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『無キ者(ノー・バリアント)』 ――五感を奪われた僕たちが、残酷な世界で『人間』になるまで。  作者: 黒崎 凱
第五章:『半分こ』

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45/50

第45話:記憶の対価

「……流し込む。僕の全部を、こいつらに」


……コンソールパネルに叩きつけた右手から、僕は

共感覚シナプス』を逆流させ

凄まじい『データ』をシステムへと叩き込んだ。

ターゲットは、この冷たい『エデン』に眠る数千の『第十四世代』の器たち。


【――警告。


未定義の生体データによる広域干渉を確認。直ちに接続を解除しなさい。

継続した場合、対象個体である貴方の『意識記憶アーカイブ』は


完全に『初期化ロスト』されます――】


……空間に響いた『観測者:ケルビム』の声は、ひどく滑らかで。

一切の感情の揺らぎを持たない、文字通り温度のない『音声』だった。


ガガッ……ギギィィィン! バチバチバチッ!!


「……っ、あ゛がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


……頭が割れるように痛い。

僕の脳内に刻まれた『記憶』が、凄まじい『熱』を持って焼き切れ

光の粒子となって、僕の頭から強制的に引き剥がされていく。


直後、僕の精神は限界を告げるように『走馬灯』を流し始めた――


『アジール』の薄暗い天井。

『ジン』の淹れてくれた、泥水みたいに苦いコーヒー。

『カイン』の、大きくて、不器用で、温かかった背中。


……そして。

隣で声を殺し泣いている『リア』の『体温』……すべては

数千人分の『空っぽの器』に流し込まれ

彼らをただの『完璧な肉体』から

痛みを知る『人間』へと書き換えていく。


【――『論理破綻』自己の消滅を伴う利他的行動は

生命の生存戦略として矛盾しています。当該プロセスは

最終計画グランド・プラン』を阻害する

重篤な『不具合バグ』です。


『目的の開示』を要求……何故、そこまでして

ただの『器』を護ろうとするのですか?――】


「お前らには、一生分かんないんだ……は……はッ……」


僕は、血塗れの顔で……不格好に嗤ってやった。


「こいつらは……僕たちの『弟』や『妹』だ。

痛みを知らない真っ白な身体に、お前らみたいな

『身勝手な亡霊』を入れられたら、こいつらは一生

本当の『青空』の美しさなんて分からない。


……だから、僕の『痛みの記憶』を渡すんだ。

絶望に耐えた後、悲しみを乗り越えた後『大切』を獲得した

『人間の心』を……もう二度と『ゼロ・ワン』みたいな

悲しい存在を産み出さないために……ッ!


ぐッ……がぁあ゛ぁぁぁぁぁッ!!!」


……苦しむ僕を救おうと

『リア』が必死に僕の右腕をパネルから引き剥がそうとする。

だが、システムと深くリンクしてしまった僕の身体は

既に石のように動かなくて……声の出ない彼女の『絶叫』が

震える喉の振動となって、僕の右半身に直接伝わってくる。


彼女の小さな手が、僕の背中を何度も何度も叩いていた。


(やめて。やめて)……と。


僕たちが決めた『暗号』を滅茶苦茶に打ち鳴らしながら。


(ごめん……ごめんよ、リア)


……ただでさえ絶対の暗闇に沈んだ右目に対し

唯一残されていた左目の視界までもが、ひどいノイズに塗れ

『真っ白』な虚無へと染まっていく……僕の中で

『1301』という人間の『輪郭』が

音を立てて崩れ落ちていくのが分かった。


【――警告。


不具合バグ』の感情データ流入を停止できません。

最終計画グランド・プラン』に、致命的な障害が――】


そんな『ケルビム』の僅かに乱れたアナウンスを背に受けながら。


僕は……僕自身のすべてをただひたすらに

ゆっくりと、『白紙』へと還していく――

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