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『無キ者(ノー・バリアント)』 ――五感を奪われた僕たちが、残酷な世界で『人間』になるまで。  作者: 黒崎 凱
第五章:『半分こ』

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第41話:空っぽの箱舟

『昇降機』は……唯、静かに、滑らかに上昇を続けていた。

先ほどまでの凄まじい重力加速度は影を潜め

今は身体が浮き上がるような、頼りない浮遊感だけが僕たちを包んでいる。


……窓の外の景色は

『カイン』が命懸けで護ってくれた『青い空』をとうに抜け

星々が冷たく瞬く、完全な『漆黒』へと変わっていた。


『リア』は窓に張り付き、初めて見る宇宙の景色に目を丸くしている。

だが、その瞳に映っているのは『感動』だけではない。

命の気配が一切ない、あまりにも広大で冷たすぎる虚無への

本能的な『恐怖』……僕も、同じだった。


【――軌道階梯:ヤコブをご利用いただき、ありがとうございます。

まもなく、最終到達点『エデン』へ到着いたします――】


……不意に、昇降機内に柔らかく

けど、血の通っていない『合成音声』が響いた。


同時に、空間の中央に光の粒子が躍り

立体投影映像ホログラム』の映像が投影された。


……それは『白衣』を着た

旧人類と思しき男の物だった――


「誠に、おめでとうございます。

このメッセージを聴いている貴方は『選ばれた存在』です。


……地上を覆い尽くした汚染物質は

我々が残した自律システム『マザー』によって

数百年かけ『浄化』されている事でしょう……」


――映像の男は、狂気すら感じる穏やかな笑顔で語り続ける。

その言葉の一つひとつが、僕たちの存在を

地上で生きてきた数々の存在をただの『汚物』として切り捨てていく。


「……こうして、皆様に対し語り掛けている私を含め

多くの重要な命……その『オリジナル』の肉体は、とうに滅んでいます。

しかし、我々の偉大なる『意識記憶アーカイブ』は

すべて、この『エデン』に保存されている。


……地上に残した防衛システムが

汚染された旧世界を完全に焼き払い

『新たな地球』が完成するその日まで

此処『エデン』は、何億年でも維持出来る設計と成っています」


僕は……息を呑んだ。

『マザー』が僕たちに強いてきた殺し合いも

解放信号による狂乱さえも、すべては彼らが望む

『浄化』のために引き起こされた事だと知ったから。


「さて、今『掠り傷』一つでも負ってしまっている皆様へ

どうかご安心を……『浄化』された地球に

我々が『再臨』するための『器』もご用意しております。


感情も、痛みも持たない、純真無垢な空っぽの肉体『第十四世代』

彼らと言う器に我々の意識を移動させた時

人類は、永遠の楽園を手に入れるのです!」


「ぐッ……ふざけ、るな……ッ!!」


僕は、殴れるわけもないのに眼前の男に殴りかかろうとして

感覚のない左半身が追いつかず、無様に床に転んだ。

痛みはない……唯、怒りで全身の血が沸騰しそうだった。


……『マザー』は『神』なんかじゃなかった。


僕たち『無キ者(ノー・バリアント)』を造り出し、使い捨て

すべてを奪い去ったすべての元凶……それは

自分たちだけが綺麗な身体で生き残るためだけに

世界を『リセット』しようとした旧人類の

肥大化し過ぎた『自己保身システム』だったのだ。


「ふざけるな……『カイン』は……皆は……お前らの

『着せ替え人形』を護るために、死んだんじゃないッ!!」


……『ゼロ・ワン』が、どうしてあんなにも悲しい瞳をしていたのか

彼らは……最初から『自分』なんてものを与えられていない

それを許されない、ただの『空っぽの入れ物』としてデザインされていたんだ。


『リア』は、床に這いつくばり怒りに震える僕の背中に

そっと抱きついた……彼女もまた、声の出ない喉で泣いていた。

怒りと、悲しみと、あまりにも残酷な真実の前で。


【――まもなく、エデンへ到着します――】


無機質なアナウンスと共に、窓の外に巨大な人工天体が姿を現した。

かつて人々が夢見た『楽園』の名を冠した、冷酷な情報の墓場。


(乗り込んでやる……カイン、僕が君の戦いを終わらせる

ゼロ・ワン……君の無念を僕が晴らす……)


過去の亡霊たちが眠る、冷たい『棺桶エデン』へ

僕と『リア』は、繋いだ手を二度と離さないように

ゆっくりと立ち上がった――

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