第3話:不完全な旋律
ガガッ……ギギィィィン!
脳内を直接、鋭利な刃物で削り取られるような衝撃。
無理やり引きちぎったデバイスの配線からは
青白い火花が散り、僕とリアを隔てる『強化ガラス』を白く焼いた。
【――重篤なエラーを確認。
論理回路のオーバーフローを確認。
報酬分配プロセスに……致命的な……不整合……】
システムの無機質な声が、初めて苦しげに歪んだ。
真っ赤な警告灯は狂ったように回転し
僕の小部屋を地獄のような色に染め上げ続けた……だが、直後。
世界が『鳴った』
「……っ!?」
それは、暴力的な音の洪水だった。
空気が震える音、システムが冷却水を汲み上げる重低音
自分の肺が空気を吸い込む、不快なまでの摩擦音。
……不完全な形で解放された『聴覚』は
僕の脳に制御不能な情報の濁流を流し込む。
あまりの激痛に床へと倒れ伏し、僕は自分の耳を強く押さえた。
痛い、耳の奥『脳』までもが熱くて痛い――
『いっそ、あの『沈黙』の中にいた方がマシだったのではないか?』
――そう後悔しかけた、その時。
「……あ……う……」
ノイズの隙間から、その音が滑り込んで来た。
それは、風に揺れる鈴の音のように儚く……そして
何よりも明晰な響きだった……僕は、慌てて顔を上げた。
ガラスの向こう側……『リア』が
涙を流しながら口を小さく動かしていた。
嗚呼……彼女も『聞こえている』
僕が強引にデバイスを共有し『ルール』を破壊したことで
二人同時に『聴覚』の制限が外れてくれたのだ。
「……あ……あ……」
僕は、震える指で自分の喉に触れた……だが。
まだ、言葉を正しく発音する方法は分からない。
だけど……彼女が漏らしたその吐息が『震え』であり
『恐怖』であり……そして『僕への呼び掛け』であることは
僕の『魂』が理解していた。
……僕たちは、初めて音で繋がったのだ。
だが……感動に浸る時間は与えられなかった。
大小様々な『ノイズ』に混じって
プラントの階下から『異質な音』が響き始めたからだ。
ガシャン!……ガシャン!!……ガシャンッ!!!
それは、僕たちの心臓の鼓動よりもずっと冷たく
一定の狂いもない金属の足音。
【――異常個体:1301
及び:1309……規定外のエラーと不正な進化を検知。
これより『検疫』を開始する――】
システムの歪んだ声が、今度は明確な『殺意』を帯びて響いたこの直後
部屋の隅にある重厚なハッチは、ゆっくりと開かれた。
……現れたのは、多脚型の無骨な機械。
『清掃用』と書かれたその機体には
清掃には必要の無い鋭い『回転鋸』と
『高圧電流を放つアーム』が備わっている。
旧人類が『正しい思考』を持てなかった僕たちを
『処理』するために遺した殺戮の自動機械。
「……っ!」
リアが『悲鳴』を上げた……少なくとも、僕にはそう『聞こえた』
……音が聞こえるようになったからこそ
自動機械の放つ駆動音が『死の宣告』のように恐ろしく響く。
何処にも『逃げ場』はない……僕たちの手足には
まだ、自由を奪うための鎖が繋がれたままだ。
……だが、僕の視界には、先ほど解放された『視覚』の捉えた
様々な情報が焼き付くように見えている。
『警告灯の点滅周期』『自動機械の関節が動く瞬間の火花』
そして……壁の隙間に露出した『デバイス』の予備電源らしきもの。
音が聞こえ、動きも見える。
なら――
(――まだ、死ぬ『正解』は選ばない)
直後、僕は。床に落ちた配線の破片を握りしめた――




