たれた熱線は
僕の右肩と、脇腹を容赦なく抉った。
肉が焦げる異臭と、脳髄を焼き切るような激痛が走る。
「がぁッ!!! あ゛ぁぁぁぁぁッ!!」
……膝から崩れ落ちそうになる。
でも……倒れない。
倒れるわけには……行かない。
痛みを感じられない左腕を引きずりながら
僕の両足は地面に深く根を張ったように
絶対に倒れるものかと踏ん張っていた。
……『彼女』は
信じられないものを見るように僕を見上げている。
その瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れ出していた。
『彼女』の目には『盾』となる今の僕の姿が映っている。
「ぁぅ……ぅ……っ……」
――かつて 『1309:リア』と『1301』を
そして、皆を命懸けで護った『1299:カイン』
この瞬間『リア』の目に映る『1301』の背中は
そんな『カイン』に重なって見えていた――
「僕は、君が誰だか……分からない……だけど」
僕は、後ろを振り返らずに言った。
「でも……絶対に、君だけは……死なせない。
僕の『身体』が……そう、したいって
言って……るから……ッ!!」
「……ふっ!!! 愚かな。
記憶さえあやふやなただの肉塊が
『盾』の真似事とはな……纏めて塵にしてやろう」
――『指導者たち』の嘲笑と共に
すべてのドローンが再び熱線を充填する――
(嗚呼……せめて彼女を護りたい。
僕は良いから……唯、背中の温もりだけを護れたなら。それで良い……)
……僕は、唯一残された左目で
真っ直ぐに前を睨み据えていた。
【――『観測終了』――】
――絶体絶命のその瞬間
これまで沈黙を続けていた『観測者:ケルビム』の静かな声が
ドローンの駆動音を切り裂くように響き渡った――




