第38話:遺された座標
『アジール』を立ち去ってから、どれほどの時間が過ぎただろうか。
僕たちは、北へ……唯『カイン』が散ったあの場所を目指していた。
(寒い……感覚がないはずの左腕が、凍りついたように重い)
僕たちは『カイン』がその命を燃やし尽くした
北の『永久凍土』の真ん中に立っていた。
『ジン』は、僕たちに協力するため
大破した『渡鴉』の残骸をソリ代わりに改造し
数日掛け、この白銀の地獄を進んでくれた。
……無論、順風満帆とは行かず
整備不良の駆動系は途中で悲鳴を上げ
最後は僕と『ジン』の肩で、雪を掻き分けながらここまで辿り着いたのだ。
頬を刺す風の痛みさえ、今は酷く遠くに感じる……見渡す限りの銀世界。
だが、その雪の下には『カイン』が独りで破壊し尽くした
数万という『殺戮機械』の残骸が、黒い墓標のように埋もれている。
そんな中、欠落した右側の視界を補うように
僕の悲しみを埋めるためかのように、右側に立つ『リア』は
僕の右手を、その小さな両手でぎゅっと握りしめてくれた。
「分かっている、ありがとう。リア……でも、もう泣かないと決めたんだ。
って、ジン……何か見つかったの?」
振り返ると、防寒着に身を包んだ『ジン』が
雪の中から掘り起こした『ある物』と『携帯端末』を繋いでいた。
それは……『カイン』の身体の一部だった。
完全に炭化し、生命活動を停止した彼の『残骸』と呼ぶべき悍ましい物。
死者への冒涜とも思える『ジン』の行為に
怒りを感じた直後『ジン』は、そんな僕の感情に気付いたように
首を振り『申し訳なさ』と共に感嘆の声をあげながら僕に『説明』をしてくれた。
『遺体』と呼ぶべきその『残骸』の奥底……僅かに遺っていた『記憶』に
最期の瞬間『カイン』が意地でも手に入れてくれた
『贈り物』が眠っていたことを――
「エグい行為に見えただろうが勘弁してくれ……良し。
『解凍』出来た……しかし、カインの野郎
腹の座ったいい男だぜ……どうやら、カインは
死の間際、敵の『中枢ネットワーク』から
とんでもねぇデータを引っこ抜いてやがったみたいだ……」
『ジン』の声が、寒さとは別の理由で震えていた。
胸騒ぎを感じた僕は、ジンの手元にある端末を覗き込んだ。
すると、そこには、激しいノイズに紛れ
見たこともない巨大な建造物の『構造図』が明滅していた。
「……知るだけでも恐ろしい事実では在るが
『ヘルヘイム』を操っていた大元の座標ってのが
どうも『此処』じゃなかったみたいでな。
『データ』を見る限り……どうも、旧人類が空の彼方に打ち上げた
巨大な宇宙施設ってのがあるらしい……名を『エデン』
そんで……そこへ至るための乗り物みたいな奴。
それが『軌道階梯:ヤコブ』って名前らしい……」
そう言って説明してくれる『ジン』……この瞬間、違和感が確信に近付いた。
この、寒気がするほど合理的な設計。どこかで……
「そうだ……ジン。
この建物の『構造』……僕たちが造られた、あの『プラント』と
恐ろしいほどに酷似している……」
僕の言葉に、ジンが鋭く息を呑む。
「……何だと? 偶然じゃねぇのか」
「違う……きっとここには『マザー』の根源に関わる『何か』があるんだ。
とても巨大で……恐ろしい、何かが。
カインは、命を懸けてこの情報を僕たちに遺してくれた。
なら、行かなきゃいけない……僕の手で、これにケリをつけるために」
「おいおい、嘘だろ……行く気か!?
お前のその身体で……それにリアだって、声を……ッ!」
『ジン』が血相を変えて立ち上がる。
無理もない。右側の視界を失い
生身の重りと化した左腕を引きずる僕と、声を失った少女。
どう見ても『戦力』なんて呼べる代物じゃない。
だけど――
「この『情報』は……カインが、遺してくれた最後の『形見』なんだ」
――僕は、『リア』と繋いだ右手に力を込めた。
彼女もまた、声の出ない喉を震わせ、僕を見上げて力強く頷く。
「……僕たちの『空』は、カインが護ってくれた。
なら、その先にある『正体』を確かめるのは、僕たちの役目だ。
それに、このまま旧人類の遺産を放置すれば
いつかまた、第二の『ゼロ・ワン』が産み落とされてしまうかも知れない」
……沈黙が流れた。
凍てつく風の中、僕と『リア』は、ただ真っ直ぐにジンを見つめ返した。
欠けた身体。出ない声。
それでも……二人で『半分こ』にしたこの足は……『心』は
もう、絶対に立ち止まったりしない。
「ったく……カインの野郎が甘やかすからだろうが
とんでもねぇ『バカ』になっちまったな?お前ら」
『ジン』は諦めたようにため息を吐くと
端末のデータを僕のポケットに押し込んだ。
そして、足元に転がっていた『ヘルヘイム』の残骸を無造作に蹴り飛ばす。
「とは言えだ……お前ら二人で『ヤコブ』まで歩けるわけが無ぇ。
だから……ちょっと待ってろ」
『ジン』は防寒着から工具を取り出すと
雪の下から比較的損傷の少ない敵のパーツを漁り始めた。
生きている『バッテリー』駆動系の『モーター』
それらを次々と引き抜き、僕たちが乗ってきた
『ソリ』へと強引に繋ぎ合わせていく。
バチバチッ!!
火花が散り、即席の起動コードが打ち込まれると
壊れていた『ソリ』の推進器は低い唸り声を上げた。
「良し! ……一応の応急処置だが
『ヤコブ』の防衛線ギリギリまでは持つはずだ。
『カイン』がぶっ壊した敵の残骸が、お前らの『足』になるってわけだ
敵さん……腸が煮えくり返るんじゃねえのかな! アッハッハ! 」
『ジン』はオイルに塗れた手で顔を拭いながらそう言って笑った。
「さてと……『アジール』は俺たちに任せろ。
その代わり、絶対に帰ってこい。良いか?これは命令だ。
お前たちの帰還が『渡鴉』での送迎費用だとでも考えとけ」
「ああ……ありがとう、ジン」
『ジン』に見送られながら僕たちは『カイン』が眠る凍土に背を向けた。
悲しみは、この雪の中に置いていく。
遥か彼方……雲を突き抜け、宇宙へと続く『ヤコブ』へ。
二人だけの『大正解』を見つけるための、最後の『巡礼』が始まった――




