第2話:情報の奔流
『眩しすぎる』
……剥き出しの『電球』が放つ光は
それまで『無』の中にいた僕の眼球を容赦なく灼いた。
涙が溢れ、視界が滲む……それでも、僕は目を逸らさなかった。
ガラスの向こう側。そこにいる『誰か』から目を逸らしてしまえば
またあの暗闇に引き戻される気がしたからだ。
「っ……っ! ……」
……喉が震える。
音にはならないが、空気が震える感覚だけが喉を伝う。
ガラスの向こうの少女――『リア』もまた
僕と同じように目を細め、細い指先で慎重に『強化ガラス』に触れていた。
……彼女の髪は
『プラント』の無機質な照明を反射して銀色に輝いていた。
白磁のような肌……そして、困惑と、わずかな熱を帯びた碧い瞳。
僕が生まれて初めて認識した『美しさ』という概念は
皮肉にもこの冷たい実験施設の中で形作られていた。
【――通知。
被検体:1301、及び:1309
視覚情報の同期を確認】
脳内に響く無機質な声……その声が止むと同時に
僕の部屋の床はゆっくりと動き出した。
ガガガ、と床が振動し
僕を乗せたままガラスの壁際へと運んでいく。
『リア』の側も同じだった……二人の距離が
一枚の『強化ガラス』を隔てただけの、文字通り
『目と鼻の先』まで近づく……だが、彼女は怯えていた。
その小さな肩が細かく震えている……僕は、咄嗟に右手を上げた。
どうすればいいのか分からない……でも、彼女を『安心』させたい。
……震える指先を、冷たいガラスに押し当てる。
すると――彼女もまた、躊躇いながら
小さな手のひらを僕の指に合わせ重ねてきた。
ガラス越しに伝わる微かな熱……『触覚』はある。
『視覚』もある……けれど、僕らにはまだ『言葉』がない。
音が聞こえず、声を発せない世界で、僕たちは
ただ、目と目を合わせることしかできなかった。
【――二次適応試験開始。
フェーズ2……汝らに『連帯』の義務を与える。
右側の壁を見よ――】
促されるまま視線を向けると、壁の一部がずれ落ち
一組の『ヘッドホン』のようなデバイスが現れた。
【――それは『音』を取り戻すための代償である。
但し、装着できるのは一方のみである。
……汝ら、どちらが『聴覚』を得るか。
五分以内に選択せよ……選択なき場合は、両個体を『廃棄』する】
心臓がドクリと跳ねた……残酷な二択。
『協力しろ』と言っておきながら『マザー』が提示したのは
椅子取りゲームのような醜い奪い合いだった。
直後『リア』がハッとしたようにデバイスを見つめる。
そして、彼女は首を激しく『横に振った』
……僕に向かって、デバイスを指差し、何度も頷く。
(ぼ、僕に使え……と言っているのか?)
彼女は、自分が音のない世界に取り残されても構わないというのか?
その『自己犠牲』の精神は、あまりにも純粋で
そしてあまりにも……『旧人類の設計』通りだった。
だが……僕は違った。
……僕の脳裏には
先ほど『視覚』を得た瞬間の『違和感』が残っている。
『マザー』は、僕が他者を救う『レバー』を引いた時に報酬をくれた。
つまり、この『プラント』のルールは、単なる奪い合いではない。
直後……僕はデバイスを手に取った。
そして、それを自分の頭ではなく
ガラスの壁にある『小さな隙間』に無理やり押し込もうとした。
【――警告。
不適切な操作を確認。被検体:1301……直ちに中止せよ】
警告灯が真っ赤に点滅する……だが、無視だ。
僕はデバイスの配線を引きちぎり、露出した『電磁コイル』を
ガラス越しにリアの側へ押し当て――
「スゥゥゥッ……ボバァァァァァァァァッ!」
――音を発するため、全力で喉を鳴らした。
叫びとも、音とも言い難いこの音を……この『思い』を
僅かでも振動に変えるため、必死にガラスへと叩きつけた。
……理不尽な選択肢を選ぶのが『正しい思考』だと言うのなら
そんな『正解』は、僕がぶち壊してやる。
尚も点滅する警告灯……だが、その時。
バチッ……再び、脳内に鈍痛を引き起こす火花が散った。
音の無い世界……静まり返った『プラント』に
何かが『聞こえた』――




