第40話:星へ続く塔
雲を貫き、宇宙へと伸びる絶望的な黒い影。
『軌道階梯:ヤコブ』の基底部……それは
雪原の中に突如として現れた、神殿のように巨大で
酷く無機質な『要塞』だった。
『カイン』が命を燃やして切り開いてくれた道の『終着点』
だが、僕たちを阻むその巨大なゲートの前に、敵の姿は無かった。
……防衛兵器すら入り込めない、絶対的な『拒絶』
旧人類が残した『最高強度の電子ロック』が
この塔の心臓部を、ただ冷徹に『封鎖』していたのだ。
「……僕が、開ける」
僕は『リア』と繋いでいた手を一度離し
分厚い隔壁の傍らにある、冷たいコンソールパネルに触れた。
やるしかない……残された『超感覚』の全出力を
この巨大なシステムの『神経網』へと叩き込む。
(開けぇぇぇぇぇッ!!)
【――警告。
未登録の生体IDを確認しました
直ちに接続を解除しない場合『防衛プロトコル』に移行します――】
「くッ……やれるもんなら、やってみろッ!!」
頭蓋骨の内側で、爆弾が破裂したような激痛が走った。
これは……違う。
『マザー』の防衛システムなんかとは、規模が違う。
海のように広大で、氷のように冷たい『情報の波』が
僕の貧弱な脳の神経を、容赦なく押し潰しにかかってくる。
「あ、が……ッ……ぁぁぁッ……!!」
見えない右目から、鼻孔から、どろりとした血が流れ落ちる。
僕の残された脳細胞が、凄まじい熱を持って『炭化』していくのが分かった。
(ダメだ……システムが……デカ、過ぎる……ッ)
……指先から感覚が消える。
意識が、冷たいデジタルの深淵へと引きずり込まれそうになった。
このままじゃ、脳が完全に焼き切れて、僕は『死ぬ』
膝から力が抜け、冷たい床に崩れ落ちそうになった――その時。
ギュッ。
僕の背中に、温かい何かが力強く寄り添った……『リア』だ。
彼女は背中合わせに僕を支え
感覚の通わない僕の生身の左腕を
彼女の小さな両手で痛いほど強く抱きしめていた。
「リ……ア……」
彼女は声を出せない……だけど
背中越しに伝わってくる彼女の小さな鼓動が
トクン、トクン……と、僕の焦げ付きそうな心臓を叩く。
(負けないで)
そんな、声のない心の叫びが
体温に乗って僕の身体に流れ込んだ……その圧倒的な『熱』は
壊れそうな僕の神経を急速に癒し
途切れそうな意識を現世へと繋ぎ止める『錨』に成った。
(そうだ……僕は……独りじゃない
『半分こ』にしたんだ……僕の命は。
もう、僕だけのものじゃない――)
「う、おおおおおおおおおおッ!!!!」
僕は血反吐を吐きながら、リアの体温を『盾』にして
システムの最深部へと
僕たちの『ノイズ(意思)』をねじ込んだ――
【――生体異常を検知。
論理エラー……深刻な……ガガガ……シ……承認。
ヤコブ『起動』します――】
ズゴゴゴゴゴ……ッ!!
――重々しい地響きと共に
天を突く巨大な隔壁が、ゆっくりと二つに割れた。
嗚呼……突破、した。
「……ハァッ……ハァ……っ」
扉が開いた瞬間、僕は完全に力が抜け、その場に崩れ落ちた。
だが、冷たい床に叩きつけられる前に
『リア』が僕の身体を真正面から抱き留める。
彼女は、血まみれになった僕の顔を自身の袖で拭いながら
ボロボロと大粒の涙をこぼしていた。
「……重い……でしょ? ……はは……」
僕が掠れた声で笑うと、彼女は首を横に振り
僕の右手を引いて、開かれた巨大な昇降機の中へと
縺れるように足を踏み入れた。
……扉が、静かに閉まる。
それは『カイン』が眠る白い雪原との、永遠の別れを意味していた。
フワリ……と。
内臓が浮き上がるような感覚と共に、凄まじい重力が僕たちを押し付ける。
二人だけの『大正解』を見つけるための『宇宙』への旅が始まったのだ――




