第45話:記憶の対価
「……流し込む。僕の全部を、こいつらに」
……コンソールパネルに叩きつけた右手から、僕は
『共感覚』を逆流させ
凄まじい『熱』をシステムへと叩き込んだ。
ターゲットは、この冷たい『エデン』に眠る数千の『第十四世代』の器たち。
【――警告。
未定義の生体データによる広域干渉を確認。直ちに接続を解除しなさい。
継続した場合、対象個体である貴方の『意識記憶』は
完全に『初期化』されます――】
……空間に響いた『観測者:ケルビム』の声は、ひどく滑らかで。
一切の感情の揺らぎを持たない、文字通り温度のない『音声』だった。
ガガッ……ギギィィィン! バチバチバチッ!!
「……っ、あ゛がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
……頭が割れるように痛い。
僕の脳内に刻まれた『記憶』が、凄まじい『熱』を持って焼き切れ
光の粒子となって、僕の頭から強制的に引き剥がされていく。
直後、僕の精神は限界を告げるように『走馬灯』を流し始めた――
『アジール』の薄暗い天井。
『ジン』の淹れてくれた、泥水みたいに苦いコーヒー。
『カイン』の、大きくて、不器用で、温かかった背中。
……そして。
隣で声を殺し泣いている『リア』の『体温』……すべては
数千人分の『空っぽの器』に流し込まれ
彼らをただの『完璧な肉体』から
痛みを知る『人間』へと書き換えていく。
【――『論理破綻』自己の消滅を伴う利他的行動は
生命の生存戦略として矛盾しています。当該プロセスは
『最終計画』を阻害する
重篤な『不具合』です。
『目的の開示』を要求……何故、そこまでして
ただの『器』を護ろうとするのですか?――】
「お前らには、一生分かんないんだ……は……はッ……」
僕は、血塗れの顔で……不格好に嗤ってやった。
「こいつらは……僕たちの『弟』や『妹』だ。
痛みを知らない真っ白な身体に、お前らみたいな
『身勝手な亡霊』を入れられたら、こいつらは一生
本当の『青空』の美しさなんて分からない。
……だから、僕の『痛みの記憶』を渡すんだ。
絶望に耐えた後、悲しみを乗り越えた後『大切』を獲得した
『人間の心』を……もう二度と『ゼロ・ワン』みたいな
悲しい存在を産み出さないために……ッ!
ぐッ……がぁあ゛ぁぁぁぁぁッ!!!」
……苦しむ僕を救おうと
『リア』が必死に僕の右腕をパネルから引き剥がそうとする。
だが、システムと深くリンクしてしまった僕の身体は
既に石のように動かなくて……声の出ない彼女の『絶叫』が
震える喉の振動となって、僕の右半身に直接伝わってくる。
彼女の小さな手が、僕の背中を何度も何度も叩いていた。
(やめて。やめて)……と。
僕たちが決めた『暗号』を滅茶苦茶に打ち鳴らしながら。
(ごめん……ごめんよ、リア)
……ただでさえ絶対の暗闇に沈んだ右目に対し
唯一残されていた左目の視界までもが、ひどいノイズに塗れ
『真っ白』な虚無へと染まっていく……僕の中で
『1301』という人間の『輪郭』が
音を立てて崩れ落ちていくのが分かった。
【――警告。
『不具合』の感情データ流入を停止できません。
『最終計画』に、致命的な障害が――】
そんな『ケルビム』の僅かに乱れたアナウンスを背に受けながら。
僕は……僕自身のすべてを唯ひたすらに
ゆっくりと、『白紙』へと還していく――




