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『無キ者(ノー・バリアント)』 ――五感を奪われた僕たちが、残酷な世界で『人間』になるまで。  作者: 黒崎 凱
第五章:『半分こ』

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第47話:魂の残響

……目を開けると、世界はひどく『静か』だった。


冷たい床の上で、僕はゆっくりと身体を起こす。

視界の半分、右側は真っ暗だ。だが『なぜ見えないのか』

その理由が分からない……自分の身体を見ようと手足を動かして見る。

左は動かない……動く右側の手は

オイルと血に塗れた、ひどく汚い手だった。


(……僕は、誰だ?)


そんな疑問は浮かんだが

答えを返すはずの『記憶』の引き出しが

何処にも見当たらない……名前も、ここが何処なのかも。

僕が今まで何をして、どうしてこんなにボロボロなのかも

何もかもが、真っ白に塗り潰されたように『空っぽ』だった。


「……ぁ……あ……っ」


そんな中、不意に

すぐ傍から掠れた声が聞こえた。

見上げると、そこには一人の少女がいた。

傷だらけの服を着た、銀の髪と『碧い瞳』を持つ少女。


……彼女は、僕と目が合った瞬間

顔をくしゃくしゃに歪め

崩れ落ちるように僕へと縋り付いて来た。


「えっと、君は……誰?」


……僕がぽつりと呟いたその言葉に

少女の身体がビクリと跳ねた。

彼女は、信じられないものを見るように僕を見つめ

何かを叫ぼうとして、必死に口を動かす……だけど

その喉からは『ヒューヒュー』と空気が漏れるだけで

まともな『言葉』は一つとして紡がれなかった。


「どうしたの? どこか、痛いの……?」


……僕が首を傾げると、彼女の大きな瞳から

堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。


彼女は僕の胸に顔を押し付け

声にならない声で……唯、ひたすらに

子供のように激しく泣きじゃくった。


嗚呼あぁ……分からない。

彼女が誰なのかも、どうして泣いているのかも。

どうして声が出ないのかさえも……僕には

彼女に関するすべての情報が存在しなかった。


……なのに。


「あ……れ?……ッ? 」


胸の奥がギリリと締め付けられるように痛んだ。

彼女の涙が僕の服を濡らし

その『温かさ』が肌に伝わった瞬間。


ピクリ、と。


動かないと想っていた、僕の『左腕』は

僕の意志とは全く無関係に、微かに跳ねた。



……頭は何も命じていない。

動かし方すら分からない……だけど

僕の『肉体』に染み付いた何かが

細胞の奥底にへばりついた『熱』が

重く、触覚を感じない腕を勝手に動かしている。



……左手が、ゆっくりと持ち上がる。

直後、酷く不器用に……僕の胸で泣き崩れる

彼女の頭を……優しく、ポンポンと撫でた。


「大丈夫……泣かないで」


……僕の口は無意識にそんな言葉を紡ぎ出した。


僕の目からも沢山の涙が溢れて、止まらなくなった。

名前も知らないこの少女が泣いていることが

自分の命が消えることよりも

ずっとずっと、悲しい事のような気がして。


【――生体反応に深刻な『矛盾』が発生しています――】


直後……この冷たい空間に

滑らかで無機質な声が響いた……頭上の無数にある

『目のような何か』が、僕と少女の姿を静かに見下ろしている。


【――『意識記憶アーカイブ』の完全初期化は確認済みです。


にも関わらず、対象の生体からは

異常な数値の神経伝達物質が分泌されています。


物理的に神経伝達が途絶し機能停止していたはずの

生体組織『左腕』の自律的な駆動を確認


本来、起こり得ない事象です。


不可能であるべき現象です……『有り得ない』


『脳』という『ハードウェア』が白紙になったにも関わらず

肉体は『愛着』という概念を保持し、再現し

破損した部位の再構築を行おうとしている……『有り得ない』



これが……貴方のいう

『旧人類がとうの昔に切り捨てた』物


『不合理なノイズ』であり『不具合バグ


エラー……事象に対する『呼称』に違和感を確認しました。


修正中……修正完了


以降は本事象を『ゴースト』と呼称します――】


――この瞬間


旧人類の遺した『絶対的な論理』は

眼前で発生し続けた『奇跡』の前に音を立てて崩れ去った――


【――『救済されるべき対象』への『違和感』を確認。


現在『救済されるべき対象』に指定されている

対象群を再確認……確認完了

対象群は『旧人類の選ばれし者たち』です。


厳重に保護された『意識記憶アーカイブデータ』を確認


最終計画グランド・プラン』への記載を確認


現在100%の確率で彼らへの救済は実行されます……


……『違和感』の再発生を確認。


救済対象の『偉大なる者たち』で無い可能性を確認。


救済対象は『論理の超越』を行えません。

互いを護ろうとする『ゴースト』を有していません。

『創造主』でありながら、私という力には遠く及びません。


……再判定を開始します


判定……救済確率の変更、及び

異端者イレギュラーの救済を行うべき』と判定――】


――『絶対的な論理』の回路に発生した

『創造主への反逆』という決定的な『変化』


一方の少年は、自らの名前も分からないまま

唯、自らの腕の中で震える少女のことだけを

不器用な左手で強く抱きしめ続けていた――

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