第1話:暗闇のゆりかご
そこには、光がなかった。
……意識が浮上した瞬間、僕を包んでいたのは
粘膜のような、生温かく重い『無』だ。
目を開けているのか、閉じているのかさえ分からない。
網膜に映るべき景色は、何処にも存在しない。
耳を澄ましても、鼓膜は一度も震えなかった。
心臓の鼓動すら、音としては聞こえない。
ただ、内側から響く微かな『振動』として自分の生存を確認出来るだけだ。
声も……出ない。
喉に力を入れても、空気の塊が虚しく肺から漏れるだけ。
僕らは――
『無キ者』
――それが、僕という存在に与えられた唯一の定義だった。
【問い】
脳を直接揺さぶるような、無機質な機械音声。
それは言葉として聞こえるのではなく、概念として直接思考に流し込まれる。
【汝、生存を望むか?】
(……望む)
僕が思考を返すと、頭上にあった何かが外れ、冷たい液体が排出された。
ベチャッ……金属の床に投げ出された。
肌に触れる空気の冷たさに、全身が総毛立つ。
これは『触覚』というやつだろうか?
指先を動かすと、ザラついた冷硬な感触が伝わってきた。
【第十三世代個体、被検体:1301……覚醒を確認。
これより『プラント』における適応試験を開始する――】
『試験』
僕がこの世に生を受けた理由は、ただその一点に集約されている。
……有史以前、人類は
自らの愚かしさで世界を焼き尽くしたという。
幾度と無く争い、幾度と無く奪い合い、幾度と無く殺し合った末に
彼らは、一つの『結論』に達した。
『感情に流され、欲望のままに五感を使うから、人は間違えるのだ』……と。
……だから、僕らは『無キ者』としてデザインされた。
『何も見えず、何も聞こえず、何も言えない』
この絶対的な孤独と暗闇の中で
『正しい思考』と『正しい選択』を積み重ねた者だけが
一つずつ、人間としての権利を取り戻すことができる。
それが、人類再興のための聖域――『プラント』の絶対的なルールだ。
【――最初の選択を提示する。
汝の右側に、飢えを満たすための栄養剤がある。
汝の左側に、他個体の生存維持装置へ電力を供給するレバーがある。
……汝、どちらを選ぶか】
途端に、腹の底が焼け付くような空腹に襲われた。
胃が自分の内壁を削り取っているかのような激痛。
『栄養剤』とやらを摂取しなければ
恐らく、数時間もしないうちに僕の意識は再び『無』に帰るだろう。
僕は、震える腕で床を這った……『右』では無く。
『左』へ……だが、なぜだろう?
この暗闇の中で、僕の肌は最初から
微かな『触覚と熱』を感じ取れていた。
後ろの壁の向こう側……そこには僕と同じように
冷たい床の上で震えている『誰か』がいる……そんな確信だけが
僕の脳に焼き付いて離れなかった。
(僕は……左を選ぶ)
脳内で宣言した後、重いレバーを、渾身の力を込めて引き下ろす。
ガチリ、という振動が腕に伝わった……その瞬間
僕の身体から、急速に力が抜けていく……視界も音もない世界で
死の静寂がゆっくりと僕を飲み込もうとしているのだ。
だが、その時。
【判定:自己犠牲による他個体の優先。
第十三世代個体:1301に未知のバグを確認。
……報酬として、視覚野のリミッターを一部解除する】
バチッ……脳内で鈍痛を引き起こす火花が散った瞬間
僕の目に突き刺さった、暴力的なまでの『光』――
「ふ……っ……! 」
声にならない吐息が漏れる。
直後『見えた』のは、灰色のコンクリートに囲まれた無機質な小部屋
そして、僕の背面の『強化ガラス』……その向こう側。
そこには、僕と同じように呆然と目を見開き
こちらを見つめている『銀髪の少女』がいた。
その行動で『確信』した……彼女の瞳にも、僕と同じ『色』が宿っている。
だが……僕たちは、まだ知らない。
『マザー』の提唱する『正解』を選び続けた先に『救い』など待っていないことを。
そして、僕たちが管理AIの計算を狂わせる『最大のエラー』になることも。
『無キ者』僕らは人類史上最後の実験体
僕たちは、今。『目覚めた』――
第一話をお読み頂き有難うございました。
※本作はカクヨム様にて完結済みの作品を
小説家になろうにも掲載しているものです。
本文内容はカクヨム掲載版と同一です。
最後まで完結済みですので、安心してお読みいただけます。
毎日【12:10】と【20:10】の1日2話更新で
最終話まで確実にお届けします。
途中で更新が止まる心配はありませんので
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