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『無キ者(ノー・バリアント)』 ――五感を奪われた僕たちが、残酷な世界で『人間』になるまで。  作者: 黒崎 凱
第四章:ゼロ~喪失~

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第37話:沈黙の歌

――悲しみが、すべてを塗り潰した。


『最強の盾』であり『兄』だった人がその命を燃やし尽くした後。

『アジール』には、ひどく冷たく……そして

耳鳴りがするほどの『沈黙』が降り積もっていた。


診療所のベッドの傍ら、僕は……泥のようにうずくまっていた。

動かない左腕。光を失った右目……何より

僕たちのために砕け散った『カイン』という大きすぎる喪失感が

僕の心を、根元から完全にへし折っていたのだ。


「僕が……弱かったからだ。僕が……僕が……ッ……!?」


微かに衣擦れの音がした。慌てて振り返った左目の視界の端

ベッドの上で眠っていた『リア』が身体を起こしていた。


「なッ……リア、ダメだ! まだ起き上がっちゃ……」


僕は這うようにして彼女に近づこうとした。

だが、彼女は僕の言葉を遮るように

自らの首元……血の滲む包帯へと手を当てた。


彼女は必死に口を動かした……何かを語ろうとしている

痛みに顔を歪め、それでも必死に空気を震わせようと……だが。


「ハ……ぁッ……」


掠れた、空気が漏れるような音しか出ない。

理由なんて分かっている……『リア』は

僕を『情報の海』から引き上げるため

その『声』を使い果たし……『失って』しまったのだ。


「ごめん……ごめん、リア……ッ!

僕が……僕なんかが生き残ったせいで……カインも

君のッ……声さえも……ッ!!」


……僕は耐えきれず、現実を見ないためかのように目を瞑った。


『自由』を手に入れた代償が、これほどまでに残酷なら

これ程までに『見る』事が辛いのなら……最初から

『マザー』の箱庭で『無』のまま生きていた方がマシだったのかも知れない。


そんな、最低な考えが脳裏を過った……その時だった。


僕の『右側』――完全な暗闇に沈んでいる

見えない右手へと不意に齎された、小さく温かい温もり。

『リア』の手が……僕の右手を、強く握りしめていたのだ。


「へっ? ……」


慌てて目を開けると、そこにはベッドから降りた『リア』が立っていた。

彼女は……僕の『見えない右側』に寄り添うように立ち

喉には頼らず、決して泣くまいと唇を噛み締めながら

僕の手を両手で包み込んでいた――


『だから、あいつと……『リア』と、半分こしろ 』


――閃光と共に消えた『カイン』の最後の言葉が、脳裏に蘇る。


「成程……馬鹿な僕にでも理解出来たよ『カイン』」


そう、唐突に言った僕の言葉に首を傾げた『リア』


「僕の右目は見えない……でも、左目は生きている。

僕の左腕は動かない……でも、右手には君の『体温』を感じられる。


リア……君は声を失ってしまった。

なら、僕が君の『言葉』になればいい。

だから、僕が見えず動かない半分は……君に助けてもらいたいんだ。


『兄貴』に……カインに言われたんだ。


……『半分こしろ』って」


直後『リア』はボロボロと大粒の涙を零しながら

こくり、こくりと何度も頷いた……そして

動かない僕の左腕に自分の頬をすり寄せ、その『熱』で

死んだはずの僕の左腕を癒そうとしてくれた。


無論、熱は感じられない……でも『心』が……温かい。


僕にはもう、悲しみに浸っている暇はない。

『カイン』が命を賭して護り抜いた、この『本当の空』の下で

僕たちは二人で一つの『人間』として

立ち上がらなければならないんだ――

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