第39話:亡霊たちの荒野
――雲を貫き、宇宙へと伸びる巨大な黒い影。
『軌道階梯:ヤコブ』は、近づくほどにその威容と
旧人類が遺した『傲慢さ』を剥き出しにしていた。
……僕たちは、凍てつく荒野を進んでいた。
『ヤコブ』の周囲数キロは、『マザー』の残骸システムが今も稼働する
立ち入り禁止の『絶対防衛線』だ。
「……来るよ、リア。気を付けて」
僕の『超感覚』が
雪の下から這い出してくる複数の『敵意』を捉えた。
だが、それは『ヘルヘイム』の最新鋭機ではない。
装甲は錆びつき、駆動音には異音が混じる
文字通りの『ガラクタ』たちだった……だが。
今の僕たちにとっては、充分過ぎる程に致死的な脅威だ――
【ガガ……侵入者……排除……】
――直後、三体の防衛ドローンが雪煙を上げて襲いかかって来た。
(くッ! 『カイン』なら……こんな奴ら、一瞬で弾き飛ばしてくれたのに)
頭の隅を掠めた『弱音』を、僕は奥歯を噛み締めて粉砕した。
もう『盾』は居ない……僕の不完全な肉体で、彼女を護り抜くんだ。
僕は、無事な右手に握った『振動剣』を構えた。
だが、僕の『右側』の視界は、相変わらず完全な暗闇だ。
敵の動きを、左目と『超感覚』だけで拾うのには限界がある。
ヒュンッ!!
死角である右側から、亡霊の一体がブレードを振り下ろして来た。
見えない……反応が、遅れる――ッ!
ギュッ!!
その瞬間、僕の右手を握っていた『リア』の小さな手が
僕の腕を手前へと『二回』強く引っ張った。
「ッ!!」
僕は反射的に、彼女に引かれるがまま身体を捻った。
コンマ一秒の差で、敵のブレードが僕の鼻先を掠め……空を切る。
敵の体勢が崩れたその隙を突き、僕は
『リア』に引かれた勢いを利用して、右手の振動剣を敵の装甲へと叩き込んだ。
ガァンッ!!
火花が散り、亡霊が甲高いノイズを上げて沈む。
「……ハァッ……ハァ……」
僕は息を荒げながら、隣に立つ『リア』を見た。
彼女は声こそ出せないが、その碧い瞳は爛々と輝き
僕の『見えない右側』を、瞬きすら忘れたかのように凝視し続けていた。
……そうか。
僕たちは『言葉』なんて交わさなくても、戦える。
彼女が僕の手を『一度』強く握れば、それは『止まれ』
『二回』引けば、右からの『攻撃』
僕の背中に彼女の肩が触れれば
それは『左腕の死角をカバーしている』という合図。
(凄いな、リア……僕は、君が隣にいるだけで……)
僕は、全く見えないはずの右側の世界が
まるで鮮やかな光を取り戻したかのように
ハッキリと『知覚』できるのを感じていた。
【ガァァァァッ!!】
残る二体の亡霊が、同時に飛びかかってくる。
だが……もう、怖くなかった。
感覚のない肉の塊と化した左腕の側に、リアがピタリと身を寄せる。
僕は、彼女の体温を軸にして、独楽のように身を翻した。
……右からの刺突を、リアが手を引いて躱させる。
左からの斬撃を、動かない左腕で文字通りの『肉の盾』にして受け流す。
それは、美しい『剣技』などでは決して無い。
泥臭く、不格好で、一歩間違えれば二人ともバラバラになるような
薄氷を踏むような『二人三脚』だ。
だが……僕たちは、欠けあっているからこそ
互いの命を完全に預け合う『一つの生き物』たり得ている。
「……そこだッ!!」
僕の剣が、最後の一体のコアを貫き、完全に沈黙させた。
静寂が戻った荒野で、僕は膝をつき、激しく息を吐いた。
『リア』が僕の顔を覗き込み、自身の袖で僕の頬に飛んだオイルを拭ってくれる。
「ハァ……ハァッ……ありがとう、リア……君の『目』のおかげだ」
彼女は、ふわりと微笑み……僕の感覚の通わない生身の左腕を
愛おしそうに両手で包み込んだ。
『カイン』が遺してくれた『自由の半分こ』。
その本当の強さを、僕たちは確かに掴み始めていた。
見上げれば、雲を裂く『軌道階梯:ヤコブ』の入り口が
口を開けて僕たちを待っている。
「……行こう、リア。
二人だけの大正解が待つ、あの空の向こう側へ――」




