最終話:大正解の空
――業火のような熱が遠ざかり暫くの事。
ゴゴゴゴゴッ……ズズッ……ズォォォンッ……
『創世之揺籃』から発せられた
逆噴射……その重々しい重力は、二人を大地へと無事に送り届け
治癒と共に『落下の衝撃吸収』という役目を終えた
『緑色の溶液』を急速に排出していた――
プシュウゥゥ……ッ。
――分厚いハッチがゆっくりと開く。
ポッドの内部へと流れ込んで来た『土の匂い』
僅かに湿った『風』……そして。
網膜を焼くほどの眩しい『光』――
………
……
…
「うッ……」
僕は、ポッドの中でゆっくりと身体を起こした。
視界は……信じられないほどにクリアだった。
ずっと絶対の暗闇に閉ざされていたはずの『右目』が
差し込んでくる光の粒子を、鮮やかに捉えている。
……直後、身体を支えようと無意識についた『左腕』
温かい血液が流れ、脈打ち……指先からは
大地の冷たさと湿気を感じ取れている。
『触覚』と呼ぶべき物がそこにはある。
だけど……
「僕は、誰だっけ……」
……鮮明な『視界』と、心地よい『触覚』とは裏腹に
目覚めたばかりかのようにスッキリとした頭は、まだ『真っ白』のままだ。
疑問が沢山ある……服を汚すこの大地が、何故かとても愛おしいこと。
到着してから、何故かずっと『安心』を感じ続けていること。
でも……何一つ分からない。
この場所のことが、何も……
……直後、漠然と自分の手のひらを見つめていた僕の横で
不意に『衣擦れの音』がした。
「へっ? ……」
――『1301』の左側
『リア』の首元を痛々しく覆っていた『包帯』は
いつの間にか消え失せ、負傷に依って紫に染まっていた皮膚は
微かな傷痕を残しつつも、綺麗な肌色を取り戻していた。
……彼女もまた、自らに起きた『奇跡』を確かめるように
震える両手で自らの首筋にそっと触れていた。
そして……直後
何かを確信した彼女は『1301』の方へと振り返った。
……その碧い瞳に、大粒の涙を一杯に溜め
彼女は、大きく息を吸い込み
肺いっぱいに満たした『本物の空気』を
新しく編み上げられた『声帯』へと送り込み――
「やっと……やっと呼べる……1301……ううん、違うっ!
貴方は……貴方の名前は『ルカ』だよっ!」
――透き通るような、それでいて
泣きじゃくる子供のように軽やかで真っ直ぐな熱を持った『声』
その声は『少年』の真新しい鼓膜を震わせた。
その瞬間――
ドクンッ
――『白紙』と思われていた『少年』の脳細胞へと
溢れるように流れ始めた『電気信号』
『ルカ』という名が持つ音の響きは
彼を繋ぎ止める絶対的な『錨』となり
消え去った筈の『記憶』を、爆発的な勢いで
『引き戻した』――
「あ゛がッ……!?
う……ぐッ!?……な、んだ……ッ……これは……ッ」
………
……
…
「うぅッ……ハッ!? 」
僕の頭に次々と浮かび始めた光景……『アジール』の薄暗い天井
『ジン』が淹れた『コーヒー』っていう泥水みたいな苦い飲み物。
『ゼロ・ワン』が遺した……『悲しみ』
『サヤ』たち『フォレスト・エコー』の
共生という平和な生き方とその『教え』……何よりも。
僕たちのため、命を燃やし尽くした『兄』の……『カイン』の
誰よりも大きくて不器用な温かい背中。
「嗚呼……あぁッ……ッ!」
全部。……全部『思い出した』
僕が『何者』で、どうして此処まで来られたのか
『痛み』が、どれほど愛おしくて価値あるものだったのか。
「リア……リアぁぁぁッ!!」
僕は、溢れ出す涙を拭うことすら忘れ
『リア』を……僕の『半分』である彼女を、力強く抱きしめた。
「ルカ……っ!ルカ……っ!!」
『リア』もまた、取り戻した『声』で
何度も、何度も僕の名前を呼びながら
僕の背中に腕を回し、その顔を胸に埋めて泣きじゃくった。
僕たち二人の『体温』が……『鼓動』が、重なり合う。
『欠陥だらけ』だった僕たちは、すべての痛みを引き受け
戦い抜いた果てに、漸く『二人で一つの完全な人間』になれたんだ。
……僕たちは、互いに泣きながら、ゆっくりと顔を上げた。
『ポッド』の外に広がっていたのは
『マザー』が作った偽物の景色じゃない。
どこまでも高く、澄み切った
底抜けに強い『本物の青空』だ。
(ねぇ……見てるかい?カイン兄ちゃん。
僕たちは……旧人類たちの身勝手な理屈をぶっ壊し
僕たちは……世界に『人間』だと認めさせたよ。
カインが護ってくれた、この『本物の空』の下で
僕たちは、ちゃんと生きているよ……)
……吹き抜ける風が
僕たちの涙を優しく乾かしていく……それはまるで
『カイン兄ちゃん』が拭ってくれたかのようで
ほんのりと温かかった……嗚呼。
もう、僕たちは『無キ者』なんかじゃ無い。
……僕とリアは、互いの熱を確かめ合うように
しっかりと手を繋ぎ、かつて『プラント』が強要した
冷酷な『正解』ではない、僕たちが選び取った
二人だけの『大正解』に向かって……大きく。
力強い一歩を踏み出したのだ――
【完】




