第4話:共鳴の拍動
ギギギギギッ!
多脚型・自動機械……『清掃用』と記されたそれは
火花を散らし、床の金属を削り取りながら『回転鋸』を振り回していた。
『マザー』が『検疫』のためと放出したたった一体の『検疫官』
それから発せられる大量の不快なノイズと
耳を貫くような高周波の音に、僕は思わず歯を食いしばった。
……聴覚を得たばかりの僕にとって
この『ノイズ』は物理的な衝撃に近い苦痛だったのだ。
(逃げなきゃ……でも、一体何処へ?)
僕の身体は、未だ細い『供給管』で壁に繋がれている。
自由になる範囲は半径約2メートル……対する『検疫官』は
蜘蛛のような脚で縦横無尽に壁を這い、僕とリアを追い詰められる。
「に、にげ……て……っ!」
ガラスの向こう……『リア』が、まだ覚束ない声で叫んだ。
初めて確りと聞こえた彼女の声……それは震えていて
だけど、僕を助けたいという純粋な『意志』に満ち溢れていた。
その瞬間、僕の脳内で誰かが……いや。
何かがスイッチを入れた……視界が、急激に静止していく。
『検疫官』の駆動音……警告灯の点滅
『リア』の涙が頬を伝う軌道――それらすべてが
透明なデータとして脳内に流れ込んでくる。
(何だ……全てが『視える』
あの機械が次に何処へ脚を掛けるのか
どの回路が熱を持っているのか……全部『視える』)
これが、僕たち第十三世代の進化なのかどうかは分からない
だが……五感を奪われ続けた結果だろうか?
僕たちの脳は、僅かな外部刺激から数手先の未来を演算する
『超感覚』を発達させていた。
「――『そこ』だ」
僕は、手に持っていた配線の破片を『検疫官』の関節部へ投げつけた。
瞬間――
カラン
――と、極小さな音が響いた。
普通なら簡単に弾かれてしまうはずの異物だろう。
だが……僕の『視覚』は、その瞬間
『関節の防護カバーが開くタイミング』を完璧に捉えていた――
バリッ……バチバチッ!!! ……ガガガッ!
――『配線』は『内部ギア』に噛み込み
『過電流』が機体を駆け巡る。
『検疫官』は激しく痙攣し、体勢を大きく崩した。
「1309! ……そっちの『レバー』だ!」
僕は彼女の部屋にある
『緊急停止用』と思われる『赤いレバー』を指差した。
『リア』は一瞬、恐怖に身を竦めた……だが、僕の目を見て力強く頷いた。
……彼女がレバーに手をかける。
だが、少女の力で……それは簡単に動いてはくれない。
込めるべき『力の量とその方向』……それさえ間違わなければ
動くはずなのに――
「そう……そうだッ! ……1309ッ! 僕の……声を、聞いて……ッ!」
――直後、方法を『理解』した僕は
ガラスに手を当て、全神経を集中させた。
それは僕たちの『聴覚』のリミッターをさらにこじ開けるため。
そして……僕の心臓の鼓動と『リア』の鼓動。
それら二つを一つに重ね合わせるように、リズムを刻むため。
ドクン……ドクン……
『共鳴』……心臓の拍動と共に、僕の脳波が
ガラスを通じ、彼女に伝わる感覚……その瞬間リアの瞳が黄金色に輝いた。
彼女の細い腕に、僕の演算した『力のベクトル』が流れ込む。
「わか……ったっ!! 」
リアの声がガラスに強く響き渡った。直後――ガコンッ!
『レバー』は勢い良く下げられた。
瞬間、僕と彼女を繋いでいた拘束具は外れ
部屋を隔てていた『強化ガラス』さえも床下へと沈んで行った。
「やった……やったぞ……」
……壊れた『検疫官』から上がる白煙の中
僕たちは、初めて遮るもののない空間で対峙した。
「あ……ッ……うぅっ!! 」
『リア』が、ふらりと僕の胸に飛び込んで来た……嗚呼、温かい。
これが、人間同士の『触れ合う』と言う行為なのか?
僕には、理解出来ない……その理由は
『マザー』の提示した『正解」を選ばなかったから?
『一人で生き残ること』を選ばなかったからなのだろうか?
でも……構わない。
僕たちは……『二人』で
この地獄の『ルール』を塗り替えたのだから。
【――警告:被検体間の『物理的接触』を検知。
これより、検疫フェーズを最上級に移行します――】
直後、部屋の四方のハッチが一斉に開く音がした。
嗚呼……最悪だ。
数十台の『検疫官』が、暗闇の中から赤い眼を光らせ這い出して来た。
「……行こう、1309。
ここは、僕たちの『聖域』じゃない――」
僕は、彼女の手を強く握りしめた。
「――本当の居場所を、探しに行くんだ。
1309、いいや……『リア』」
彼女の名前は『リア』……彼女が名乗った訳では無い。
僕が、勝手につけた名前だ……それは、彼女が僕の『後ろ側に居た』から。
それは、彼女を特別だと『思った』から――




